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遺言書成立日と異なる日付の自筆証書遺言を無効とした高裁判決紹介

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令和 3年 9月11日(土):初稿
○「遺言書成立日と異なる日付の自筆証書遺言を無効とした地裁判決紹介」の続きで、その控訴審の平成30年10月26日名古屋高裁判決(金融・商事判例1620号31頁)理由文を紹介します。

○遺言者亡aの妻子である被控訴人らが、遺言者の内縁の妻及び同人と遺言者との間の子である控訴人bら及び控訴人遺言執行者に対し、本件遺言が無効であることの確認を求めるとともに、控訴人bに対し、遺産である各不動産につき、控訴人bに対する所有権移転登記の抹消登記手続をそれぞれ求めました(本訴)。

○これに対し、控訴人bらが、本訴において本件遺言が無効であると判断された場合に予備的に、遺言者が、遺産を控訴人bらに死因贈与したとして、被控訴人らに対し、遺言者の遺産につき遺言者と控訴人bらの間の死因贈与契約が成立したことの確認を求めるなどしました(反訴)。

○原審が被控訴人らの請求を認容し、控訴人らの請求のうち不適法部分を却下し、その余を棄却したところ、控訴人らが控訴しましたが、控訴審判決も、民法が遺言を厳格な要式行為としていることにかんがみれば、遺言は押印を含めたすべての方式を具備して初めて有効な遺言として成立すると認められ、遺言が成立した日とは異なる日が日付として本件遺言書に記載された本件遺言は、上記一連の行為として行われたと認めることはできず、無効というべきであるとして控訴を棄却しました。



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主   文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人bらの控訴に関するものは控訴人bらの負担とし,控訴人遺言執行者の控訴に関するものは控訴人遺言執行者の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 控訴人bらについて
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人らの本訴請求をいずれも棄却する。
(3)予備的反訴
ア(ア)被控訴人らは,控訴人bに対し,原判決別紙不動産目録記載3の土地及び同目録記載4の建物の各2分の1の持分について平成27年5月13日贈与を原因とする所有権一部移転登記手続をせよ。
(イ)被控訴人らは,控訴人c,控訴人d及び控訴人eに対し,原判決別紙不動産目録記載3の土地及び同目録記載4の建物の各6分の1の持分について,それぞれ平成27年5月13日贈与を原因とするa持分全部移転登記手続をせよ。
イ(ア)原判決別紙不動産目録記載1の土地及び同目録記載2の建物が,平成27年5月13日当時,控訴人bの所有であることを確認する。
(イ)原判決別紙不動産目録記載1の土地及び同目録記載2の建物を除くその余の原判決別紙遺産目録記載の各遺産について,控訴人bが2分の1,控訴人c,控訴人d及び控訴人eが各6分の1の割合で,平成27年5月13日当時,共有持分及び準共有持分をそれぞれ有していたことを確認する。
(ウ)原判決別紙不動産目録記載1の土地及び同目録記載2の建物を除くその余の原判決別紙遺産目録記載の各遺産の平成27年5月13日から現在までの果実収取権が,控訴人bに2分の1,控訴人c,控訴人d及び控訴人eに各6分の1の割合でそれぞれ帰属することを確認する。
ウ(ア)原判決別紙不動産目録記載1の土地及び同目録記載2の建物について,控訴人bと亡aとの間で,平成27年4月14日に死因贈与契約が成立したことを確認する。
(イ)原判決別紙不動産目録記載1の土地及び同目録記載2の建物を除くその余の原判決別紙遺産目録記載の各遺産の2分の1について,控訴人bと亡aとの間で,平成27年4月14日に死因贈与契約が成立したことを確認する。
(ウ)原判決別紙不動産目録記載1の土地及び同目録記載2の建物を除くその余の原判決別紙遺産目録記載の各遺産の6分の1について,控訴人c及び控訴人eと亡aとの間で,それぞれ,平成27年4月14日に死因贈与契約が成立したことを確認する。
(エ)原判決別紙不動産目録記載1の土地及び同目録記載2の建物を除くその余の原判決別紙遺産目録記載の各遺産の6分の1について,控訴人dと亡aとの間で,平成27年5月2日に死因贈与契約が成立したことを確認する。

2 控訴人遺言執行者について
(1)原判決主文1項を取り消す。
(2)上記取消し部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する

第2 事案の概要

         (中略)


第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,原審と同様,本件遺言は,本件遺言の成立日と本件遺言書記載の日付が異なることにより無効であるから,被控訴人らの本訴請求を認容し,控訴人bらの反訴のうち,平成27年5月13日時点における原判決別紙不動産目録及び原判決別紙遺産目録記載の遺産についての所有権確認等を求める訴えは,確認の利益が認められないから却下し,その余の反訴請求は,控訴人bらに対する死因贈与契約が成立したとは認められないから棄却すべきものと判断する。

