令和 7年 3月19日(水):初稿 |
○2年前に破産開始決定手続して免責決定を受けたお客様から、裁判所から差押決定書類が届いたとの連絡があり、その書類を持参して事務所に来て貰いました。するとお客様には全く知らない金融機関3社を第三債務者とする債権差押決定書を持参してきました。差押債権者名は債権回収会社で5年前に督促手続での債務名義を取得するも差押手続も取られなかったためお客様はスッカリ失念し、2年前の破産手続の際、債権者に上げていませんでした。 ○破産手続での免責決定の効力は、以下の破産法規定により、破産手続の際債権者姪御に記載しなかった債権者は原則として非免責債権となり、免責決定の効力が及びません。 破産法第253条(免責許可の決定の効力等) 免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。ただし、次に掲げる請求権については、この限りでない。 一 租税等の請求権(共助対象外国租税の請求権を除く。) 二 破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権 (中略) 六 破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権(当該破産者について破産手続開始の決定があったことを知っていた者の有する請求権を除く。) ○そこで、破産手続での債権者名簿記載漏れについて判断した裁判例を探したところ、平成29年7月6日東京地裁判決(LEV/DB、控訴審)がありましたので紹介します。事案は、被控訴人が、控訴人との間で行っていた金銭消費貸借取引の貸付金残金に関し、控訴人との間で和解契約を締結したと主張して、控訴人に対し、和解契約に基づき、和解金残金及び遅延損害金の支払を求め、原審簡易裁判所が、和解契約の締結及び本訴請求債権が非免責債権であることを認め、被控訴人の請求を認容し、控訴人が控訴したものです。 ○控訴審東京地裁判決は、破産法253条1項6号は、破産者が「知りながら」債権者名簿に記載しなかった請求権を非免責債権とする旨規定しているが、債権者名簿に記載されなかった債権について、その成立については了知していた破産者が、債権者名簿作成時には同債権の存在を失念して記載しなかった場合、そのことについて過失が認められるときには免責されず、過失が認められないときには免責されると解することが相当であるところ、被控訴人の和解契約に基づく和解金請求権の記載漏れには、過失が認められ、非免責債権に当たり、控訴人は免責決定によって免責されないとしました。 ○前記お客様の例の様に、破産手続の3年前に支払督促命令が確定するも、それに基づく差押手続が3年間なされず、且つ、催告もないため忘れていたような場合に債権者名簿に記載しなかった場合、過失ありと評価できるかどうかは、この東京地裁判決の事案と比較すると、微妙なところです。一般的な金融機関は、免責の効力を否定しても、現実的に債権を回収できる見込みがないため、自社の債権が債権者一覧表に記載されておらず、かつ、破産手続きの開始を知らなかった場合でも免責の効力を受け入れることが多いようです。しかし債務名義を取っていた場合には、請求異議訴訟が提起されない限り、非免責債権と主張すると思われます。 ********************************************* 主 文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人の請求を棄却する。 第2 事案の概要 1 事案の要旨 本件は,被控訴人が,控訴人との間で行っていた金銭消費貸借取引の貸付金残金に関し,控訴人との間で和解契約を締結したと主張して,控訴人に対し,和解契約に基づき,和解金残金及び遅延損害金の支払を求めた事案である。控訴人は,和解契約の締結を否認したほか,抗弁として破産免責を主張したのに対し,被控訴人は,本訴請求債権が非免責債権に当たると主張した。 原審は,和解契約の締結及び本訴請求債権が非免責債権であることを認め,被控訴人の請求を認容したため,控訴人が請求の棄却を求めて控訴をした。 2 前提となる事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠又は弁論の全趣旨によって認定することができる。) (1)被控訴人は,貸金業法3条所定の登録を受けた貸金業者である。 (2)控訴人は,被控訴人との間で,平成16年7月8日,継続的に金銭の借入れと返済を繰り返す金銭消費貸借に係る基本契約を締結した(甲1。