令和 6年 5月22日(水):初稿 |
○「建物老朽化・建替必要性を理由に解約正当理由を認めた地裁判決紹介」の続きで、立退料約311万円の支払と引換に建物明渡を認めた平成24年11月1日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。 ○本件貸室の賃貸人である原告が、共益費税込賃料約5万6000円の賃借人である被告Y1に対し、築50年経過鉄筋コンクリートブロック造5階建建物建物の老朽化と解体の必要性を正当事由として解約申入れを行い、賃貸借契約が終了したと主張して、被告Y1及び本件貸室の占有者である被告会社に対し、本件貸室の明渡し及び賃料相当損害金月額約5万6000円の支払を求めました。 ○これに対し、東京地裁判決は、本件建物の状況及び原告側の事情のみで正当事由を具備するには足りないというべきで、本件貸室の借家権価格の3分の2相当額と通損補償額の合計額相当の立退料を支払うことによって解約申入れの正当事由が補完されるとして、約311万円の立退料支払と引換に建物明渡を命じました。 ○被告側は、正当事由を補完するための立退料として、借家権価格,通損補償額に加え,開発利益配分額170万9037円及び営業補償1733万4080円を主張していました。 ************************************************ 主 文 1 被告らは,被告Y1が原告から311万7300円の支払を受けるのと引換えに,原告に対し,別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。 2 被告らは,原告に対し,連帯して,平成23年2月1日から上記建物明渡し済みまで1か月5万6162円の割合による金員を支払え。 3 原告のその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求の趣旨 1 被告らは,原告に対し,別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。 2 主文2項同旨 第2 事案の概要 本件は,別紙物件目録記載の建物(以下「本件貸室」といい,本件貸室のある建物全体を「本件建物」という。)の賃貸人である原告が,本件貸室の賃借人である被告Y1(以下「被告Y1」という。)に対し,解約申入れを行い,解約申入れについて正当事由が存在するので賃貸借契約が終了したと主張して,被告Y1及び本件貸室の占有者である被告有限会社金屋ゴルフ(以下「被告会社」という。)に対し,本件貸室の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求めた事案である。 1 前提事実(以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。) (1)本件賃貸借契約 中央施設株式会社(以下「中央施設」という。)(貸主)と被告P2(借主)は,昭和63年9月14日,本件貸室について賃貸借契約を締結し,平成4年9月28日,以下の条件でこれを更新した(以下「本件賃貸借契約」という。)。 期間 平成4年10月1日から2年間 賃料 月額4万8812円(うち消費税2324円) 共益費 月額7350円(うち消費税350円) (以下,賃料と共益費を併せて「賃料等」という。) 支払 毎月25日までに翌月分の賃料等を支払う。 解約 賃貸人は6ヶ月,賃借人は3ヶ月の予告期間をおいて解除することができる。 (2)賃貸人の地位の承継 原告は,平成21年3月18日に中央施設から本件賃貸借契約に基づく賃貸人の地位を承継し,被告P2は同年4月22日にこれを承諾した。 (3)被告会社の占有 被告会社は,中央施設による書面による承諾を得て,同居を条件として被告P2と共に本件貸室を占有し,ゴルフ場会員権売買等の業務を行っている。 (4)解約申入れ 原告は,被告P2に対し,平成21年5月,平成21年11月末日をもって本件賃貸借契約を解約することを申し入れたが,被告P2はこれに応じなかった。 そこで,原告は,被告P2に対し,平成22年1月26日,本件賃貸借契約の解約に関する特約に基づき,平成22年7月末日をもって解約する旨通知した。 