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R 7-12-21(日):婚姻意思装い性関係をもった男性の不法行為責任を認めた最高裁紹介
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○「婚姻意思装い性関係をもった男性の不法行為責任を認めた高裁判決紹介」の続きで、その上告審昭和44年9月26日最高裁判決全文を紹介します。

○被上告人女性が、アメリカ国籍の上告人男性に対し、上告人が真実結婚する意思がないのに意思があるごとく甘言を弄し、これを信じて錯誤に陥った控訴人と情交を重ねたのちに被上告人との関係を絶ったことにより精神的苦痛を受けたと主張し、原審東京高裁は60万円の慰謝料の支払いを認めました。

○これに対し上告人が上告しましたが、最高裁判決も、被上告人が上告人に妻のあることを知りながら上告人と情交関係を結んだことは公序良俗に反するが、この事態を出現させた主たる原因は上告人にあり、本件においては民法708条但書の規定により同条本文の適用は排除されるとして被上告人の請求を一部認容した原判決を支持し、誤信につき被上告人の側に過失があったとしても上告人の帰責事由の有無に影響せず、慰謝料額の算定において配慮されるにとどまると判示して、上告を棄却し、この最高裁判決は、その後の同種事案についてのリーディング判決になりました。

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主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理   由
 上告代理人○○○○、同○○○○、同○○○○の上告理由について。
 原判決によれば、被上告人は、昭和15年10月15日生の女性で高等学校卒業後の昭和35年3月1日から埼玉県所沢市の在日米軍兵站司令部経理課に事務員として勤務することになり、右経理課の上司で米国籍を有する上告人と知合い、間もなく通勤のため上告人から自動車による送り迎えを受けることになり、また映画館、ナイトクラブ等に連れていつてもらうほどの仲になつたこと、上告人には当時妻ミチコと三人の子があつたが、それ以前から長らく妻とは不仲で、同居はしているものの寝室を共にしない状態であつたので、上告人は被上告人と交際するうちに性的享楽の対象を被上告人に求めるようになつたこと、上告人は、昭和35年5月頃被上告人に対し右の如き家庭の状態を告げるとともに、被上告人が19才余で異性に接した体験がなく、思慮不十分であるのにつけこみ、真実被上告人と結婚する意思がないのにその意思があるように装い、被上告人に妻と別れて被上告人と結婚する旨の詐言を用い、被上告人をして、上告人とミチコとの間柄が上告人のいうとおりであつて上告人はいずれはミチコと離婚して自分と結婚してくれるものと誤信させ、昭和35年5月21日から同36年9月頃までの間10数回にわたり被上告人と情交関係を結んだこと、ところが、上告人は、昭和36年7月頃被上告人から妊娠したことを知らされると同年9月頃から被上告人と会うのを避けるようになり、被上告人が昭和37年1月1日男子順を分娩した際その費用の相当部分を支払つたほか全く被上告人との交際を絶つたこと、上告人と被上告人間に情交関係のあつた当時上告人の妻には離婚の意思がなく、上告人が近い将来妻と離婚できる状況にはなかつたが、被上告人は、このことに気付かず、むしろいずれは自分と結婚してくれるものと期待して、上告人に身を委ねたところ、その結婚への期待を裏切られ、上告人の子である順の養育を一身に荷わねばならなくなつたこと、上告人は、かつて昭和34年11月からC某という女性と情交関係を結び、日ならずして昭和35年から昭和36年にかけて被上告人と情交関係を結んだほか、その後もDとも情交関係を結んでいたことがそれぞれ認められるというのである。

 思うに、女性が、情交関係を結んだ当時男性に妻のあることを知つていたとしても、その一事によつて、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰藉料請求が、民法708条の法の精神に反して当然に許されないものと画一的に解すべきではない。すなわち、女性が、その情交関係を結んだ動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合において、男性側の情交関係を結んだ動機その詐言の内容程度およびその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し、右情交関係を誘起した責任が主として男性にあり、女性の側におけるその動機に内在する不法の程度に比し、男性の側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰藉料請求は許容されるべきであり、このように解しても民法708条に示された法の精神に反するものではないというべきである。

 本件においては、上告人は、被上告人と婚姻する意思がなく、単なる性的享楽の目的を遂げるために、被上告人が異性に接した体験がなく若年で思慮不十分であるのにつけこみ、妻とは長らく不和の状態にあり妻と離婚して被上告人と結婚する旨の詐言を用いて被上告人を欺き、被上告人がこの詐言を真に受けて上告人と結婚できるものと期待しているのに乗じて情交関係を結び、以後は同じような詐言を用いて被上告人が妊娠したことがわかるまで1年有余にわたつて情交関係を継続した等前記事実関係のもとでは、その情交関係を誘起した責任は主として上告人にあり、被上告人の側におけるその動機に内在する不法の程度に比し、上告人の側における違法性は、著しく大きいものと評価することができる。

したがつて、上告人は、被上告人に対しその貞操を侵害したことについてその損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。また、被上告人の側において前記誤信につき過失があつたとしても、その誤信自体が上告人の欺罔行為に基づく以上、上告人の帰責事由の有無に影響を及ぼすものではなく、慰藉料額の算定において配慮されるにとどまるというべきである。そうとすれば上告人の責任を肯認した原審の判断は正当であつて、所論の違法はなく、論旨は採用しえない。
 よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)
以上:2,487文字
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R 7-12-20(土):婚姻意思装い性関係をもった男性の不法行為責任を認めた高裁判決紹介
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○「婚姻意思装い性関係をもった男性の不法行為責任を否認した地裁判決紹介」の続きで、その控訴審昭和42年4月12日東京高裁判決(判時486号43頁、判タ208号115頁)理由部分を紹介します。

○原審判決は、原告女性の請求は、民法第708条(不法原因給付)「不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。」との規定に示された法の精神に鑑み、容認するはできないとして棄却していました。

○控訴審判決は、控訴人女性が被控訴人男性に妻のあることを知りながら被控訴人と情交関係を結んだことは公序良俗に反するが、この事態を出現させた主たる原因は被控訴人にあり、本件においては「不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。」民法708条但書の規定により同条本文の適用は排除されるとして、控訴人の200万円の慰謝料請求について60万円を認めました。

○控訴審判決は、「控訴人が被控訴人の妻のあることを知りながら被控訴人と情交関係を結んだ行為が公序良俗に反することは否定できないが、不法性は明らかに被控訴人の方が大きく、このような公序良俗違反の事態を現出させた主たる原因は被控訴人に帰せしめられるべきものとすべきである。してみると、本件においては、民法第708条但書の規定により同条本文の規定の適用は排除され、控訴人の慰藉料請求は是認されるとするのが相当」と理由付けをしていますが、極めて妥当な判決です。

○被控訴人男性は、上告しており、上告審最高裁判決は別コンテンツで紹介します。

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主   文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し、60万円およびこれに対する昭和38年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うべし。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第1、2審を通じてこれを2分し、その各1を控訴人および被控訴人の各負担とする。

事   実
 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、200万円およびこれに対する昭和38年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の主張および証拠の関係は、次に付加するもののほかは、原判決の事実の部に書いてあるとおりである。

第一、主張

     (中略)

理   由
一、慰藉料請求権の成否について。

(一)原審における証A、当審における証人Bの各証言、原審および当審における控訴人および被控訴人各本人尋問の結果と、本件弁論の全趣旨とをあわせ考えると、次の事実を認めることができる。
 控訴人は、昭和15年10月15日、父里一、母マツの三女として出生し、城右高等学校卒業後、昭和35年3月1日から、埼玉県所沢市にある在日米軍兵站司令部経理課に、事務員として勤務することとなつて、右経理課の上司で、米国籍を有する被控訴人と知り合つた。控訴人は、間もなく、通勤のため、被控訴人から自動車による送り迎えを受けるようになり、また、被控訴人に映画館、ナイトクラブ等に連れていつてもらうほどの仲となつた。その当時、被控訴人はミチコ・メンスを妻とし、同女との間に3人のこどもまであつたが以前からミチコとの間がうまくいかず、ミチコと同居はしているものの寝室を共にしないという状態であつたところ、前記のように控訴人と交際しているうち、性的享楽の対象を控訴人に求めるようになつた。

そして、被控訴人は、昭和35年5月頃、控訴人に対し、前記家庭の状態を告げるとともに、控訴人が19才余で、思慮不十分であるのにつけこんで、真実は、ミチコと近い将来において離婚できる事情にはなく(この点は、証拠説明とともに、後記(二)(ハ)において詳述する。)、また、控訴人と結婚する意思がないのに、控訴人に対し、「妻と別れて控訴人と結婚する。」と述べ、控訴人をして、被控訴人とミチコとの間柄が被控訴人のいうようなものであれば、被控訴人はいずれはミチコと離婚して自分と結婚してくれるであろうと誤信させ、昭和35年5月21日頃、東京都港区麻布のホテルにおいて、控訴人に情交を求め、これを承諾させて、享楽の目的を遂げ、その後昭和36年9月頃までの間、10数回にわたり、そのつど控訴人と結婚すると述べて控訴人を欺き、控訴人と情交関係を結んだ(控訴人と被控訴人とが、昭和36年9月頃までの間、10数回にわたり情交関係を結んだ(最初の日がいつであるかを除く。)ことおよび当時被控訴人と妻ミチコとの間に三人のこどもがあつたことは、当事者間に争いのない事実である。)。ところが、被控訴人は、昭和36年7月頃、控訴人から妊娠したことを知らされるや、同年9月頃から、控訴人と合うことを避けるようになり、控訴人が昭和37年1月1日男子順を分娩した際、その費用の相当部分を支払つたほか、まつたく控訴人との関係を絶つにいたつた。

     (中略)

(三)前記(一)の認定事実によると、被控訴人は控訴人と結婚する意思がないのに右意思があるように装つて控訴人を欺き、控訴人の誤信に乗じて情交関係を結ばせ、控訴人の意思決定の自由、貞操、名誉を侵害したものとすべきであり、また前記(一)の事実関係によると控訴人が被控訴人の右加害行為により精神的苦痛を被つたものと認めるのが相当である。そして、法例第11条によると、不法行為によつて生ずる債権の成立および効力は、その原因たる事実の発生した地の法律によるべきものであり、本件について日本民法が法例第11条の指定する準拠法となることは前記(一)の事実関係から明らかであるところ、被控訴人の行為は日本民法第709条、第710条所定の不法行為の構成要件を充足するから、被控訴人は控訴人に対し、控訴人が被つた精神的損害の賠償として相当額の慰藉料を支払うべき義務があるものといわなければならない。

二、慰藉料請求の許否について。
 被控訴人は、「控訴人は、被控訴人に妻があることを知りながら被控訴人と情交関係を結んだものであるから、控訴人の行為は公序良俗に反するものであり、控訴人がこれにより精神的損害を被つたとしても、民法第708条本文の規定の類推適用により、右損害の賠償として慰藉料を請求することは許されない。」と主張し、これに対し、控訴人は、「被控訴人と妻ミチコとは、当時、事実上の離婚状態にあつたものであるから、控訴人の行為は公序良俗に反しない。したがつて、控訴人の慰藉料請求に対して民法第708条の類推適用はない。仮に右主張が理由がないとしても、被控訴人が控訴人と情交関係を結んだ動機ないし目的、行為の内容の諸点からみると、被控訴人の行為には許し難い不法性があり、一方、控訴人は、被控訴人から欺かれて被控訴人と情交関係に入つたものであり、不法はもつぱら被控訴人の側にあるから、民法第708条但書の規定により同条本文の規定の類推適用は排除される。」と主張するので、以下この点について判断する。

