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賃借建物内賃借人自殺を賃借人善管注意義務違反とした裁判例紹介

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平成30年 1月23日(火):初稿
○「賃借建物で賃借人が自殺した場合の責任範囲の一例」を読んだ方から東京地裁平成19年8月10日判決(ウエストロージャパン)全文を紹介して欲しいとの要請を受けました。そこで以下に全文を紹介します。

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主   文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,132万3144円及びこれに対する被告Y1は平成19年4月3日から,被告Y2は平成19年4月1日からそれぞれ支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その4を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告らは,原告に対し,連帯して,676万8000円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(被告Y1は平成19年4月3日,被告Y2は平成19年4月1日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 本件は,原告がBに別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の203号室(以下「本件203号室」という。)を賃貸し,被告Y2がBの連帯保証人であったところ,Bが本件203号室内で自殺したが,これは賃借人であるBの善管注意義務違反に当たるとして,原告が,Bを相続した被告Y1に対しては賃貸借契約の債務不履行に基づき,被告Y2に対しては連帯保証契約に基づき,連帯して,原告が被った損害676万8000円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(被告Y1は平成19年4月3日,被告Y2は平成19年4月1日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2 争いのない事実
(1) 原告の商人性
 原告は,株式会社である。

(2) 賃貸借契約
 原告は,Bに対し,平成15年10月,原告が所有する本件建物の本件203号室を期間2年の約定で賃貸し,さらに,原告とBは,平成17年10月15日,期間を平成17年10月28日から2年間,賃料月額6万円,共益費及び管理費はなし,敷金6万円の約定で本件203号室の賃貸借契約を更新した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

(3) 連帯保証契約
 被告Y2は,原告に対し,平成17年10月13日,本件賃貸借契約に基づくBの原告に対する債務を連帯保証すると約束した(以下「本件連帯保証契約」という。)。

(4) Bの自殺
 Bは,平成18年10月19日,本件203号室内で自殺した。

(5) Bの相続
 上記(4)のとおりBが死亡したが,同人には子がなく,父親であるCもすでに死亡していたから,母親の被告Y1がBを単独相続した。

(6) 訴状送達日
 本件訴状は,被告Y1に平成19年4月2日,被告Y2に平成19年3月31日にそれぞれ送達された。

3 争点
(1) Bの債務不履行の有無
(2) 被告Y2の連帯保証責任の範囲
(3) 原告の損害

4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(Bの債務不履行の有無)について

ア 原告の主張
(ア) 賃借人であるBは本件203号室を賃借中に同号室内において自殺したが,この行為は,賃貸目的物である本件203号室の使用収益に際しての善管注意義務に違反するものであり,債務不履行を構成する。
(イ) 賃借人は,賃貸目的物を善良なる管理者と同様の注意義務をもって管理し,賃貸目的物の価値を減じることのないように使用収益すべき注意義務があるところ,本件203号室内において自殺をすれば,その後,本件203号室を借りようとする者が現れず,仮に相当期間経過後に貸すことができたとしても,賃料を相当程度廉価に押さえなければ借り手が現れないのが通常であると考えられ,また,建物を売却処分しようとしても相当な減額を強いられることになる。したがって,Bが本件203号室内で自殺したことは,賃借人としての善管注意義務違反に当たる。
(ウ) なお,賃貸借契約において,賃貸人は,賃貸目的物の経年劣化による価値の減少や不可抗力による賃貸目的物の滅失・毀損による損失は甘受するが,それ以上に賃貸目的物の利用に伴う価値の減少まで甘受して賃貸するものではない。

イ 被告Y1の主張
 上記ア(ア)の事実は,否認ないし争う。

ウ 被告Y2の主張
(ア) 上記ア(ア)の事実は,否認ないし争う。
(イ) 賃借人は賃貸借契約終了時に賃貸目的物を返還する義務を負うが,原則として物理的に賃貸目的物の返還があれば賃借人の債務の履行としては十分であり,賃貸目的物の物理的な損傷については責任を負う余地があるとしても,賃貸目的物に心理的あるいは価値的な影響を与えるような事由についてまで,これが生じないようにすべき義務を負っているものではない。したがって,賃借人であるBには,本件賃貸借契約に付随する義務として,本件203号室内で自殺しないように配慮すべき義務はなかったというべきである。

