令和 7年 2月28日(金):初稿 |
○「銀行預金帰属者についての基本復習」の続きで、親の名義で開設された普通預金口座及び定期預金口座に入金された金員の帰属を巡り、その預金者が誰かが争われた事案において、預金者は名義人と異なり、その子であると認定した令和5年7月18日東京地裁判決(判タ1519号228頁、判時2612号44頁)関連部分を紹介します。 ○原告親の成年後見人が、被告子に対し、被告が原告名義の預金口座から合計750万円を出金したとして、不当利得返還請求権に基づき、同額から被告が原告のために立て替えた費用である444万6496円を控除した305万3504円及びこれに対する法定利息の支払を求め(本訴-争い無し)、これに対して、被告子が、原告親に対し、原告親名義の預金者は被告子であるとして、その預金債権が被告子に帰属することの確認を求めました(反訴)。 ○これに対し、東京地裁判決は、父親名義で預金口座が開設されている場合であっても、当該口座が息子による取引に便宜な場所で開設されており、主な取引は息子の勤務先からの定期的な入金であり、名義人に帰属すべき金員の入金は単発的・便宜的なものとみられ、口座取引に要するキャッシュカードは息子が管理していたものと認められる等の事情のもとでは、本件預金口座の預金者は、その名義にかかわらず、息子であるものと認められるとしました。 ********************************************** 主 文 1 被告は、原告に対し、305万3504円及びこれに対する令和3年9月14日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 2 被告と原告との間で、別紙預金目録記載1及び2の各預金に関する株式会社A銀行に対する預金債権がいずれも被告に帰属することを確認する。 3 訴訟費用は、本訴反訴を通じて2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 (本訴) 主文1項と同旨。 (反訴) 主文2項と同旨。 第2 事案の概要 本訴は、原告が、被告に対し、被告が原告名義の別紙預金目録記載1の預金口座から合計750万円を出金したとして、不当利得返還請求権に基づき、同額から被告が原告のために立て替えた費用である444万6496円を控除した305万3504円とこれに対する催告の日よりも後の日である令和3年9月14日以降の民法704条に基づく民法所定の年3分の割合による法定利息の支払いを求める事案である。 反訴は、被告が、原告に対し、別紙預金目録記載1及び2の各原告名義の預金者は被告であるとして、その預金債権が被告に帰属することの確認を求める事案である。 1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない) (1)原告と被告は親子(原告が父、被告が子)である。 (2)被告は、令和2年9月11日頃、東京家庭裁判所に対し、原告について成年後見開始の審判の申立をし、同裁判所は、同年10月30日、同審判をし、その成年後見人に、原告成年後見人を選任した。この審判は同年11月20日に確定した(乙1の1、乙16、弁論の全趣旨)。 (3)A銀行α支店には、原告名義で開設された預金口座として、別紙預金目録記載1及び2の各口座(以下、別紙預金目録記載1の預金口座を「本件円建預金口座」、同記載2の預金口座を「本件外貨建預金口座」とそれぞれ呼称し、本件円建預金口座と本件外貨建預金口座を併せて呼称する際は、「本件各預金口座」という。)が存在する。 本件各預金口座は、B銀行α支店において開設されたものが、A銀行への事業譲渡に伴い、移管されたものである。 本件円建預金口座には、令和2年5月26日、原告の株式の売却金額として814万0169円が入金された。 被告は、令和2年5月27日から同年7月2日までの間、別紙「A銀行α支店引出履歴一覧表」記載の「日付」欄記載の日に、同「出金」欄記載の金員を出金した。その出金の合計額は750万円だった。 (4)被告は、令和2年頃までに、原告のために種々の費用を立て替え、その額は少なくとも444万6496円であった。 被告は、令和3年4月20日頃、原告に対する上記444万6496円の立替金返還請求権及び被告が平成22年頃に原告のために立替えて支払った、原告所有地の境界線が越境しているかどうかに関する調査費用100万円の原告に対する返還請求権を自働債権、本訴請求債権を受働債権として対当額で相殺する意思表示をした(444万6496円の範囲で相殺の効力が生じたことには当事者間に争いがない)。 (5)原告は、令和3年6月18日、被告に対し、本件本訴請求債権を含む393万1556円を支払うよう求めた(甲6、弁論の全趣旨)。 (6)被告は、本件口頭弁論期日において、原告に対し、被告の原告に対する不当利得返還請求権に基づく本件各預金口座内の残高の一部131万1503円の請求権を自働債権、本件本訴請求債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をした(当裁判所に顕著)。 2 争点及び当事者の主張 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定した事実(掲記の証拠等によれば次の事実が認定できる) (1)原告は東京都台東区に居住しており、被告は東京都墨田区に居住している(乙1の1、弁論の全趣旨)。 被告は、令和3年9月まで、東京都新宿区〈略〉のC社で勤務していた(乙17、被告本人)。 原告の妻(被告の母・花子)は平成15年1月5日に死亡した(乙1の2、5)。 