(一)おもうに、女性が男性に妻のあることを知りながら、男性と、長期間にわたり継続的に、情交関係を結ぶ行為は、一般的にいえば、男性の、妻に対する貞操義務違反に加担する違法な行為であるのみならず、男性と共同して、夫婦共同生活を支配する貞潔の倫理にもとる行為に出たことにもなつて、民法第90条にいう公序良俗に反するものとの非難を免れず、女性がこれにより貞操等を侵害され、精神的苦痛を被ることがあつてもその損害の賠償を請求することは、結局自己に存する不法の原因により損害の賠償を請求するものであり、このような請求に対しては、民法第708条本文の規定の類推適用により、法的保護を拒むべきである。この限りにおいて、被控訴人の主張は正当なものを含むものといわざるをえない。

しかしながら、夫婦が離婚の合意をして、別居し、または、夫婦間にこれに類似する事情が生じ、夫婦共同生活の実体がまつたく存在しなくなり、婚姻解消の法律的手続を履むことだけが残されているという状態、すなわち事実上の離婚状態が生じている場合には、夫と性的関係をもつた妻以外の女性が、これにより貞操等を侵害され、精神的苦痛を被つたとして、その損害の賠償を請求するのに対し、民法第708条本文の規定を類推適用して法的保護を拒否することが必ずしも適当でないことがあるであろう。

さらにまた、夫と妻とが事実上の離婚状態になつていなくても、夫が妻以外の女性に対して欺罔手段を用いて情交関係を結び、女性の貞操等を侵害した場合において、(右情交関係が公序良俗に反することは否定することができないが)右関係を結ぶについての双方の動機ないし目的、欺罔手段の態容、男性に妻があることに対する女性の認識の有無等諸般の事情を斟酌して双方の不法性を衡量してみて、公序良俗違反の事態を現出させた主たる原因は男性に帰せしめられるべきであると認められるときは、民法第708条但書により同条本文の適用は排除され、女性の精神的損害の賠償請求は許容されるべきものと解するのが相当である。

(二)これを本件についてみるに、昭和35年5月当時、被控訴人と妻ミチコとの間がうまくいかず、被控訴人がミチコと同居はしているものの寝室を共にしないという状態であつたことは先に説明したとおりである。しかし、このことだけを根拠にして、被控訴人とミチコが事実上の離婚状態にあつたということができないことはいうまでもなく、このほか、控訴人と被控訴人とが情交関係を継続していた間に被控訴人とミチコとが事実上の離婚状態にあつたことを肯認するに足りる証拠はない。

また、真正にできたことについて争いのない甲第三、第四号証と原審および当審における被控訴人本人尋問の結果とをあわせ考えると、ミチコは、昭和38年7月26日、被控訴人を相手どり、浦和地方裁判所に対し離婚請求の訴を提起し(同裁判所昭和38年(タ)第13号事件)、昭和38年8月16日、ミチコと被控訴人とを離婚する旨の判決の言渡があり、右判決はその頃確定した事実を認めることができるが(右認定を妨げる証拠はない。)、右事実は、被控訴人とミチコとが事実上の離婚状態にあつたとは認められないという前記判断を左右するに足りないとすべきである。そうすると、被控訴人とミチコとが事実上の離婚状態にあつたことを前提として、控訴人の慰藉料請求に対しては民法第708条の類推適用はないとする控訴人の主張は採用することができない。

(三)しかし、
(イ)被控訴人は、性的享楽の目的を遂げるために、控訴人が若年で思慮不十分であるのにつけこみ、真実は控訴人と結婚する意思がないのに、その意思があるように装い、妻と離婚して控訴人と結婚すると述べて、控訴人を欺罔し、控訴人をして、被控訴人が自分と結婚してくれるものと誤信させて、情交関係を結ばせ、爾後、同じ欺罔手段を用いて、1年有余にわたつて情交関係を継続させたものであり、一方、控訴人は、被控訴人のことばをそのまま信じ切つて、情交関係を結んだのである(前記一(一)参照)。

(ロ)控訴人は、被控訴人に妻があることを知つてはいたが(その故にこそ、控訴人は、被控訴人との関係について、「道徳的に考えたらまちがつている」と呵責の念にかられたこともあつたことは、前記乙第一号証の一ないし八によりこれを窺うことができる)、被控訴人から妻ミチコとの不和の状態を知らされたこともあつて、妻と離婚するということばを真に受けていて、被控訴人と結婚することができるという期待をもつて、被控訴人に身を委せたのである(前記一(一)参照)。

(ハ)また、前記甲第三号証に当審における証人Bの証言、被控訴人本人尋問をあわせ考えると、被控訴人は、ミチコと離婚する前である昭和34年11月から、Cと称する日本人女性と情交関係を結び、日ならずして、昭和35年から昭和36年にかけて、控訴人と情交関係を結んだほか、その後、Dとも情交関係をもつたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない(被控訴人とミチコを離婚する旨の前記判決は、被控訴人がC某および控訴人と情交関係を結んだことを被控訴人の不貞行為であるとし、これを離婚原因に当るものと判断している。そして、被控訴人Dとの関係は、ミチコがこれを指摘したにかかわらず、前記判決においては、肯認されなかつたが、現在、被控訴人はDとの関係を自認している。)。

以上(イ)ないし(ハ)に掲記した諸般の事情をあわせ考えると、控訴人が被控訴人の妻のあることを知りながら被控訴人と情交関係を結んだ行為が公序良俗に反することは否定できないが、不法性は明らかに被控訴人の方が大きく、このような公序良俗違反の事態を現出させた主たる原因は被控訴人に帰せしめられるべきものとすべきである。してみると、本件においては、民法第708条但書の規定により同条本文の規定の適用は排除され、控訴人の慰藉料請求は是認されるとするのが相当である。

三、慰藉料額について。
 よつて,慰藉料額について判断する。原審および当審における控訴人本人尋問の結果に本件弁論の全趣旨をあわせ考えると、控訴人がはじめて被控訴人と情交関係を結んだのは19才余の時期であり、それまでに異性に接した体験のない控訴人は、前記のとおり被控訴人から欺かれて情交関係を結び、果ては、結婚への期待を裏切られ、被控訴人の子である順の養育を一身に荷わなければならなくなつたもので、その精神的苦痛は多大なものがあることを認めることができる(右認定を左右するに足りる証拠はない。)。ただ、控訴人が被控訴人に結婚の意思があるものと誤信させられたとはいえ、結婚前の情交はこれを慎むのが良識ある女性のあり方であることをおもうと、控訴人がより慎重に身を処したならば、前記のような結果を回避し、精神的苦痛を幾分軽くすることができのではないかと考えられるのである。

そして、以上の事情に、(イ)本件不法行為の態容、(ロ)控訴人の財産状態(原審および当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は、一時、バーのホステスとして働いていたこともあつたが、その後、美容学校の学生に転じ、定収入がないことが窺われる。)、(ハ)被控訴人の財産状態(原審における証人Eの証言により真正にできたものと認められる乙第三号証に原審における証人Eの証言、被控訴人本人尋問の結果をあわせ考えると、被控訴人は昭和39年9月3日当時において月収手取り額234ドルの収入があつたことを認めることができ、その後右収入額が減つたことを認めるに足りる証拠はない。)(ニ)順に対しては、同人が成人する頃までの間、被控訴人から月額1万円の養育料が支払われることとなつていること(後記四参照)等の諸事情をあわせ考えると、被控訴人が控訴人に支払うべき慰藉料の額は60万円をもつて相当とすべきである。

四、慰藉料請求権の放棄の有無について。

     (中略)

このような状況に逢着した調停委員は、控訴人に対し、控訴人に慰藉料請求権があるかどうか疑わしいとの理由を挙げ、その支払の調整に難色を示す一方、双方に対し、養育費の月額として25ドル(前同様の計算によると合計219万円)を提案して、考慮を促した。そこで、控訴人は、慰藉料請求はしばらく保留することとし、とりあえず、養育費に関する調停委員案を容れることとした。

被控訴人側では、E弁護士が被控訴人に対し、慰藉料を兼ね合わせるということで右調停委員案を容れるよう説得に努めて、被控訴人の諒解を得たので、調停委員に対し、さきの提案を応諾すると回答し、昭和38年3月8日の最終期日において、被控訴人が順に対し養育費として月額1万円を支払うという基本的な方向において双方の意見の一致をみ、前記のような調停条項ができあがつた。

(三)右調停成立にあたつて、E弁護士から家事審判官あるいは調停委員に対し、同弁護士の被控訴人に対する前記説得のいきさつが報告されたことはなく、また、家事審判官から双方に対し、養育費という名目の額の中に実質上慰藉料を含ませるというような説明がされたこともなかつた。さらに、控訴人から慰藉料を請求しないという言明がされたこともない。
 このように認められる。そして、右(一)ないし(三)の認定事実をあわせ考えると、控訴人が右調停成立の際慰藉料請求権を放棄した事実はなかつたものと認めるが相当である。

四、むすび
 以上説明したとおりであつて、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し60万円およびこれに対する昭和38年7月23日(この日が本件訴状送達の日の翌日であることは記録上明らかである。)から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余の請求は棄却すべきである。よつて、これと異なる範囲において原判決を主文第一項ないし第三項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第96条、第89条、第92条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 新村義広 裁判官 中田秀慧 裁判官 蕪山厳)
以上:7,063文字
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R 7-12-19(金):婚姻意思装い性関係をもった男性の不法行為責任を否認した地裁判決紹介
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○たまたま見つけた令和7年からは60年も前の男女関係に関する判例として昭和40年2月24日東京地裁判決(判時416号75頁、判タ175号166頁)を紹介します。

○原告女性が、アメリカ国籍の被告男性に対し、被告が真実結婚する意思がないのに意思があるごとく甘言を弄し、これを信じて錯誤に陥った原告と情交を重ねたのち、原告と会うことを避けつづけて原告との関係を絶ったことにより、精神的苦痛を受けたと主張し、慰謝料200万円の支払いを求めて提訴しました。

○これに対し、上記判決は、不法行為の原因事実発生地である日本の民法を準拠法と認め、本件事実は日本民法上の不法行為を構成するが、原告は被告に配偶者があることを知っており、かかる請求は民法708条の精神に鑑み認められないとして、原告の請求を棄却しました。

○判決は、被告は真実結婚する意思がないのにこれある如く装い甘言を弄し、右甘言を信じ錯誤に陥つた原告と昭和35年5月頃から昭和36年9月頃まで情交を重ねたものであつて、畢竟被告は不法に原告の貞操を弄びこれを侵害して来たものであつて、原告はこれにより甚大なる精神的苦痛をうけたものというべきであると認定しています。

○しかし結論として、原告は被告と情交関係を結んだ当時、被告が妻ミチコと不和になつていることの認識をもつていたとしても、被告が妻と事実上離婚又はそれに類する状態に至つていたものと信じていた等の事実はこれを認むるに足りず、結局原告の本訴請求は、民法第708条に示された法の精神に鑑み、容認するはできないとしています。

○とんでもない判決だと思いますが、控訴審で覆されており、別コンテンツで紹介します。

*********************************************

主   文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

事   実
 原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金200万円及びこれに対する昭和38年7月23日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は昭和15年10月15日父里一の三女として出生し、昭和34年3月末日東京都城石高等学校を卒業後、昭和35年3月1日より埼玉県所沢市の在日米軍兵站廠司令部経理課に事務員として勤務していたものであり、被告は原告の上司として同司令部に勤務していたものであるが、被告は原告が当時19歳の未成年者にして思慮浅薄なるに乗じ、昭和35年3月末頃、原告に対し、結婚する意思がないのに、近いうち結婚すると申向けて原告を誘惑し、その旨原告をして誤信させたうえ情交関係を結び、その後昭和36年頃まで十数回にわたり関係を結んで原告の貞操権を侵害したものである。

