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自賠責後遺障害4級相当難聴者基礎収入について判断した地裁判決紹介

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令和 6年 1月10日(水):初稿
○歩行中の被害者B(先天性の両側感音性難聴があった当時11歳の女性)が交通事故で死亡したことによる損害賠償請求で逸失利益の算定基準収入が争点となった事案について判断した令和5年2月27日大阪地裁判決(自保ジャーナル2138号19頁、判時2572号○頁)関連部分を紹介します。

○B遺族原告側は、損害賠償訴訟における年少女子の逸失利益は男女差なく全労働者平均賃金を基礎収入とする実務が定着していることを理由に聴覚障害者と障害がない者との平均賃金に現時点で差があるとしても、年少者の逸失利益の算定に当たっては、全労働者平均賃金を基礎収入497万2000円と主張し、加害者側は、礎収入の認定に当たっては、Bに一般には労働能力喪失率92%と評価される既存障害があったことを斟酌すべきである旨主張しました。

○これについて判決は、Bの聴力障害が労働能力を制限したとしても、手話や口話も可能であり、年齢に応じた読み書き能力を習得していて、勉学や他者との関わりに対する意欲を十分に有していたことに照らせば、将来において自ら様々な手段や技術を利用して聴力障害によるコミュニケーションへの影響を小さくすることができ、Bの就労時期に聴覚障害者の平均収入が増加すると予測できることを総合し、Bの基礎収入は賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2000円の85%に相当する422万6200円とするのが相当としました。

○なお、不法行為により死亡した年少者の逸失利益については、将来の予測が困難であったとしても、あらゆる証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できる限り蓋然性のある額を算出するように努めるべきである(最高裁判所昭和39年6月24日第3小法廷判決・民集18巻5号874頁参照)との一般論を前提にしています。

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主   文
1 被告らは、原告X1に対し、連帯して、1829万5704円及びうち1463万5704円に対する平成30年7月28日から、うち366万円に対する平成30年2月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告X2に対し、連帯して、1829万5704円及びうち1463万5704円に対する平成30年7月28日から、うち366万円に対する平成30年2月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告X3に対し、連帯して、110万円及びこれに対する平成30年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、これを3分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
6 この判決は、第1項ないし第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請

1 被告らは、原告X1に対し、連帯して、2982万8765円及びうち2412万8765円に対する平成30年7月28日から、うち570万円に対する平成30年2月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告X2に対し、連帯して、2982万8765円及びうち2412万8765円に対する平成30年7月28日から、うち570万円に対する平成30年2月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告X3に対し、連帯して、165万円及びこれに対する平成30年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 事案の要旨

 本件は、被告会社の従業員である被告Y1が被告会社の業務の執行中に運転していた小型特殊自動車が、歩行中のB(以下「B」という。)に衝突し、Bが死亡した交通事故(以下「本件事故」という。)につき、原告らが、被告Y1に対しては民法709条に基づき、被告会社に対しては民法715条に基づき、次の金員の連帯支払を求めた事案である。
(1) 原告X1及び原告X2が相続したBの人的損害に係る請求

     (中略)

3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 本件事故により生じたBの損害


     (中略)

キ 逸失利益 3530万9155円
(ア) 基礎収入
 年少者の逸失利益については、賃金センサスの産業計・企業規模計・男女計・学歴計・全年齢平均賃金(以下「全労働者平均賃金」ということがある。)を基礎収入として算定する実務が定着しているところ、本件事故当時11歳で亡くなったBは、感音性難聴を有していたとしても、後記aのとおり、他の年少者と同様に様々な可能性を有していたといえ、後記bのとおり、障害者を取り巻く環境も改善しているから、Bの基礎収入については、賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2000円とするのが相当である。

 この点に関し、損害賠償訴訟における年少女子の逸失利益について、実際には男女の平均賃金の差が依然として生じているにもかかわらず、全労働者平均賃金を基礎収入とする実務が定着していることからすれば、聴覚障害者と障害がない者との平均賃金に現時点で差があるとしても、年少者の逸失利益の算定に当たっては、全労働者平均賃金を基礎収入とすべきであるし、Bの年収が同額を多少下回るとしても、Bが障害基礎年金(1級の場合は年額97万1700円以上)を受給していた可能性が高いことを考慮すれば、497万2000円を基礎収入とすべきである。

a Bの能力及び将来の可能性
(a) Bは、0歳から難聴を前提とした早期教育を受け、3歳からは本件支援学校の早期教育を受け、同学校の幼稚部を経て、本件事故当時は本件支援学校の小学部に在籍していた。
 Bは、本件支援学校において平均的な学業成績を修めており、年齢相応の読み書き、計算の能力を習得できていた。Bは、思考力、言語力、学力において他の児童にも劣っておらず、本件支援学校の中学部卒業後、公私立の高等学校又は大阪府立だいせん聴覚高等支援学校に進学する予定であったし、高等学校又は聴覚高等支援学校を卒業した後は、大学進学又は民間企業等への就職することが見込まれた。