以下「本件基本契約」という。)。 (3)控訴人は,名古屋地方裁判所に対して破産手続開始の申立てをし,同裁判所は,平成27年8月21日,控訴人について破産手続開始決定と同時に破産手続廃止決定をし,同年10月30日,控訴人について免責許可決定(以下「本件免責決定」という。)をした(乙1,2)。 (4)控訴人は,上記(3)の破産手続において提出した債権者名簿(破産法248条5項により債権者名簿とみなされる債権者一覧表。以下同じ。)に被控訴人を記載しなかった(乙3)。 3 争点及びこれに関する当事者の主張 (1)和解契約の締結 (中略) (2)破産法253条1項6号該当性 (被控訴人の主張) ア 破産法253条1項6号は,債権者名簿に失念による記載漏れがあった請求権については,失念につき過失の有無にかかわらず,免責の効力が及ばないと解すべきである。したがって,本件和解契約に基づく請求権は破産法253条1項6号の「破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権」に当たり,破産免責の効力は同請求権には及ばない。 イ 仮に,破産法253条1項6号の要件として債権者名簿に記載しなかったことについて過失の存在が要件となるとしても、債権者名簿に記載された債権者らと控訴人との取引はいずれも平成16年から平成17年までに開始されているところ,被控訴人からの借入れも平成16年7月でほぼ同時期であること,被控訴人が,本件和解契約締結後,定期的に控訴人に催告書を送付していたこと等に照らせば,被控訴人を債権者名簿に記載しなかったことは,控訴人の過失によるものと評価すべきである。 (控訴人の主張) ア 破産法253条1項6号に該当するといえるためには,形式的に債権者名簿に記載されていないという事実だけは足りず,破産者側の事情を十分に考慮した上,平均的な破産者を基準に,債権者として挙げることを失念し,債権者名簿に記載しなかったことが無理もないと評価できる場合には同号の適用はないというべきである。 イ 控訴人は,平成16年頃から平成17年頃までに,生活苦のため複数の借入先から借金をした。その後平成17年6月に現住居地へ転居し,請求があった債権者に対しては支払等の対応をしてきた。しかし,平成26年9月にがんが発覚し,入院,手術を経て生活保護受給開始となり,就労不能の状態で返済見込みが全くなくなったために破産申立てに至った。平成24年9月以降,被控訴人から控訴人に対して督促がされていなかったこと及び同年頃以降控訴人ががんによる体調不良に苦しんでいたことを踏まえれば,被控訴人を債権者名簿に記載しなかったことについて,控訴人には過失がなかったと判断すべきである。 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)について (1)証拠(甲2,4,8,9)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,本件基本契約に基づく借入債務について,平成18年8月29日に1万2000円を返済してから返済を怠っていたこと,被控訴人担当者が平成24年8月27日に控訴人の勤務先に電話したところ,控訴人は離席していたが,同日中に折り返し被控訴人に電話し,名古屋に引っ越してきて娘の面倒をみている,清掃業のパートをしている,勤務先には電話をしないでほしい,娘の協力を得て月々1万は返済する,初回9月3日から毎月1万円を45回(総額45万円)支払う,初回分は極力31日に返済する,などと述べたこと,同年8月27日頃,控訴人の被控訴人に対する残債務を確認し,同年9月3日から平成28年5月6日まで月々1万円を支払う内容の控訴人の署名のある本件契約書が作成されたこと,控訴人は,平成24年8月31日に被控訴人に対して1万円を支払ったが,同年10月3日に分割金の支払を怠り,同日の経過により期限の利益を喪失したことがそれぞれ認められる。 (2)これに対し,控訴人は,平成24年8月27日に被控訴人担当者と電話をしたことはなく,本件契約書への署名も同月31日の弁済もしていないと主張しており,控訴人作成に係る陳述書(乙6)にはこれと同趣旨の記載が存する。