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工事代金差押申立について特定性を欠くとして却下した高裁判例紹介

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平成31年 1月19日(土):初稿
○「工事代金差押申立について特定性を欠くとして却下した地裁判例紹介」の続きで、その抗告審である平成24年6月18日福岡高裁決定(判時2195号32頁)全文を紹介します。

○現在、建築工事業者に対する判決に基づきその業者の有する請負工事代金債権差押準備中ですが、その債権の特定に苦労しています。債権の特定のためには、契約の日時と契約の目的(仕事の内容、場所等)の記載が必要とされていますが、第三債務者から契約書を見せて貰わないと契約日時の特定は困難です。

○そこで、この事案では、契約日時は記載せず「平成21年12月1日から平成24年3月30日までの間に施工した工事等の請負代金債権のうち、支払期の早いものから頭書金額に満つるまで。」としましたが、これでは特定に欠けると判断されました。高裁決定も、本件のように請負債権を順位付けする方法で包括的に差し押さえようとする場合には、少なくとも基本契約が締結されているのであれば、一つ一つの契約の締結時期、契約内容の概要、請負契約の具体的種類による特定程度はすべきであり、本件のような差押債権目録の記載は特定を欠き、したがって、抗告人の申立ては、差押債権の特定がされているものとはいえず、不適法であるとして、抗告を棄却されました。

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主   文
一 本件執行抗告を棄却する。
二 執行抗告費用は抗告人の負担とする。

理   由
第一 抗告の趣旨及び理由
一 抗告の趣旨

(1) 原決定を取り消す。
(2) 原決定別紙当事者目録記載の債務者株式会社Y(以下「債務者Y社」という。)が同目録記載の第三債務者ら(以下「第三債務者ら」という。)に対して有する原決定別紙差押債権目録(以下「本件債権目録」という。)記載の各債権を差し押さえる。
(3) 債務者Y社は、前項により差し押さえられた債権について、取立てその他の処分をしてはならない。
(4) 第三債務者らは、(2)項により差し押さえられた債権について、債務者Y社に対し、弁済してはならない。

二 抗告の理由
 原審は、差押債権の特定を欠くとして抗告人の申立てを却下したが、差押債権は十分に特定されている。
(1) 原審の引用する最高裁決定(最高裁判所平成23年9月20日第三小法廷決定・民集65巻六号2710頁)の事案は、本件とは事案を異にし、その引用は適切ではない。

(2) 前記最高裁決定の射程が本件に及ぶとしても、第三債務者らにとっては、本件債権目録の記載でもって差押債権を識別することは容易である。
 すなわち、本件差押債権は、具体的に工事の種類が特定されており(債務者Y社の目的すべて)、一定期間内の施工(平成21年12月1日から平成24年3月30日)という観点から期間を区切っているうえ、債務者Y社と第三債務者らは共に民間企業であるから通常取引先は限定されており、事実上は継続的に請負契約が締結されているものと思われること、第三債務者らは事業者であり、債務者Y社に請け負わせた工事に関して少なくとも直近の2、3年以内のものは適切に記録していると思われることからすると、第三債務者らにとって差押債権の識別は容易であり、前記最高裁判決に照らしても特定がなされていることは明らかである。

(3) 債務者Y社は第三債務者らのような民間企業と小規模な工事を行っているにすぎないから、その取引情報を入手することは容易ではないし、これ以上に特定が必要となると第三債務者らと接触しなければならなくなるが、その場合には、債務者Y社が聞きつけて債権を早期に回収されてしまうおそれがある。したがって、本件債権目録記載の債権の契約当事者でない抗告人がこれ以上の特定をすることは極めて困難であり、また、不可能を強いることとなる。

第二 当裁判所の判断
一 当裁判所も、抗告人の申立ては、差押債権の特定がされているものとはいえず、不適法であると思料する。その理由は、次項において抗告の理由に対する判断を加えるほか、原決定「理由」欄の「第二当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

二 抗告の理由に対する判断
(1) 抗告の理由(1)について

 上記最高裁決定は、預貯金債権を差押債権とする債権差押命令申立事件において、いわゆる預貯金債権の全店一括順位付け方式による差押債権の表示は、差押債権の特定を充たすか否かを判断した事案である。そして、同決定は、民事執行法が定める債権差押命令の効果を検討した上で、差押債権の特定の有無の判断基準を一般的に示しており、預貯金債権に限定したものではない。そうであれば、本件の請負債権を差押債権とする事案においても、その判断基準は妥当するものである。
 したがって、抗告人の主張は採用できない。

(2) 抗告の理由(2)について
 本件の差押債権は、概略として、一定期間内に施工を行った工事等に限定されているものの、債務者Y社の目的を対象とした請負債権であって、支払期の早いものから一定の金額に満つるまでというものである。しかるとき、支払期限が同日のものが複数存在する可能性を否定することはできないので、本件のような差押債権の表示では、特定されているとはいえない。

 また、本件のように請負債権を順位付けする方法で包括的に差し押さえようとする場合には、一次的には、第三債務者が、自ら保管する帳簿等の資料に基づき各債権に対する差押えの額を判断しなければならず、一つの債権についての存否ないしその金額の判断を誤ることが、後順位の債権についての差押えの範囲の誤りに波及することになる上、債権の順序自体についても判断を誤るリスクを第三債務者に負わせることになるといわざるを得ず、その作業は第三債務者にとって容易ではない。

 かような観点からすると、債権差押命令の送達が第三債務者になされた場合、差押えの効力が送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに、かつ、確実に、差し押さえられた債権を識別することができるように、少なくとも基本契約が締結されているのであれば基本契約の、基本契約が締結されていないのであれば、一つ一つの契約の、締結時期、契約内容の概要、請負契約の具体的種類による特定程度はすべきである。
 したがって、抗告人の主張は採用できない。

(3) 抗告理由(3)について
 本件のように債務者の目的のすべてを対象とする請負債権を差押債権とする債権差押命令の申立てが許されるとなると、債権者は、債務者の具体的な請負債権の存在について調査の労力を負担することなく、その取引相手と思料される業者を第三債務者として債権差押の申立てをすることが可能となる。その結果、第三債務者は、請負債権の有無や内容に関する調査をすることになるが、これは、第三債務者に債権者に比して煩雑で相当な負担をかけることになる。したがって、債権者の便宜のみを優先させることになる本件のような差押債権目録の記載は特定を欠くといわざるを得ない。

 のみならず、本件において、抗告人は、土木建築工事の調査、企画、設計、施工、監理並びに請負等を目的とする会社であり、抗告人、債務者Y社、第三債務者らのいずれも建築工事関係者である。そのうえ、請求債権は、公正証書正本に表示された道路資材製品等の売掛金代金債権等である。そうすると、抗告人は、同じ業界の債務者Y社の情報については接する手段がないとはいえず、また、平成22年10月15日付公正証書の作成時ないしその後において、債務者Y社から、当時の仕掛かり工事の内容や、将来受注する予定の請負工事の内容等の情報を得ることは可能であったものである。かように債務者Y社の請負工事内容の調査が著しく困難であったとは認め難い抗告人において、債権の特定のために何らかの調査をしたという事実が窺われない本件においては、これ以上の特定を求めることが、抗告人に対し不可能を強いるものであるなどということはできない。

 したがって、抗告人の主張は採用できない。

三 以上によれば、本件申立てを却下した原決定は相当であり、本件執行抗告は理由がない。
 よって、主文のとおり決定する。(裁判長裁判官 古賀寛 裁判官 武野康代 清野英之)

以上:3,384文字

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