その理由は,以下のとおり原判決を補正し,2及び3のとおり控訴人bら及び控訴人遺言執行者の当審における補充主張に対する判断を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1ないし7に記載するとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)
(1)原判決31頁16行目の「記載が」の次に,以下のとおり加える。
 「,遺言者において,「平成27年5月10日」と記載したつもりであったのに,誤って「平成27年4月13日」と記載したという」
(2)原判決32頁13行目の「できないし,」の次に,以下のとおり加える。
 「また,日付の記載が遺言の成立の時期を明確にするために必要とされるのは,それが遺言者の遺言能力(民法961条,963条)の有無を確定する基準として重要であるからであり,もし複数の遺言が存在して内容に抵触がある場合には,最後のものが遺言と認められる(民法1023条)ということから,遺言作成の前後を確定する上で日付が不可欠となるからであることに鑑みると,遺言の成立した日がいつであるかは重要な事柄であって,遺言者による押印がなされたことにより同年5月10日に成立した本件遺言については,遺言能力などの基準は同日となるのであり,全文自書した日(同年4月13日)が基準となるものではない。さらに,」
(3)原判決35頁18行目の「原案は」の次に「控訴人遺言執行者の事務所の」を加え,20行目の「方法や遺言執行者の指定がされていることが認められる」を「方法が指定されたほか,遺言執行者として弁護士である控訴人遺言執行者が指定され,本件遺言書は担当弁護士2名に預けられたことが認められる」と,22行目の「多数使用されている」を「多数使用され,弁護士が遺言執行者と指定され,本件遺言書は担当弁護士2名に預けられた」とそれぞれ改める。
(4)原判決36頁2行目から3行目の「認められない。」の次に,以下のとおり加える。
 「さらに,本件遺言書は,平成27年5月1日の退院以降も含め同月10日まで押印のない状態であったから,遺言者としては同日の押印により本件遺言書を完成させるという認識であったと認められるので,同日までに遺言者が控訴人bらに本件遺言書を見せたとしても,それはそのような内容の遺言を予定しているという意思の表れにとどまり,死因贈与するとの申込みの意思表示があったということもできない。」
(5)原判決36頁25行目,37頁21行目及び38頁18行目の「前記4(2)」の次に,「(補正後)」をそれぞれ加える。

2 控訴人bらの当審における補充主張に対する判断
(1)控訴人bらは,民法960条が遺言を最も厳格な要式行為としたのは,遺言者の意思の確保という政策的な観点からである一方,遺言については,遺言者の遺言の意思を可能な限り尊重するということが求められているなどとして,全文自書の日が日付として記載され成立した遺言は,要式性が備われば有効となり,遺言者の真意に反しない限り,遺言として有効というべきであると主張する。

 しかし,民法が遺言を厳格な要式行為としていることに鑑みれば,遺言は押印を含めた全ての方式を具備して初めて有効な遺言として成立し,押印を遺言者が遺言の意思表示をしたという事実を証するものにすぎないとみることはできず,民法が遺言日付の記載を要件としたのは,遺言の成立した日がいつであるかは重要な事柄であるためであり,遺言者による押印がなされたことにより成立した本件遺言については,遺言能力などの基準は同日となる(原判決第3の2(3)(補正後))ことなどからすると,遺言が成立した日とは異なる日が日付として本件遺言書に記載された本件遺言は無効というべきである。控訴人bらの主張は,採用することができない。

(2)控訴人bらは,遺言者は,本件遺言については,平成27年4月13日に成立させたと信じていたから,遺言者は,錯誤によって日付を誤って記載したと同視できるので,本件遺言書に記載された日付は誤記である場合に該当する旨主張する。

 しかし,本件遺言書の日付は「平成27年5月10日」とすべきであったところ,本件遺言書には「平成27年4月13日」と記載され,これが遺言者において,「平成27年5月10日」と記載したつもりであったのに,誤って「平成27年4月13日」と記載したという誤記であったとは認められない(原判決第3の2(2)イ(補正後))。
 そうすると,控訴人bらの主張(誤記であることを前提とするその余の部分を含む)は,採用することができない。

(3)控訴人bらは,本件遺言書の内容や本件遺言書作成の経緯等からすれば,遺言者は,自己の財産を死後,控訴人bらに渡したいと考えていたことは明らかであるから,仮に本件遺言が無効であった場合には,遺言者は死因贈与としての効果を欲したであろうことは明らかである旨主張する。

 しかし,控訴人bらが主張するとおりの事実関係が認められたとしても,遺言者の控訴人bらに対する死因贈与契約の申込みと承諾の意思表示があったということはできず,死因贈与契約が成立したとは認められないことは,原判決の第3の4ないし7の各(2)(補正後)で認定・説示するとおりである。控訴人bらの主張は,採用することができない。

