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賃借人破産の場合の解約予告期間約款について判断した地裁判決紹介

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令和 6年 3月25日(月):初稿
○賃借人に破産手続開始決定が出た場合の建物賃貸借契約約款について判断した平成21年1月16日東京地裁判決(金融法務事情1892号55頁)理由部分を紹介します。
その要旨は以下の通りです。
①建物賃貸借契約において、賃借人に破産手続開始の申立てがあったときには、賃貸人は無催告で契約を解除することができる旨の条項が設けられている場合であっても、この条項は平成16年改正により当時の民法621条(平成16年法第76号による改正前)が削除された趣旨および破産法53条1項により破産管財人に未履行双務契約の履行・解除の選択権が与えられている趣旨に反するものとして無効であり、同条項に基づく解除もまた無効である。

②建物賃貸借契約において、賃借人が解約するためには予告期間を必要とし、期間経過前に解約する場合には違約金として当該予告期間分の賃料相当損害金を支払う旨の条項が設けられている場合、この条項は、賃借人が同条項に定める違約金を支払うことにより契約を解除しうるとする趣旨であり、他の事由による契約の終了時にも賃借人が違約金を支払うべきことを規定したものであると解することはできない。

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主   文
1 被告は原告に対し、金1296万8388円及びこれに対する平成19年12月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し、その1を原告の、その余を被告の各負担とする。
4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告は原告に対し、金2000万円及びこれに対する平成19年12月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は、被告から建物を賃借していた株式会社A(以下「A」という。)の破産管財人である原告が、当該賃貸借契約の解除に基づき当該建物を明け渡したと主張して、敷金の返還及びこれに対する商法所定年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

1 前提事実
(1)Aは、書籍の出版を行うこと等を目的とする株式会社であり、被告は、不動産の保有、売買、賃貸及び管理等を行うことを目的とする株式会社である。

(2)被告は、平成18年5月31日、Aとの間で、同社に対し、同年8月1日から、東京都中央区《住所略》所在のKビル(以下「本件ビル」という。)を賃料月額200万円(消費税別)、共益費なしで賃貸する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結し、同年8月1日ころ本件ビルをAに引渡した。本件契約に際し、被告はAから敷金として2000万円の預託を受けた。
 被告とAは、本件賃貸借契約書において、次の約定をした。

第7条
第7項 本契約が終了したときは、乙(Aのこと。以下同じ。)が本契約に基づく原状回復義務を履行し本物件(本件ビルのこと。以下同じ。)の明渡しを完了した後、乙の甲(被告のこと。以下同じ。)に対する本契約に基づく債務その他の一切の債務に充当した後の敷金の残額を、甲は乙に返還するものとする。
第20条
第1項 第3条による契約の更新後は、甲又は乙は、解約日の6か月前までに相手方に対し書面による通知をすることにより、期間内であっても本契約を解約することができるものとする。
第2項(省略)
第3項 乙は、第1項の通知にかえて賃料・共益費の6か月分相当額を甲に支払い、即時解約することができるものとする。
第21条
第1項 甲は、乙が次の各号の一に該当する場合には、何等の催告なしに、本契約を解除することができる。
(1号及び2号省略)
3 解散、破産手続開始、(中略)その他の倒産手続の申立てがあったとき
(4号以下省略)
第2項 前項の理由により本契約が解除された場合、乙は第22条第2項に定める金銭を支払うほか、違約金として、賃料及び共益費の合計額の6か月相当額を甲に支払うものとする。ただし、契約解除により甲が被った損害について、甲が乙に対し損害賠償を請求することを妨げないものとする。
第23条
第1項 賃貸借の満了、解約、解除その他の事由により、本契約が終了したときは、乙は、次の各号の定めるところにより、本物件を明渡すものとする。
1 乙は、乙の費用により新設又は付加した諸造作、設備等及び乙所有の備品等を乙の費用負担により撤去するとともに、乙による本物件の変更箇所及び汚損、損傷箇所を修復し、壁・天井・床仕上材の塗装、貼替えを行った上で本物件を引渡し当初の原状に復して甲に明渡す。ただし、本契約の終了日前に、原状回復の方法に関し、甲乙間に合意がなされたときは、その合意に従う。
2 前号の原状回復工事は、甲又は甲の指定する者が実施し、その費用は乙が負担する。
3 本契約終了時に、本物件内又は本建物内に残置された乙の所有物があるときは、乙がその時点でこれを放棄したものとみなし、甲は、これを任意に処分し、その処分に要した費用を乙に請求することができる。
(第2項以下省略)

(3)Aは、平成19年9月5日午後5時に東京地方裁判所の破産手続開始決定を受け、弁護士杉本進介が破産管財人に選任された。

(4)被告は、破産管財人杉本進介(以下「杉本管財人」という。)に対し、本件契約書21条1項3号(Aについて破産手続開始の申立てがあったときは、被告が催告なしに本件契約を解除しうるとする規定)に基づき本件契約を解除する旨記載した同年9月13日付書面を郵送し、同書面は、同月18日、杉本管財人に到達した。

