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金銭消費貸借契約名義上借主への履行請求を権利濫用とした高裁判決紹介

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令和 2年 3月20日(金):初稿
○控訴人(被告)に対し金員を貸し付け,従前の貸付元金と未払い利息の合計を元金として準消費貸借契約を締結した被控訴人(原告,農業協同組合)が,返済を受けた残金等の支払いを請求し、控訴人(被告)は本件準消費貸借契約は名義貸しによる通謀虚偽表示に該当し無効であり,請求は権利濫用であると主張しましたが、第一審は,控訴人(被告)には自分が債務を負うという認識があったと認定して請求を認容しました。

○これに対し、経過,背景からして本件は被控訴(原告)人と名義借人の利益を図るために,控訴人(被告)の貸付枠を流用したものであること,控訴人(被告)が何らかの新たな利益を受けたとは認められないこと、被控訴人(原告)が公的な性格の強い組織であることなどからすると,被控訴人(原告)の本訴請求は権利の濫用ないし信義則違反として許されないとして,原判決を取消請求を棄却した平成9年12月12日仙台高裁判決(判タ997号209頁)関連部分を紹介します。

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主   文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第一 当事者の申立て控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二 当事者の主張の要旨
 当事者の主張の要旨は、次に訂正、付加するほか、原判決一枚目裏四行目から二枚目裏八行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一枚目裏11行目の次に、行を改めて次のとおり加える。
「なお、その間、控訴人は、昭和61年5月10日、被控訴人との間で、右借入金を含む被控訴人に対する債務を担保するために、控訴人所有の土地について、極度額を1200万円とする根抵当権設定契約を締結した。」
2 同二枚目表10行目の「アイヅファーム」を「アイズファーム」に、同裏二行目の「桜田康仁」を「D康仁」に改める。

第三 当裁判所の判断
一 控訴人が昭和57年1月30日、被控訴人から800万円を借り入れる内容の借入申込書を作成したことは、当事者間に争いがない。また、《証拠略》によれば、被控訴人は、控訴人の作成した右借入申込書に基づき、同日、貸付けを実行し、800万円を被控訴人の訴外A○○(以下「A」という。)名義の口座に振り込んだこと、控訴人は、この800万円の振込みについて、被控訴人の処理に任せていたことが認められる。これらの事実によれば、控訴人と被控訴人との間には、昭和57年1月30日、元金を800万円とする金銭消費貸借契約(以下「本件当初契約」という。)が締結されたものと認めるのが相当である。

二 控訴人は、本件当初契約が通謀虚偽表示により無効である旨主張するので、これに当たる事実の有無について検討する。
《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人は、被控訴人の元組合長(代表理事)の子であるAの経営する有限会社○○(養豚を業とする。以下「訴外会社」という。)に対し、多額の営業資金を貸し付けていたが、訴外会社からの貸付金の返済が滞り、昭和56年には、同様に訴外会社に対して多額の貸付金を有していた福島県経済連が訴外会社に対して競売手続を執るなどして債権の回収に乗り出したこともあり、被控訴人としても、早急に、訴外会社に対する具体的な債権回収策を講ずる必要に迫られた。

2 他方、昭和56年当時、会津本郷町長で、不動産業等を営み、被控訴人の有力な組合員でもあった訴外B孝(以下「B」という。)は、農業振興地域内の農地を買い上げた上、町長の政治力で、当該農地一帯の農業振興地域の指定を外し、当該農地を宅地化して転売し、多額の利益を上げようと企図し、A所有の農地にも目を付けていた。

3 昭和56年後半に至り、右1及び2記載の被控訴人とBの思わくが結び付き、BがA所有の農地を購入し、これによりAが取得する売買代金を訴外会社の被控訴人に対する借入金の返済に充てるという方法がもくろまれ、同年12月には、AとBとの間で、訴外会社の被控訴人に対する借入金額(当時約2千数百万円)に見合う売却対象農地の選定が話し合われ、結局、七筆の農地等(うち一筆は非農地。また、一部他の債権者の担保付き)を代金2715万円で売買することが約された。

