平成29年12月25日(月):初稿 |
○破産会社の破産管財人から、破産会社が賃借していた建物の賃貸人に対し、建物賃貸借契約は、破産法53条1項に基づく解除により終了したので、中途解約に伴う6か月分の賃料相当額支払条項は適用されないと主張されているが、その通りですかとの質問を受けました。そんなバカなと思って判例等調査すると、確かにそのような見解もあるようです。 ○しかし、その見解に基づいて、保証金返還請求権に基づき、破産会社が契約時に預託した保証金から未払賃料及び原状回復費等を控除した残額等の支払いを求めて提訴した事案について、破産法53条に基づく契約解除も、破産会社側の事情によるものであり、賃貸借契約中の違約金条項が適用されるとした平成20年8月18日東京地裁判決( 判例時報2024号37頁 、判例タイムズ1293号299頁)がありましたので、その理由文全文を紹介します。 ○東京地裁「破産管財の手引」には、「賃貸借契約上、解除ないし解約に際し、解約予告期間条項、敷金等放棄条項、違約金条項が設けられている場合があります。これらの条項の破産手続開始後の効力を巡っては、破産管財人が破産法53条1項に基づく解除権を行使する場合は適用されないとか、当該条項は公序良俗に反するなど様々な見解があり、下級審裁判例をみても事案に即した判断がされているようです。基本的には、解約解釈の問題であり、当該条項自体が破産管財人には適用されない、あるいや適用範囲を限定的に解することも可能な事案もあると思われます。したがって、当該契約の目的・内容や賃貸借期間、賃料額、解除後の残存期間等の諸事情を考慮して、個別具体的に判断することになりますので、破産管財人としては、上記の事情を考慮しながら賃貸人と交渉し、円満に解決することが求められます。」と記載されています。 ********************************************* 第3 争点についての判断 1 争点1(本訴請求の成否)について (1)本件違約金条項の趣旨及び有効性について ア 本件賃貸借契約は、10年間の定期建物賃貸借契約であり、原則として中途解約ができない旨を定めているから(前記第2の2の前提事実(1)エ)、賃貸人及び賃借人は、原則として10年間の契約期間満了まで賃貸借契約を継続し、賃貸人は賃料収入を得ることを、賃借人は本件建物を使用収益することができることを、それぞれ期待していたと解される。 他方、本件賃貸借契約においては、本件違約金条項のほか、「賃借人の債務不履行、破産申立等を理由に賃貸人が解除する場合」(15条2項)等、賃借人側の事情により期間中に契約が終了した場合には,「保証金は違約金として全額返還しない」旨が定められている(《証拠略》)。 以上からして、本件違約金条項は、賃借人側の事情により期間中に契約が終了した場合に、新たな賃借人に賃貸するまでの損害等を賃借人が預託した保証金によって担保する趣旨で定められたものと解するのが相当である。 イ 賃貸借契約の締結に付随して、このような定めを合意することは原則として当事者の自由であり、破産会社も本件違約金条項の存在を前提として自由な意思に基づき本件賃貸借契約を締結している(弁論の全趣旨)。 そして、保証金2億円は、賃料の約9か月半分に相当するところ(前記第2の2の前提事実(1)ア)、前記アのとおり、賃貸人及び賃借人は、本件賃貸借契約を10年間継続し、賃貸人は賃料収入を得ることを期待していたことに照らせば、その金額が、違約金(損害賠償額の予約)として過大であるとはいえない。 また、前記第2の2の前提事実(1)及び証拠(《証拠略》)によれば、本件違約金条項を含む保証金を返還しない旨の約定は、賃借人の自己都合及びやむを得ない事由など、賃借人において生じた事情によって所定の期間内に契約を終了せざるを得ない場合について定められており、事由の如何を問わず賃借人に保証金が返還されないことを強いる趣旨とは解されないのであって、賃貸人側の事情による終了の場合の保証金に関する定めがないことをもって、直ちに、本件違約金条項が賃貸人に著しく有利であり、正義公平の理念に反し無効であるとはいえない。 