令和 2年12月 4日(金):初稿 |
○「”偽装ファクタリング業者に対する適切な規制を求める意見書”紹介」の続きです。東京弁護士会意見書で「東京地方裁判所令和2年3月24日判決は、かかる給与ファクタリング契約は貸金業法第42条第1項により無効となることを明らかにしているところである」と記述されていますが、その判決の判断部分を紹介します。 ○令和2年3月24日東京地裁判決(消費者法ニュース124号287頁)は、給与ファクタリングの仕組みが経済的には貸付けによる金銭の交付と返還の約束と同様の機能を有するものと認められるときには、当該取引における債権譲渡代金の交付は、「手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法」による金銭の交付であり、貸金業法や出資法にいう「貸付け」に該当するとしました。 ******************************************** 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,6万3000円及びこれに対する令和元年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,原告が,いわゆる「給与ファクタリング」により,被告の使用者に対する給与債権の一部を債権譲渡により取得したところ,被告が譲渡した給与債権に係る給与の支払を受けたにもかかわらず,原告に対して支払をしないなどと主張して,被告に対し,譲渡された給与債権に相当する額(額面額)の支払を求める事案である。 1 前提事実(争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実) (1)原告は,債権の買取り業及び各種債権の売買並びにその仲介等を目的とする株式会社であり,一般個人から給与債権を買い取るいわゆる「給与ファクタリング」を業として行うものである。原告は,貸金業法3条1項所定の登録を受けていない。(甲1,弁論の全趣旨) (2)被告は,株式会社Aの被用者で,同社から給与の支払を受けていた者である。同社の給与の支給日は前月分につき翌月15日とされていた。(甲2,7(枝番を含む。)) 2 当事者の主張 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 掲記の証拠等によれば,以下の事実を認めることができる。 (1)被告は,平成31年4月5日,原告のインターネット上のウェブサイトの問合せフォームを利用して,給与債権の買取りの取引を申し込んだ。(甲9) (2)原告代表者は,同日,被告と電話で話をし,健康保険証及び3か月分の給与支払明細書の画像を送信させた上で,被告との間で,被告の使用者に対する給与債権を原告が買い取る取引についての基本契約を締結することを合意し,同月8日付けで「お給料債権譲渡の基本契約書」と題する契約書を作成した。同契約書においては,〔1〕原告が被告から給与債権買取りの申込みを受け,買取代金を被告に送金すると給与債権の売買契約が成立すること,〔2〕振込手数料は被告の負担となること,〔3〕被告は債権譲渡の対抗要件具備のための債務者への通知を原告に委任すること,〔4〕給与債権が債務者の責めに基づく理由で取立不能になった場合の危険は原告が負担することが定められた。(甲2,3,9) (3)被告は,平成31年4月5日,原告に給与債権の買取りを申し込んだ。原告と被告は,同月8日,「お給料債権ご売却申込書」と題する書面により,同月15日を弁済期とする被告の同年3月分の給与債権のうち7万円を原告が4万円で購入する旨の債権譲渡契約を締結した。なお,同申込書は,原告が用意した定型書式であり,被告が原告に代金額等一定の条件を示して債権の買取りを申し込む形式になっているが,実際には,原被告間で合意した内容を被告が記入して原告に差し入れていたものと推認される。同申込書では,被告は原告に対し所定の日の午前中まで債権譲渡通知を保留することを申入れ,それまでに給与債権の額面額による買戻しを検討する旨が不動文字で記載されており,この取引の際は,被告は原告に対し債権譲渡通知を給与支給日である同年4月15日の午前中まで保留する旨の申入れが記載されている。