 原告はこのため、将来ある青春を一朝にして崩され、精神的苦痛に悩んでいる現状であるが、被告は前記司令部に勤務し俸給月額金27万円位その他諸手当等にて30万円位の月収を得ている。よつて諸般の事情を考慮すれば、被告は原告の蒙つた精神的損害に対し金200万円を支払うべき義務あるものと考えられる。

 よつて原告は被告に対し右不法行為による慰藉料として金200万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和38年7月23日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と述べた。証拠(省略)

 被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、
「原告と被告とが、原告主張の頃、情交関係を結んだことは認めるが、その余の事実は否認する。」
と述べ、抗弁として、

一、原告は被告と情交関係を結んだ当時から、被告に妻子が居ることを承知していたのであり、それを承知の上で関係を結んだのであるから不法原因給付の規定の精神からして、原告からの損害賠償の請求は許されない。

二、仮に被告に何らかの責任があるとしても、昭和38年3月8日、東京家庭裁判所八王子支部において、原被告間の子里照を申立人とし、原告を申立人法定代理人とし、被告を相手方とする昭和37年(家イ)第107号認知事件の調停が成立したが、その際原告は本件慰藉料請求権を放棄したのである。
と述べた。証拠(省略)

理   由
一、原告と被告とが、昭和35年3月末頃から昭和36年6月頃まで十数回にわたり情交関係を結んだことは当事者間に争いがない。

 証人里マツの証言、原告本人尋問の結果及び被告本人尋問の結果の一部に弁論の全趣旨を綜合すると、原告は昭和15年10月15日父里一の三女として出生し、昭和34年3月末日城石高等学校を卒業後、昭和35年3月1日より埼玉県所沢市の在日米軍兵站廠司令部経理課に事務員として勤務していたこと、被告はアメリカ合衆国の国籍を有し、原告の上司として同司令部に勤務していたこと、原告は右職場に勤務するようになつて10日程たつた頃より、被告から自動車による通勤の送り迎えを受けるようになり、また被告に映画見物やナイトクラブに連れていつてもらつたりする程の仲となつたが、

被告は当初から原告と結婚する意思がないのに、原告に愛情を告白し、「自分には妻があるけれども、妻とは別れ、いずれ帰米しなければならないが、そのときには原告を連れて行く」旨述べ、暗に原告と結婚する意思があるようにほのめかして原告を欺き、原告は被告の甘言を盲信し被告に原告と結婚する意思あるものと誤信し、同年5月21日頃東京都麻布の某ホテルにおいて被告と情交関係を結び、爾来昭和36年9月頃まで継続的に情交関係を結んだが、

被告はその都度妻とは別れて原告と結婚する旨述べていたこと、昭和36年7月頃原告は被告の子を妊娠したことに気付き、被告に出産すべきか妊娠中絶をすべきかを相談した際、被告は出産することを希望し、原告は被告の希望を入れて昭和37年1月1日男子順を分娩したこと、原告は昭和36年8月10日前記勤務先を退職したが、同年9月頃から被告は原告と会うことを避けつづけて原告を棄て去つたこと

を認めることができ、右認定に反する被告本人尋問の結果の一部は原告本人尋問の結果に照し措信しえない。

 右認定事実によれば、被告は真実結婚する意思がないのにこれある如く装い甘言を弄し、右甘言を信じ錯誤に陥つた原告と昭和35年5月頃から昭和36年9月頃まで情交を重ねたものであつて、畢竟被告は不法に原告の貞操を弄びこれを侵害して来たものであつて、原告はこれにより甚大なる精神的苦痛をうけたものというべきである。

二、法例第11条によれば、不法行為によつて生ずる債権の成立及び効力はその原因たる事実の発生した地の法律によるものとされているので,本件は原因事実発生地である日本の法律によるべきである。
 而して前記認定事実は日本民法上の不法行為の構成要件に該当する。

しかし、前記認定事実によれば、原告は当初から被告に正妻あることを認識しながら、被告と情交関係を結んだことが明らかである。しかして、配偶者ある男子と情交関係を結ぶことはその配偶者との婚姻関係が事実上の離婚又は相手方の長期間に亘る行方不明等これに類する状態になつている等特別の場合を除き、我国の公の秩序善良の風俗に反する行為であり、たとえ配偶者ある男子が真実結婚する意思がないのに拘らずこれあるが如く装つて欺罔し、これを信じて情交関係に入つた者が、貞操を蹂躙せられ精神的苦痛を受けても、相手方男子に配偶者があることを知つていた以上(その婚姻状態が事実上の離婚等になつていると信じた場合を除き)その損害の賠償を請求するのは、畢竟自己に存する公序良俗に違反する行為によつて生じた損害の賠償を請求することとなるから、かかる請求に対しては民法第708条に示された法の精神に鑑み、保護を与えるべきではないと考えられる。

ところで本件についてこれをみると被告本人尋問の結果によれば、被告とその妻ミチコとは昭和30年頃から不和になり昭和33年頃からは肉体関係も杜絶し、同じ家ではあつても部屋を別にしていたこと、被告は昭和38年9月頃浦和地方裁判所の判決により妻ミチコと裁判上の離婚をしたことが認められるけれども、右の事実のみでは原告が被告と情交関係を結んだ当時、被告が既に妻ミチコと双方離婚意思を確定している事実上の離婚又はそれに類する状態にあつたとは認め難く、他にこれを認め得る資料はない。

また原告本人尋問の結果によつても、原告は被告と情交関係を結んだ当時、被告が妻ミチコと不和になつていることの認識をもつていたとしても、被告が妻と事実上離婚又はそれに類する状態に至つていたものと信じていた等の事実はこれを認むるに足りない。従つて結局原告の本訴請求は、前判示のとおり、民法第708条に示された法の精神に鑑み、容認するを得ない

三、よつて、その余の抗弁について判断するものでもなく、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田中宗雄 小河80次 岡崎彰夫)


以上:3,712文字
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R 7-12-18(木):医学的に説明可能であるかどうかで12・14級を分けた地裁判決紹介
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○原告車と被告車の衝突事故に関し、原告が、被告に対し、本件事故により、原告車が損傷し、原告が受傷し、①頸部痛,両手のしびれ感やふるえ、②右趾のしびれ感のいずれも12級後遺障害で、併合11級後遺障害を負ったとして、民法709条又は自動車損害賠償保障法3条に基づく約1341万円の損害賠償をしました。

○これに対し被告は、①、②いずれも医学的証明がないとして14級後遺障害は認めるも12級は否認し、併合11級後遺障害は争い、且つ、素因減額を主張して争いました。

○この事案で、本件後遺障害のうち①頸部痛、両手のしびれ感やふるえは後遺障害等級12級相当、②右趾のしびれ感については、後遺障害等級14級相当であり、原告の後遺障害は、併せて後遺障害等級12級相当であるとして、約809万円の損害を認めた令和6年7月19日札幌地裁判決(自保ジャーナル2176号37頁)関連部分を紹介します。

○後遺障害について判決は、①頸部痛、両手のしびれ感やふるえはMRI検査等により明らかとなった本件頸部等の所見により生じたものであると医学的に説明可能であることから後遺障害等級は12級相当であると認め、②右趾のしびれ感は、原告が通院した医師が,X-pの他覚的所見そのものは変性変化であり,外傷性の所見である可能性は低く,それによって生じた症状「右趾のしびれ感」は事故がなければ生じていなかった可能性は否定できないという回答にとどまり、原告に認められるL4/5椎間板腔狭小化等による神経への影響は判然せず医学的に説明可能ではないので14級に留まるとしました。

○被告の素因減額主張については、被告らが指摘する従前の事故は本件事故の10年以上前のもので、本件事故による治療や後遺障害に影響を与えたとは認められないとして排斥しました。なお、本件には過失割合等の争いもありましたがその部分は省略します。

*********************************************

主   文
1 被告は,原告に対し,808万9530円並びにうち100万0600円に対する令和4年2月10日から支払済みまで年3分の割合による金員及びうち708万8930円に対する令和4年12月26日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

     (中略)

事実及び理由
第一 請求の趣旨
1 第1事

 被告は,原告に対し,1341万6002円並びにうち161万3182円に対する令和4年2月10日から支払済みまで年3分の割合による金員及びうち1180万2820円に対する令和4年12月26日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

    (中略)

第二 事案の概要
 本件は,原告が運転する自動車(以下「原告車」という。)と被告が運転する自動車(以下「被告車」という。)との間で生じた交通事故(以下「本件事故」という。)に関し,原告が,被告に対し,本件事故により,原告車が損傷し,原告が受傷し,後遺障害を負ったなどとして,民法709条又は自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償請求(遅延損害金の起算日は,161万3182円(弁護士費用及び物損の合計額)については事故日である令和4年2月10日であり,1180万2820円(人身損害)については保険支払日である令和4年12月26日である。)をする(中略)事案である。

1 前提事実

     (中略)

2 争点及びこれに対する当事者の主張
(1)過失割合

     (中略)

(2)本件事故による原告の後遺障害の程度
(原告の主張)
 原告には,他覚的所見として,C5/6,C6/7椎間板腔狭小化及び椎間板膨隆・椎体後縁骨棘,並びにL4/5椎間板腔狭小化が認められる。上記所見が外傷性でなかったとしても,本件事故前,原告には当該他覚的所見による症状はなかったにもかかわらず,原告は,本件事故後から,一貫して「頸部痛,両手しびれ感,両手のふるえ」や「右趾しびれ感」を訴え,同症状が症状固定日においても継続している。

 したがって,原告は,本件事故前には無症状であったが,事故後に画像により確認される他覚的所見に起因するこれらの症状(「頸部痛,両手しびれ感,両手のふるえ」や「右趾しびれ感」)が発現したものであり,後遺障害等級12級相当の後遺障害が生じたといえ,それが2以上残存しており,全体として,後遺障害等級併合11級相当の後遺障害が残存したというべきである。

(被告らの主張)
 原告の主張は否認ないし争う。原告の後遺障害が後遺障害等級14級相当であることについては争わないが,いずれについても,本件事故によって原告の後遺障害が発現したことについて,医学的な証明がされているという程度には至っておらず,原告には,後遺障害等級12級相当の後遺障害は認められず,全体として,後遺障害等級併合11級相当の後遺障害が残存したとはいえない。

(3)素因減額の有無
(被告らの主張)
 原告は,従前の事故により,頸部痛,右手しびれ,右手のふるえについて後遺障害等級14級の認定を受けていることから,頸部痛については経年変性を超えた疾患として残存していた。
 このことから,頸部痛に基づく神経障害を原因とした原告の左手しびれ感,左手ふるえ感については,原告の疾患が本件事故による外傷と相まって生じたものである。同頸部痛を原因とする左手しびれ感等の後遺障害について減額を認めない場合,後遺障害を二重評価していることになるから,公平の観点から素因減額が認められるべきである。

(原告の主張)
 被告らの主張は否認ないし争う。

     (中略)

第三 当裁判所の判断
1 認定事実


     (中略)

3 争点(2)(本件事故による原告の後遺障害の程度)
(1)原告に残存した後遺障害

 前記1の認定事実,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,原告には,症状固定時(令和4年8月9日時点)において,「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」及び「右趾のしびれ感」が残存したことが認められる(以下,これらを「本件後遺障害」という。)。

(2)「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」
 原告には,本件事故後において,本件所見のうち,「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」に関するものとして,「C5/6,C6/7の椎間板腔狭小」,「C5/6,C6/7変転」(頸椎後弯アライメント),「椎体後縁骨棘あり」,「硬膜のう 軽度圧迫」(以下「本件頸部等の所見」という。)が認められるところ(前記認定事実(1)ア),これらの所見が本件事故によって生じた外傷性のものであると認めるに足りる証拠はない。