(5)杉本管財人は、業者に依頼して、同年10月17日までに本件ビル内の動産類を撤去し、同日、被告に本件ビルの鍵を返還した。

(6)杉本管財人は、同年11月24日に急逝し、後任破産管財人として原告が選任された。

(7)被告は、同年11月29日、原告に対し、平成19年10月分の日割計算による17日分の未払賃料として115万1612円、原状回復費用として588万円及び中途解約違約金として840万円(賃料の4か月分)を請求した(《証拠略》)。

 原告は、同年11月30日、被告に対し、被告による上記(4)の本件契約の解除は無効であることを指摘し、予備的に破産法53条1項により本件契約を解除する旨通知するとともに、破産法53条1項による解除においては、破産管財人は本件契約の違約金条項に拘束されない旨主張した(《証拠略》)。

(8)被告(代理人弁護士守谷俊宏)は、同年12月21日付ファックス(《証拠略》)により、杉本管財人との間の交渉において、違約金として賃料4か月分を敷金から控除することで話合いが進んでいたことを理由に、これを賃料3か月分まで譲歩する旨主張した。これに対し、原告は、同日付ファックス(《証拠略》)により、被告(代理人守谷)に対し、賃料3か月分からさらに譲歩しないのであれば、被告が示した原状回復費用の見積額(588万円)に同意することはできないと主張した。

2 原告の主張

     (中略)

第3 当裁判所の判断
1 本件契約の解除について

 前示のとおり、被告は、平成19年9月18日、本件契約書21条1項3号に基づき本件契約を解除する旨の意思表示をしたのであるが,同契約条項は、平成16年法律第76号により当時の民法621条が削除された趣旨(賃借人の破産は、賃貸借契約の終了事由とならないものとすべきこと)及び破産法53条1項により破産管財人に未履行双務契約の履行・解除の選択権が与えられている趣旨に反するものとして無効というべきであるから、同契約条項に基づく上記解除もまた無効というべきである。

 しかしながら、杉本管財人は、被告からの上記解除の意思表示に対して異議を留めず、本件ビル内のA所有の動産類を撤去し、平成19年10月17日に被告に鍵を返還したのであるから、本件契約は、同日に、杉本管財人と被告との間で合意解除されたものであるか、杉本管財人が黙示的に破産法53条1項に基づく解除の意思表示をしたものと認めるのが相当であり、この認定を妨げる証拠はない。 

2 本件ビルの明渡しについて
 被告は、平成19年10月17日の鍵の引渡しについて、防犯のためとか原状回復工事の見積りのためであって、最終的な明渡義務の履行としてではなかった旨主張する。しかし、《証拠略》によれば、同日の鍵の引渡しは、杉本管財人が本件契約の終了に基づく返還義務の履行として本件ビルを最終的に明け渡すものとして本件ビルの鍵を被告に交付し、被告もその趣旨でこれを受領したものと認められ、他にこの認定を左右する証拠はない。

3 本件契約書20条3項について
 被告は、前記第2の3(2)のとおり、本件契約書20条3項は、破産管財人が破産法53条1項に基づく解除を行う場合にも、違約金として賃料・共益費6か月分を支払うべきことを規定したものである旨主張する。原告は、これを時機に後れたものとして却下を求めるが、これが時機に後れたものと認めることはできない。

 しかし、本件契約書20条3項は、賃借人が賃料・共益費6か月分を支払うことにより本件契約を解除し得るとする趣旨であると解され、他の事由による本件契約の終了時にも賃借人が違約金を支払うべきことを規定したものであるとは解することができない。そうすると、前記1のとおり、本件契約は、杉本管財人と被告との間で合意解除されたもの又は杉本管財人が破産法53条1項に基づき解除したものであるから、いずれにしても本件契約書20条3項が適用される場合に該当しないことは明らかであり、原告が被告に対し同条項に定める賃料・共益費6か月分の支払義務を負うべき理由はない。被告の上記主張を採用することはできない。

4 原状回復工事のために相当な期間について
 被告は、前記第2の3(1)のとおり、本件契約書23条1項1号を根拠として、本件ビルの原状回復義務が履行されるまでその明渡義務は未了であるから、原状回復工事完了までの相当期間の賃料又は賃料相当損害金は原告の負担である旨主張する。

 よって検討するに、本件契約書23条1項1号では、本件契約が終了したときには、Aは本件ビルを原状回復をした上で明け渡すこととされているが、他方、同項2号では、原状回復工事は、被告又は被告の指定する者が実施し、その費用はAが負担すべきものとされ、同項3号では、本件契約終了時に残置されているAの所有物はこれを放棄したものとみなし、被告の処分に任せ、その処分費用はAの負担とすることとされている。

以上の規定を総合して合理的に解釈すれば、本件契約終了後、賃借人が本件ビル内に設置した動産類を撤去しない場合等、その原状回復義務を履行しない場合には、賃貸人は、返還義務の未履行として賃借人に対してその撤去等の原状回復を請求することができるが、いったん賃貸人が賃借人から賃貸借終了に基づく返還義務の履行として本件ビルの明渡しを受けた後は、賃借人の費用負担で賃貸人が自ら原状回復工事や残置された動産類の処分を行うことができる旨を規定したものと解される。