4 被控訴人も、右の経過から、BがAの農地等を購入すること、これにより、被控訴人の訴外会社に対する債権の回収が図られることを了知していた。その後、昭和56年12月から昭和57年1月にかけての間に、被控訴人は、Bから、Aに対して支払うべき売買代金のうち800万円の資金を被控訴人から借り入れたい旨の依頼を受けた。しかし、被控訴人の組合員に対する貸付限度額(いわゆる「貸付枠」)からして、Bの貸付枠の残額が800万円に満たなかったため、被控訴人が他の貸付枠のある組合員に貸し付け、その貸付金をBの売買代金支払資金に回す方法が採られることになった。そして、貸付枠を提供してもらう組合員として、Bの知り合いで、ガラス店を経営し、Bと取引関係もある控訴人が候補に選ばれた。

5 被控訴人の当時の代表者C○○(以下「C組合長」という。)及び被控訴人参事D康仁(以下「D参事」という。)は、被控訴人の幹部役員として、以上の経過でBがA所有の農地等を購入し、これにより被控訴人の訴外会社に対する債権の回収を図ることができるものの、その前提として、Bへの800万円の資金の融通が必要である事情を十分認識し、長年親しい間柄にある控訴人に、何とか800万円の貸付枠の提供を認めさせようと考えた。そこで、C組合長らは、従来からある控訴人自身の被控訴人に対する借入金に関する証書書換え(従前の借入金を返済したことにして、その元利残額を新たな借入金額とし、改めて借入申込書等を作成すること。実際の現金の授受はない。以下同じ。)の手続を執る口実で、控訴人を被控訴人の肩書所在地の事務所(以下「被控訴人事務所」という。)に呼び出し、その場で説得して、控訴人に800万円の借入申込書を作成させることとし、昭和57年1月30日に、控訴人を被控訴人事務所に呼び出した。


6 控訴人は、同日、事前には、被控訴人、B、Aの間で進行していた売買契約や資金の融通に関する前記の経過、事情を全く知らず、自己の被控訴人に対する借入金に関する証書書換えのためだけに呼び出されたものと思って、被控訴人事務所に赴いた。控訴人は、通常、証書書換えの手続を執る金融課貸付係の所ではなく、直接、組合長室に招じ入れられた。その場には、少なくとも、C組合長、D参事、Bが既に待機していた。控訴人は、その場で、証書書換えの手続を済ませた後、主として、C組合長から、「訴外会社の負債整理のため、BにAの土地を買ってもらいたいと考えているが、Bに買受資金を融資するのに、Bの貸付枠が足りないので、控訴人に借主になってもらいたい」旨の要請を受けた。控訴人は、当初、自己の被控訴人に対する借入金も返済できずに証書書換えの手続を執っている現状から、C組合長らの要請を断ったものの、C組合長やD参事から、「俺たちが付いている。心配するな。秋までだから頼む。」などと執ように説得され、ついに、断り切れずに、自分が借入名義人となって800万円の借入申込書を作成することに同意し、前記のとおり、被控訴人事務所内で、800万円の借入申込書を作成し、署名押印した(押印には、自分の証書書換えのために持参していた実印を用いた。
)。

7 右借入申込書に基づく800万円の貸付金は、前記のとおり、控訴人の手元に交付され、あるいは、その口座に振り込まれることなく、直接、売買代金支払の趣旨で、Aの口座に振り込まれた後、同日中に、訴外会社の被控訴人に対する借入金の返済分に振り替えられた。

8 通常、被控訴人の組合員に対する貸付に際しては、事前に、被控訴人において、貸付金の使途の適否、返済資力の有無等の調査をし、貸付けの当否についてりん議を経るとともに、組合員からも各種の根拠資料(登記簿謄本、売買契約書、評価書等)を提出させる扱いとなっているが、本件当初契約については、昭和57年1月30日当日の控訴人による借入申込書の作成のみで、通常のような調査、りん議、書類の提出は全くされずに、貸付けが実行された。

 以上の事実が認められ、《証拠略》中、右認定に反する部分は、不自然、あいまいな点が多く、たやすく採用することができない(殊に、当審証人D康仁の供述内容は、証言回避の傾向が顕著であって、そのような証言態度自体が、本件当初契約に関し、被控訴人に不利な事情の存することをうかがわせる。)。