2 争点(解約申入れの正当事由の存否)についての当事者の主張 (中略) 第3 争点に対する判断 1 証拠(甲31,乙3,10,13,後記各証拠)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる (1) 本件建物の状況について ア 本件建物は,東京メトロ銀座線「a駅」A6出口から徒歩1分,総武本線「b駅」1番出口から徒歩約2分に位置し,近隣には中高層の事務所ビルや,暫定利用の駐車場等が混在しており,近隣地域の周囲の街区では,複数の開発計画が進行中である。本件建物は,昭和33年ころに建築された鉄筋コンクリートブロック造5階建の建物であり,外見上,東側壁面のコンクリートに,浮き,剥離が見られ,樋等の変形や劣化,設備の老朽化が見られる(甲5,9,鑑定の結果)。 イ 原告が,株式会社東京建築検査機構(以下「東京建築検査機構」という。)に依頼して行った調査(甲10)によると,本件建物は,建築当時の耐震基準に準拠して設計されているが,現状では,Is値が,X方向(南北方向)正加力(北→南)及び負加力(南→北)並びにY方向(東西方向)正加力(西→東)及び負加力(東→西)について,構造耐震判定指標を下回っている部分があること,コンクリート中性化深さの平均値は26.1~43.6mmであり,最大の中性化深さは49mmであって,調査箇所の80%がコンクリートのかぶり厚さ基準値30mmを超えていて鉄筋が錆びやすい環境になっていること,建物内外部にひび割れが散見されること,以上を踏まえて,震度5以上の地震が発生した場合,本件建物が中破(柱のひび割れ,耐力壁のひび割れが生じる状態)する可能性は高く,大破(柱のひび割れによって鉄筋が露出し,耐力壁に大きなひび割れが生じて耐力が低下する状態)する状況も想定されること,さらに,震度7クラスの地震が発生した場合は,本件建物が大破する可能性は高くなり,倒壊(柱・耐力壁の大破壊,建物全体又は一部が倒壊する状態)する危険性も想定されるとしている。 ウ 東京建築検査機構によると,本件建物について,耐震壁を作るなどの補強を行えば,必要な耐震性が確保できるとされているが,耐震補強工事を行った場合,耐震補強概算費用として1300万円,保全改修概算費用として,浸透材補修の場合5800万円,モルタル補修の場合5600万円を概算費用として要するとされている(甲15)。 エ 被告らは,平成23年3月11日に発生した東日本大地震によって,本件建物が損傷を受けなかったことを指摘するが,この地震で本件建物の被害が小さかったのは,本件建物の固有周期が0.3秒と短く,一方,上記地震で東京地区における地震動が長周期であり共振しにくかったことによるものであり,今後,本件建物が震度5強以上,かつ周期の短い地震動を受けた場合本建物は中破以上の被害を受ける可能性があると考えられる(,16,17)。 (2) 原告側の事情について 原告は,本件建物の敷地を含む周辺土地との一体開発を計画し,平成21年3月18日に本件建物を取得した(甲6,弁論の全趣旨)。現在では,本件建物は,本件貸室及び1階の1室を除き空室になっており,本件建物の周りの建物については既に立ち退きが終わり,取り壊されている(甲5,弁論の全趣旨)。 (3) 被告ら側の事情について 被告Y1は,昭和63年から本件貸室を賃借し,ゴルフ場会員権売買等を業とする被告会社の事務所として使用してきた(乙3)。 被告会社は,既存のゴルフ場会員権の売買を主に行っており,本件貸室の所在地は,資金調達に必要な企業が近隣に多く存在し,地の利もよく,被告会社の営業に便利な場所である。 (4) 立退き交渉の経緯 ア 原告は,平成21年3月18日に本件建物の所有権を取得後,被告らに対し,「賃貸借契約の承継にかかるご通知兼確認書」に対して,署名押印を求めたが,この書面には,本件貸室について明け渡しを求める予定があることは,記載されていなかった。被告らは,同年4月22日付けで,この書面に署名押印した(甲2)。 イ 原告は,同年5月になり,被告Y1に対し,周辺地域の開発を検討していることや,本件建物が老朽化していることや旧耐震基準に基づき設計・建築されたことなどから,本件賃貸借契約の解約に向けた協議を行いたい旨申し入れた。 ウ その後,原告から依頼を受けた株式会社オフィス・ヌマタのB及びCが,被告Y1との交渉にあたり,移転補償金として126万円を支払うことを提案し(甲8),代替物件の紹介もした(甲12)が,被告らは,その提案では移転することはできないとして,拒否した。 エ 原告は,平成22年1月26日,本件賃貸借契約について,平成22年7月末日をもって解約する旨書面で申し入れた(甲4)。 オ その後,被告Y1は,弁護士に交渉を依頼し,原告の担当者と被告らの依頼した弁護士との間で交渉が行われたが,原告は,被告らの移転先となる物件を紹介したりしたが,結局,話し合いはまとまらず,被告らの依頼した弁護士は辞任した(甲13,14)。 