 しかし,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故当時70歳ではあったものの,本件事故前において,業務上の支障なく,フレンチ料理の店舗において,自ら調理をするとともに,他の調理人を統括する業務を行っていたことが認められるところ,本件事故後において,「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」等の症状が出現したこと(前記(1),前記前提事実(2),(3),(5),前記認定事実(1)),原告は,本件事故があった前年(令和3年)の給与所得(支払金額)は478万6928円であったが,本件事故があった年(令和4年)には給与所得(支払金額)は235万8030円となり,令和5年4月には上記料理店を退職していること(前記認定事実(3))が認められ,これらの事実によれば,本件事故により,原告に「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」の症状が発生するようになったと認められる。

 その上,前記認定のとおり,原告が通院していたcクリニックの医師が,原告には椎間板の狭小化,骨棘などの変性変化により,頸部痛が発生,遷延化すること及び脊髄の圧迫により,両手しびれ感,両手のふるえが発生,遷延化することが考えられ,上記所見の状態に外傷が加わることによって症状が発生した可能性は否定できず,原告は,事故前は不自由なく調理人としての仕事を全うされていたことを考えると事故がなければ,原告には「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」の症状が発生しなかったと考えられる旨回答している(前記認定事実(2))ところであり,医師による上記回答を踏まえると,本件事故前には「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」の症状が特段生じていなかったにもかかわらず,本件事故の衝撃等による外力が本件頸部等の所見に加わり,それに伴って,本件頸部等の所見に伴う症状が顕在化したものと認められる。

 したがって,本件後遺障害のうち,「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」は,本件事故と相当因果関係があるものであり,MRI検査等により明らかとなった本件頸部等の所見により生じたものであると医学的に説明可能であることから後遺障害等級は12級相当であると認めることが相当である。

(3)右趾のしびれ感
 原告には,本件事故後において,本件所見のうち,「右趾のしびれ感」に関するものとして,L4/5椎間板腔狭小化が認められるところ,原告が通院してcクリニックの医師が,X-pの他覚的所見そのものは変性変化であり,外傷性の所見である可能性は低く,それによって生じた症状「右趾のしびれ感」は事故がなければ生じていなかった可能性は否定できないという回答にとどまっており(前記認定事実(2)),原告に認められるL4/5椎間板腔狭小化等による神経への影響は判然としない。

 以上を踏まえると,右趾のしびれ感については,原告に認められたL4/5椎間板腔狭小化の所見により,医学的に説明可能であるとまではいえず,後遺障害等級12級相当であるとまではいえず,後遺障害等級14級相当にとどまる。

(4)被告らの主張について
 被告らは,原告に残存した「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」については,原告の主張する神経症状を発現させるほどの圧迫等の痕跡があることは伺えず,有意な神経学的所見は存在せず,本件事故による障害部位と自覚症状が整合しているとはいえないなどとして,医学的な証明がされておらず、後遺障害等級14級にとどまる旨主張する。

 しかし,前判示のとおり,原告には,本件頸部等の所見(「C5/6,C6/7の椎間板腔狭小」,「C5/6,C6/7変転」,「椎体後縁骨棘あり」,「硬膜のう 軽度圧迫」)が存在すると認められるところ(前記認定事実(1)ア),本件頸部等の所見は,頸椎MRIの検査等により明らかとなったものであり,他覚的所見といえる。

また,本件頸部等の所見によると,C6やC7の脊髄,C5/6やC6/7の神経根に障害が生じていると考えられるところであり,これらの所見に伴う神経症状としては,第1から第3指までの感覚障害が生じ得るところであることや,原告の担当医が,原告には椎間板の狭小化,骨棘などの変性変化により,頸部痛が発生,遷延化すること及び脊髄の圧迫により,両手しびれ感,両手のふるえが発生,遷延化することが考えられる旨回答していること等を踏まえると,本件頸部等の所見は,原告に残存した「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」の後遺障害と整合するものといえ,前判示のとおり,本件後遺障害のうち,「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」は,本件頸部等の所見により生じたものであると医学的に説明可能であるといえ,被告らの上記主張は採用することができない。
 
(5)結論
 以上によれば,本件後遺障害のうち「頸部痛,両手のしびれ感やふるえ」は後遺障害等級12級相当であり,右趾のしびれ感については,後遺障害等級14級相当であると認められるところであり,原告に残存した後遺障害は,併せて後遺障害等級12級相当であると認められる。

4 争点(3)(素因減額の有無)
 被告らは,原告が,従前の事故により,頸部痛,右手しびれ,右手のふるえについて,後遺障害等級14級の認定を受けており,素因減額をすべきである旨主張する。

 しかし,被告らが指摘する従前の事故は本件事故の10年以上前のものであり,本件事故前に,原告が,従前の事故の影響による治療を受けていた形跡がうかがわれないこと等に照らすと,従前の事故が,本件事故による治療や後遺障害に影響を与えたとは認められない。
 なお,本件所見は,いずれも加齢に伴うものと考えられるため,これを根拠に素因減額を行うことは相当ではない。

 よって,被告らの上記主張は採用することができない。

5 争点(4)(原告の損害額)

     (中略)

第四 結論
 以上によれば,原告及び被告の請求は,主文記載の限度で理由があり,その余の請求は理由がないので棄却するとともに,原告会社の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
札幌地方裁判所民事第3部
裁判官 濱岡恭平
以上:5,189文字
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R 7-12-17(水):2025年12月16日発行第403号”権利のための逃走”
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○横浜パートナー法律事務所代表弁護士大山滋郎(おおやまじろう)先生が毎月2回発行しているニュースレター出来たてほやほやの令和7年12月16日発行第403号「権利のための逃走」をお届けします。

○イェーリングの「権利のための闘争」は学生時代法学概論等で習いましたが、概要を習っただけで、原本まで読んでいません。大山先生に「法律を学ぶ人の必読書」なんて言われると恥ずかしい限りです(^^;)。「権利は「与えられるもの」ではなく、「勝ち取るもの」であり、自分の権利を守るための戦いは、自分自身のためだけでなく、法と社会全体への貢献でもある、という強いメッセージが込められています。 」なんて解説されています。今でもヒマですがさらにヒマになったら文庫本を買って読んでみます。

○権利を実現するための最終手段は訴訟ですが、訴訟はコストがかかり、コストとの兼ね合いでコストが合わないので止めた方が良いのではとアドバイスすることは良くあり、多くのお客様は納得されます。しかし中には幾らコストがかかっても構いませんから徹底してやって下さいと言うお客様が稀に居て、さてこの事件を受けるべきか否かで悩むこともあります。

○交通事故事件の場合、弁護士費用特約保険が普及してご本人にコスト負担がなくなったため、昔だったら事件にならない事件の訴訟が増えています。請求額10数万円の物損請求事件で、過失割合が熾烈な争いになり、弁護士費用特約を利用して数十万円の鑑定費用をかけて訴訟で争っている事件があります。請求額が小さいため弁護士費用は鑑定費用よりズッと低額で、本音は「逃走」したくても「闘争」せざるを得ないが辛いところです(^^;)。

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横浜弁護士会所属 大山滋郎弁護士作

権利のための逃走

「権利のための闘争」は、今から150年も前にイェーリングという法学者によって書かれました。現代でも、法律を学ぶ人の必読書とされています。法や権利についての有名な言葉が沢山出てきます。「権利は自然に与えられるものではなく、侵害に対して闘うことによって初めて現実のものとなる」なんて有名ですね。法律に「権利」として書かれていても、現実にそのために戦わなければ、権利は現実化しないというわけです。例えば現代日本でも、生活保護の支給額をめぐってのデモや裁判な度が行われています。生活保護の権利は憲法に明記されていますが、それを現実化するためには「闘争」が必要ということです。

確かに生活保護のためにデモしている人たちを見て、「デモする元気があるなら、まず働けよ!」と言いたくなる気持ちも分かります。でも、制度としての生活保護の権利の為に戦うこと自体は正しいことだと思うのです。本の中でイェーリング大先生は、わずかな金額を騙し取られたことから、大金を使って裁判を起こした人の話が紹介されています。1万円の為に、100万円かけて裁判するような感じです。多数派の人の感覚だと、「バカなことをするな」みたいに思うはずです。イェーリングの時代の人たちも、そういう風に考えたようです。しかしイェーリング大先生は、「バカだというやつがバカだ」みたいな勢いで、こういう訴訟を大絶賛しちゃうのです。それによって、正義が回復して、権利が現実のものになったというわけです。

こういうのを聞くと、境界紛争の相談に来た方を思い出します。隣地との境界に関して、10センチほど争いがありました。田舎の土地でしたので、金額にすればせいぜい数万円程度の話です。ところが裁判で争うとなれば、土地の測量から始まって、全部で200万円くらい必要になります。「損得を考えたら裁判は止めた方が良いですよ。数万円お金を払って和解してらどうでしょう?」なんてアドバイスしたんですが、聞いてくれません。「先生のような人には、土地を奪われた人の気持ちなど分からないんでしょう!」とまで言われました。正直「どうも困ったな」と思いましたが、イェーリング先生なら、「立派な人だ。あんたの方が困った弁護士だ!」とおっしゃいそうです。ううう。。。

権利の為にどこまで闘うのかは、本当に難しい問題です。先日ネットニュースを見ていたら、飲食店で暴れた迷惑客の話がありました。朝4時に来て、ビールを出せと言って大暴れして、店の備品を壊したそうです。ただ、被害にあったお店は、被害届は出さないと言っているとのことでした。ニュースのコメント欄では、「そんなのを放置するな」「厳しく罰しろ」なんて意見が沢山ありました。確かにもっともな意見ですが、被害届を出すと本当に面倒なんです。現場検証の対応をすればお店を閉めないといけません。警察や検察での事情聴取の為に、2~3日ほど時間を取られることになります。大体の場合、飲食店で暴れるような人は、お金を持っていません。親族からも見放されているような人が多数派です。頑張って被害届を出したり、損害賠償請求したりしても、一銭も取れなかったということになりかねない。

イェーリング先生には怒られますが、「闘争」は止めて、その場から早く「逃走」した方が絶対に得なんです。もっとも、日本企業は海外で、かなり不当な訴訟でもすぐに和解金を払って終わらせるから良い鴨になっているなどと言われてました。ちょっと脅すとすぐにお金が取れるので、効率が良い。だからまた同じような訴訟を起こされる。欧米の企業は、費用をかけても断固闘うので、そのような紛争に巻き込まれること自体少なくなるそうです。私が勤めていた会社が、マイクロソフトなどと共同被告として訴えられたことがありました。当方はすぐに和解したんですが、MSは断固戦い抜いてました。「闘争」と「逃走」どちらを選ぶのか難しいところです。

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◇ 弁護士より一言

若い頃は山登りが好きでした。頂上まで登れなければ意味がないように思っていたのです。しかし還暦を過ぎてからは、「頂上」に拘らないだけではなくて、「山下り」が好きになったのです。ロープウェイなどで登れるところまで行ってから山を下ります。山と闘わないで逃げているみたいですが、このくらいが丁度良い。来年もゆっくり山下りを楽しみたいものです。

以上:2,594文字
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R 7-12-16(火):週刊ポスト令和7年12月26日号”棺桶まで自分で歩く”紹介
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○週刊ポスト令和7年12月26日号に2000人の最期を看取った体験から見えた答え在宅ケアの名医萬田緑平医師「棺桶まで自分で歩く力をつけよう」都の記事が掲載され、大変、分かりやすく参考になりました。令和7年11月刊同医師著「棺桶まで歩こう」(幻冬舎新書)の要約版で、早速、Amazonに注文しました。以下、その備忘録です。

