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令和 7年 2月 6日(木):初稿 |
○「自賠責後遺障害4級相当難聴者基礎収入について判断した地裁判決紹介」で、歩行中の被害者(先天性の両側感音性難聴があった当時11歳の女性)が交通事故で死亡したことによる損害賠償請求で逸失利益の算定基準収入として、賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2000円の85%に相当する422万6200円とするのが相当とした令和5年2月27日大阪地裁判決(自保ジャーナル2138号19頁、判時2572号71頁)を紹介していました。 ○その控訴審令和7年1月20日大阪高裁判決(裁判所ウェブサイト)は、被害児童の聴覚の状態像を個別具体的に分析した上で、被害児童が就労可能年齢に達したときの労働能力の見通し、聴覚障害者をめぐる社会情勢・社会意識や職場環境の変化を踏まえた被害児童の就労の見通しを検討した結果、被害児童については、全労働者平均賃金を減額するべき程度に労働能力に制限があるとはいえないとの画期的結論を出しました。35頁に渡る長文判決ですが、結論のまとめ部分を紹介します。 ○判決は、被害児童Aは、一般就労、即ち、障害の有無にかかわらず、健聴者と同じ職場で同じ勤務条件や労働環境のもとで同等に働くことが十分可能であったと考えられ、Aの逸失利益を算定する際の基礎収入については、平成30年の全労働者平均賃金を用いるのが相当であって、Aの基礎収入につき、この平均賃金から何らかの減額をする理由はないとしました。 ○「【速報】障害もった重機事故死亡女児の「逸失利益」が争われた裁判めぐり被告側が最高裁に“上告せず” 一審判決から一転…二審は「全労働者と同じ100%で計算」 判決確定へ」によると、被告側は4日の上告期限までに上告せず判決は確定しました。 ******************************************** 主 文 1 原判決中控訴人B及び控訴人Cに係る部分を次のとおり変更する。 (1)被控訴人らは、控訴人Bに対し、連帯して、2127万8101円及びうち1734万8101円に対する平成30年7月28日から、うち393万円に対する平成30年2月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2)被控訴人らは、控訴人Cに対し、連帯して、2127万8101円及びうち1734万8101円に対する平成30年7月28日から、うち393万円に対する平成30年2月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3)控訴人B及び控訴人Cのその余の請求をいずれも棄却する。 (4)控訴人B及び控訴人Cと被控訴人らとの間に係る訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを4分し、その1を控訴人B及び控訴人Cの負担とし、その余は被控訴人らの負担とする。 (5)この判決の本項(1)(2)は、仮に執行することができる。 2 控訴人Dの控訴を棄却する。 3 控訴人Dに係る控訴費用は控訴人Dの負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を次のとおり変更する。 2 被控訴人らは、控訴人Bに対し、連帯して、2982万8765円及びうち2412万8765円に対する平成30年7月28日から、うち570万円に対する平成30年2月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被控訴人らは、控訴人Cに対し、連帯して、2982万8765円及びうち2412万8765円に対する平成30年7月28日から、うち570万円に対する平成30年2月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被控訴人らは、控訴人Dに対し、連帯して、165万円及びこれに対する平成30年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実等 (中略) 2 争点(1)(本件事故により生じたAの損害)について (中略) 3 控訴人らの補充的主張に対する判断その1-逸失利益(Aの損害項目(1))について 当裁判所は、控訴人らの控訴に基づき、Aの聴覚障害の状態像を解明するべく、教育心理学特別支援教育(特にろう・難聴関係担当)の専門家であるP大学のN教授(以下「証人N」という。なお、証人Nは意見書(甲35の1、甲82の1)の作成者でもある。)の証人尋問を実施し、その結果も踏まえて検討した結果、Aの労働能力は、一般に未成年者の逸失利益を認定するための基礎収入とされる労働者平均賃金を、当然に減額するべき程度の制限があったとはいえない状態であったと評価するのが相当であると判断し、この判断に基づき、逸失利益を認定した。その理由は以下のとおりである。 (1)認定事実 前記1で補正の上引用した原判決の認定事実等のほか、証拠(甲35の1、甲82の1、甲105、証人N)及び後掲証拠によれば、Aの聴覚障害の状態像やコミュニケーション能力等について、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。 ア 聴覚障害の分析とAの障害部分 (中略) オ 小括 以上の検討の結果、Aが就労可能年齢に達した時点において、まず、前記イのとおり、Aの中枢系能力は、平均的なレベルの健聴者の能力と遜色ない程度に備わり、聴力に関しても、性能が飛躍的に進歩した補聴器装用に併せて、一定程度不足する聴力の不足部分を手話や文字等の聴力の補助的手段で適切に補うことにより、支障なくコミュニケーションができたと見込まれるから、Aは、聴覚に関して、基礎収入を当然に減額するべき程度に労働能力の制限があるとはいえない状態にあるものと評価することができる。 