 これらの事実に基づいて検討するに、本件当初契約が締結された目的は、Bに対する資金の融通を実現させることにほかならず、実際にも、いったん控訴人の手に貸付金が渡された事実はなく、本件当初契約に関連して、控訴人が何らかの利益を得たものでもない。
しかも、控訴人が借入名義人とされたのは、専ら、被控訴人として厳に守らなければならないはずの貸付枠の制約を回避するためであり、組合員に対する貸付けの際に執られる通常の手続は、全く執られていない。そして、被控訴人(C組合長)も、以上の事情を十分認識し、むしろ、被控訴人側が控訴人を強力に説得して、本来、意に染まない控訴人に本件当初契約を締結させたものである。こうした事情を考え合わせると、被控訴人と控訴人との間の本件当初契約は、実体は、Bに対する貸付けであるのに、被控訴人の思わくにより、形だけ控訴人が借り入れたことに仮装したもので、通謀虚偽表示に当たるというべきである。

 なお、《証拠略》によれば、本件当初契約の締結後、控訴人が被控訴人に対し、800万円の借入金に対する利息の支払を続けたことが認められるが、その支払に際しては、すべて、Bが用意した利息分の現金を控訴人が預かって、そのまま被控訴人に納付する方法が執られたものであり、少なくとも、これらの利息の支払の事実は、本件当初契約が通謀虚偽表示であることと矛盾する事柄ではないというべきである。

三 被控訴人は、本件当初契約の締結後も、控訴人が800万円の借入金に関する証書の書換えを繰り返し、あるいは、800万円の借入金を含む被控訴人に対する債務を担保するために、自己所有の土地について根抵当権設定契約を締結した旨主張するところ、これらの主張は、本件当初契約が通謀虚偽表示により無効である場合には、予備的に、その後控訴人がこれらの証書の書換えや根抵当権の設定を通じて、改めて被控訴人との間で有効な準消費貸借契約を締結した旨の主張を含むものと解されるので、これらの事実の有無について検討する。
《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1 控訴人は、本件当初契約の締結に際し、C組合長やD参事が名義貸し(貸付枠の流用)の期限のめどとした昭和57年秋ごろが過ぎた後も、格別異を唱えることなく、被控訴人からの証書の書換えの求めに応じ、前記「被控訴人の主張の要旨」のとおり、その都度新たに借入申込書(一部は借用証書)を作成して、被控訴人に差し入れることを繰り返した。

2 さらに、控訴人は、昭和61年5月、被控訴人からの担保差し入れの求めに対し、一か月ほど考えた末に、自己所有の宅地(560平方メートル余り)に、本件当初契約分の800万円の借入金を含む趣旨で、極度額を1200万円とする根抵当権を設定し、そのころ、その旨の登記手続をした。

3 控訴人は、平成4年4、5月ころ、被控訴人に対する800万円の借入金を含む債務を返済する目的で、会津信用金庫本郷支店に対し、融資の申込みをし(融資自体は、同信用金庫に断られ、実現しなかった。)、被控訴人に対しても、この融資が実現すれば、借入金を返済する予定である旨伝えた。

4 控訴人は、平成4年ころ、C組合長と会食した際、被控訴人に対する借金は払うが、もう少し待ってもらいたいとの趣旨の発言をしたことがある。

5 控訴人は、平成5年3月、会津若松簡易裁判所に対し、調停の申立てをしたが、その申立書中には、「申立ての趣旨」として、「控訴人の被控訴人に対する昭和57年1月30日に借り入れた800万円の債務について,相当の減額の上、分割弁済を求める」旨の記載があり、また、「紛争の要点」として、「控訴人は、昭和57年1月30日、被控訴人から800万円を借り受けたが、その実体は、連帯保証人であるBへの土地取得資金の提供である。Bは、他にも債務があり、被控訴人から融資を受けられる状況になかったので、控訴人が被控訴人に頼まれて借主となったが、800万円は受領していない。控訴人は、他にも債務があり、一括で返済できない。」等の趣旨の記載がある。

 以上の事実が認められ(る。)《証拠判断略》。
 これらの事実を総合すると、その時期は明確でないものの、控訴人は、本件当初契約の締結後、借入申込書の書換えを続けるうちに、半ばあきらめの気持ちも手伝い、次第に借入申込書の内容に沿う借入金返還債務を負うのもやむを得ないと考えるようになったものと認めるのが相当である。そうすると、少なくとも、本訴請求の直接の根拠となっている平成4年1月30日付けの借用証書に関して、控訴人と被控訴人との間に、その内容に沿った有効な準消費貸借契約が成立したことを肯定せざるを得ない(なお、かかる契約が有効に成立したということは、最低限、これに従い控訴人から被控訴人に対する金銭給付がされた場合には、それが法律上の原因を欠くことにならないという趣旨であり、直ちに被控訴人から控訴人に対する金銭の支払請求が認められるという趣旨ではない。)。