さらに、前記のとおり本件違約金条項が当事者間の自由な意思に基づいて合意され、その内容に不合理な点がない以上、破産管財人においても、これに拘束されることはやむを得ないと解すべきであるから、本件違約金条項が破産法53条1項に基づく破産管財人の解除権を不当に制約し、違法無効であるとはいえない。 したがって、本件違約金条項は有効であり、これに反する原告の主張は理由がない。 (2)本件違約金条項の適用の可否について 原告の破産法53条1項に基づく解除は、破産という賃借人(破産会社)側の事情によるものであるから、本件違約金条項にいう「賃借人の自己都合及び原因」、「賃借人のやむを得ない事由」により賃貸借期間中に契約が終了した場合に当たる。したがって、本件違約金条項は、破産法53条1項に基づく解除に適用される。これに反する原告の主張は理由がない。 (3)本件違約金条項は、「保証金は違約金として全額返還されない」と定めており、これは損害賠償額の予定と推定される(民法420条3項)。したがって、本件違約金条項は、賃借人側の事情により期間中に本件賃貸借契約が終了した場合の賃貸人の賃借人に対する損害賠償額として保証金相当額の2億円を予定し、賃借人が賃貸人に預託した保証金2億円全額を、期間中に本件賃貸借契約が終了したことによって賃貸人に生じた本件損害賠償請求権に充てる旨の合意と解される。そうすると、原告の破産法53条1項に基づく解除により本件賃貸借契約が終了し、保証金2億円は、賃貸人の賃借人に対する損害賠償請求権に全額充当されて当然に消滅したと解される。 したがって、保証金全額の充当による本件損害賠償請求権の消滅は、賃貸人と賃借人の合意に基づく本件違約金条項によって発生した効果であって、それによる保証金2億円の消滅は、賃貸人の本件損害賠償請求権を自働債権とする相殺を予定したものではないから、本件違約金条項の適用に関し、破産法72条1項1号の適用の有無及び相殺権の濫用は問題とならない。以上の判断に反する原告の主張は理由がない。 (4)原告は、本件賃貸借契約6条2項に基づき、保証金は全未払賃料及び原状回復費用に当然に充当されたと主張する。 しかし、同項は、「賃貸人は、保証金から随時対当額で相殺し、これら債務の弁済に充当することができる。この場合には、賃貸人はその内訳を賃借人に明示しなければならない」としているから(前記第2の2の前提事実(1)ウ)、保証金は、明渡時において未払賃料等の債務に当然には充当されず、充当が認められるためには賃貸人が内訳を示して相殺の意思表示をする必要があると解すべきところ、被告がかかる相殺の意思表示をしたとの主張、立証はない。また、本件違約金条項が適用される場合には、前記(3)のとおり保証金2億円は本件損害賠償請求権に充当されて当然に消滅することになるから、そもそも同項の適用の余地はない。 したがって、原告の前記主張は採用することができない。 (5)以上のとおり、原告が返還請求する保証金2億円は、原告が破産法53条1項に基づき本件賃貸借契約を解除したことにより、本件違約金条項に基づき、本件損害賠償請求権に全額充当されて消滅したので、これを返還請求することはできない。よって、原告の本訴請求は理由がない。 2 争点2(反訴請求の成否)について (1)本案前の主張について 破産法148条1項4号及び8号は、破産管財人が破産手続の遂行過程でした行為によって発生した債権を財団債権としているが、これは、破産手続上、発生することが避けられず、債権者全体の利益となる債権、又は破産管財人が債権者全体のためにした行為から生じた債権であるから、これを財団債権として優遇することにあると解される。 前記第2の2の前提事実(1)及び(4)によれば、賃借人は、本件賃貸借契約が終了した場合、終了後1か月以内に本件建物を原状回復して賃貸人に明け渡さなければならないという原状回復義務を負っているところ(同契約20条1項)、原告は、破産手続開始決定後、本件建物を約1か月間使用した後、破産法53条1項に基づき平成19年10月23日をもって本件賃貸借契約を解除し、同日、原状回復義務を履行しないまま本件建物を明け渡したのであるから、このような場合、原告は、本件建物を明け渡した時点で、原状回復義務の履行に代えて、賃貸人に対し原状回復費用債務を負担したものと解するのが相当である。