     (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実等

 前提事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認定することができる。

     (中略)

(7) 逸失利益 3001万2781円
ア 基礎収入
 Bについては、賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2000円の85%に相当する422万6200円を基礎収入とするのが相当である。理由は次のとおりである。

(ア) 原告らは、年少者の逸失利益について、賃金センサスの全労働者平均賃金を基礎収入として算定する実務が定着しており、Bは、感音性難聴があったとしても、死亡時11歳の年少者で将来について様々な可能性を有していたこと等から、賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2000円を基礎収入とすべきと主張する。

(イ) 不法行為により死亡した年少者の逸失利益については、将来の予測が困難であったとしても、あらゆる証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できる限り蓋然性のある額を算出するように努めるべきである(最高裁判所昭和39年6月24日第3小法廷判決・民集18巻5号874頁参照)。

(ウ) Bは、小学校入学時から本件事故当時まで、小学校の学年相応の教科書を用いて学習を進めており、評定も平均的であったこと(認定事実等(4)イ)に照らせば、学習にとくに支障はなかったと認められる。また、原告X1及び原告X2が、Bに対し、幼少期から様々な学習の機会を継続して設けていたこと(認定事実等(4)ア)、B自身も本件支援学校での学習に励んでいただけでなく、他の生徒と共に学習塾での学習にも取り組んでいたこと、加えて、Bが、学業のみならず、学校行事や他者とのコミュニケーションにも積極的に取り組んでいたこと(認定事実等(4)イ)に加え、Bが本件支援学校を卒業した後、聴覚高等支援学校に進学していた蓋然性が高いといえること(認定事実等(4)ウ参照)をも考慮すると、Bには、勉学や他者との関わりに対する意欲と両親による支援が十分にあり、年齢相応の学力や思考力を身に付けていく蓋然性があったといえ、Bには、将来様々な就労可能性があったということができる。

(エ) 他方、Bには感音性難聴があったところ、聴力障害は、労災保険法施行規則や自賠法施行令別表第2においてその程度に応じて後遺障害の等級が定められ、労働能力喪失率が定められている(認定事実等(6))。これは聴力障害によって就労の上で他者とのコミュニケーションが制限され、その結果、労働能力が制限されることを前提としたものと認められ、聴力障害によって労働能力喪失率表どおりに労働能力が制限されるとみるべきかは別としても、聴力障害が労働能力を制限し得る事実であること自体は否定することができない。

 これに対し、原告らは、Bの補聴器を装着した状態の聴力は22.5dbであり、口話でコミュニケーションをとることが可能であった旨主張し、Bの聴力障害は労働能力に影響しないものであったという趣旨の主張と解される。
 しかし、Bの聴力の具体的な程度等について、平成24年10月以降、3級の身体障害者手帳を受けていたこと(認定事実等(5)ア)、f医療センターにおける平成29年11月の聴力検査では、右が100db、左が93.75db(補聴器装用時閾値が42.5db)であり(認定事実等(5)ウ)、これは自賠法施行令別表第2では4級に該当する程度のものであったこと(認定事実等(6)参照)、他方で、Bにとって慣れた環境である本件支援学校における検査では、平成29年度の聴力レベルは補聴器装用時閾値で右が25db、左が45dbであり(認定事実等(5)イ)、Bが慣れた環境における慣れた相手との間においては口話でコミュニケーションをとることができたこと(認定事実等(4)イ)をも考慮すると、Bの聴力障害は、慣れた環境においては、これがコミュニケーションに与える影響としては、f医療センターにおける検査結果を前提とする自賠法施行令別表第2における4級に相当するものよりある程度軽いものであったと認められるものの、労働能力に影響がない程度のものであったということはできない。