(2) 争点(2)(被告Y2の連帯保証責任の範囲)について
ア 原告の主張
(ア) 被告Y2は,本件連帯保証契約に基づき,本件賃貸借契約に基づくBの原告に対する一切の債務について連帯保証人として責任を負っている。
(イ) したがって,本件賃貸借契約の債務不履行による損害賠償債務である,Bの自殺により生じた原告の損害を賠償することは,本件連帯保証契約に基づく被告Y2の責任範囲に含まれる。

イ 被告Y2の主張
(ア) 上記ア(ア)の事実のうち,被告Y2が「一切の債務」について責任を負っているとの部分は否認し,その余の事実は認め,同(イ)は争う。
(イ) 仮に,Bが本件203号室で自殺したことが本件賃貸借契約の債務不履行に該当するとしても,被告Y2にはBが自殺しないように配慮すべき義務はないし,本件連帯保証契約の合理的意思解釈としても,被告Y2は賃料不払などについて連帯保証をするとの意思はあったが,Bが本件203号室で自殺することにより生じる損害についてまで連帯保証をする意思はなかったから,同損害は本件連帯保証契約による被告Y2の責任範囲には含まれない。

(3) 争点(3)(原告の損害)について
ア 原告の主張
(ア)a 原告は,本件建物の各室を賃貸するに当たって,重要事項の説明として,本件203号室で自殺があったことを説明しなければならないが,この義務は本件建物が存続する限り免れないと考えられる。
  b 本件建物は昭和63年11月新築の建物であり,30年間は賃貸可能であると考えられるところ,Bが自殺した平成18年10月からは,なお12年間の賃貸が可能であった。
  c 建物内で自殺があった建物の売買の事案に関して,自殺から6年経過時の売買契約の解除を認めた裁判例と,自殺から7年経過時の売買契約の解除を認めなかった裁判例があることからすれば,6年間は自殺の影響を受けると考えられる。
  d 時が経過すれば,自殺による嫌悪感も減少するものと考えられる。

(イ) 以上の諸事情を総合考慮すると,
a 本件203号室は,当初2年間は賃貸することができず,その後4年間は賃料半額(3万円)での賃貸を強いられるものと考えられるから,原告には288万円の損害が生じることになる。
(6万円×12か月×2年=144万円と3万円×12か月×4年=144万円の合計288万円)
b 本件建物は1階5室,2階5室の合計10室で構成されているところ,その内,本件203号室の両隣と階下の3室については,当初2年間は賃料半額(3万円),その後4年間は8割程度の賃料(4万8000円)での賃貸を強いられるものと考えれるから,原告には388万8000円の損害が生じることになる。
(3万円×12か月×2年×3室=216万円と1万2000円×12か月×4年×3室=172万8000円の合計388万8000円)

(ウ) 以上によれば,原告の損害は676万8000円である。

イ 被告Y1の主張
(ア) 原告の主張は,争う。
(イ) 賃貸目的物の部屋で賃借人が自殺した場合,その直後の当該部屋の賃貸借契約において,この事実が心理的な負担要因となることは否定しないが,その後の当該部屋の賃貸借契約上の不利益が全て賃借人の自殺と因果関係があるか否かは慎重に判断されるべきであり,当該賃貸目的物が所在する地域の賃貸物件に対する需要と供給の状況,当該賃貸目的物の客観的な状況(立地条件,老朽化)も考慮すべきである。
 原告が主張している賃料の値下げを要する部屋の範囲,賃料の値下げ金額,賃料の値下げを要する期間はいずれも過大であり,賃料の減額を要する部屋は本件203号室のみであり,賃料減額期間は一契約期間が2年であるから2年間で十分であると考えられる。

ウ 被告Y2の主張
(ア) 原告の主張は,争う。
(イ) Bの自殺による原告の損害は本件203号室についてのみ認められるべきであり,これに,原告は本件203号室を従前月額6万円で賃貸していたところ現在は月額3万5000円で賃貸していることをふまえ,損害が発生する期間を2年間と仮定して,原告の損害は60万円が相当である(2万5000円×24か月=60万円)。

