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盗難車事故について車両保有者運行供用者責任を否認した地裁判決紹介

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平成31年 2月27日(水):初稿
○盗難車による事故につき、車両保有者の運行供用者責任を否定した平成30年6月6日名古屋地裁判決(判時2390号92頁、自保ジャーナル2028号160頁)を紹介します。

○「自賠法運行供用者責任を厳しく認定した最高裁判例紹介」で「如何なる事情があっても自動車の所有名義人なったら運行供用者になると覚えておくべきです」と記載していましたが、良く問題になるのが、自動車が盗難されて、盗難車運転の事故について、自動車所有名義人に責任があるかどうかです。

○泥棒運転されたことによる事故についての当該車両保有者運行供用者責任の有無は、車の管理上の過失の内容・程度、窃取者の乗り出しの態様、返還予定の有無、窃取と事故との時間的・場所的間隔等を総合判断して定まるとの抽象的基準がありますが、過去の判例を観ると、具体的事案での適用は結構微妙なところがあります。本件では、自立支援ホームへ弁当配達のため施設の入口付近の路上に車両を停車し,エンジンをかけたまま,本件施設内に入ったときに、施設入所者に盗まれ、盗難から12時間後、盗難現場から24㎞程離れた場所での事故についての運行供用者責任が問題になりました。

○名古屋地裁判決は、「本件事故当時,被告車両は相当程度窃取され易い状況にあったと評価すべきであり,窃取時点においては,第三者に対して被告車両の運転を客観的に容認していたと評価されてもやむを得ない状況にあった」としながら、「本件事故当時においては,もはや被告が本件加害者に対して被告車両の使用を客観的に容認していたと評価することは困難である」として運行供用者責任を否認しました。控訴されていますので、控訴審判決も注目です。

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主    文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求

1 被告は,原告X1に対し,2045万9652円及びこれに対する平成28年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X2に対し,1302万3826円及びこれに対する平成28年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告X3に対し,1022万9826円及びこれに対する平成28年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告X4に対し,220万円及びこれに対する平成28年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,自動車と自転車間の事故により死亡した自転車運転者の相続人ないし同居の孫である原告らが,それぞれ,被告に対し,被告の従業員がエンジンを掛けたまま放置した被告使用の自動車を窃取して運転中の者が上記事故を起こしたのであるから,被告は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」(以下「運行供用者」という。)にあたると主張し,同条に基づき,損害賠償金及びこれに対する本件事故日である平成28年9月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(争いのない事実,後掲の証拠(書証につき枝番があるものは特に断りがない限り,枝番すべてを含む。)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1) 本件事故に至る経緯等(乙1(枝番1,2,6,8,9,12),3)
 被告は,弁当の配達等を業とする株式会社であり,「自立支援ホーム○○」(以下「本件施設」という。)を経営する会社との間で弁当の配達契約を締結していた。
 平成28年9月7日午前6時5分頃,被告の従業員であるB(以下「B」という。)は,弁当の配達及び空の弁当箱の回収のために,被告の使用する小型貨物自動車(一宮○○○さ○○○○,以下「被告車両」という。)を運転して本件施設を訪れ,本件施設の入口付近の路上に被告車両を停車し,エンジンをかけたまま,本件施設内に入った。
 同日午前6時6分頃,本件施設の入所者であるC(以下「本件加害者」という。)は,被告車両を窃取し,同車両を運転して,その場を立ち去った。

(2) 交通事故の発生(甲1ないし3,5)
 以下のような交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 日時 平成28年9月7日午後6時18分頃

イ 場所 名古屋市〈以下省略〉先路線上の信号機による交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)付近。本件交差点は,中央線のある片側1車線の道路と中央線のない道路(以下「本件道路」という。)が交差する交差点であり,本件道路には本件交差点の手前に一時停止の標識及び停止線がある(本件交差点の状況は,概ね別紙図面のとおりである。)。

ウ 第1車両 本件加害者運転の被告車両

エ 第2車両 D(昭和17年○月○日生,本件事故当時74歳,以下「本件被害者」という。)運転の自転車(以下「本件自転車」という。)