・根性と気力
歩くスピードと歩幅で余命が測れる
スタスタと歩ける人なら10年以上、椅子から腕を使わず立ち上がれるなら1年以上、ちょこちょこ歩きなら余命数年
自宅で最後まで家族や友人と一緒に笑い好きな物を食べ、「ありがとう」と言って逝くケースは日本人の1割に満たない
日本の医療現場は超延命治療で本人の意思とは無関係にただ「生かされている」患者が多数

自分で歩くことの重要性-歩くために必要なのは筋肉だけでなく、「根性」と「気力」換言すれば「脳の若さ」
がんでも他の病気でも亡くなる直前まで自分で歩けていた人こそ「ピンピンコロリ」と呼ぶに相応しい

・背筋を伸ばす
歩くために重要なことは体幹の筋肉と持久力
座る・立つ・歩くためには「背筋を伸ばす」必要、この時に使うのが体幹の筋肉と持久力
体幹の筋肉と持久力を鍛えるには、何かにもたれかからすに、背筋を伸ばして座っている時間をできるだけ長くする
背筋を30分伸ばして座っていられる人は30分歩くことができる

歩行時に背筋をビシッと伸ばし、できるだけゆっくり、大股で歩くこと、ちょこちょこ歩きは歩けなくなる一歩手前
大股でゆっくり歩けるなら、おしりの筋肉を使って歩くことを意識する
※スタスタ歩くと大股でゆっくり歩くのは矛盾-この辺りは著作で確認
歩ける筋肉をつけるにはタンパク質が重要、プロティンを積極的にのむのもよい

・入院でピンピンコロリが遠のく
死ぬまで幸せに生ききるためには歩くことと同じくらい「病院で最期を迎えない」ことが重要
入院すると「ピンピンコロリ」は遠のく、高齢者は入院でせん妄症状が出て認知症になりやすい
自宅に帰ってせん妄症状がスッカリ治まるケースが多数

「薬の飲み過ぎ」に注意-降圧剤・高脂血症・糖尿病薬により生きながらえてもその先は認知症
歩くことで高血圧・高脂血症・糖尿病を予防・改善につなげる-歩けることは脳が若いので認知症になりにくい

自分の足で歩き、自らの意思で最期を決めるのが「生ききること」
他人に棺桶に入れられるのではなく、自分で歩いて棺桶に入るのが理想の最期


○これまで、胸を張って背筋を伸ばし、スタスタ早歩きすることを意識し、さらに薬は可能な限り飲まない、ワクチンも一切摂らないをモットーとしてコロナワクチンもインフルエンザワクチンも摂ったことがありません。この記事で、その意をさらに強くしました。ゆっくり大股で歩くのとスタスタ歩きのどちらが良いのか、この著作が届いたらシッカリ確認します。大股でスタスタ歩くのが良いかも知れません。
以上:1,195文字
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R 7-12-15(月):映画”栄光のバックホーム”を観て-横田慎太郎氏の生涯に感動
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○令和7年12月14日は早朝午前8時10分からTOHOシネマズ仙台5番シアターで映画「栄光のバックホーム」を観てきました。日本語字幕付で上映されていたからです。聴覚障害者の私は、難聴者用ヘッドホンをつけても邦画の日本語が半分しか認識出来ず、邦画は日本語字幕付でないと鑑賞できません。そこでTOHOシネマズ仙台HPの上映スケジュールで日本語字幕付邦画を探すのですが、なかなか見当たりません。今般、TOHOシネマズHPトップに日本字幕ニュースがあるのに気付きました。「TOHOシネマズでは、耳の不自由な方に映画を楽しんでいただけるよう、期間限定で「日本語字幕付き上映」を行っております。」と説明されており、日本語字幕付映画とその上映館・上映スケジュールが掲載されています。映画「栄光のバックホーム」は、令和7年12月14日現在3番目に掲載されていました。

○現在上映中の映画「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」も日本語字幕付で鑑賞したいのですが、残念ながら、上映館は東北ではTOHOシネマズ秋田だけで、仙台では上映されていません。TOHOシネマズ秋田は日本語字幕付映画の殆どに上映館と掲載されているのに、TOHOシネマズ仙台は半分も上映館になっていないのが残念なところです。映画「新解釈・幕末伝」は、来年1月3~6日の4日間だけTOHOシネマズ仙台でも日本語字幕付で上映されるので鑑賞しようと思っています。

○さて映画「栄光のバックホーム」ですが、映画コムでは「阪神タイガースにドラフト2位で入団し、将来を期待されながらも、21歳で脳腫瘍を発症して引退を余儀なくされた元プロ野球選手・横田慎太郎の軌跡を、松谷鷹也と鈴木京香の主演で映画化。」と説明されていますが、涙・涙の連続映画でした。横田慎太郎選手は実在の人物で実話の映画化ですが、私は全く知りませんでした。折角、恵まれた体躯と極めて高い身体能力を持って生まれついたのに21歳で脳腫瘍を発症し、一時は緩解しても、まもなく再発し、さらに再々発を繰り返し、脊髄にまで転移し、その闘病生活の物語でもあります。

○8ヶ月の未熟児として生まれた私は、生まれながらにして「蒲柳の質」即ち虚弱体質でしょっちゅう病気ばかりしており、特に幼児時代から高校時代まで煩った両耳の中耳炎によって聴覚障害者となり、現在6級の身体障害者に認定されている私は、涙ぐましい健康努力を継続していることもあり、幸い腫瘍などの大きな病気は発症せず、70代半ばの現在まで生き延びています。この横田慎太郎氏は3歳から野球を始め、高校野球部では大活躍し、ドラフト会議で2位指名を受けた阪神に入団し、さあ、これからだという21歳の若さで脳腫瘍を発症し、その後の人生が一転します。

○腫瘍(しゅよう)とは、体内の細胞が異常に増殖してできた「細胞の塊」の総称でその中で悪性のモノがガンと呼ばれるとのことです。横田氏の症状は腫瘍と説明されていましたが、神は、何故、元気な若者に対し腫瘍を繰り返し発症させて生命を奪ってしまうのか。大きな不条理を感じる映画でした。しかし世の中には腫瘍に限らず生まれつき或いは幼少時から身体に障害を抱えて懸命に生きている方々も大勢居ます。横田氏は腫瘍でプロ野球選手引退後もこのような方々を元気づける講演等を継続する努力をし懸命に生きたことが評価されています。

○映画としてはちと首をかしげる面もありましたが、実在の横田慎太郎氏の真摯に生きた生涯には大いに感動させられました。

『栄光のバックホーム』予告編-スペシャルロングバージョン【11月28日公開】


以上:1,475文字
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R 7-12-14(日):グーグルマップクチコミ記事の名誉毀損削除請求を認容した高裁判決紹介2
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○「グーグルマップクチコミ記事の名誉毀損削除請求を認容した高裁判決紹介1」の続きで、令和7年7月23日東京高裁判決(LEX/DB)の理由部分後半を紹介します。

○高裁判決でも投稿記事目録内容は省略されていますが、原審判決と控訴審判決の内容から
本件記事1は、「レントゲンも撮らずに、銀歯の下を見てみるしかないと言われ・・・銀歯を取られそうになりました。・・・」、「十分な説明、検査なしに、銀歯を取り歯を削ろうとする歯医者に驚きました」、「その後違う歯医者で診ていただき、レントゲン撮影後、銀歯は取る必要ないとの判断でした。」
本件記事2は、原告が本件記事2の投稿者に施術する際、まだ虫歯がごっそり残っているのに被せ物をした
となっています。

○高裁判決は
本件記事1については、
控訴人は、レントゲン検査を行えば、銀歯を取る必要があるかどうかについて適切な判断を行えたにもかかわらず、レントゲン検査を行わずに銀歯を取ろうとするなど不適切な診療を行う歯科医師であるとの印象を与えるものであり、控訴人の社会的な評価を低下させる
公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものと認められるが、その摘示事実の重要な部分が真実であることをうかがわせる事情はない
として、

本件記事2については、
虫歯を残したまま被せ物をしてはいけない状況であるにもかかわらず、被せ物をしたものとして読むと考えられ、控訴人の社会的評価は低下すると認められるもので、
公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものと認められるが、摘示事実は、事実に反している可能性が高く、その重要な部分が真実であることをうかがわせる事情ははない
本件記事2の投稿者に係る医療記録等の客観証拠を提出することはおよそ不可能であり、そのような状態で投稿者に客観的証拠の提出を求めることは相当ではない

との理由で、いずれも削除を認めました。

○原審判決は、投稿記事で摘示された事実の不存在について、投稿された医師に立証責任がある如く読めるもので、投稿された側には極めて厳しすぎる判決であり、高裁判決の判断が妥当と思われます。

*********************************************

主   文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、別紙投稿記事目録記載の各投稿記事を削除せよ。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣

 主文同旨

第2 事案の概要
1 事案の要旨

 本件は、歯科医院の院長である控訴人が、オンライン地図サービスであるGoogleマップに、同歯科医院についての口コミとして投稿された別紙投稿記事目録記載の各記事により名誉権を侵害されたとして、Googleマップを運営する被控訴人に対し、名誉権に基づき、上記各記事の削除を求めた事案である。
 原審が、控訴人の請求をいずれも棄却したところ、控訴人が控訴した。

     (中略)

第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、控訴人の請求はいずれも理由があると判断する。その理由は以下のとおりである。

1 判断の枠組みについて

     (中略)

2 本件記事1について
(1)
ア 本件記事1は、「レントゲンも撮らずに、銀歯の下を見てみるしかないと言われ・・・銀歯を取られそうになりました。・・・」との記載の後に「十分な説明、検査なしに、銀歯を取り歯を削ろうとする歯医者に驚きました」との記載があり、以上の記載を併せて一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準としてみると、控訴人が、レントゲンを撮らず、事前に説明を行うことなく銀歯(被せ物。以下同じ。)を取り歯を削ろうとしたことを主張するものと解され、事実を摘示したものと認められる。

 そして、本件記事1の投稿者の診察当時の客観的な症状等は明らかでないものの、本件記事1において、上記記載に続けて「その後違う歯医者で診ていただき、レントゲン撮影後、銀歯は取る必要ないとの判断でした。」との記載があり、これを前記記載と併せて読むと、上記摘示事実は、一般の閲覧者に対し、控訴人は、レントゲン検査を行えば、銀歯を取る必要があるかどうかについて適切な判断を行えたにもかかわらず、レントゲン検査を行わずに銀歯を取ろうとするなど不適切な診療を行う歯科医師であるとの印象を与えるものであり、控訴人の社会的な評価を低下させると認められる。

イ 被控訴人は、歯科医師の説明や検査が十分かどうかは投稿者による主観的な評価に過ぎず、また、社会的評価の低下を認めるためには、一般の閲覧者が一定程度信用する具体的な事実の記載があることが必要であるところ、本件記事1には具体的な事実は記載されていないから、社会的評価を低下させない旨主張する。

しかし、本件記事1には「十分な説明、検査なしに」、「もう行きません」などの投稿者の意見や感想等を記載したと読める部分もあるものの、上記アに挙げた記載も含め、患者と控訴人との口頭のやり取りを含む控訴人の言動等を記載したと読める部分があり、閲覧者は、前記の摘示された事実については、投稿者が体験した診療の経過を記載したものとして読むと認められるのであり、上記アに説示するとおり、本件記事1は控訴人の社会的評価を低下させるものと認められるから、被控訴人の前記主張は採用できない。

 また、被控訴人は、本件サイトには本件歯科医院について好意的な評価も多数あることを指摘するが、同時に好意的な評価が多数掲載されているかどうかは、閲覧する時点によって変わり得ることであるし、本件サイトは、ネットユーザー一般が、利用する施設の選択等のための情報を手軽に収集するために閲覧するものであり、前記1(2)イ(イ)説示のとおり、閲覧者は、必ずしも対象者に関する口コミを一つ一つ熟読して、他の口コミと読み比べたり、投稿者の特性や背景等を想定したりしながら、子細に検討するわけでもなく、短時間で全体として目を通すのが一般的と考えられることも考慮しても、本件記事1は、他の多数の口コミの中にあってもなお、控訴人の社会的評価を低下させると認められるから、被控訴人の上記指摘は失当である。

