令和 6年10月26日(土):初稿 |
○「利制法計算後過払金の消滅時効起算点等について判断した地裁判決紹介1」の続きで、令和5年3月30日東京地裁判決(判時2601号76頁)の後半で、争点(2)(本件取引1により生じた過払金返還請求権の消滅時効の成否)についての判断理由を紹介します。事案を再掲載します。 原告は、被告甲社との間でが、金銭消費貸借について基本契約を締結し、同契約に基づき、、遅くとも平成10年2月8日から平成19年7月30日までの間の取引継続し(本件取引1)、 ・平成19年7月、甲社の貸金業廃止と親会社乙社への債権移行合意(過払金債務について、連帯債務として負担割合は甲社100,乙社0) ・原告は、被告甲社から、同被告の廃業及び切替契約により被告乙社の顧客として取引が可能であることについて案内を受け、平成19年7月30日、被告乙社との間で金銭消費貸借取引に係る基本契約締結 ・原告は被告乙社と、金銭消費貸借について基本契約を締結し、同契約に基づき、平成19年7月30日から平成29年4月1日までの間の取引継続(本件取引2) ・原告は被告両社に対し、令和4年に至り、本件取引1・2一連計算による過払金約460万円の支払を求めて提訴 ○原告は、本件取引1により生じた過払金請求権について、本件取引1と本件取引2は、連続性があり、基本契約についての平成19年7月30日の切替契約後も過払金充当合意は消滅していないので消滅時効は本件取引2の終了時から進行すると主張し、これに対し被告らは本件取引1終了時から進行し、消滅時効は完成したと主張しました。論点は本件取引1と2の連続性の有無です。 ○私自身は原告主張に同感していますが、残念ながら判決は、本件取引1終了時から進行して時効は完成したと認定しました。その理由は、 ①原告と被告甲社との取引は終了して新たな借入金債務の発生は見込めなくなったので、被告乙社との本件取引2が継続中でも、被告甲社に過払金請求が出来ること ②本件取引2が継続中でも、原告は、本件取引1により生じた過払金を本件取引2の借入金債務に充当せず、被告甲社に対して支払を求めることを選択することも十分に可能で、本件取引2の継続が法律上の障害となるということは困難 ③原告の主張では切替顧客が被告乙社と取引が継続する限り消滅時効が完成しないことになり、被告甲社に対しては権利の上に眠っているのに時効消滅が完成せず時効制度の趣旨に反すること としています。 ○しかし、原告にとっては、被告甲社と被告乙社は、形式的には別会社でも実質同一会社であり、形式的切替契約があったからと言って、平成21年最高裁判決の過払金充当合意においては、新たな借入金債務の発生が見込まれる限り、過払金を同債務に充当することとし、借主が過払金返還請求権を行使することは通常想定されず、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては、同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となることに変わりません。本件地裁判決の結論は、極めて形式的理由に過ぎないと思います。 ○要するに借入契約名義を被告甲社から被告乙社に切り替えても、取引継続中は原告は過払金返還請求権の存在を認識出来ず、被告乙社との取引を継続しながら被告甲社に過払金返還請求をすることは「通常想定されず」、取引継続は過払金返還請求の法律上の障害と評価でき、原告は「権利の上に眠っている者」に該当しないことは明らかです。 ○本判決は控訴されず確定しているようですが、極めて残念な判決です。 ************************************************ 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 (中略) 3 争点(2)(本件取引1により生じた過払金返還請求権の消滅時効の成否)について (1)継続的な金銭消費貸借取引に関する基本契約が、過払金充当合意を含む場合は、上記取引により生じた過払金返還請求権の消滅時効は、特段の事情がない限り、上記取引が終了した時から進行するものと解するのが相当である(最高裁平成20年(受)第468号同21年1月22日第一小法廷判決・民集63巻1号247頁(以下「平成21年最高裁判決」という。))。 本件についてこれをみると、前記認定のとおり、継続的な金銭消費貸借取引である本件取引1に関する基本契約は、過払金充当合意を含むものであり、上記特段の事情を認めるべき証拠はないから、本件取引1により生じた過払金返還請求権の消滅時効は、本件取引1が終了した時から進行するものと認められる。 (2) ア 原告は、本件取引1及び本件取引2は連続性が認められ、切替手続後も過払金充当合意は消滅していないから、本件取引1により生じた過払金返還請求権の消滅時効は、本件取引2の終了時から進行する旨主張する。 そこで検討するに、継続的な金銭消費貸借取引に関する基本契約が過払金充当合意を含む場合に上記取引により生じた過払金返還請求権の消滅時効が原則として上記取引が終了した時から進行するものと解されるのは、過払金充当合意においては、新たな借入金債務の発生が見込まれる限り、過払金を同債務に充当することとし、借主が過払金返還請求権を行使することは通常想定されていないことを前提に、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては、同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となるというべきであることを理由とする(平成21年最高裁判決参照)。 本件取引1により生じた過払金返還請求権は、被告甲社に対するものに限ってみれば、新たな借入金債務の発生はもはや見込まれず、併存的に債務を引き受けた被告乙社との間の本件取引2が継続中であったとしても、原告は、本件取引1により生じた過払金を本件取引2の借入金債務に充当せず、被告甲社に対して支払を求めることを選択することも十分に可能であり、本件取引2の継続が法律上の障害となるということは困難である。 また、原告主張のように解すると、切替顧客が被告乙社との取引を継続する限り消滅時効が完成しないこととなり、当該切替顧客が少なくとも被告甲社に対してはいわば権利の上に眠っているにもかかわらず、被告甲社は、証拠の保存に要する費用負担、その散逸の危険等にさらされることとなり、消滅時効制度の趣旨に鑑みても相当でない。 したがって、原告は、被告甲社に限っては、本件取引1の終了により、本件取引1により生じた過払金返還請求権を行使することができるに至ったものというべきであり、原告の上記主張は、採用することができない。 イ 原告は、本件取引2の終了前に本件取引1により生じた過払金について消滅時効が進行するとなると、その中断のために被告甲社に対して過払金の支払を求めざるを得ず、一方の連帯債務が取引継続中にもかかわらず過払金の返還請求を強制することになり、平成21年最高裁判決が取引終了時まで過払金の時効の進行は開始しないとした趣旨に反する旨主張する。 しかしながら、平成21年最高裁判決は、借主が基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引を終了させ、その時点において存在する過払金の返還を請求することができることをもって過払金発生時からその返還請求権の消滅時効が進行すると解することは、借主に対し、過払金が発生すればその返還請求権の消滅時効期間経過前に貸主との間の継続的な金銭消費貸借取引を終了させることを求めるに等しく、過払金充当合意を含む基本契約の趣旨に反する旨を説示したものである。 そして、本件取引1により生じた過払金について、被告甲社に対する返還請求をしなければ消滅時効が進行すると解したとしても、同被告との間の本件取引1は既に終了している上、被告乙社との間の本件取引2を終了させることを求めるものとはいえない。 したがって、原告の上記主張は、平成21年最高裁判決の趣旨を正解するものとはいえず、採用することができない。 4 争点(3)(争点(2)の消滅時効の被告乙社に及ぼす効力)について 併存的債務引受がされた場合には、反対に解すべき特段の事情のない限り、原債務者と引受人との関係について連帯債務関係が生ずるものと解するのが相当である(最高裁昭和39年(オ)第1237号同41年12月20日第三小法廷判決・民集20巻10号2139頁参照)。 本件では、前示のとおり、被告乙社が、本件取引1により生じた過払金返還債務を併存的に引き受けたことが認められるところ、同債務について被告らが連帯債務関係となれば、民法439条に基づき、被告甲社のために時効が完成したときは、同被告の負担部分については、被告乙社もその義務を免れることとなる。 そして、原告は、上記特段の事情として、 〔1〕上記併存的債務引受の趣旨が借主に損害が生じないようにするためであること、 〔2〕切替手続に応じて取引を継続した原告の期待を裏切り信義則に反することを主張するが、 〔1〕一般に、併存的債務引受は、債権者の利益のためにされることが通常であり、上記併存的債務引受の趣旨が原告主張のようなものであったとしても、それをもって特段の事情とはいい難いし、 〔2〕被告乙社が原告との間で本件切替契約を締結したからといって、それから10年以上後に本件取引1により生じた過払金返還請求に対する消滅時効に係る主張をされないことまで期待する正当な利益があるとはいえない から、これらの主張はいずれも採用することができない。