四 進んで、本訴請求が権利の濫用ないし信義則違反として許されないかどうかについて検討する。
 本件当初契約は、前示の経過、背景によって締結されたものであって、被控訴人とBの思わくが結び付き、両者の利益につながるものとして、Bへの800万円の資金の融通が意図され、その手段として、本来許されない控訴人の貸付枠の流用がもくろまれたこと、これについて、控訴人自身は、被控訴人側の強い説得を受けてやむなく貸付枠の流用に応じたものであり、何らかの利益を受けたところは全くなく、言わば、控訴人が被控訴人らの思わくに一方的に利用された立場にあることは明らかである。

 このことを前提とすると、たとえ、その後において、前示のとおり、控訴人に債務負担の意思が生じたとしても、当然に、被控訴人が控訴人に対し、貸付金の請求をし得る立場に立つとはいえない。むしろ、基本的な関係人間の状況に特段の変化がないにもかかわらず、控訴人のあきらめの気持ち等からの債務負担の容認の言動に乗じて、被控訴人が借用関係の書面を根拠に、本件のような請求に及ぶことは、もともと権利の濫用ないし信義則違反の要素が伴うことを否定し難い。

 この点を具体的にみるに、特に、次の点を指摘することができる(認定証拠は、《証拠略》)。
1 被控訴人は、本件当初契約により、実質的に金銭の供与を受け、その返済の責めを負うのがBであることは、十分認識していた。にもかかわらず、その後のBに対する被控訴人の債権回収に向けての対応は、極めて不十分なものであった。すなわち、被控訴人は、控訴人に対し、名義貸しの期限のめどとして言及していた昭和57年秋ごろを過ぎても、何らBに対する表立った請求をせず、そのまま約10年間にわたり放置し、平成3年に至り、控訴人からの苦情により、ようやく、担当職員がBと交渉した結果、同年10月から11月にかけて、Bから、約束手形10通(額面合計1080万円、満期平成3年10月ないし平成6年8月)を振り出させた。しかし、これらの手形は、うち三通(額面合計180万円、平成4年2月満期分まで)が決済されたにとどまり、その余の約束手形は不渡りとなった。被控訴人は、その後も、Bに対しては、何ら有効な債権回収ないし債権確保の手段を講じないまま現在に至っている。

2 他方、被控訴人は、控訴人との関係では、前示三の事実からもうかがわれるように、控訴人側が相当の譲歩の姿勢を示していたのであるから、控訴人との任意の話合いにより問題を解決する機会は、調停や訴訟上の和解の場を含めて、少なからず存したというべきである。それにもかかわらず、被控訴人は、少なくとも、元金の確保にこだわり続け、控訴人から任意の支払を受ける機会を自ら遠ざける結果になっている。

3 その他、本件当初契約の締結後において、控訴人が何らかの新たな利益を受けたとは認められない。他方、本件当初契約を基とする借入金の額は、その後Bからの一部返済による減額があったものの、全体としては、順次、利息が元本に組み入れられたことにより増加し、本訴における請求元金は910万円となっている。

 以上のとおり、本件の経過を全体としてみると、被控訴人は、本来の実質的な債務者であるBへの対応は極めて甘く、反面、控訴人に対しては、控訴人の気弱さ、立場の弱さに乗じて、次第に強硬に支払を求めるようになり、その間、何ら譲歩の姿勢を見せず、本訴請求に至ったものであり、被控訴人が本来、各組合員に対し、公正・公平な態度で臨むべき公的な性格の強い組織であること、被控訴人の当時の代表者自らがB、Aとの関係を了知しつつ、控訴人を執ように説得して本件当初契約に至らせた経過があることなどの事情も併せ考慮すると、被控訴人の本訴請求は、社会通念上許容し難い、権利の濫用ないし信義則違反として許されないものといわざるを得ない。

五 以上検討したところによれば、結局、本訴請求は理由がない。
 よって、本訴請求は棄却すべきものであり、これと結論を異にする原判決を取消した上、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安達敬 裁判官 畑中英明 若林辰繁)
以上:7,358文字

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