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トランスジェンダー女性への認知請求を棄却した地裁判決紹介

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令和 7年 2月 7日(金):初稿
○判例タイムズ令和7年2月号に、嫡出でない子は,生物学的な女性に自己の精子で当該子を懐胎させた者に対し,その者の法令の規定の適用の前提となる性別にかかわらず,認知を求めることができるかと争いになった令和6年6月21日最高裁判決が紹介されていました。

○事案は、身体は男で心は女性の性同一障害者Yが、男として提供した精子によって生まれた子供A・Bが、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律によって性別が女性に変更された後に、A・Bの認知届出をしたところ、Yの性別は女性に変更され「父」ではないとの理由で、不受理とされたため、訴訟手続で認知を認めることを求めたものです。関連法令は以下の通りです。

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律
第3条(性別の取扱いの変更の審判)

 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
一 18歳以上であること。
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
2 前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない。

第4条(性別の取扱いの変更の審判を受けた者に関する法令上の取扱い)
 性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法(明治29年法律第89号)その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなす。
2 前項の規定は、法律に別段の定めがある場合を除き、性別の取扱いの変更の審判前に生じた身分関係及び権利義務に影響を及ぼすものではない。


○事案がややこしくて良く理解出来ないため、先ず第一審令和4年2月28日東京家裁判決(判時2560号57頁)関連部分を紹介します。この判決では、原告らと被告との間に法律上の親子関係を認めることは現行法制度と整合しないから、本件各認知を認めることはできないとして原告らの請求をいずれも棄却しました。Yは性別は女性なので、父にはなれず、また子A・Bを出産していないので母にもなれず、血縁関係があるのに法律上親子関係は認められない不都合を認めています。控訴審・最高裁まで争われ判断が変更されていますので、別コンテンツで紹介します。

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主   文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求

1 甲事件
 原告Aが被告の子であることを認知する。

2 乙事件
 原告Bが被告の子であることを認知する。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は、いずれも提供精子を用いた生殖補助医療により生まれた原告らが、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)に基づき女性への性別の取扱いの変更の審判を受けた被告に対し、認知を求める事案である。

2 前提事実(一件記録上明らかな事実及び証拠等により容易に認定することができる事実)
(1)原告ら母(昭和*年*生)は、*(省略)*、長女である原告*をもうけた。戸籍上、原告*の父の欄は空欄である。
 原告ら母と被告(昭和*年*生)は、*に婚姻をし、*(省略)*に離婚をした。
 被告は、特例法3条に基づき女性への性別の取扱いの変更の審判を受け、同審判は、*(省略)*に確定した。
 原告ら母は、*(省略)*、二女である原告*をもうけた。戸籍上、原告*の父の欄は空欄である。
(以上、一件記録上明らかな事実)

(2)被告は、令和2年*、認知する父を被告、認知される子を原告A及び原告ら母の胎児とする認知の届出を*(省略)*(以下「*」という。)にした(以下、これらの認知を併せて「本件各認知」という。)ところ、*は、同年9月4日までに、本件各認知は無効であるとの理由で、認知届を不受理とした(甲2、3、弁論の全趣旨)。

     (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前提事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)被告は、性自認が女性で、身体的性が男性であるという、いわゆるトランスジェンダーの男性である(被告本人〔1頁〕、弁論の全趣旨)。

(2)原告ら母は、*(省略)*、被告の提供精子を用いた生殖補助医療により、長女である原告Aをもうけた。戸籍上、原告Aの父の欄は空欄である(前提事実(1)、甲1、被告本人〔2、3頁〕)。
 被告は、*(省略)*、性別適合手術を受け(被告本人〔2頁〕)、*(省略)*に原告ら母と婚姻をし、*(省略)*に離婚をした(前提事実(1))。
 被告は、特例法3条に基づき、女性への性別の取扱いの変更の審判を受け、同審判は、*(省略)*に確定した(前提事実(1))。
 原告ら母は、*(省略)*、被告の提供精子を用いた生殖補助医療により、二女である原告Bをもうけた。戸籍上、原告Bの父の欄は空欄である(前提事実(1)、甲1、被告本人〔2、3頁〕)。