しかしながら,証拠(甲1,2)によれば,本件契約書中の控訴人の署名と本件基本契約の契約書中の控訴人の署名は酷似していることが認められる上,証拠(甲8,9)によれば,平成24年8月27日の電話の際に被控訴人担当者が作成した電磁的記録には,当時の控訴人の生活状況(長野県から名古屋市に引っ越したこと,娘も名古屋市にいること,清掃業のパートをしていること)等が記録されていることが認められるところ,その内容は,控訴人自身の本訴における陳述(乙4,6)に符合するものであり,被控訴人担当者がこれらを記録できたのは,電話で控訴人の話を聞いたからにほかならないと解されること,被控訴人の業務上作成している顧客取引リスト(甲4)には,平成24年8月31日に控訴人から1万円の返済を受けたことが記録されていること等に照らすと,控訴人の上記陳述書の記載は信用性に欠けるといわざるを得ず,他に上記(1)の認定を覆すに足りる証拠はない。 (3)以上によれば,平成24年8月27日頃,被控訴人と控訴人との間で本件和解契約が締結された事実を認めることができるというべきである。 2 争点(2)について 破産法253条1項6号は,破産者が「知りながら」債権者名簿に記載しなかった請求権を非免責債権とする旨規定しているが,同号の趣旨は,債権者名簿に記載されなかった債権者は,破産手続の開始を知らなかった場合に免責に対する異議申立ての機会を失うことになるから,債権者名簿に記載されなかった債権を非免責債権とし,かかる債権者を保護しようとするものである。 他方,破産免責の制度が,不誠実でない破産者の更生を目的とするものであることからすれば,債権者名簿に記載されなかったことが破産者の責めに帰することのできない事由による場合にまで非免責債権とすることも相当ではない。そうすると,債権者名簿に記載されなかった債権について,その成立については了知していた破産者が,債権者名簿作成時には同債権の存在を失念して記載しなかった場合,そのことについて過失が認められるときには免責されず,過失が認められないときには免責されると解することが相当である。 上記1のとおり,本件和解契約の締結が認められることからすれば,控訴人は被控訴人の本件和解契約に基づく和解金請求権について,その成立は了知していたというべきである。そして,証拠(甲4)によれば,本件和解契約以前の事情として,控訴人は,平成16年7月11日から平成17年8月5日までの間,被控訴人から15回の借入れを行い,平成18年8月29日まで毎月返済を行い,同日時点で22万9478円の残元金が存したことが認められる上,本件和解契約に関して,上記1認定のとおり,平成24年8月27日に控訴人が被控訴人担当者と電話で話をしたこと,本件和解契約に従って控訴人が初回の支払をしたこと,さらに,本件和解契約が締結されてから控訴人の破産申立てまではおよそ3年程度しか経過していないこと等に照らせば,控訴人が債権者名簿作成時に本訴請求債権の存在を失念して記載しなかったのだとしても,控訴人には過失が認められるというべきである。 控訴人は,本件和解契約に基づく控訴人の債務について督促がされていなかったことや控訴人ががんを患っていたことを主張して過失を争うが,督促については,そもそもその有無自体に争いが存するものの,いずれにせよそれによって本件の結論は左右されないというべきであるし,控訴人の体調不良についても,被控訴人との関係で破産者の責めに帰することができないような事情があったとまではいえない。 したがって,被控訴人の本件和解契約に基づく和解金請求権は,非免責債権に当たり,控訴人は本件免責決定によって免責されない。 3 争点(3)について 控訴人は,被控訴人が本件和解契約に基づいて和解金を請求することは信義則に反して許されないと主張する。しかし,消滅時効期間が経過している債務について,債務者が時効を援用する前に和解契約を締結することは,債権者においてたとえそのことを認識していたとしても直ちに信義則に反するということはできないし,上述のような本件和解契約締結の経緯からすれば,本件和解契約について,控訴人の真意に基づかないものであったとか,被控訴人がそのことを認識していたとは認められない。その他本件全証拠によっても,被控訴人の請求が信義則に反すると認めるに足りる事実は認められない。 4 結論 よって,被控訴人の請求には理由があり,被控訴人の請求を認容した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第37部 裁判長裁判官 上田哲 裁判官 波多野紀夫 裁判官 森沙恵子 以上:5,503文字
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