(オ)
a Bの死亡時を基準として、Bが将来就労により得られたであろう収入について検討する。

b 障害者雇用実態調査における平成30年の聴覚障害者(週所定労働時間が30時間以上である者)の平均収入は、同年の全労働者平均賃金の約7割であり(障害者雇用実態調査と賃金センサスでは基礎となる労働時間等が異なるが、賃金センサスの全労働者平均賃金は短時間労働者の賃金を含まないことから、障害者雇用実態調査に関しても所定労働時間が長い者の賃金について比較した。)、また、収入が高水準にあるといえるg社の令和元年の聴覚障害者の平均年収が、同社全体の平均年収の約6割に相当する額であり(認定事実等(7))、令和元年の全労働者平均賃金である約500万円を若干下回る金額であったことにかんがみれば、Bの死亡時において、聴覚障害者の収入が全労働者平均賃金と同程度であったとはいえない。なお、障害者雇用実態調査における聴覚障害者の障害の程度と収入との関係は明らかではないものの、前記(エ)のとおりのBの聴力障害の程度等に照らせば、Bの聴力障害が前記調査における聴覚障害者の障害の程度とかけ離れた障害と位置付けられるとはいえず、Bの基礎収入を検討するに当たっても考慮すべき事実といえる。

c 他方、聴覚障害者の大学等への進学率は、平成12年以降手話通話が乳幼児期から導入されるようになり、概ね乳幼児期に手話通話を取得した世代と考えられる平成26年度のろう学校高等部卒業生の進学率について平成21年度頃までの進学率と比較して大幅とまではいえないものの、増加傾向にある(認定事実等(8))。

また、聴覚障害者の就労状況についても、平成28年における雇用者の割合は、20歳から39歳までの階層では、同じ階層の総人口における雇用者の割合より高くなっているところ(認定事実等(9))、手話通話の導入等により充実した教育を受けたことが就労率が高い原因の一つとみても不自然とはいえず、聴覚障害者の学力水準の向上や大学等への進学率の増加は、平均収入が増加することを予測させる事情である。

さらに、平成28年の聴覚障害者における年齢階層別の雇用者の割合において比較的若年層で雇用者が多いこと(認定事実等(9)参照)に照らせば、平成30年においても聴覚障害者全体における雇用者のうち比較的若年である者の割合が多いと推認できるところ、若年層は収入が低く、年齢とともに収入が増加することが一般的であるから、若年者が多いことは、同年の聴覚障害者の平均収入を低いものにとどめる要因になっているといえ、同年の調査時の若年層の年齢が上がるにつれて平均収入が上がることが予測できる。

 また、障害者法制等に関し、障害者権利条約の批准の前後を通じて関連する法律が整備されていたこと(認定事実等(10))に照らせば、Bの死亡時においても、将来、障害者の就労に関する法律の整備がさらに進むとともに、必要かつ合理的な配慮がされなければならないという理念が時間の経過とともに社会に浸透することが予想できたといえる。

加えて、実際の就労環境についても、テクノロジーの発達により様々な企業等において音声認識アプリが普及し、聴覚障害者のコミュニケーション手段の一つとして活用されている(認定事実等(11))が、テクノロジーは今後も加速的に進歩することが予測される。

 以上のとおり、Bの死亡時である平成30年の時点では、聴覚障害者の平均収入は、週所定労働時間が30時間以上である者について全労働者平均賃金の約7割ではあったものの、同年を基準としても、死亡時に11歳であったBが将来就労したであろう時期においては、聴覚障害者の大学等への進学率の向上及び同年における聴覚障害者の若年層の雇用者の年齢の上昇による聴覚障害者の平均収入の上昇を予測でき、また、法律等の整備を前提とする就労機会等の拡大やテクノロジーの発達によるコミュニケーション手段の充実により聴力障害が就労に及ぼす影響が小さくなっていくものと認められ、この点においても、聴覚障害者の平均収入は平成30年における金額より高くなると予測できる。

d そして、前記(ウ)及び(エ)のとおり、Bについて、その聴力障害が労働能力を制限する程度のものではあるものの、手話だけでなく環境によっては口話も可能であったことに加え、年齢に応じた読み書き能力を習得していて、勉学や他者との関わりに対する意欲を十分に有していたことに照らせば、将来において自ら様々な手段や技術を利用して聴力障害によるコミュニケーションへの影響を小さくすることができたといえ、この点に、前記のとおり平成30年を基準としてもBの就労したであろう時期に聴覚障害者の平均収入が増加すると予測できることを総合すると、Bの基礎収入は賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2000円の85%に相当する422万6200円とするのが相当である。

以上:6,285文字

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