(3)被告は、令和2年*、*に対し、本件各認知の届出をしたところ、*は、同年*までに、認知届を不受理とした(前提事実(2))。

2 本件各認知が認められるかどうかについて
(1)前提事実(4)によれば、被告は、原告らの生物学的父親であることが認められるから、原告らと被告には血縁上の親子関係があるといえる。また、被告は、原告らが被告の子であることを争わない。

 しかしながら、認知の訴えの制度は、血縁上の親子関係を前提に法律上の親子関係を形成するものではあるものの、民法が認知の訴えに出訴期間を定めたり(民法787条但書)、血縁上の親子関係がなくても嫡出の推定により法律上の親子関係を形成することを認めたりしている(民法772条、777条)ことなどを踏まえると、法律上の親子関係と血縁上の親子関係は必ずしも同義ではない。

また、法律上の親子関係は、民法における身分法秩序の中核をなすものであり、多数の関係者の利害に関わる社会一般の関心事でもあるという意味で公益的な性質を有しており、当事者間の自由な処分が認められるものではないから、血縁上の父が子の父となることを争っていないからといって、このことから、直ちに法律上の親子関係を成立させてよいということにもならない。そうすると、法律上の親子関係が認められるかどうかは、現行法制度との整合性など諸般の事情を考慮して決めざるを得ないのであって、法律上の親子関係を認めるのが相当であるといえない場合には認知の訴えを認めるべきではないと解される

(2)そこで、以下、現行法制度との整合性など諸般の事情を考慮して、原告らと被告との間で法律上の親子関係を認めることが相当であるといえない場合に当たるかどうかについて検討する。
ア 特例法4条1項は、性別の取扱いの変更の審判を受けた者は民法その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなす旨を定めるところ、この規定によれば、特例法に基づき女性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、以後、法令の規定の適用について女性とみなされることとなる。そして、民法は、「母」について、懐胎し出産することを前提とした規定を定めており(民法772条など)、「母」について、女性であることを前提にしていることが法文上から明らかであることからすれば、民法779条が規定する「父」は男性を、「母」は女性を、それぞれ前提としているものと解される。

 そうすると、特例法4条1項により法律上女性とみなされる者が、民法779条が規定する「父」に当たるとすることは、現行法制度と整合しないというべきである。

イ また、特例法4条1項の趣旨は、法の適用において、性別の取扱いの変更によって不利な扱いを受けることを防止するものであって、性別の取扱いの変更の審判を受けた者に対し、一般の男女に認められていないような特例を認める趣旨でないと解するのが相当である。そして、女性と子との間の法律上の親子関係(母子関係)は出産という事実関係によって当然に生ずるものと解されており(最高裁昭和35年(オ)第1189号同37年4月27日第二小法廷判決・民集16巻7号1247頁参照)、民法には、出生した子を懐胎、出産していない女性をもってその子の母とすべき趣旨をうかがわせる規定が見当たらないことからすれば、現行民法の解釈としては、出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず、その子を懐胎、出産していない女性との間には、母子関係の成立を認めることはできないと解される(最高裁平成18年(許)第47号同19年3月23日第二小法廷決定・民集61巻2号619頁参照)。

 そうすると、たとえ、血縁上の親子関係があるからといって、懐胎、出産していない男性を「母」として、「母」と子との間に母子関係を認めることは、女性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者について、一般の女性とは異なる取扱いにより法律上の親子関係を認めることとなり、上述した特例法の趣旨に反することになる。
 以上によれば,特例法4条1項により法律上女性とみなされる者が、民法779条が規定する「母」に当たるとすることは、現行法制度と整合しないというべきである。

ウ これを本件についてみると、被告は、女性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者であるから、民法779条が規定する「父」とはならず、また、原告らを懐胎、出産していないから、民法779条が規定する「母」ともならず、他に、現行法制度上、原告らと被告の間で法律上の親子関係を形成することを認めるべき根拠は見当たらないというべきである。

(3)なお、付言するに、原告*について被告の認知を認めることには、上記(2)ア及びイで説示した以外にも、次のような問題が存在する。
 すなわち、特例法3条1項4号は、性別の取扱いの変更を認める要件として、生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあることを定めているところ、この規定は、当該審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないことや、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される(最高裁平成30年(ク)第269号同31年1月23日第二小法廷決定・裁判集民事261号1頁参照)。