(4)控訴人bらは,遺言者は,平成27年5月10日,控訴人b及び控訴人eの面前で本件遺言書に押印しているから,少なくとも遺言者と控訴人b及び控訴人eとの間には,本件遺言書記載のとおりの財産を控訴人b及び控訴人eに贈与する旨の書面による死因贈与契約が成立している旨主張する。

 原判決第3の1(1)ウ(オ),(カ)のとおり,遺言者は,平成27年5月10日,控訴人b及び控訴人eが同席する自宅の洋室において,本件遺言書に実印で押印したことが認められる。
 しかしながら,控訴人遺言執行者及び担当弁護士2名は,平成27年5月13日,遺言者に対し,公正証書遺言の文案を送付しているところ,その内容は,本件遺言書においては,遺言者の有する有限会社ボンの株式を控訴人bに2分の1,控訴人c,控訴人d及び控訴人eに各6分の1の割合で相続させることになっていたのを,控訴人dにその全部を相続させるというものに変更されている(原判決第3の1(1)エ(エ))。そして,控訴人b作成の陳述書(乙45)によれば,これは,遺言者が本件遺言書に上記押印をした後,引き続き,担当弁護士2名に対し,有限会社ボンの株式を控訴人dに渡したいという話をし、後日,その旨の公正証書遺言を作成することになったためであると認められる。

 そうすると,遺言者としては,本件遺言により自己の遺産を遺産分割の手続を経ることなく,自身が定めた内容で全面的かつ一体的に処理する意思を有していたと考えられ,控訴人bらのうちの一部の者との間だけで本件遺言と同様の内容の死因贈与を締結する意思までも有していたと認めることはできない。 
 したがって,控訴人bらの主張は,採用することができない。

(5)控訴人bらは,本件遺言は有効であり,無効とすべきではないとして,最高裁判所の裁判例等を引用しつつ,縷々主張するが,いずれも採用することができない。
 また,控訴人bらは,死因贈与契約の成立が認められるべきであるとして,事実認定の誤りも含め縷々主張するが,いずれも採用することはできない。

3 控訴人遺言執行者の当審における補充主張に対する判断
(1)控訴人遺言執行者は,遺言者が全文を自書して本件遺言書を作成した日が本件遺言書に記載されているから,日付の記載を要求する立法趣旨は満たされ,その上で,後日に遺言者が本件遺言書に押印することにより,遺言者の同一性及び真意が確保され,正式な文書としての完成が担保されたことにより本件遺言書が完成されたということになるから,本件遺言は,遺言者の意思に基づいて本件遺言書に押印がされている以上,無効とすべき合理的理由はない旨主張する。

 しかし,民法が遺言を厳格な要式行為としていることに鑑みれば,遺言は押印を含めた全ての方式を具備して初めて有効な遺言として成立したものというべきであり(原判決第3の2(3)(補正後),押印を遺言者の同一性及び真意を確保するものにすぎないとみることはできないし,遺言者による押印がなされたことにより成立した本件遺言については,遺言能力などの基準は押印した日であり,遺言者が全文を自書した日ではない(原判決第3の2(3)(補正後))。そして,遺言が成立した日とは異なる日が日付として記載された本件遺言書による本件遺言は無効というべきであることは,原判決第3の2(2)(補正後)で認定・説示するとおりである。控訴人遺言執行者の主張は,採用することができない。

(2)控訴人遺言執行者は,平成27年4月13日以降同年5月10日までの間,遺言者の意思に変更はなく,上記27日の隔たりは,社会観念上の一体性を否定するまでの事情とはいえず,遺言者が本件遺言書の作成時に押印をしなかったのは,同時点で実印を所持していなかったことによるものであるから,本件遺言書については,遺言者による全文及び氏名の自書行為と押印行為との間に社会観念上の一体性が存する旨主張する。

 しかし,遺言者による本件遺言書の全文,日付及び氏名の自書と押印との間に27日の期間があるということは,そもそも遺言書作成行為として連続性,一体性があるとみることは困難である上,その間,遺言者は退院して自宅に戻り,本件遺言書の手直しを検討していたし,同年5月10日まで押印していなかったことを考慮すると,上記各行為が一連の行為として行われたと認めることはできない。控訴人遺言執行者の主張は,採用することはできない。

(3)控訴人遺言執行者は,氏名の自書に加えて押印を要求する合理的根拠はなく,緩やかに解すべきであるなどと縷々主張するが,いずれも採用することができない。

第4 結論
 よって,控訴人bら及び控訴人遺言執行者の本件各控訴は理由がないから,いずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。 
名古屋高等裁判所民事第1部 裁判長裁判官 永野圧彦 裁判官 田邊浩典 裁判官 大場めぐみ

以上:6,211文字

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