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(Bの債務不履行の有無)について

(1) 賃貸借契約における賃借人は,賃貸目的物の引渡しを受けてからこれを返還するまでの間,賃貸目的物を善良な管理者と同様の注意義務をもって使用収益する義務がある(民法400条)。そして,賃借人の善管注意義務の対象には,賃貸目的物を物理的に損傷しないようにすることが含まれることはもちろんのこと,賃借人が賃貸目的物内において自殺をすれば,これにより心理的な嫌悪感が生じ,一定期間,賃貸に供することができなくなり,賃貸できたとしても相当賃料での賃貸ができなくなることは,常識的に考えて明らかであり,かつ,賃借人に賃貸目的物内で自殺しないように求めることが加重な負担を強いるものとも考えられないから,賃貸目的物内で自殺しないようにすることも賃借人の善管注意義務の対象に含まれるというべきである。

(2) したがって,賃借人であるBが本件203号室を賃借中に同室内で自殺したことは,本件賃貸借契約における賃借人の善管注意義務に違反したものであり債務不履行を構成するから,Bを相続した被告Y1には,同債務不履行と相当因果関係のある原告の損害を賠償する責任がある。

2 争点(2)(被告Y2の連帯保証責任の範囲)について
(1) 被告Y2が,原告に対し,平成17年10月13日,本件賃貸借契約に基づくBの原告に対する債務を連帯保証すると約束したこと(本件連帯保証契約)は,当事者間に争いがなく,また,上記1で認定・判断したとおり,賃借人であるBが本件203号室を賃借中に同室内で自殺したことは,本件賃貸借契約の債務不履行を構成し,これによるB(被告Y1)の原告に対する損害賠償債務が,本件賃貸借契約に基づくBの原告に対する債務であることは明らかであるから,被告Y2には,本件連帯保証契約に基づき,賃借人であるBが本件203号室を賃借中に同室内で自殺したことと相当因果関係にある原告の損害について,被告Y1と連帯して,賠償する責任がある。

(2) これに対し,被告Y2は,本件連帯保証契約の責任範囲は,賃料不払などの通常予想される債務に限られ,賃借人であるBが自殺したことにより生じる損害賠償債務は含まれないと主張しているが,被告Y2作成の連帯保証人確約書(甲3)には,被告Y2が主張するような責任範囲を限定する趣旨の記載はなく,かえって,「一切の債務」につき連帯保証人として責任を負う旨の記載があることが認められるのであるから,被告Y2の主張は採用できない。

3 争点(3)(原告の損害)について
(1) Bが本件203号室内で自殺したことによる原告の損害としては,そのこと自体による本件建物の価値の減少や,賃貸が困難となることにより生じる将来賃料の得べかりし利益の喪失が考えられるが,本件では,原告は,Bが自殺した当時,本件203号室を含む本件建物を売却する予定があったわけではないから,将来賃料の得べかりし利益の喪失について検討すれば足りると考える。

(2) 自殺があった建物(部屋)を賃借して居住することは,一般的に,心理的に嫌悪感を感じる事柄であると認められるから,賃貸人が,そのような物件を賃貸しようとするときは,原則として,賃借希望者に対して,重要事項の説明として,当該物件において自殺事故があった旨を告知すべき義務があることは否定できない。

 しかし,自殺事故による嫌悪感も,もともと時の経過により希釈する類のものであると考えられることに加え,一般的に,自殺事故の後に新たな賃借人が居住をすれば,当該賃借人が極短期間で退去したといった特段の事情がない限り,新たな居住者である当該賃借人が当該物件で一定期間生活をすること自体により,その前の賃借人が自殺したという心理的な嫌悪感の影響もかなりの程度薄れるものと考えられるほか,本件建物の所在地が東京都世田谷区という都市部であり,かつ,本件建物が2階建10室の主に単身者を対象とするワンルームの物件であると認められること(甲5,6の1・2,弁論の全趣旨)からすれば,近所付き合いも相当程度希薄であると考えられ,また,Bの自殺事故について,世間の耳目を集めるような特段の事情があるとも認められないことに照らすと,本件では,原告には,Bが自殺した本件203号室を賃貸するに当たり,自殺事故の後の最初の賃借人には本件203号室内で自殺事故があったことを告知すべき義務があるというべきであるが,当該賃借人が極短期間で退去したといった特段の事情が生じない限り,当該賃借人が退去した後に本件203号室をさらに賃貸するに当たり,賃借希望者に対して本件203号室内で自殺事故があったことを告知する義務はないというべきである。