オ 事故態様 本件道路を北から南へ向かって時速30kmないし40kmで走行し,本件交差点を一時停止しないまま直進通過した被告車両の前部と,本件道路を南から北へ向かって走行し,本件交差点の手前で左側から右側に斜め横断していた本件自転車とが衝突した。なお,本件加害者は,運転免許を有していなかった。

(3) 本件事故の結果等(甲4,12)
 本件被害者は,本件事故後,独立行政法人国立病院機構名古屋医療センターに救急搬送されたが,平成28年9月7日午後8時50分頃,重症頭部外傷により死亡した。
 本件被害者の相続人は,夫である原告X1(相続分2分の1),子である原告X2及び原告X3(相続分各4分の1)である。
 原告X4(平成7年○月○日生,本件事故当時21歳)は,本件被害者の孫であり,本件事故当時,本件被害者及び原告X1と同居していた。

2 争点
(1) 運行供用者責任

(原告らの主張)
 本件事故は,被告車両が本件加害者に窃取されたことに端を発するものであるところ,被告が運行供用者にあたるかどうかは,盗難と事故との間の時間的場所的近接性のみならず,被告の従業員であるBの有責性の程度との相関関係により判断すべきである。
 この点,Bが被告車両を停車した場所は自立支援ホームの入口横であるところ,同所は事故を起こしやすい者が無断運転をする危険が高い場所であるから,自動車の管理に対する注意が強く要請されるにもかかわらず,Bは常習的に同所にエンジンをかけたまま被告車両を停車しており,本件事故日も同様に停車していたこと,被告車両を停車していた時間も午前6時5分頃から午前6時30分頃までの25分間と長かったこと,Bは被告車両を停車した後,本件施設内に入ってしまい,被告車両の状態を把握できない状態にあったこと,営利目的で車両を利用する場合は,非営利目的の場合に比して管理責任の程度は大きくなるところ,被告車両の利用は弁当の宅配という営利目的によるものであったこと等を総合すると,Bの有責性の程度は大きかったというべきである。
 したがって,被告車両の盗難から本件事故までの時間や距離を考慮しても,被告は,本件事故につき,運行供用者責任を負うべきである。

(被告の主張)
 本件事故は,本件加害者が被告車両を窃取し,運転している際に発生したものであるところ,被告は,本件事故の11時間前に警察に被害届を提出したことにより,被告車両の占有回復を公権力に委託し,被告の被告車両に対する運行支配が失われたことを外部に明らかにしたと評価できること,実際,本件加害者は,3度パトカーに追跡されながら,逃走していること,被告車両の盗難と本件事故との間に時間的・場所的近接性がないこと,本件加害者は,被告の利益とは何ら関係なく被告車両を運転していたこと等を総合すれば,本件事故発生当時,被告の被告車両に対する運行支配,運行利益は既に喪失していたというべきである。
 したがって,被告は,本件事故につき,運行供用者責任を負わない。

(2) 過失相殺
(被告の主張)
 本件事故は,本件被害者が本件道路上を本件自転車で進行中,本件道路の左側から右側に車線変更をしたために発生したものであり,本件被害者には左側通行義務(道路交通法17条4項)違反が認められるから,本件被害者にも5割の過失が認められるべきである。

(原告らの主張)
 本件事故は,被告車両を無免許運転していた本件加害者が,本件交差点を直進通過する際,一時停止の道路標識が設置されているのであるから,本件交差点の入口手前の停止位置で一時停止をした上,前方左右を注視し,道路の安全を確認しながら進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,本件交差点手前の停止位置で一時停止をせず,前方左右を注視せず,道路の安全確認不十分なまま漫然時速30kmないし40kmで本件交差点に進入し,直進進行したことにより発生したものであるから,本件加害者の過失により発生したものというべきである。
 また,本件道路は,住宅街にあり,車両の通行がほとんどなく,歩行者も自転車も車道を通行する道路であり,多くの自転車が本件道路を左側から右側へ斜め横断する状況にあったのであるから,本件被害者に過失があったとは言えない。

(3) 本件事故による損害
(原告らの主張)

         (中略)