原告は,同月8日,被告に対し4万円を交付した。被告は,同月15日,原告に対し譲渡債権の額面額7万円を送金して支払った。(甲6の1,7の5,9,弁論の全趣旨) (4)以降,前記(3)と同じ書式の申込書を用い,同様の方法により,原被告間で以下のとおり債権譲渡契約が成立し,債権譲渡代金の交付,給与支給日における譲渡債権の額面額の支払が行われた。(甲4,6の2ないし6の4,7の5ないし7の7,弁論の全趣旨) ア 被告は,平成31年4月22日,原告に対し,令和元年5月15日を支給日とする給与債権のうち6万5000円の部分を代金4万円で譲渡し,原告は,譲渡当日に4万円を支払った。債権譲渡通知の保留期限は,給与支給日である同年5月15日午前中とされた。被告は,同日,原告に対し6万5000円を送金して支払った。 イ 被告は,令和元年5月20日,原告に対し,令和元年6月15日を支給日とする給与債権のうち6万5000円の部分を代金4万円で譲渡した。原告は,譲渡当日に3万9460円を支払った(前記基本契約に基づき,振込手数料540円が被告の負担とされた。)。債権譲渡通知の保留期限は,実際の給与振込日である同年6月14日午前中とされた(同月15日は土曜日であったため。)。被告は,同月14日,原告に対し6万5000円を送金して支払った。 ウ 被告は,令和元年6月17日,原告に対し,令和元年7月15日を支給日とする給与債権のうち6万3000円の部分を代金4万円で譲渡した。原告は,譲渡当日に3万9676円を支払った(前記基本契約に基づき,振込手数料324円が被告の負担とされた。)。債権譲渡通知の保留期限は,実際の給与振込日である同年7月16日午前中とされた(同月15日は祝日であったため。)。被告は,同月16日,原告に対し6万3000円を送金して支払った。 エ 被告は,令和元年7月22日,原告に対し,令和元年8月15日を支給日とする給与債権のうち6万3000円の部分を代金4万円で譲渡した。原告は,譲渡当日に3万9676円を支払った(前記基本契約に基づき,振込手数料324円が被告の負担とされた。)。債権譲渡通知の保留期限は,給与支給日である同年8月15日午前中とされた。 (5)原告は,令和元年8月7日,被告から委任を受けた司法書士から,本件取引に係る債権譲渡契約は無効であると主張する受任通知を受領した。原告は,これを受けて,債務者である株式会社Aに債権譲渡通知をし,同通知は翌8日に同社に到達した。株式会社Aは,原告の問合せに対し,給与は被告に直接全額支払うと回答した。(甲8の1,8の2,9) 2 判断 (1)前記認定事実によれば,原被告間においては,〔1〕原告が被告の有する給与債権の一部を額面額から4割程度割り引いた代金額4万円で買い取って譲り受け,同額から振込手数料を差し引いた金額を被告に交付し,〔2〕被告は給与支給日(実際の給与振込日が異なる場合は振込日)に,原告に対して譲渡債権の額面額を支払うという取引(以下,このような取引の仕組みを「給与ファクタリング」という。)が行われており,付随して,〔3〕被告は原告に当該債権譲渡に係る通知を委任するが,その通知を給与の支給日(振込日)の午前中まで保留することが合意されていたものと認められる。 (2)原告は,原被告間の債権譲渡契約においては、被告が譲渡に係る給与の支払を受けた場合,被告が額面額で譲渡債権を買い戻すことを合意していたと主張し,上記合意に基づき,被告に額面額の支払を求めている。 しかしながら,前記基本契約書にも,個別の取引に係る申込書にも,被告が買戻しを検討する旨の記載はあっても,被告の買戻義務を定めた条項は見当たらず,原告代表者も買戻義務を課していないと述べており(甲9),他に原告主張に係る買戻合意を認めるに足りる証拠はない。 そもそも,原告は,譲渡債権の「買戻し」と称しているが,被告が譲渡に係る給与の支払を受けた場合,譲渡債権は弁済によって消滅しているのであるから(給与債権の場合は,使用者に債権譲渡の通知をしたとしても,労働基準法24条1項本文により,労働者に直接支払わなければならない。),買戻しの対象となる債権は存在せず,単に,被告が給与の支払を受けた場合には,額面額を原告に支払うことを約していたということにほかならない。