そうすると、本件契約書23条1項1号は、上記明渡しを受けた後について、賃料又は賃料相当損害金の負担について何ら規定するものではないと解するのが相当であり、これをもって原状回復工事完了のために相当な期間の賃料又は賃料相当損害金を賃借人が負担すべきことを規定したものであると認めることはできない。上記被告の主張を採用することはできない。

 また、被告は、原状回復工事に必要な相当期間は、本件ビルを第三者に賃貸することができず、その間の賃料相当額は、被告の債務不履行により通常生ずべき損害であるから、原告はその支払義務を負う旨主張するが、一般に、建物賃貸借契約において、当該契約終了に基づく建物返還後、少なくとも通常想定しうる範囲の原状回復工事に必要な相当期間については、特段の合意のない限り、賃借人に賃料等を負担させないものとするのが通例であることは当裁判所に顕著であり、本件契約においては、かかる特段の合意が存するとは認められない(上記判示のとおり、本件契約23条1項1号は、かかる特段の合意に相当するとは認められない。)ことからすれば、上記被告の主張を採用することはできない。

 以上の次第であるから、前記認定のとおり杉本管財人が平成19年10月17日に本件契約の終了に基づく返還義務の履行として本件ビルを被告に明け渡したことにより、その後に杉本破産管財人ないし原告が負担すべき賃料又は賃料相当損害金が発生したとする事実を認めることはできない。

5 未払賃料について
 弁論の全趣旨によれば、本件契約の賃料は、平成19年9月分まで支払済みであったと認められ、前記認定のとおり、本件契約は、平成19年10月17日に解除により終了し、同日をもって杉本管財人は本件ビルを被告に明け渡したことが認められるから、本件契約の未払賃料は、次の日割計算により、115万1612円であると認められる。
210万円×17日÷31日=115万1612円(円未満切捨て)

6 原状回復工事費用について
 原告は、被告の主張する原状回復工事費用588万円について金額の妥当性を争うが、《証拠略》によれば、被告は、C株式会社に対し本件ビルの原状回復工事を請け負わせ、その代金として588万円を支払ったことが認められる。

確かに、Aが本件契約に基づき本件ビルの引渡しを受けてから杉本管財人がこれを明け渡すまでは1年2か月余という比較的短期間であり、その間の本件ビルの損耗・汚損の程度が著しかったとは考えにくいこと、C株式会社は、被告と本店所在地が同じであることから被告の関連会社であると推測されることなどからすれば、被告としては、上記原状回復工事とされる個別の工事について、その必要性を原告に対し具体的に説明すべきではないかとも考えられるところではあるが、《証拠略》によれば、本件ビルの延べ床面積は676平方メートル余と比較的広大であること、《証拠略》の見積額内訳表は相当に詳細であること、《証拠略》によれば、ほぼ《証拠略》に記載のとおりの工事が実際に施工されたことが認められること及び本件契約23条1項1号によれば、原状回復の内容として「壁・天井・床仕上材の塗装、貼替え」を行うことが原則である旨規定されていること等からすると、上記原状回復工事費用の金額588万円は、一応妥当なものと推定されるというべきであり、この推定を妨げる証拠はない。よって、この金額をもって本件契約に係る原状回復工事費用として相当な金額と認めることとする。

7 敷金返還請求権の履行期について
 一般に、敷金返還請求権は、賃借人が賃貸人に賃借建物を返還した時に発生すると解すべきであるが、賃貸人としては、原状回復工事が必要と認められる場合には、その費用の見積りを行うまでは、実際上、敷金の返還に応じにくいことからすると、その見積りを行うために必要な相当期間が経過した日をもって履行期が到来するものと解すべきところ、本件ビルの原状回復費用の見積書(《証拠略》)の日付が平成19年11月6日であることからすると、原告が本件敷金の遅延損害金の始期として主張する同年12月1日より前にその期間が経過していたことは明らかである。

 なお、被告は、原告が被告の示した原状回復工事費用の見積額に同意できない旨述べていたため、その工事着手が遅延した旨主張するが、原状回復工事費用の見積額に争いがあるとしても、当該工事の必要性及びその見積額の相当性について証拠を保存しておくことは可能なはずであり、その争いのあることは当該工事に着手できない理由とはならないというべきであるから、上記被告の主張は、本件敷金返還請求権の履行期に関する上記判断を左右するものではないというべきである。

8 まとめ
 以上によれば、原告の請求は、本件敷金2000万円から次の金員を控除した金員及びこれに対する平成19年12月1日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
ア 平成19年10月分の賃料のうち17日分の115万1612円
イ 原状回復工事費用588万円

9 結論
 よって、原告の請求は、被告に対し1296万8388円及びこれに対する平成19年12月1日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、主文のとおり判決する。
(裁判官 針塚遵)
以上:6,750文字

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