(2)次に、違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情がないと認められるかについて、以下検討する。
ア 本件記事1の投稿は歯科医師による治療行為に関するものであるから、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものと認められる。
 真実性については、控訴人の陳述書(甲27)は、控訴人は、通常、治療前に問診、視診、検査(口内写真及びエックス線写真撮影)という手順を踏むことが記載されており、この記載が虚偽のものであることをうかがわせる事情は認められないから、同陳述書により前記の記載に係る事実が認められる。また、控訴人において、特定の患者について、上記の通常の診療に係る手順をあえて変更して、何ら検査をせずに銀歯を取ろうとするような事態は、通常想定し難い。そうすると、本件記事1について、その摘示事実の重要な部分が真実であることをうかがわせる事情はないと認められる。

イ 被控訴人は、甲27は一般的な治療の流れを述べたにすぎず、それから外れた治療が行われる可能性を排斥するものではない、歯の状態や歯科医師の知識・経験等を踏まえ即座に治療しようとすることが不自然とはいい難く、また、本件歯科医院に対する口コミには治療に当たって説明がなかった旨のものが複数あるから、本件記事1が真実であることがうかがわれるなどと主張する。

しかし、控訴人において、通常の診療手順と異なる診療を行うことが考え難いことは上記アに説示するとおりである。また、本件歯科医院に対する他の口コミの中には、説明も断りもなく歯を削り出したとか説明が分かりにくいなど本件記事1と同旨のものがあるが(乙36)、口コミが摘示する事実の真実性を検討する場面において,他の口コミが有する証拠の価値は低いというべきであるし、低い証拠価値であることを前提としても、本件においては、他方で、患者の話を丁寧に聞いてしっかり説明してくれる、病状や治療方針を分かりやすく説明してくれるなどの、対象者に肯定的な口コミも複数存在することが認められるのであり(乙36)、以上を総合して考慮すると、被控訴人の上記主張は採用できない。

(3)したがって、本件記事1の削除請求は、理由がある。
 

3 本件記事2について
(1)原判決「3 本件記事2について」の(1)は、6頁15行目の「(1)」を「(1)ア」に改め、同頁20行目末尾に改行の上、次のとおり加えるほかは、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

「イ 被控訴人は、本件記事2には具体的事実は記載されていないから、一般の閲覧者が直ちにその内容を信用するとはいえないし、治療の経緯等によっては必ずしも不適切でなかった場合も想定され、社会的評価が低下するとはいえない旨主張する。

しかし、本件記事2が事実を摘示するものであることは、上記アに説示するとおりであって、具体的事実が記載されていないとはいえない。また、仮に治療の経緯等によっては虫歯を残したまま被せ物をする事態があるとしても、本件記事2の閲覧者はそのような読み方はせず、虫歯を残したまま被せ物をしてはいけない状況であるにもかかわらず、被せ物をしたものとして読むと考えられ、控訴人の社会的評価は低下すると認められるのであるから、被控訴人の上記主張は採用できない。」

(2)原判決「3 本件記事2について」の(2)及び(3)を、次のとおり改める。
「(2)違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情がないと認められるかについて、以下検討する。
ア 本件記事2の投稿は歯科医師による治療行為に関するものであるから、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものと認められる。
 真実性については、控訴人の陳述書(甲27)は、控訴人は、通常、施術後に虫歯の削り残しがないか入念にチェックしていること、治療後に本件歯科医院に対し、削り残しがあるのに被せ物をされたという趣旨のクレームが寄せられたことはないことがそれぞれ記載されており、これらの記載が虚偽のものであることをうかがわせる事情は認められないから、同陳述書により前記の各記載に係る事実が認められ、そうすると、本件記事2は事実に反している可能性が高く、本件記事2について、その摘示事実の重要な部分が真実であることをうかがわせる事情はないと認められる。

 なお、真実性をうかがわせる事情がないと判断された場合であっても、サイト運営者においてはこの点についての反証が可能であり、実際にサイト運営者において投稿者に連絡をして反証を行うかどうかは、サイト運営者の判断に委ねられているというべきである。また、投稿者の本件歯科医院における治療時期や治療内容は明らかでなく、本件歯科医院における治療後に歯が痛み出して別の歯科医で治療を受けるまでの経緯等も明らかでないが、前記(1)ア説示のとおり、本件記事2は、本件歯科医院の歯科医師は、投稿者に虫歯が大きく残っている状態で、その歯に被せ物をしたという事実を摘示したものと認められるのであるから、前記の各事情が明らかでないことにより、真実性についての前記の判断が左右されるものではない。

イ 被控訴人は、本件記事2に記載された事実の反真実性を立証する客観的な証拠は何ら提出されていない、虫歯菌が残ったまま詰め物等をしてしまうことは多いとされており(乙32)、本件歯科医院においても虫歯が残ったまま被せ物をした可能性を否定できない、本件歯科医院に対する口コミには歯科医師等の技術が乏しい旨の口コミが複数あるから、本件記事2の記載は真実であることがうかがわれるなどと主張する。

しかし、本件記事2は、本件訴え提起(令和5年12月21日)の4年前に仮名で投稿されたものであり(甲3)、本件歯科医院における治療時期や治療内容が明らかでないから、被控訴人において投稿者に意見照会をするなどして、これらについての手がかりが得られない限り、控訴人において、本件記事2の投稿者に係る医療記録等の客観証拠を提出することはおよそ不可能であり、そのような状態で投稿者に客観的証拠の提出を求めることは相当ではない。

また、被控訴人が主張するように、虫歯菌が残ったまま詰め物等をしてしまうことが多いとしても、前記(1)ア説示のとおり、本件記事2は、本件歯科医院の歯科医師は、投稿者において虫歯菌ではなく虫歯が大きく残っている状態で、その歯に被せ物をしたという事実を摘示したものと認められるのであるから、被控訴人の主張はその前提を欠き失当である。さらに、本件歯科医院又は対象者について医療の技術がないという趣旨の口コミが複数投稿されていることが認められることについては(乙36)、口コミが摘示する事実の真実性を検討する場面において、他の口コミが有する証拠価値は低いというべきであるし、低い証拠価値を前提にしたとしても、本件においては、他方で、対象者による治療が的確で信頼できた、対象者にとても丁寧に処置してもらえたなどの対象者に肯定的な口コミも複数存在することが認められるのであり(乙36)、以上を総合して考慮すると、被控訴人の上記主張は採用できない。

(3)したがって、本件記事2の削除請求は、理由がある。

4 以上の認定、判断は、その余の被控訴人の主張によって左右されるものではない。

第4 結論
 以上のとおり、前記第3の判断と異なり、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は失当であって、控訴人の控訴は理由があるから、原判決を取消して控訴人の請求をいずれも認容することとし、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第23民事部
裁判長裁判官 古谷恭一郎 裁判官 間史恵 裁判官 島村典男

別紙 投稿記事目録(省略)
以上:5,671文字
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R 7-12-13(土):グーグルマップクチコミ記事の名誉毀損削除請求を認容した高裁判決紹介1
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○「グーグルマップクチコミ記事の名誉毀損削除請求を棄却した地裁判決紹介」の続きで、その控訴審令和7年7月23日東京高裁判決(LEX/DB)の理由部分前半を紹介します。長い判決なので2回に分けて紹介します。

○歯科医院の院長である控訴人(原告)が、オンライン地図サービスであるGoogleマップに、同歯科医院についての口コミとして投稿された各記事により名誉権を侵害されたとして、Googleマップを運営する被控訴人(被告)に対し、名誉権に基づき、上記各記事の削除を求め、原審が控訴人の請求をいずれも棄却しました。

○そこで控訴人歯科医院院長がが控訴した事案で、高裁判決は、判断の枠組みについた概要以下の通り判示しています。
・口コミサイト記事の投稿により対象者の社会的評価が低下すると認められるときは、違法性阻却事由(公共利害関連性、公益目的、真実性)が認められない限り、対象者は、対象者の人格権としての名誉権侵害を根拠に、サイト運営者に対して、同記事の削除を請求できる
・対象者が、クチコミサイト上の口コミにおける表現が名誉毀損に該当するとして、サイト運営者に口コミの削除を求める場合、違法性阻却事由(公共利害関連性、公益目的、真実性)の存在をうかがわせる事情がないことを、対象者において主張立証する必要がある

○その上で本件記事1・2について削除請求が認められるかどうかを判断しており、別コンテンツで紹介します。

*********************************************

主   文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、別紙投稿記事目録記載の各投稿記事を削除せよ。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

 主文同旨

第2 事案の概要
1 事案の要旨

 本件は、歯科医院の院長である控訴人が、オンライン地図サービスであるGoogleマップに、同歯科医院についての口コミとして投稿された別紙投稿記事目録記載の各記事により名誉権を侵害されたとして、Googleマップを運営する被控訴人に対し、名誉権に基づき、上記各記事の削除を求めた事案である。
 原審が、控訴人の請求をいずれも棄却したところ、控訴人が控訴した。

2 前提事実及び当事者の主張

     (中略)

第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、控訴人の請求はいずれも理由があると判断する。その理由は以下のとおりである。

1 判断の枠組みについて
 原判決5頁15行目から21行目までを次のとおり改めるほかは、原判決の「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の1に記載のとおりであるから、これを引用する。
「(2)
ア 本件における判断の枠組み
 特定の人や組織等を評価、批評等の対象とする口コミを記載した記事(以下、同記事を単に「口コミ」ということがある。また、その対象とされる人や組織等を以下「対象者」という。)が口コミサイトに投稿された場合において、同投稿における表現が対象者に関する特定の事項についての具体的な事実を摘示するものであると解され、同記事の投稿により対象者の社会的評価が低下すると認められるときは、違法性阻却事由が認められない限り(違法性阻却事由の主張立証責任については後のイで検討する。)、対象者は、対象者の人格権としての名誉権侵害を根拠に、サイト運営者に対して、同記事の削除を請求できるものと解することが相当である。このように解する理由は以下のイに説示するとおりである。

イ 口コミサイトの特性と機能及び対象者の採り得る対抗手段の実効性等並びにそれらを踏まえた判断枠組みの検討
(ア)口コミサイトは、そのアカウントを有するものであれば誰でも自身で直接投稿を行うことができ、投稿されれば直ちに公表される性質を有しており、かつ、同サイトの口コミの多くは匿名や仮名で投稿されていることから、より自由な表現が可能となる面を有しており、その利用者は通常の自身の行動範囲では得られないような情報や意見に接する機会を持つことができ、また、消費財等の購入やサービスの利用等の際のリスクの軽減にも資する機能を持っている(乙1,7,8)。一方、新聞等の出版物においては、記事の公表前にその作成者以外の者の目を通る機会があり、かつ、当該記事についての責任の所在が明確であることに対し、口コミサイトにはそのような性質はなく、容易に対象者の名誉や信用を毀損することが可能であるという面も有している。

(イ)口コミサイトの主な利用者(閲覧者)は、サイトに掲載された施設等を利用することを検討している者であると考えられるところ、その閲覧者は、関心を有する施設等について多数の口コミが掲載されている場合、個々の口コミを単体で吟味して参考にするというよりは、多数の口コミを全体的に検討し、閲覧者なりにその施設等の一般的な傾向を把握した上で、利用する・しないを判断する際の参考にすることが多いものと考えられる。