その他、本件全証拠によっても、上記特段の事情を認めることはできない(なお、被告乙社の主張が信義則に反するということもできない。)。 そうすると、被告らは、本件取引1により生じた過払金返還債務について連帯債務関係となるところ、同債務について被告甲社がその全てを負担しているものであるから(本件債務引受条項参照)、その消滅時効の完成により、被告乙社もその債務を免れる。 5 争点(4)(本件取引2により生じた過払金の非債弁済の成否)について 前記認定のとおりの本件切替契約に係る経緯に鑑みても、原告が、切替手続時において本件取引1により過払金が生じるに至っていることを具体的に認識していたものとは認められず、本件取引2について借入金債務の存在しないことを知りつつ弁済をしたものとはいえない。 したがって、非債弁済は成立しない。 6 争点(5)(被告らが悪意の受益者に当たるか否か。)について 貸金業者が利息制限法1条1項所定の制限を超える利息を受領したが、その受領につき貸金業法43条1項の適用が認められない場合には、当該貸金業者は、同項の適用があるとの認識を有しており,かつ、そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り、民法704条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁平成17年(受)第1970号同19年7月13日第二小法廷判決・民集61巻5号1980頁)。 本件取引2について、被告乙社は、上記認識を有していたこと及び上記特段の事情について具体的な主張立証をしておらず、これらの事実を認めることはできない。また、本件取引2に係る約定利率を一連の取引の中途から制限利率以下に引き下げたとしても、それ以前の取引について制限利率による引直し計算をしないまま弁済金を受領し続けたのであるから、制限超過部分を受領したことに係る同被告の認識に何ら影響しない。 したがって、被告乙社は、本件取引2に係る制限超過部分の不当利得について、悪意の受益者に当たると認められる。 7 小括 以上説示のとおり、原告の被告らに対する本件取引1により生じた過払金及びその法定利息の返還請求権は、いずれも時効により消滅している。 一方、原告は、被告乙社に対し、本件取引2により生じた過払金及びその法定利息の返還を求めることができるところ、別紙計算書2によれば、過払金元金123万6200円、本件取引2の最終取引日である平成29年4月21日までの法定利息2万2094円及び上記元金に対する同月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息の支払を求めることができる。 8 よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は、主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第6部 裁判官 武見敬太郎 (別紙)その余の争点に関する当事者の主張 1 利息計算における初日参入 (1)原告の主張 原告は初日を算入せず計算しているが、代わりに弁済日に利息を算入しており、結果として変わりはなく不合理な計算方法とはいえない。 (2)被告甲社の主張 消費貸借契約における利息金は、特別な合意がない限り、借入れ初日分から発生するから、追加借入れを含めて利息計算に参入して計算すべきである。 2 閏年の日数計算 (1)被告甲社の主張 原告と被告甲社の金銭消費貸借契約には利息を年365日の日割計算とする特約があるから、貸金及び過払金の各利息計算は年365日として充当計算をする必要がある。 (2)原告の主張 閏年の利息計算は366日の日割計算によるべきである。 3 みなし弁済 (1)被告甲社の主張 原告は被告甲社に対し、利息及び元本の弁済として任意に約定弁済したので、貸金業法43条により制限超過部分は有効な利息の債務の弁済とみなされ、また、本件取引1は同法所定のみなし弁済成立の各要件を具備した貸付けであるのでみなし弁済の成立は排除されない。 (2)原告の主張 被告甲社は何らの立証をしないから、みなし弁済は成立しない。 以上 別紙計算書1 別紙計算書2 以上:5,593文字
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