その結果、賃貸人である被告が原告に対して取得した原状回復費用請求権は、原告が破産管財人として、破産手続の遂行過程で、破産財団の利益を考慮した上で行った行為の結果生じた債権といえるから、破産法148条1項4号及び8号の適用又は類推適用により、財団債権と認められる。 よって、原状回復費用請求権が破産債権であるとする原告の本案前の主張は理由がない。 (2)本案の主張について ア 反訴請求債権のうち、平成19年9月分(同月7日ないし同月末日分)の賃料債権は、破産手続開始決定前である同年8月末日に支払期日が到来しているから(前記第2の2の前提事実(1)ア)破産債権であり、破産手続によらなければ行使できない(破産法100条1項)。よって、平成19年9月分の未払賃料1680万円及びこれに対する平成19年9月7日から支払済みまで年14パーセントの割合による遅延損害金の支払請求に係る訴えは、訴訟手続によって実現できない訴えであり不適法であるから、これを却下する。 イ 破産手続開始決定後に支払期日が到来した平成19年10月分(同月1日ないし同月23日分)の未払賃料1558万0645円及び原状回復費用6014万円は財団債権である(前記(1))。 前記1のとおり、保証金2億円は、本件違約金条項により本件損害賠償請求権に充当されて消滅しているから、上記未払賃料及び原状回復費用が保証金の充当により消滅したという原告の主張は採用できない。 また、前記1(1)のとおり、本件違約金条項は、賃借人側の事情により期間中に契約が終了した場合に、賃貸人が新たな賃借人に賃貸するまでに被る損害等を保証金によって担保する趣旨の規定である。したがって、このような損害とは発生原因が異なる未払賃料及び原状回復費用が本件違約金条項によって担保される被担保債権に含まれるとは解されず、この判断に反する原告の主張は理由がない。 ウ 原状回復費用請求権に対する遅延損害金の起算日について 原状回復費用請求権は、前記(1)のとおり、原告が本件賃貸借契約を解除して原状回復をしないまま本件建物を明け渡したため、原告が本件建物を明け渡した時点で原状回復義務の履行に代えて原状回復費用債務を負担した結果、被告が原告に対し取得したものということができ、この原状回復費用債務は原状回復義務から変更になったものであるが、原状回復という目的を同じくするものであるから、原状回復費用債務の履行期は、原状回復義務の履行期と同一になると解するのが相当である。そうすると、原状回復義務の履行期は、本件賃貸借契約が終了した平成19年10月23日から1か月後の同年11月23日になると認められるから(前記第2の2の前提事実(1)、(4))、原状回復費用債務の履行期も同日となる。したがって、原状回復費用請求権に対する遅延損害金の起算日は,同月24日になる。 第4 結論 以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求のうち、平成19年9月分(同月7日ないし同月末日分)の未払賃料1680万及びこれに対する同年9月7日から支払済みまで年14パーセントの割合による金員の支払を求める部分に係る訴えは不適法であるからこれを却下し、その余の部分、すなわち、原告に対し、平成19年10月分(同月1日ないし同月23日分)の未払賃料1558万0645円及びこれに対する同年10月1日から支払済みまで年14パーセントの割合による金員並びに原状回復費用6014万円及びこれに対する同年11月24日から支払済みまで年14パーセントの割合による金員の支払を求める部分は、理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 大段亨 裁判官 本多智子 重田純子) 以上:5,143文字
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