(ウ)対象者が、口コミにおける表現が名誉毀損に該当すると判断して投稿者に対して法的責任を問おうとする場合、投稿が匿名等で行われているときには発信者情報の開示請求を行うことで投稿者の特定をする必要があるが、同請求により必ず投稿者を特定できるわけではなく、投稿後長期間が経過しているような場合には、上記開示請求をしても投稿者の特定に至らず、投稿者の責任を問うのが困難となるし、一般的には長時間を要することになる。

一方、対象者は、当該口コミに対する返信等により反論をすることや、サイト運営者に対して当該口コミの削除を請求することができるものの、削除請求をするためには、当該口コミサイトに係るアカウントを取得し、その上で所定の手続を経る必要があるし、(乙1、3ないし6)、また、同手続をとったからといって、客観的には違法に名誉権を侵害したと認められる表現に係る投稿が当然に削除されるわけではない。

他方、サイト運営者は、自身で口コミの記載内容の真実性に関する資料を保有してはいないが、口コミが虚偽であるとか名誉毀損的表現であるなどの指摘を受けた場合、投稿者と連絡がとれないなどの事情がない限り、投稿者に上記指摘を伝えて意見を聴取したりすることが可能である(乙1ないし3)

なお、この点に関し、被控訴人は、発信者(投稿者)に対する事前の意見聴取は、表現の萎縮効果をもたらし得ることや、発信者情報の開示請求に対する検討を行う前にアカウントを削除されるおそれがあることから、裁判所による発信者情報の開示決定前は行っていないと主張するが、被控訴人は、口コミの信頼性等を維持するため、虚偽内容等の不適切な口コミであると判断すれば自ら削除するとしていることなど(乙1ないし3)を考慮すると、投稿者に意見聴取をするなどして事実確認等を行う方が、むしろその表現について防御の機会を与えることにもなり、必ずしも投稿者の表現の自由を妨げるものとはいえないのであるから、上記の被控訴人の主張をもって、事前に意見聴取を行わないことを前提にすることは相当でないというべきである。

(エ)以上の諸事情を前提に本件における判断の枠組みを検討する。
 本件サイトにおける口コミについて、対象者の名誉権侵害が認められ、そのことにつき違法性阻却事由(公共利害関連性、公益目的、真実性)が認められないのであれば、それ以外の要件を特に付加することなく、対象者は表現主体である投稿者に対して当該口コミの削除を請求できると解するのが相当である。

 次に、サイト運営者については、一方で、サイト運営者が運営・管理する本件サイト上での口コミにより他者に対する法益侵害状況が生じているのであれば、前記(ウ)の対象者による対抗手段の限界をも踏まえると、直接の削除請求を認めるべき必要性は高いというべきである。他方で、前記(ア)のとおり、本件サイトは投稿者の自由な表現の場として重要性を有し、また、本件サイトが利用者にもたらす便益は大きく、上記表現の自由や利用者の便益は相応に尊重されるべきであり、かつ、前記(ウ)のとおり、サイト運営者は真実性に関する資料を保有していないのが一般であるから、その点も考慮する必要がある。

 以上の検討からすると、対象者が、本件サイト上の口コミにおける表現が名誉毀損に該当するとして、サイト運営者に口コミの削除を求める場合、前記の違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情がないことを、対象者において主張立証する必要があると解するのが相当である。

 なお、前記(イ)の口コミサイトの閲覧者の口コミの読み方に関しては社会的評価の低下の有無の判断において、その点を考慮すれば足りると解される。

ウ 被控訴人の主張の検討
 被控訴人は、口コミが名誉を毀損すると認めるには社会的評価の低下の程度が受忍限度を超えるものであることを要し、加えて、名誉毀損を理由とするサイト運営者に対する記事の削除請求を認めるには、重大にして回復困難な損害を被るおそれがあることや記事を公表されない法的利益がこれを公表することによる利益に優越することを要する旨主張する。

 しかしながら、本件サイト上の口コミの削除に関する判断の枠組みは前記イ説示のとおりである。被控訴人がその主張の根拠として挙げる口コミサイトの特性や口コミ対象者が医療機関であることなどの事情は、社会的評価の低下の有無やその程度、公共の利害に関する事実に該当するかどうかや公益目的の有無に係る判断の中で考慮すれば足りると解されるから、上記の被控訴人の主張は採用できない。」
以上:3,916文字
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R 7-12-12(金):グーグルマップクチコミ記事の名誉毀損削除請求を棄却した地裁判決紹介
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○「グーグルマップクチコミ記事を名誉毀損で削除を認めた地裁判決」の続きで、逆にグーグルマップクチコミ記事を名誉毀損での削除請求を棄却した令和6年11月29日東京地裁判決(LEX/DB)全文を紹介します。

○投稿記事目録内容は省略され、詳細は確認できませんが、歯科医師の原告主張では、本件記事1は、原告が、十分な説明や検査をしないまま、本件記事1の投稿者の銀歯を取り、歯を削ろうとした、本件記事2は、原告が本件記事2の投稿者に施術する際、まだ虫歯がごっそり残っているのに被せ物をしたとの内容で、歯科医師の治療法としては相当酷い内容です。

○判決は、当該表現が事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかを区別するに当たっても、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきで、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がないとの一般論を述べました。

○その上で、本件記事1は、投稿者の主観的な不満を述べたものと読まれるというべきであり、それ自体が原告の社会的評価を低下させるものであるということはできないとし、本件記事2は、歯科医師が不適切な治療行為をしたとの印象を与えるから、原告の社会的評価を低下させるというべきとしながら、摘示する事実の重要な部分について、真実であることをうかがわせる事情がないとは言えず、公共の利害に関する事実に係るものでないこと及び専ら公益を図る目的でないことをうかがわせる証拠はなく、違法性阻却事由が存在することをうかがわせる事情がないとはいえないとして、請求を棄却しています。

○投稿内容の詳細は不明ですが、原告主張だけでも歯科医師としては到底耐えられない記事であり、判決も杓子定規な感がします。原告は控訴して控訴審で覆されており、別コンテンツで紹介します。

*********************************************

主   文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は、別紙投稿記事目録記載の各投稿記事を削除せよ。

第2 事案の概要
 本件は、歯科医院の院長である原告が、オンライン地図サービスであるGoogleマップに投稿された別紙投稿記事目録記載の各記事により名誉権を侵害されたと主張して、Googleマップを運営する被告に対し、名誉権に基づき、上記各記事の削除を求める事案である。

1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)原告は、山梨県甲府市所在の歯科医院「aデンタルクリニック」(以下「本件歯科医院」という。)で院長を務める歯科医師である(甲1、27)。

(2)被告は、オンライン地図サービスであるGoogleマップを運営する米国法人である。Googleマップでは、Googleのアカウントを有するユーザーは、店舗、施設等について、口コミを投稿することができる(乙1)。

(3)氏名不詳の者により、Googleマップ上に、本件歯科医院の口コミとして、別紙投稿記事目録記載の各記事(以下、順に「本件記事1」、「本件記事2」といい、併せて「本件各記事」という。)が投稿された(甲3)。

2 当事者の主張
(1)原告の主張
ア 本件各記事は、以下のとおり、原告の社会的評価を低下させる。
(ア)本件記事1は、原告が、十分な説明や検査をしないまま、本件記事1の投稿者の銀歯を取り、歯を削ろうとしたとの虚偽の事実を摘示して、原告が患者に十分な説明や検査をしないまま、銀歯を取ろうとしたり、歯を削ろうとしたりする危険な歯科医師であるとの印象を閲覧者に抱かせ、原告の社会的評価を低下させる。

(イ)本件記事2は、原告が本件記事2の投稿者に施術する際、まだ虫歯がごっそり残っているのに被せ物をしたとの虚偽の事実を摘示して、原告はまだ虫歯が残っている歯に被せ物をする劣悪な歯科医師であるとの印象を閲覧者に抱かせ、原告の社会的評価を低下させる。

イ そして、本件各記事が摘示する事実は真実ではなく、違法性は阻却されないから、被告は本件各記事を削除する義務を負う。

(2)被告の主張
ア 本件各記事が原告の名誉を毀損するというためには、一般読者の普通の注意と読み方を基準として、原告の社会的評価の低下が受忍限度を超えることが必要である。
(ア)歯科治療における歯科医師の説明や検査が十分であるかどうかは投稿者による主観的な評価にすぎないから、本件記事1を閲覧した一般読者は、単に原告の治療の進め方に関する個人的な不満が記載されているに過ぎないと認識する。また、本件記事1に記載された投稿者と歯科医師とのやり取りの内容も、歯科医師の説明や検査が不十分であったかどうかを判断するに足るものではなく、一般読者に原告が危険な歯科医師であるとの印象を与えるとはいえない。以上の点を踏まえれば、本件記事1によって受忍限度を超えて原告の社会的評価が低下するとはいえない。

(イ)本件記事2には、原告による本件記事2の投稿者への治療の時期やその内容、被せ物の下に虫歯が残った経緯や原因、本件歯科医院を受診してから他の歯科医院を受診するまでの期間等の具体的な事実は記載されていないから、一般読者が本件記事2の内容を直ちに信用するとはいえない。また、本件記事2の投稿者に対する治療の経緯等によっては、原告の治療が必ずしも不適切ではなかった場合も想定されるから、一般読者に対し、原告が劣悪な歯科医師であるとの印象を直ちに与えるとはいえない。以上の点を踏まえれば、本件記事2によって受忍限度を超えて原告の社会的評価が低下するとはいえない。

イ 本件各記事は、以下のとおり、公共性及び公益目的が認められ、摘示事実は重要な部分において真実に反することが明らかであるとはいえないから、違法性阻却事由をうかがわせる事情の不存在について立証されているとはいえない。また、人格権たる名誉権に基づき削除が認められるためには、被害者が重大にして回復困難な損害を被るおそれがあると認められることも必要であるが、そのようなおそれも認められない。

(ア)公共性及び公益目的が認められること
 本件各記事は、Googleマップのサービスの利用者による情報交換を目的とする公共的価値を有するウェブサイトに投稿されたものであり、本件歯科医院の潜在的な利用者である地域住民等や就職を検討する者にとって、本件歯科医院についての情報は、肯定的なものも否定的なものも重要である。したがって、本件各記事については、公共の利害に関する事実に係るものであること及び公益を図る目的に出たものであることを事実上推認することができる。

(イ)その重要な部分において真実に反することが明らかとはいえないこと
 原告本人の陳述書(甲27)をもって、本件各記事の反真実性が証明されたとはいえない。そして、上記陳述書以外に、本件各記事の反真実性を立証する客観的な証拠は何ら提出されていない一方で、Googleマップ上には、本件各記事の記載が真実であることをうかがわせる他の口コミが存在する。したがって、本件各記事の重要な部分が真実に反することが明らかであるとはいえない。

第3 当裁判所の判断
1 判断の枠組みについて

(1)ある表現の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものである(最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁、最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。

当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当である(前掲最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決参照)。

そして、上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは、意見ないし論評の表明に属するというべきである(最高裁平成15年(受)第1793号、第1794号同16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号1615頁参照)。当該表現が事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかを区別するに当たっても、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきである(前掲最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決参照)。

 また、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がないと解される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁,最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。

(2)本件のように、口コミを記載した記事を掲載するウェブサイト上の表現が名誉毀損に当たるとして、その管理運営者に記事の削除を求める場合には、当該ウェブサイトが、その利用者に対し、必要な情報を入手する手段を提供していること、通常、管理運営者において、表現内容の真実性に関する資料を保有していないことなどに照らすと、上記(1)の違法性阻却事由について、削除を求める原告において、その存在をうかがわせる事情がないことを立証する必要があると解するのが相当である。