原告は,平成23年2月4日,本件訴訟を提起した。 2 以上によれば,本件建物は,本件賃貸借契約の解約申入れの時点で,竣工後50年以上を経ており,老朽化が相当に進行し,耐震性の点でも危険性を否定することができず,耐震補強を行うには相当の費用がかかるのであって,建て替えることが望ましいものであること,原告は,本件建物の敷地を含む土地全体について開発計画を有し,そのために,本件建物の近隣の土地については取り壊しが進み,本件建物についても本件貸室ともう一室を除き空室になっており,原告には,本件貸室の明け渡しを求める必要性が認められる。 他方,被告らは,本件貸室において,昭和63年から長年に渡りゴルフ場会員権の販売の営業を行ってきており,被告会社が本件建物の周辺で営業を行うことによるメリットは大きく,本件貸室を利用する必要性は認められるものの,被告会社の営業が本件貸室でなければ行えないというほどの必要性があるとまではいえないのであって,本件貸室の明け渡しを求める必要性が,被告らが本件建物を使用する必要性より高いと認めることができる。 もっとも,原告は,被告らが本件建物から立ち退くことを前提に開発を計画して,本件建物を取得したものであることや,被告ら側が明渡しにより被る不利益を考えると,上記本件建物の状況及び原告側の事情のみで正当事由を具備するには足りないというべきであり,原告が被告らに生じる不利益を一定程度補うに足りる立退料を支払うことによって,正当事由が補完されるものと認められる。 なお,被告らは,立ち退き交渉における原告の対応が不誠実であると主張するが,前記認定の事実によると,被告らとの条件が合わなかったとはいえ,原告は,相当の期間をかけて交渉を行い,立退料の提示や代替物件の紹介も行ったのであり,交渉の状況が不誠実であるとまでは認められない。 3 立退料の金額について (1) 鑑定の結果によると,本件貸室の借家権価格が372万円,通損補償額63万7300円(工作物補償額21万9600円,動産移転補償額6万9900円,移転雑費補償額34万7800円)の合計であると認められるところ,本件において,原告による解約の正当事由の補完としての立退料の金額は,上記の借家権価格の3分の2にあたる248万円と通損補償額63万7300円の合計額311万7300円とするのが相当である。 (2) 原告は,本件鑑定が,本件賃貸借契約における契約数量11.57m2としながら,賃料差額還元法による価格を算定するにあたり,「当該建物及びその敷地と同程度の代替建物等の賃借の際に必要とされる新規の実際支払賃料の査定」において,平均賃貸面積25.97m2に対する賃料を「当該建物及びその敷地と同程度の代替建物等の賃料の際に必要とされる新規の実際支払賃料」としてしまったことについて矛盾と誤りがあると主張する。 しかしながら,本件建物の近隣(被告らが移転可能な範囲)において本件貸室と同程度の面積の賃貸物件を見つけることが難しいという前提の下では,「同程度の代替建物等の賃借の際に必要とされる新規の実際支払賃料」として,近隣の物件(面積の平均値は25.97m2)の月額賃料の平均値(11万0254円)を採用することも,相当性のある考え方であるというべきであり,原告の主張は採用できない。 (3) 他方,被告らは,立退料は,鑑定の結果算出された金額に,開発利益の配分170万9037円及び営業補償1733万4080円を加味するべきであると主張する。しかしながら,本件において,前記の借家権価格及び通損補償額の他に,開発利益の配分額相当額を支払わせる必要があるとは認められないし,営業補償についても,本件貸室を明け渡すことにより被告らにその主張するような損失が生じる蓋然性が高いと認めるに証拠はなく,これを,上記金額に加味する必要があるとはいえない。 3 結論 よって,原告の請求は,主文1項及び2項記載の限度での理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担については民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文を適用し,仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。(裁判官 武藤真紀子) 〈以下省略〉 以上:5,505文字
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