平成29年12月24日(日):初稿 |
○建物請負契約で直接契約関係のない下請業者の施工ミスで建物完成後、水漏れが発生して建物に甚大な損害を生じた事例について相談を受けています。発注者に対して、直接契約者の請負人が責任を負うことは勿論ですが、下請業者も発注者に対して責任があります。この責任は、発注者と下請業者には直接契約がないため、契約責任ではなく不法行為責任となります。 ○この不法行為責任について、建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者を含む建物利用者、隣人、通行人等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負い、これを怠ったために建築された建物に上記安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うとした平成19年7月6日最高裁判決(判タ1252号120頁、判時1984号34頁)全文を紹介します。 ********************************************* 主 文 1 原判決のうち,上告人らの不法行為に基づく損害賠償請求に関する部分を破棄する。 2 前項の部分につき,本件を福岡高等裁判所に差し戻す。 3 上告人らのその余の上告を棄却する。 4 前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。 理 由 上告代理人○○○○の上告受理申立て理由第2の2について 1 本件は,9階建ての共同住宅・店舗として建築された建物をその建築主から購入した上告人らが,当該建物にはひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵があると主張して,上記建築の設計及び工事監理をしたY1(以下「Y1」という。)に対しては,不法行為に基づく損害賠償を請求し,その施工をしたY2(以下「Y2」という。)に対しては,請負契約上の地位の譲受けを前提として瑕疵担保責任に基づく瑕疵修補費用又は損害賠償を請求するとともに,不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。 2 原審が確定した事実関係の概要は次のとおりである。 (1) Y1は,建築設計及び企画並びに工事監理を目的とする会社である。Y2は,土木建築業を目的とする会社である。 (2) Aは,昭和63年8月8日,第1審判決別紙1物件目録記載2の土地(以下「本件土地」という。)を買い受け,同年10月19日,Y2との間で同目録記載1の建物(以下「本件建物」という。)につき工事代金を3億6100万円(ただし,後に560万円が加算された。)とする建築請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。 (3) Y1は,本件建物の建築について,Aから設計及び工事監理の委託を受けた。 (4) 本件建物は平成2年2月末日に完成し,Y2は,同年3月2日,Aに対し本件建物を引き渡した。 (5) 上告人らは,平成2年5月23日,Aから,本件土地を代金1億4999万1000円で,本件建物を代金4億1200万9270円で,それぞれ買い受け,その引渡しを受けた。本件土地及び本件建物の各持分割合は,X1が4分の3,X2が4分の1とされた。 (6) 本件建物は,本件土地上に建築された鉄筋コンクリート造り陸屋根9階建ての建物であり,9階建て部分(A棟)と3階建て部分(B棟)とを接続した構造となっている。 A棟は,1階が駐車場となっており,2階から9階までが各階6戸の賃貸用住居で,各住居にバス,トイレ,台所が設置されている。各住居の南側にはベランダがあり,北側には共用廊下がある。A棟西側にはエレベーターが設置されている。B棟は,1階が店舗,2階が事務所となっており,3階はやや広い賃貸用住居2戸となっている。 (7) 本件建物には,次のとおりの瑕疵がある。 ア A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と平行したひび割れ イ A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と直交したひび割れ ウ A棟1階駐車場ピロティのはり及び壁のひび割れ エ A棟居室床スラブのひび割れ及びたわみ オ A棟居室内の戸境壁のひび割れ カ A棟外壁(廊下手すり並びに外壁北面及び南面)のひび割れ キ A棟屋上の塔屋ひさしの鉄筋露出 ク B棟居室床のひび割れ ケ B棟居室内壁並びに外壁東面及び南面のひび割れ コ 鉄筋コンクリートのひび割れによる鉄筋の耐力低下 サ B棟床スラブ(天井スラブ)の構造上の瑕疵(片持ちばりの傾斜及び鉄筋量の不足) シ B棟配管スリーブのはり貫通による耐力不足 ス B棟2階事務室床スラブの鉄筋露出 (8) 上告人らは,(7)記載の瑕疵以外にも,バルコニーの手すりのぐらつき,排水管の亀裂やすき間等の瑕疵があると指摘し,これらの瑕疵も含めて本件建物に瑕疵が存在することにつき被上告人らに不法行為が成立すると主張している。 3 原審は,次のとおり判示して,上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。 (1) 上告人らは,Aから,被上告人らに対し瑕疵担保責任を追及し得る契約上の地位を譲り受けていない。 (2) ア 建築された建物に瑕疵があるからといって,その請負人や設計・工事監理をした者について当然に不法行為の成立が問題になるわけではなく,その違法性が強度である場合,例えば,請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵ある目的物を製作した場合や,瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びる場合,瑕疵の程度・内容が重大で,目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合等に限って,不法行為責任が成立する余地がある。 イ 被上告人らの不法行為責任が認められるためには,上記のような特別の要件を充足することが必要であるところ,被上告人らが本件建物の所有者の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵を生じさせたというような事情は認められない。また,本件建物には,前記確定事実2(7)記載のとおりの瑕疵があることが認められるが,これらの瑕疵は,いずれも本件建物の構造耐力上の安全性を脅かすまでのものではなく,それによって本件建物が社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっているとは認められないし,瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びているとはいえない。さらに,上告人らが主張する本件建物のその余の瑕疵については,本件建物の基礎や構造く体にかかわるものであるとは通常考えられないから,仮に瑕疵が存在するとしても不法行為責任が成立することはない。したがって,本件建物の瑕疵について不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないから,その余の点について判断するまでもなく,上告人らの不法行為に基づく請求は理由がない。 4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 (1) 建物は,そこに居住する者,そこで働く者,そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに,当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから,建物は,これらの建物利用者や隣人,通行人等(以下,併せて「居住者等」という。)の生命,身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず,このような安全性は,建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると,建物の建築に携わる設計者,施工者及び工事監理者(以下,併せて「設計・施工者等」という。)は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない。 (2) 原審は,瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するのは,その違法性が強度である場合,例えば,建物の基礎や構造く体にかかわる瑕疵があり,社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっている場合等に限られるとして,本件建物の瑕疵について,不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないとする。しかし,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には,不法行為責任が成立すると解すべきであって,違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない。例えば,バルコニーの手すりの瑕疵であっても,これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという,生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり,そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきであって,建物の基礎や構造く体に瑕疵がある場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由もない。 5 以上と異なる原審の前記3(2)の判断には民法709条の解釈を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち上告人らの不法行為に基づく損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。そして,本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるか否か,ある場合にはそれにより上告人らの被った損害があるか等被上告人らの不法行為責任の有無について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。 なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 今井功 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀) 以上:4,199文字
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