原告と被告の住所地、C社の所在地、本件各預金口座の開設されたB銀行α支店(A銀行α支店)の所在地の位置関係は、別紙所在地図一覧記載のとおりである(乙18、弁論の全趣旨)。 (2)原告は、令和2年9月の成年後見開始審判の申立当時、E銀行の通常貯金口座のほか、F信用金庫〈略〉支店の普通預金口座、G労働金庫〈略〉支店の普通預金口座を保有していた(乙1の6、弁論の全趣旨) 原告の後見開始審判申立当時の収入は年金程度であり、被告は、この当時、食費、日用品費、施設の管理費(原告の利用していたデイサービスの費用等)を負担していた(甲7、乙1の7、弁論の全趣旨)。 (3)被告は、平成7年12月1日、B銀行α支店において、被告名義の預金口座を開設した(乙14の1、2、調査嘱託)。 (4)本件各預金口座は、原告の住所地を登録住所地として開設されており、取引明細書は原告の住所地に送付されていた(争いのない事実)。 (5)本件円建預金口座には、少なくとも平成24年11月から平成28年4月までの間、概ね毎月25日頃に、5万円ずつの入金がされていた(乙3、4、15の1、2、調査嘱託)。 平成24年11月以降の本件円建預金口座の上記以外の入金については、平成29年12月21日にD銀行から配当金2万1357円が、平成30年5月22日に台東区からの税務還付金4700円と1万4100円がそれぞれ存在する(乙15の1、2、調査嘱託)。 平成24年11月以降の本件円建預金口座の出金状況については、ATMによる50万円程度の出金が複数回ある(乙15の1、2、調査嘱託)。 2 争点に対する判断 本件各預金口座に係る預金者は被告かについて (1)被告本人は、平成7年、海外旅行に行くことを想定し、海外送金、預金引出、為替換金が便利な当時のB銀行α支店で自分名義の口座を開設・保有していた(認定事実(3))、被告は、将来、父である原告と海外旅行に行くことを考え、そのための資金を、自分名義の預金と区別して貯蓄するために、上記と同様、B銀行α支店に原告名義での預金口座を開設することとした、手続の便宜のため、開設場所は、被告の勤務先に近いα支店を選んだ、本件各預金口座開設後は、勤務先であるC社の給与の一部5万円を毎月振り込んでもらうこととし、本件円建預金口座に一定の貯蓄ができた際には、本件外貨建預金口座に振り替えることにした、本件各預金口座には通帳や登録印鑑はない、キャッシュカードやその利用に必要な暗証番号は被告が管理していた、本件各預金口座開設後、原告と海外旅行に何度か行き、その際に、本件各預金口座から一定額を出金していたなどと供述する。 上記の供述は、上記の認定できる事実、特に、原告は自宅近くの支店で複数の預金口座を保有しているところ、本件各預金口座は、原告の自宅近くではなく、被告の勤務先に近いB銀行α支店で開設されていること(前提事実、認定事実(1)ないし(3))、本件円建預金口座には被告の勤務先であるC社から定期的な入金がある一方、他の入金は数回しかないこと(前提事実、認定事実(5))、被告はキャッシュカードの現物を保持していたことがうかがわれること(乙8、弁論の全趣旨)といった客観的な事実関係を概ね矛盾なく説明できており、その説明内容に不自然・不合理といえる部分は見当たらない。そうすると、上記被告本人の供述は信用できる。 (2)上記認定事実に、上記(1)の信用できる被告本人の供述を踏まえると、本件各預金口座は、被告が自身名義の預金口座を保有する、被告の当時の勤務先近くに所在するB銀行(現在のA銀行)のα支店に開設されたものであり、その入金頻度、入金数としては、被告に帰属すべき、C社からの定期的な給与の支払が多く、全体の入金数の大半を占めているといえ、原告に帰属すべき金員の入金は、前提事実(3)記載の株式の売買代金のほか、認定事実(5)記載の配当金と税務還付金の3度しかない。また、本件預金口座の取引に要するキャッシュカードは被告が管理していたものと認められる。 これらの事実を総合すると、本件各預金口座は、被告による取引に便宜な箇所で開設され、その取引内容も被告のためのものが大半を占めるといえるのであり、他の入金は預金口座が原告名義であるゆえ、単発的・便宜的に入金されたものとみても説明できないものとはいえない。また、取引明細書(認定事実(4))については、原告名義での預金口座である以上、原告住所に送付されることから当然に原告の預金であるとまではいえない。そうすると、本件各預金口座の預金者は、その名義に関わらず、被告であるものと認められる。 3 本訴について 被告は、本件各預金口座が被告に帰属する場合には、前提事実(3)の合計750万円の出金については、それが原告に帰属すべき株式の売却代金を原資とするものであることから、同額から争いのない相殺額444万6496円を控除した後の額である本訴請求額相当額の返還義務を争っていない。 また、被告は、少なくとも、原告から本訴請求額相当額以上の返還請求を受けた時点(令和3年6月18日。前提事実(5))以降は民法704条所定の民法所定の年3分の割合による法定利息の返還義務を負う。 4 結論 よって、本件各預金口座の預金者が被告とは認められない場合の争点については判断の必要がなく、原告の本訴請求には理由があり、被告の反訴請求にも理由があるから、これらをいずれも認容することとして主文のとおり判決する。 裁判官 増子由一 (別紙)預金目録 1 銀行名:A銀行 α支店 種類:普通預金 口座番号:〈略〉 名義人:X 2 銀行名:A銀行 α支店 種類:外貨定期預金 口座番号:〈略〉 名義人:X (外貨:ニュージーランドドル) (別紙)A銀行α支店引出履歴一覧表〈略〉 所在地図一覧〈略〉 以上:4,694文字
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