令和 6年 3月26日(火):初稿 |
○「賃借人破産の場合の解約予告期間約款について判断した地裁判決紹介」の続きで、賃借人に破産手続開始決定が出た場合の建物賃貸借契約約款について判断した平成23年7月27日東京地裁判決(判時2144号99頁)理由部分を紹介します。 その要旨は以下の通りです。 ①建物賃貸借契約に、保証金の残金の返還請求権を放棄することにより、即時に解約することができる旨の条項が設けられていた場合において、破産会社が、破産手続開始決定の5日前に、保証金残金の返還請求権を放棄して当該賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたときは、破産管財人はこれを無償行為として否認することができる。 ②建物賃貸借契約において、保証金の残金の返還請求権を放棄することにより、即時に解約することができる旨の条項が設けられていた場合であっても、これは合意に基く解約権の行使の要件を定めたものと解され、破産管財人による破産法53条1項に基づく解除権行使についての要件とは解されないため、破産管財人により当該賃貸借契約が解除されたことによって、保証金残金の返還請求権が消滅するものではない。 ************************************************ 主 文 一 被告株式会社Y1は、原告に対し、4億4986万5000円及びこれに対する平成21年9月12日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 三 訴訟費用は、原告と被告株式会社Y1との間においてはこれを20分し、その1を原告の負担とし、その余を同被告の負担とし、原告と被告株式会社Y2不動産販売との間においては、全部原告の負担とする。 四 この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第一 請求 一 被告株式会社Y1は、原告に対し、4億7360万円及びこれに対する平成21年9月12日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 二 被告株式会社Y2不動産販売は、原告に対し、4億7360万円及びこれに対する平成22年1月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 第二 事案の概要 本件は、破産者株式会社グレース(以下「破産会社」という。)の破産管財人である原告が、 (1)被告株式会社Y1(以下「被告Y1」という。)に対し、破産会社と被告Y1との間で各建物の賃貸借契約を締結し、これと併せて締結した保証金預託契約に基づいて保証金を交付していたところ、破産法53条に基づいて上記賃貸借契約を解除し、上記各建物を明け渡したとして、保証金預託契約の終了に基づき、保証金の返還を求めるとともに、 (2)被告株式会社Y2(以下「被告Y2」という。)に対し、破産会社と被告Y2との間で上記各建物の賃貸借契約を締結し、これと併せて締結した保証金預託契約に基づいて保証金を交付していたところ、破産法53条に基づいて上記賃貸借契約を解除し、上記各建物を明け渡したとして、保証金預託契約の終了に基づき、保証金の返還を求める事案である。 なお、原告の被告Y1に対する請求は、破産会社が上記各建物を被告Y1から直接賃借していたことを前提とするものであり、原告の被告Y2に対する請求は、被告Y2が被告Y1から上記各建物を賃借し、破産会社が被告Y2からこれらを転借していたことを前提とするものである。 一 争いのない事実等(弁論の全趣旨に照らして、明らかな事実を含む。) (中略) 第三 争点に対する判断 一 認定事実 前記争いのない事実等に(証拠省略)を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。 (中略) 四 争点四(本件賃貸借契約〔1〕〔2〕の解除は無償行為として否認されるか。)について (1)上記1、2認定事実によれば、本件賃貸借契約〔1〕〔2〕において破産会社と被告Y1との間で、それぞれ保証金の残金の返還請求権を放棄することにより、即時解約することができる旨が合意されていたものと認めるのが相当であるところ、上記1、3認定事実によれば、破産会社は、平成20年2月7日、被告Y1に対して、保証金残金(本件オフィス分4億1480万円、本件各社宅分5880万円)の返還請求権を放棄して本件賃貸借契約〔1〕〔2〕を解除する旨の意思表示をしたものと認められ、これらの事実に加え、破産会社は、同月12日、破産手続開始の申立てをし、同日午後5時、破産手続開始決定を受けたことなどの本件に顕れた全事情を考慮すれば、破産会社が、同月7日、被告Y1に対して、保証金残金の返還請求権を放棄して本件賃貸借契約〔1〕〔2〕を解除する旨の意思表示をした行為は、破産会社が支払の停止等の前6か月以内にした無償行為に当たるものと認めるのが相当であり(以下、この行為を「本件無償行為」という。)、破産会社の破産管財人である原告は、破産法160条3項に基づき、これを否認することができると解される。 そして、破産法167条1項の否認権行使の効果としての原状回復により、破産会社と被告Y1との間の本件賃貸借契約〔1〕〔2〕に係る法律関係(本件保証金預託契約〔1〕〔2〕に係る法律関係を含む。)が本件無償行為前の状態に復帰するものと解される。 (2) ア 被告Y1は、本件賃貸借契約〔1〕〔2〕において、破産手続開始の申立てにより解除された場合には保証金残金を請求することができない旨の合意があるところ、破産会社は破産手続開始の申立てをしており、この合意に基づく解除が可能であったことから、本件無償行為は破産法160条3項にいう無償行為に当たらない旨を主張するものと解される。 