第3 争点に対する判断
1 争点(1)(運行供用者責任)について
(1) 前提事実
,証拠(乙1(枝番8,9,12),2(枝番1),3)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 平成28年9月7日午前6時5分頃,被告の従業員であるBは,弁当の配達及び空の弁当箱の回収のために,被告車両を運転して本件施設を訪れ,本件施設の入口付近の路上に被告車両を停車し,エンジンをかけたまま,本件施設内に入った。
イ 同日午前6時6分頃,本件施設の入所者である本件加害者は,被告車両を窃取し,同車両を運転して,その場を立ち去った。なお,本件加害者は,同年7月4日に本件施設に入所した後,Bが本件施設の入口付近に被告車両を停車し,エンジンをかけたまま本件施設内に入る様子を何度か目撃していた。
ウ Bは,同日午前6時10分頃,被告車両の停車場所に戻ったところ,被告車両が窃取されたことに気付いたため,被告に連絡を入れ,同日午前7時頃,迎えに来た上司と共に一宮警察署に被害届を提出した。
エ 本件加害者は,被告車両を窃取した後,本件事故が発生するまでの同日午後6時18分頃までの間,被告車両を運転し,途中名古屋市〈以下省略〉のコンビニエンスストアに立ち寄ったほか,一宮警察署付近及び名古屋市b区内において,それぞれパトカーに追跡され,逃走した。
オ 本件加害者は,本件事故前,本件事故現場付近でパトカーに追跡され,逃走していたところ,本件事故を発生させた。
カ 本件施設から本件事故の現場である本件交差点までの距離は,直線距離で20.38km,最短走行距離で24.4kmである。

(2) 前記認定事実を基に争点(1)について検討する。
ア 本件事故は,本件加害者が被告車両を窃取し,運転していた際に発生したものであり,被告車両の保有者である被告は,本件加害者に対して被告車両の運転を容認していたものではないが,被告車両の駐車場所,駐車時間,車両の管理状況,泥棒運転の経緯・態様,盗用場所と事故との時間的・場所的近接性等を総合考慮して保有者において車両の運転を客観的に容認していたと評価されてもやむを得ない事情がある場合は,運行供用者責任を免れないというべきである。

イ そこで検討すると,まず,被告車両が窃取された経緯について見ると,Bは,週6日,毎朝午前6時5分頃に本件施設に弁当を配達する際,日常的にエンジンをかけたまま被告車両を停車し,その場を離れることを繰り返していたものであり,停車場所も本件施設の入口付近の路上であったのであるから,本件事故当時,被告車両は相当程度窃取され易い状況にあったと評価すべきであり,窃取時点においては,第三者に対して被告車両の運転を客観的に容認していたと評価されてもやむを得ない状況にあったというべきである。

ウ 他方で,被告は,被告車両が窃取された後,1時間以内の同日午前7時頃には警察に被害届を提出していること,被告車両が窃取されてから本件事故までの間に約12時間,被害届が提出されてからでも約11時間が経過していること,窃取場所から本件事故現場までの距離も直線距離で20.38km,最短走行距離でも24.4kmもあること,本件加害者は,被告車両を運転中,コンビニエンスストアに立ち寄ったり,2回パトカーに追跡されながら逃げ切ったりした挙句,本件事故現場付近でもパトカーに追跡され,逃走中に本件事故を発生させていること等,被告が本件加害者に対して被告車両の運転を客観的に容認していたことを否定する方向の諸事情が認められる。

エ そして,以上の諸事情を総合考慮すると,本件事故当時においては,もはや被告が本件加害者に対して被告車両の使用を客観的に容認していたと評価することは困難であると言わざるを得ないから,本件事故につき,被告の運行供用者責任を認めることはできない。

オ なお,仮に,Bが被告車両の停車場所に戻った時刻につき,午前6時10分頃ではなく午前6時30分頃であった場合でも,諸事情を総合考慮した結果,やはり被告が本件加害者に対して被告車両の使用を客観的に容認していたと評価することはできない。

2 したがって,その余の争点について判断するまでもなく,原告らの請求は理由がないからいずれも棄却し,主文のとおり判決する。
 名古屋地方裁判所民事第3部 (裁判官 蒲田祐一)
以上:5,634文字

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