一方で,契約書類に買戻義務をうたったり,原告代表者が買戻義務を正面から認めたりすれば,返還約束の存在を肯定することになるから,給与ファクタリングの実体が金銭消費貸借契約であることを自認することになる。 そこで,敢えて買戻義務に関する明確な定めをすることなく,債権譲渡に係る使用者への通知を保留する期限を給与の支給日(振込日)の午前中とすることで,被告に支払義務と支払期限を示したものと考えられる。 そうすると,原告の主張する買戻合意を,被告が譲渡に係る給与の支払を受けた場合に被告が譲渡債権の額面額を支払う合意と解すれば,原告は,上記支払合意に基づく請求をしているものと解することができる。 もっとも,このような支払合意を要素とする本件取引の有効性については,別途問題になるため,後記(4)で後述する。 (3)次に,原告は,被告が譲渡済みの債権について債務者から支払を受けたから,同債権の譲受人である原告は,譲渡人である被告に対し,同債権の目的物である金銭の引渡請求権を有すると主張するが,その法的根拠は判然としない。 債権譲渡一般においては,債務者が債権譲渡の通知を受けたにもかかわらず債権の譲渡人に弁済した場合,債権は消滅しないと考えられるから,当然に債権の譲受人が譲渡人に対し何らかの請求をできるというものではない。もっとも,本件のように給与債権が譲渡された場合には,使用者は労働基準法24条1項本文により,労働者に直接給与を支払わなければならず,労働者の給与債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されないこと(最高裁昭和43年3月12日第三小法廷判決・民集22巻3号562頁参照)からすれば,給与債権の譲受人が譲渡人に対して,譲渡された給与債権の受領について不当利得として額面額の返還を求め得る可能性はあり,原告の主張はその旨をいうものと解することができなくもない。しかし,不当利得の返還を請求する場合であっても,本件取引自体の有効性が問題となるので,以下検討する。 (4)被告は,このような給与ファクタリングに係る取引はそれ自体公序良俗に反し無効であると主張するが,給与債権の譲渡については,労働基準法上も譲渡を禁止すべき規定はなく,譲渡自体を一律に無効と解すべき根拠はない。 また,被告は,本件取引は実質的に高利の貸付けであり,貸金業法の規制に抵触し又は暴利行為として民法90条の公序良俗に反し無効であると主張する。 この点,貸金業法や出資法は,金銭の貸付けを(業として)行う者が,所定の割合を超える利息の契約をしたり,又はこれを超える利息を受領したりする行為を規制しているところ,各法はいずれも規制対象となる貸付けに,「手形の割引,売渡担保その他これらに類する方法」によってする金銭の交付を含む旨を定めている(貸金業法2条1項本文,出資法7条)。これらの規制は,いわゆる高金利を取り締まって健全な金融秩序の保持に資すること等を立法趣旨としていることからすれば,金銭消費貸借契約とは異なる種類の契約方法が用いられている場合であっても,金銭の交付と返還約束を主たる内容とするもの,すなわち,契約の一方当事者の資金需要に応えるため,一定期間利用後の返済を約して他方当事者が資金を融通することを主目的とし,経済的に貸付けと同様の機能を有する契約に基づく金銭の交付については,前記各条の「これらに類する方法」に該当するというべきである。そこで,まず,給与ファクタリングによる本件取引が,「これらに類する方法」に当たるか検討する。 労働基準法24条1項の趣旨に徴すれば,労働者が賃金の支払を受ける前に賃金債権を他に譲渡した場合においても,その支払についてはなお同条が適用され,使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず,したがって,労働者の賃金債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されない(前掲最高裁昭和43年3月12日判決)。そうすると,原告のように,労働者である顧客から給与債権を買い取って金銭を交付した業者は,常に当該労働者を通じて譲渡に係る債権の回収を図るほかないことになる。