そこで、検討するに、上記1、2認定事実によれば、破産会社は、平成20年1月末ころ、被告Y1との間で、本件オフィス賃貸借契約書〔5〕〔6〕及び本件社宅賃貸借契約書〔4〕〔5〕によって、(ア)破産会社が破産の申立てをしたときは、被告Y1は、通知催告なくして直ちに本件賃貸借契約〔1〕〔2〕を解除することができる、(イ)上記(ア)に基づき本件賃貸借契約〔1〕〔2〕が解除された場合、破産会社は、被告Y1に対し、6か月分の賃料・管理費の支払及び保証金の残金を放棄する旨の合意をしたものと認められるところ、上記(ア)の合意は借地借家法28条の規定の趣旨に反して建物の賃借人に不利なものであるから、同法30条により無効と解すべきである(最高裁昭和42年(オ)第919号同43年11月21日第一小法廷判決・民集22巻12号2726頁参照)。 したがって、上記(ア)の合意が有効であることを前提とする被告Y1の上記主張を採用することはできない。 イ 被告Y1は、本件賃貸借契約〔1〕〔2〕において賃料未払により解除された場合には保証金残金を請求することができない旨の合意があるところ、破産会社が平成20年3月分から同年8月分までの賃料6か月分を支払っていなかった旨を主張するものと解されるものの、上記一認定事実によれば、この賃料未払の事実は本件各解約通知がされた時点(同年2月7日)よりも後に生じたものであることは明らかであるから、被告Y1の上記主張によって、上記(1)の判断が左右されるものではない。 (3)なお、被告Y1は、本件賃貸借契約〔1〕〔2〕の解除は合意によるものである旨を主張するものの、保証金残金の返還請求権の放棄を伴うものである以上、無償行為として否認されるべきことに変わりはない。 五 争点五(破産法53条1項に基づく解除における保証金放棄条項の適用の有無等)について (1)前記争いのない事実等及び上記一認定事実によれば、原告は、平成20年9月8日、被告Y1に対し、破産法53条1項に基づき本件賃貸借契約〔1〕〔2〕を解除する旨の意思表示をし、そのころ、本件オフィス及び本件各社宅を明け渡したものと認められる。 (2)上記1、2認定事実及び(証拠省略)によれば、本件保証金預託契約〔1〕〔2〕には、「破産会社に賃料の延滞、損害賠償その他本契約に基づく債務の不履行があったときは、被告Y1は破産会社に対して何らの催告なくして、任意の順序、方法で保証金をこれに充当することができる。」旨の合意があるものと認められ、その他賃借人が保証金返還請求権を第三者に譲渡し、又は担保の目的に供することができない旨の合意があることなどの事情を併せ考慮すれば、本件保証金預託契約〔1〕〔2〕は敷金契約の性質を有するものであって、被告Y1の破産会社に対する保証金返還債務は建物の明渡時に期限が到来するものと認めるのが相当であるから、本件賃貸借契約〔1〕〔2〕が終了して目的物が被告Y1に明け渡された時、未払賃料や損害賠償金等を控除した上でなお残額のある場合には、被告Y1は、破産会社に対し、本件保証金預託契約〔1〕〔2〕の終了に基づき、保証金の残額の返還義務を負うものと解される。 上記1、5(1)認定事実及び弁論の全趣旨によれば、 〔1〕本件賃貸借契約〔1〕〔2〕が終了して目的物が賃貸人に明け渡されたこと、 〔2〕保証金残金が本件オフィス分4億1480万円、本件各社宅分5880万円の合計4億7360万円が存在すること、 〔3〕破産会社は、平成20年2月分までの本件賃貸借契約〔1〕〔2〕に係る賃料及び共益費を支払ったことがそれぞれ認められるものの、同年3月1日から同年9月8日(解約日)までの賃料及び共益費(本件オフィス分1993万7400円及び本件各社宅分379万7600円の合計2373万5000円)を支払ったものとは認められず、 以上の事実関係に照らせば、破産会社は、被告Y1に対し、保証金残金から賃料及び共益費の未払分を控除した残額4億4986万5000円の返還請求権を有するものと認められる。 (3)ところで、上記四(1)のとおり、破産会社と被告Y1との間には、それぞれ、保証金残金の返還請求権を放棄することにより即時解約することができる旨の合意がされていたものと認められるところ、これは合意に基づく解約権(約定解約権)の行使の要件を定めたものと解され、破産管財人による破産法53条1項に基づく解除権の行使についての要件とは解されない上、同項は、契約の相手方に解除による不利益を受忍させても破産財団の維持増殖を図るために破産管財人に法定解除権を付与し、もって破産会社の従前の契約上の地位よりも有利な法的地位を与えたものと解されることをも併せ考えると、原告による上記(1)の解除により、保証金残金の返還請求権が消滅するものとは解されない。 六 結論 以上によれば、原告は、被告Y1に対し、本件保証金預託契約〔1〕〔2〕に基づき、4億4986万5000円の保証金返還請求権及びこれに対する平成21年9月12日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払請求権を有するものと認められる。 よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の被告Y1に対する請求は、4億4986万5000円及びこれに対する平成21年9月12日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告の被告Y1に対するその余の請求及び原告の被告Y2に対する請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 松並重雄 裁判官 國原徳太郎) 裁判官荻原弘子は、転補のため、署名押印することができない。(裁判長裁判官 松並重雄) 以上:4,722文字
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