 また,本件建物は2階建10室の賃貸用の建物であるが,自殺事故があった本件203号室に居住することと,その両隣の部屋や階下の部屋に居住することとの間には,常識的に考えて,感じる嫌悪感の程度にかなりの違いがあることは明らかであり,このことに加えて,上記で検討した諸事情を併せ考えると,本件では,原告には,Bが本件203号室内で自殺した後に,本件建物の他の部屋を新たに賃貸するに当たり,賃借希望者に対して本件203号室内で自殺事故があったことを告知する義務はないというべきである。

(3) 以上を前提に検討すると,原告は,Bが本件203号室内で自殺した後に,本件203号室をさらに賃貸するに当たり,賃借希望者に対して本件203号室内で自殺事故があったことを告知しなければならず,そうすると,常識的に考えて,心理的な嫌悪感により,一定期間,賃貸に供することができなくなり,その後賃貸できたとしても,一定期間,相当賃料での賃貸ができなくなることは,明らかである。

 ところで,証拠(甲8の2)によれば,原告は,Bの自殺から約3か月後の平成19年1月15日に,本件203号室を,期間2年,賃料月額3万5000円,共益費及び管理費なし,敷金なし,サブリース目的との約定で賃貸した事実が認められるが,将来の逸失利益の認定においては,口頭弁論終結時までに発生した事実も推認の材料とすることはあるにしても,口頭弁論終結時までに発生した事実から直接的に認定するものではないから,上記認定の事実自体から直ちに原告の具体的な逸失利益を認定することはできない。
 そして,当裁判所としては,上記(2)で認定・判断した諸事情に,上記で認定した事実をも参考とし,これらを総合的に検討した結果,本件では,本件203号室を自殺事故から1年間賃貸できず,その後賃貸するに当たっても従前賃料の半額の月額3万円での賃貸しかできず,他方で,賃貸不能期間(1年間)と一契約期間(2年間)の経過後,すなわち自殺事故から3年後には,従前賃料の月額6万円での賃貸が可能になっていると推認するのが相当であると考える。

 そうすると,原告の逸失利益(中間利息をライプニッツ方式により年5%の割合で控除することとする。)は,1年目が68万5656円(6万円×12か月×0.9523),2年目が32万6520円(3万円×12か月×0.9070),3年目が31万0968円(3万円×12か月×0.8638)であるから合計132万3144円となる。

(4) 他方で,原告には,Bが本件203号室内で自殺した後に,本件建物の本件203号室以外の部屋を新たに賃貸するに当たり,賃借希望者に対して本件203号室で自殺事故があったことを告知する義務があるとはいえず,また,本件建物の各部屋は都市部にある主に単身者用の賃貸物件であることからすれば,その賃借人として想定されるのは,本件建物の周辺の住民など本件203号室内で自殺事故があったことを知り得る者に限られず,さらに,Bが本件203号室内で自殺したことを本件建物の周辺の住民以外の者も知っていると認めるに足りる特段の事情も認められないから,本件203号室内で自殺事故があったことにより,本件建物の本件203号室以外の部屋の賃貸に困難を生じるとは認められない。したがって,本件建物の本件203号室以外の部屋について原告の逸失利益は認められず,本件建物の205号室に関して現実に賃料の減収が生じているとしても,これはBの自殺と相当因果関係のある損害とは認められない。

4 以上によれば,原告の請求は,主文第1項で述べた限度で理由があるからその範囲内で認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。(裁判官 杉山順一)
以上:7,288文字

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