このような給与ファクタリングを業として行う場合においては,業者から当該労働者に対する債権譲渡代金の交付だけでなく,当該労働者からの資金の回収が一体となって資金移転の仕組みが構築されているというべきである。 本件取引では,前述のとおり,債権譲渡人たる被告の買戻義務は明確に定められていないものの,被告は,譲渡した給与債権の支給日(振込日)には,受領した給与の中から,譲渡債権の額面額を支払うことが当然の前提とされていたことが認められる。このことは,被告が同日に額面額を支払わなかったとすると,原告から被告に厳しい取立てがされるのみならず,使用者に債権譲渡が通知され,使用者の信頼を損なったり,迷惑をかけたりするおそれがあることに加え,額面額の全額を支払うまで,原告から本件のような請求を受け続けることからも裏付けられる。 また,原告は,債務者の破綻等による不払の危険を負担している旨主張するが,給与債権は破産手続においても財団債権ないし優先的破産債権とされて厚く保護されており(破産法149条1項,98条1項),通常使用者にとって支払の優先度の高いものであるから,その不払の危険は被用者である債権譲渡人の破綻の危険と比べて極めて小さい。しかも,原告が給与債権を譲り受けるに際しては,前月まで直近3か月の給与が遅滞なく支払われていることを確認した上で,翌月の給与債権を譲り受けることになるから,その間に債務者が破綻等する危険はかなり低いというべきである。 さらに,そのような事態が生じたときにはそもそも被用者からの回収も見込めなくなるから,実態としても被用者に対する通常の金銭消費貸借による貸付けとは異なる危険を負担しているとはいい難い。 したがって,本件取引のような給与ファクタリングの仕組みは,経済的には貸付けによる金銭の交付と返還の約束と同様の機能を有するものと認められ,本件取引における債権譲渡代金の交付は,「手形の割引,売渡担保その他これらに類する方法」による金銭の交付であり,貸金業法や出資法にいう「貸付け」に該当する。 (5)そうすると,原告は,業として「貸付け」に該当する給与ファクタリング取引を行う者であるから,貸金業法にいう貸金業を営む者に当たる。 (6)そして,原告が支払を請求する前記1(4)エの取引について,貸金業法ないし出資法の定める計算方法により年利率を計算すると,原告は,令和元年7月22日に被告に3万9676円(ただし,原告が債権譲渡代金の送金に要した振込手数料324円は,216円の限度で利息とみなされない。貸金業法42条2項,出資法5条の4第4号ハ,令和元年政令第93号による改正前の同法施行令2条2号)を交付し,被告は,同年8月15日までにこれに利息2万3108円を付した6万3000円を弁済するという約定であったことになるから,年850%を超える割合による利息の契約をしたと認められる(なお,これ以前に行われた取引の利率も,いずれも年700%を超えるものであり,前記1(3)の最初の取引に至っては,年1800%を超える利率となる。)。これは,貸金業法42条1項の定める年109.5%を大幅に超過するから,本件取引は同項により無効であると共に,出資法5条3項に違反し,刑事罰の対象となるものである。 したがって,原被告間の本件取引が有効であることを前提として,譲渡債権に係る給与を受領した被告に対して,譲渡債権の額面額を支払う合意の履行を求めたり,譲渡債権の額面額を不当に利得したとして不当利得の返還を求める原告の請求は,その前提を欠くものであって,理由がない。 (なお,前述のとおり,原告の請求の法的根拠は必ずしも明らかでないところ,仮に,原告の請求に,原被告間の本件債権譲渡契約により原告が被告に交付した金銭を不当利得として,被告に返還を求める請求が含まれていたとしても,年850%を超える利息の契約は,出資法5条3項に違反し,刑事罰の対象となる契約であるから,不法原因給付に該当し,いずれにしても,被告は交付を受けた金銭の返還義務を負わない。) 第4 結論 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第26部 裁判長裁判官 男澤聡子 裁判官 住田知也 裁判官 奥山直毅 別紙 利息制限法に基づく法定金利計算書 以上:7,049文字
|