2 本件記事1について
(1)本件記事1のうち「十分な説明、検査なしに、銀歯を取り歯を削ろうとする歯医者に驚きました。」という部分は、一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば、銀歯を取り歯を削る前に行われた本件歯科医院の歯科医師による説明や検査が十分でなかったと述べるものであると認められる。本件記事1は口コミとして投稿されたものであり、「十分」であるか否かは主観的な評価であることに照らすと、上記部分は、証拠等による証明になじまない批判というべきであって、意見ないし論評を表明したものというべきである。

 そして、本件記事1には、本件記事1の投稿者と本件歯科医院の歯科医師との間のやり取りが一部記載されているものの、歯科医師にどの程度の説明を期待するかは患者によって当然に異なるものであるし、本件記事1の投稿者が受診した際の客観的な症状等が不明であり、どのような検査がされるべきであったのかも必ずしも明確ではない。
 そうすると、上記部分は、投稿者の主観的な不満を述べたものと読まれるというべきであり、それ自体が原告の社会的評価を低下させるものであるということはできない。

(2)したがって、本件記事1の削除請求は理由がない。

3 本件記事2について
(1)本件記事2のうち、「まだ虫歯がごっそり残っているのに被せ物をされた。」という部分は、一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば、本件歯科医院の歯科医師が、虫歯が大きく残っている状態で被せ物をしたとの事実を摘示するものというべきであり、本件歯科医院の歯科医師が不適切な治療行為をしたとの印象を与えるから、原告の社会的評価を低下させるというべきである。

(2)続いて、違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情がないといえるかについて検討する。
 原告は、施術後、虫歯の削り残しがないか入念にチェックしており、削り残しがあるのに被せ物をするような事態は通常起こり得ない、患者から、本件歯科医院に対し、治療後にそのようなクレームが寄せられたことはない旨陳述する(甲27)。しかし、この陳述には客観的な裏付けがない。また、本件記事2の投稿者は、本件歯科医院以外の歯科医院を受診した結果、虫歯の削り残しがあることが判明したと述べているところ(甲3)、このような場合には、患者が本件歯科医院にその旨を伝えない限り、本件歯科医院の歯科医師が虫歯の削り残しを把握する機会はないと考えられる。そうすると、原告の上記陳述をもって、本件記事2に記載された事実を直接否定するものということはできず、本件記事2の摘示する事実の重要な部分について、真実であることをうかがわせる事情がないということはできない。

 そして、本件記事2が公共の利害に関する事実に係るものでないこと及び専ら公益を図る目的でないことをうかがわせる証拠はない。
 したがって、本件記事2について、違法性阻却事由が存在することをうかがわせる事情がないとはいえない。


(3)以上によれば、本件記事2の削除請求は理由がない。

第4 結論
 よって、原告の請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第50部 裁判官 新井一太郎

(別紙)投稿記事目録

以上:5,366文字
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R 7-12-11(木):グーグルマップクチコミ削除判例を紹介しての反省
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R 7-12-10(水):暴力団排除条項により暴力団員の死亡共済金請求を棄却した高裁判決紹介
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○「暴力団排除条項により暴力団員の死亡共済金請求を棄却した地裁判決紹介」の続きで、その控訴審令和6年10月4日広島高裁判決(判タ1528号59頁、判時2632号94頁)関連部分を紹介します。

○控訴人(原告)の妻である訴外Wが生活協同組合である被控訴人(被告)との間で生命共済契約を締結していたところ、Wが死亡したとして、控訴人が、被控訴人に対し、死亡共済金等の支払を求め、広島地裁大道支部判決が、被控訴人による本件共済契約の解除は有効であるとして、控訴人の請求を棄却し、控訴人が控訴しました。

○これに対し、控訴審広島高裁判決も、死亡共済金の受取人である控訴人が反社会的勢力に属するという事実は、正に被控訴人のWあるいは控訴人に対する信頼を損ない、生命共済契約の存続を困難とさせる重大な事由ということができるから、生命共済事業約款における本件暴排条項が保険法57条3号に反する特約に当たるものと認めることはできないし、被控訴人による前記の行為が、信義則に違反し、又は権利濫用に当たると評価すべき事情は認めるに足りないところ、被控訴人による本件解除は有効であって、本件共済契約に基づく死亡共済金の支払請求を拒絶することが許容されるというべきであり、控訴人が、被控訴人に対して、死亡共済金の支払請求をすることは認められないとして、本件控訴を棄却しました。

○暴力団員の妻であるWは、平成17年5月に本件共済契約を締結し、毎月の掛金2000円をおそらく亡くなる令和4年6月まで17年間支払い続けていました。この点控訴人は「被控訴人はこれまで掛金を受け取り続けてきたのであり,共済金が支払われないとすれば,掛金の取り得となっている。反社会的勢力該当性は単なる共済金支払拒否の口実にされているにすぎない。」と主張しています。

○被控訴人全国生活協同組合連合会は平成26年10月の本件暴排条項を規定について「遅くとも平成26年10月の情報誌で,本件暴排条項の導入を契約者に知らせていること,暴力団を排除する社会的背景があったことからすれば,死亡共済金受取人が暴力団員である本件共済契約における契約者の期待はそもそも法的保護に値しない」と主張してしますが、情報誌に記載したとしてもWがその意味を知るはずも無く、掛金支払を継続しています。然るに暴力団というだけで死亡共済金を受領出来ないのは、上告審でも結論は不変と思われますが、理不尽な気もします。

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主   文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,400万円及びこれに対する令和5年9月7日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言

第2 事案の概要
1 事案の要旨等

 本件は,控訴人の妻である訴外W(以下「W」という。)が被控訴人との間で生命共済契約(以下,更新の前後を問わず「本件共済契約」という。)を締結していたところ,Wが死亡したとして,控訴人が,被控訴人に対し,死亡共済金400万円及びこれに対する令和5年9月7日(原審訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原審が被控訴人による本件共済契約の解除は有効であるとして,控訴人の請求を棄却したところ,控訴人はこれを不服として本件控訴を提起した。

2 前提事実

     (中略)

3 争点及び当事者の主張
 本件の争点は,〔1〕本件暴排条項が本件共済契約に適用されるか(争点1),及び〔2〕被控訴人が,本件暴排条項に基づき,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶することが信義則違反又は権利濫用となるか否か(争点2)であるところ,これらの点に係る当事者の主張は次のとおりである。

(1)争点1(本件暴排条項が本件共済契約に適用されるか)

     (中略)

(控訴人の主張)
 次のとおり,本件暴排条項は本件共済契約に適用されるべきではない。
ア 本件暴排条項を規定したのは平成26年10月からであるところ,本件共済契約は平成17年5月1日より保障が開始され,本件暴排条項が設けられる以前から継続しているものであるから,同条項のような不利益条項を遡及的に適用することは許されない。

イ 原審が保険法57条3号該当性を問題としたことは弁論主義に反するものであるところ,この点を措くとしても,暴力団員であるからといって必然的に保険金請求と結びつくものではなく,暴力団員であるという属性のみをもって保険法57条3号に該当すると認めることはできない。本件暴排条項は保険法65条2号により無効となる。

ウ 民法548条の4第1項2号の約款変更法理に鑑みても,本件暴排条項の導入は許されない。本件排除条項によって,保険事故に対し保険金を支払うという基本的契約関係が阻害され,本件共済契約の目的に反する。また,既に契約しており何ら問題の生じていない契約まで契約内容を変更すべき必要性はない。本件においては,共済金を受領できないという重大な不利益を告知して契約を継続するか否か意思確認されることもなく,契約を離脱すべきか判断する機会もなかった。さらに,同業他社と同水準の負担を求めるにすぎないという点から変更の合理性は認められない。

(2)争点2(被控訴人が,本件暴排条項に基づき,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶することが信義則違反又は権利濫用となるか否か)
(控訴人の主張)
 仮に,遡及適用の禁止に当たらないとしても,次の各点からすれば,被控訴人が,本件暴排条項に基づき,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶することは,信義則違反又は権利濫用として無効というべきである。
ア 生命共済契約は単年度ですぐに終了するものではなく,相当長期間継続されることが通常であり,高度な法的安定性が求められるところ,一方的な条件変更により解除が許されるとすれば契約者への打撃が大きい。

イ 本件解除によって,控訴人は共済金の受給が一切できないという非常に大きな不利益を受ける。

ウ 本件において,共済契約者や控訴人が被控訴人に対して損害を与えたり,不正請求をしたりしたことはなく,単純に反社会的勢力に該当するという属性のみを理由に支払を拒絶しているにすぎず,正当な利益はない。

エ 被控訴人はこれまで掛金を受け取り続けてきたのであり,共済金が支払われないとすれば,掛金の取り得となっている。反社会的勢力該当性は単なる共済金支払拒否の口実にされているにすぎない。


(被控訴人の主張)
 控訴人の前記主張は争う。
 遅くとも平成26年10月の情報誌で,本件暴排条項の導入を契約者に知らせていること,暴力団を排除する社会的背景があったことからすれば,死亡共済金受取人が暴力団員である本件共済契約における契約者の期待はそもそも法的保護に値せず,信義則に違反しない。

 また,前記のとおり,本件暴排条項の導入を契約者に知らせており,本件暴排条項の対象を回避するか否かの判断をする機会があったこと等からすれば,権利濫用にも当たらない。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,被控訴人がした本件解除は有効であり,控訴人の請求には理由がないと判断する。その理由は,次のとおりである。

2 争点1(本件暴排条項が本件共済契約に適用されるか)について
(1)前記第2の2(1)イのとおり,本件共済契約の共済期間は基本的に1年であり,毎年4月1日に更新されるものであるから,本件解除は,令和4年4月1日に更新された本件共済契約を対象とするものということになる。そうすると,被控訴人が解除した本件共済契約には,平成26年約款で付加された本件暴排条項が適用されることになる。

(2)これに対し,控訴人は,前記のとおり,本件暴排条項のような不利益条項を遡及的に適用することは許されない旨を主張する。
 しかしながら,契約期間の定めのない預金契約等とは異なり,本件共済契約は前記のとおり1年ごとに更新されるものであり,平成26年約款で付加された本件暴排条項の適用を前提に更新されたものであるから,遡及的適用は問題とならず,主張自体失当である。

 また,控訴人が当審において,本件暴排条項は保険法57条3号に反するから,同法65条2号により無効となる旨主張するが,同法57条3号は,生命保険契約の解除事由として,「保険者の保険契約者,被保険者又は保険金受取人に対する信頼を損ない,当該生命保険契約の存続を困難とする重大な事由」を生命保険契約の解除事由として定めているところ,死亡共済金の受取人が反社会的勢力に属するという事実は,正に被控訴人のWあるいは控訴人に対する信頼を損ない,生命共済契約の存続を困難とさせる重大な事由ということができる。そうすると,本件暴排条項が保険法57条3号に反する特約に当たるものと認めることはできない。
 その他,控訴人は,るる主張するが,いずれにしても本件暴排条項の適用に係る前記の結論を左右しない。

3 争点2(被控訴人が,本件暴排条項に基づき,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶することが信義則違反又は権利濫用となるか否か)について
 控訴人は,前記のとおり,被控訴人が,本件暴排条項に基づき,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶することが信義則違反又は権利濫用となる旨を主張する。
 しかしながら,本件暴排条項は前記2のとおり本件共済契約に適用されるべきところ,被控訴人は,本件暴排条項に基づいて,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶したものであって,本件記録を子細に検討しても,被控訴人による前記の行為が,信義則に違反し,又は権利濫用に当たると評価すべき事情は認めるに足りない。

4 結論
 以上によれば,被控訴人による本件解除は有効であり,控訴人の本件共済契約に基づく死亡共済金の支払請求を拒絶することが許容されるというべきであるから,控訴人が,被控訴人に対して,死亡共済金の支払請求をすることはできない。
 よって,原判決は結論においては相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高宮健二 裁判官 財津陽子 裁判官 奥俊彦)

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