また、前記ウのとおり、本件事故当時においても、将来、障害者法制の整備、テクノロジーの目覚ましい進歩、さらには聴覚障害者に対する教育、就労環境等の変化等、聴覚障害者をめぐる社会情勢や社会意識が著しく前進していく状況は予測可能であった。そして、現に、Aが就労可能年齢に達した現時点においては、障害の「社会モデル」の考え方が浸透し、事業主の法的義務となった社会的障壁を除去するためのささやかな合理的配慮の提供として、聴覚障害者に対し様々な補助的手段の併用が認められ、聴覚障害者がそれらを駆使して、健聴者とともに同じ条件で働く職場環境が少なからず構築されているといった、聴覚障害者をめぐる就労現場の実態があり、このような労働実態は、本件事故当時においても蓋然性をもって合理的に予測可能であったといってよい。 さらに、前記エのとおり、Aは、就労可能な年齢に達した時点において、本件支援学校等の教育によって社会的障壁を除去する意識や行動力を身に付け、聴力の補助的手段としてAが選択した方法を認めて協力してもらうなど、決して過重とはいえない合理的配慮がされる就労環境を獲得し、健聴者と同じ職場で同じ条件で働くことができたであろうことが、本件事故当時においても、これまた、蓋然性をもって合理的に予測することができたといえる。 そうすると、Aは、就労可能年齢に達した時点において、生来の聴覚障害を自分自身及び職場(社会)全体で調整し、対応することができると合理的に予測できるから、損害の公平な分担の理念に照らして、全労働者平均賃金を基礎収入として認めることにつき顕著な妨げとなる事由はなく、健聴者と比べて、基礎収入を当然に減額するべき程度に労働能力の制限があるということはできない。 このように、Aは、一般就労、即ち、障害の有無にかかわらず、健聴者と同じ職場で同じ勤務条件や労働環境のもとで同等に働くことが十分可能であったと考えられる。そうすると、Aの逸失利益を算定する際の基礎収入については、平成30年の全労働者平均賃金を用いるのが相当であって、Aの基礎収入につき、この平均賃金から何らかの減額をする理由はないといわなければならない。 (中略) (3)逸失利益の認容額 そこで、Aの基礎収入を平成30年の全労働者平均賃金497万2000円、労働能力喪失率を100%、生活費控除率を45%とし、Aの労働能力喪失期間49年(死亡時11歳であったAが18歳に達してから67歳までの期間)に対応するライプニッツ係数12.912を用いて、Aの逸失利益を計算すると、下記のとおり、3530万9155円となる。 計算式 497万2000円×1×(1-0.45)×12.912=3530万9155円 (中略) 6 Aの認容損害額 以上によれば、Aの損害項目(1)ないし(9)の合計金額は5730万8068円であり、控訴人らが自賠責保険金として2400万1390円の支払を受けた平成30年7月27日までに生じた遅延損害金は138万9524円となる。 計算式 5730万8068円×0.05×177日÷365日=138万9524円 そうすると、Aの損害項目(11)の既払金(自賠責保険金)2400万1390円を上記遅延損害金138万9524円に充当した残額を、上記損害額合計5730万8068円から控除すると、Aの損害項目(12)の自賠責保険金控除後の残額は、3469万6202円となる。 計算式 5730万8068円-(2400万1390円-138万9524円)=3469万6202円 控訴人B及び控訴人Cの相続分は各2分の1であるから、控訴人B及び控訴人Cは、それぞれ1734万8101円の範囲でAの損害賠償請求権を取得したことになる。 7 争点(2)(本件事故により生じた控訴人ら固有の損害)について (1)控訴人ら固有の慰謝料について 控訴人らが指摘する事情(マスコミの報道等によって社会的耳目を集めたことによる負担も含む。)を踏まえても、控訴人B及び控訴人Cの固有の慰謝料はそれぞれ200万円、控訴人Dの固有の慰謝料は100万円とするのが相当であって、その理由は、原判決の「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」の「3 争点(2)(本件事故により生じた控訴人ら固有の損害)について(1)」のとおりであるから、これを引用する(なお、上記各慰謝料額の減額変更を検討しないのは、前記5で説示したとおりである。)。 (2)弁護士費用 本件事案の内容、審理経過、認容損害額その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、被控訴人らに賠償させるべき弁護士費用は、控訴人B及び控訴人Cにつきそれぞれ193万円、控訴人Dにつき10万円とするのが相当である。 第4 結論 以上の次第で、控訴人らの請求は、被控訴人Eに対しては、民法709条に基づき、被控訴人会社に対しては、民法715条に基づき、控訴人B及び控訴人Cについて、損害賠償金各2127万8101円及びうち各1734万8101円に対する平成30年7月28日(自賠責保険金支払日の翌日)から、うち各393万円に対する平成30年2月1日(不法行為の日)から各支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度において、控訴人Dについて、損害賠償金110万円及びこれに対する平成30年2月1日(不法行為の日)から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度において理由があり、その余はいずれも理由がない。そうすると、本件控訴のうち控訴人B及び控訴人Cの各請求に係る部分については、これと一部結論を異にする原判決は一部相当でなく、控訴人B及び控訴人Cの本件控訴の一部は理由があるから、原判決のうち控訴人B及び控訴人Cに係る部分を一部変更し、控訴人Dの控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。大阪高等裁判所第5民事部 裁判長裁判官 徳岡由美子 裁判官 住山真一郎 裁判官 新宮智之 以上:4,774文字
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