ところが、前記認定事実によれば、被告は、原告ら母が原告*を懐胎し出産した当時、既に性別適合手術を終えて生殖機能を喪失していたにもかかわらず、凍結精子を用いることにより変更前の性別の生殖機能により子が生まれるのと同様の事態を生じさせたことになるから、原告ら母が原告*を出産するに至った経緯は、特例法3条1項4号の趣旨に整合しないものといわざるを得ず、この観点からも、原告*と被告との間に法律上の親子関係を認めるのは相当ではないというべきである。

(4)以上によれば、原告らと被告との間に法律上の親子関係を認めることは現行法制度と整合しないから、本件各認知を認めることはできないというべきである。

(5)原告らは、本件鑑定書によれば、原告らと被告が生物学上の親子関係にある旨の結果が出ており、被告は原告らの認知を望んでいながら認知することができない状態に置かれ、原告らも被告との間で法律上の親子関係を形成することができず、著しい不利益を被っている状態にある旨主張する。

 しかしながら、原告らと被告との間で血縁上の親子関係があり、被告が原告らとの親子関係の存在を争っていないとしても、現行法制度との整合性など諸般の事情を考慮して、法律上の親子関係を認めるのが相当であるといえない場合には認知の訴えを認めるべきではないと解すべきであることは前記(1)で説示したとおりであり、仮に原告らが著しい不利益を被っている状態にあるとしても、このことから直ちに、原告らと被告との法律上の親子関係が認められるものではない。
 したがって、この点に関する原告らの主張は採用することができない。

(6)原告らは、戸籍上の記載における「父」という概念が必ず法律上の「男」でなければならないという規定は民法にも戸籍法にも特例法にも存在せず、現行法においては、既に「女である父」や「男である母」の存在が認められており、「父」が絶対に法律上の「男」である必然性も、「母」が絶対に法律上の「女」である必然性も既に失われており、本件において、戸籍上、被告を原告らとの関係のみにおいて「父」と記載したところで、特例法4条2項の趣旨に反するものではなく、本件は、極めて例外的に生じるケースであり、これを肯定しても、戸籍実務その他の法的安定性を害するものではない旨主張する。

 なるほど、平成20年6月18日号外法律第70号によって特例法3条1項3号が「現に子がいないこと」から「現に未成年の子がいないこと」に改正されたことで、当該審判を受ける者に成人の子がいる場合には、性別の取扱いの変更が認められることとなり、この結果、現行法上、いわゆる「女である父」や「男である母」が存在するという事態が生じ得ることは原告らの主張するとおりである。

 しかしながら、このような事態が生じ得るのは、特例法4条2項により、同条1項の規定が性別の取扱いの変更の審判の前に生じた身分関係等に影響を及ぼさないとされ,当該身分関係等がそのまま引き継がれた結果に過ぎず、上記の特例法の改正は当該審判の後に「女である父」や「男である母」が存在する父子関係や母子関係を新たに創設することまで認める趣旨であると解することはできない。
 また、今後の社会情勢等に照らせば、生殖補助医療により生まれた子が女性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者に対して認知を求める事案が極めて例外的に生じるケースであるとは限らないというべきである。
 したがって、この点に関する原告らの主張は採用することができない。

(7)原告らは、母子間の法律上の親子関係の原則が分娩の事実により当然に発生するとしても、性別の取扱いの変更の審判を受けた者が「母」として認知することについては、母によって認知することができる場合も例外的に存在すると解するのが自然であり、本件でも、被告が「母」として原告らを認知することは妨げられない旨主張する。しかしながら、上記(2)で説示したとおり、現行民法の解釈によれば、出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず、その子を懐胎、出産していない女性との間には、母子関係の成立は認められない。
 したがって、この点に関する原告らの主張には理由がない。

3 結論
 以上によれば、原告らの請求は理由がないからいずれも棄却する。
東京家庭裁判所家事第6部
裁判長裁判官 小河原寧 裁判官 松本啓裕 裁判官 佐野東吾
以上:6,255文字

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