平成27年 6月23日(火):初稿 |
○「事前求償権を被保全債権とする仮差押えと事後求償権の消滅時効の中断」の続きで、事後求償請求を認容した平成23年9月14日大津地裁判決です。 ******************************************* 主 文 1 被告らは、原告に対し、連帯して、金504万7009円及びこれに対する平成6年11月19日から支払済みまで年14パーセントの割合(年365日の日割計算とする。)による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告らの負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求める裁判 1 請求の趣旨 (1) 主文第1、2項同旨 (2) 仮執行宣言 2 請求の趣旨に対する答弁 (1) 原告の請求をいずれも棄却する。 (2) 訴訟費用は原告の負担とする。 第2 当事者の主張 1 請求原因事実 (1) 信用保証委託契約 被告森井春雄(以下「被告春雄」という。)は、平成2年2月26日、株式会社第一勧業銀行大津支店(以下「訴外銀行」という。)から500万円の借入れをするため、原告との間で、次の事項を特約して信用保証協会法20条に基づく信用保証委託契約を締結した(以下「本件信用保証委託契約」という。)。 (ア) 代位弁済 被告春雄が、借入金債務の全部又は一部の履行をしないため、訴外銀行が原告に対し当該信用保証債務の履行を求め、これにより原告が、被告らに通知催告せず訴外銀行に対して代位弁済をしても被告らは異議がない。 (イ) 求償権の範囲 原告が、訴外銀行に対して代位弁済をしたときには、被告らは原告に対しその弁済額及びこれに対して弁済の日の翌日から年18.25パーセントの割合(年365日の日割計算とする。以下同じ。)による損害金を支払う。 (2) 信用保証の実行 原告は、平成2年5月8日、上記第1(1)の信用保証委託契約に基づいて、訴外銀行に対して書面で信用保証した。 (3) 借入れ 被告春雄は、上記第1(1)の原告の信用保証のもとに訴外銀行から次のとおり借越契約を締結した。 (ア) 取引契約日 平成2年5月11日 (イ) 借越極度額 500万円 (ウ) 契約期間 平成4年5月7日。但し原告の変更保証書等が交付されたときは期限の延長をすることができる。 (エ) 弁済方法 約定返済方式(但し借越残額契約期限一括弁済) (オ) 利率 年7.90パーセント (カ) 期限の利益喪失特約 被告春雄が訴外銀行に対する債務の一部でも履行を遅滞したときは、訴外銀行の請求によって債務の期限の利益を失い、直ちに債務を弁済する。 (4) 条件変更 原告は、被告春雄及び訴外銀行より最終弁済期限の変更の申込みを受け、次のとおり条件変更の保証をし、訴外銀行と被告春雄は次のとおり変更契約を締結した。 (ア) 変更保証日 平成6年5月25日 (イ) 最終弁済期限 平成8年5月7日 (5) 代位弁済 被告春雄は、上記債務につき約定分割返済の履行をしなかった。被告春雄は、訴外銀行の請求により、平成6年11月4日、上記債務の期限の利益を失った。 原告は、訴外銀行に対し、下記のとおり代位弁済した。 (ア) 代位弁済日 平成6年11月18日 (イ) 代位弁済額 504万7009円(求償金元本。但し、被告春雄の借入金残元本金499万9548円及び利息金4万7461円(平成6年8月12日から同年11月18日まで(99日間)年利3.5パーセントに変更された利率にて算定)の合計額) (6) 連帯保証 被告森井夏穂(以下「被告夏穂」という。)は、平成2年2月26日、原告と被告春雄との上記1(1)の契約と債務の現況等を全部承知の上、被告春雄が原告に対して支払うべき求償債務金及び損害金につき、連帯保証した。 (7) まとめ よって、原告は、被告春雄に対しては、本件信用保証委託契約に基づく代位弁済によって取得した求償金請求権(以下「本件求償権」という。)に基づき、同夏穂に対しては、同請求権に対する連帯保証契約による連帯保証金請求権に基づき、それぞれ連帯して、金504万7009円及びこれに対する代位弁済日の翌日である平成6年11月19日から支払済みまで約定損害金利息である年18.25パーセントより低い利率である年14パーセントの割合による損害金の支払を求める。 2 請求原因に対する認否 請求原因事実はいずれも認める。 3 抗弁・消滅時効 原告の代位弁済日の翌日から既に5年が経過しており、本件求償権について消滅時効が完成している。 被告らは、原告に対し、平成23年3月10日付け準備書面(第2回口頭弁論において陳述)において、上記消滅時効を援用する。 4 抗弁に対する認否 抗弁事実は認め、主張は争う。 5 再抗弁・時効中断 原告は、大津簡易裁判所に対し、被告春雄を債務者として、被告春雄所有の不動産につき、本件信用保証委託契約による事前求償権を被保全債権とする仮差押命令を申し立てており(同庁平成6年(ト)第24号事件)、同申立てによる平成6年10月17日付け仮差押命令を原因とする仮差押登記がなされている(以下「本件仮差押え」という。)。 事前求償権と事後求償権は、いずれか一方が弁済により満足した場合、他方もその限度で消滅するという関係にあり、その意味で両者は同一の経済的利益を目的とする権利である。そうであれば、事前求償権についての時効中断の効力は、事後求償権についても及ぶと解すべきである。 そうすると、上記本件仮差押えによる事前求償権に対する時効中断の効力は、同債権の事後求償権である本件求償権にも及んでおり、本件求償権は、発生と同時に時効が中断し、現在まで消滅時効は進行していない。 6 再抗弁に対する認否 本件仮差押えがなされていることは認め、その余の主張は争う。 7 再々抗弁 (1) 時効の再度の進行・完成 本件仮差押えにより、仮に、本件求償権につき消滅時効が中断するとしても、その執行の完了から再び時効は進行すると解すべきである。 (2) 権利濫用 本件訴訟は、本件仮差押え執行後16年余を経過して提起されたもので、被告らにとっては、もはや原告は本件求償権を行使しないと信頼して生活してきており、その信頼は法的保護を受けるに達していると評価できる。 原告は、公的金融機関であり、社会通念上、相当な方法にて債権回収すべきである。そして、原告は、本件仮差押えをなした後に本案訴訟を提起するについて、能力的及び資力的に何ら妨げとなる事情はなく、本案訴訟を提起せずに放置したことに何ら酌量すべき事情はない。 したがって、原告が今更本件求償権を行使するのは権利の濫用であって許されない。 原告が、被告ら居所不明と主張する期間にも、他の金融機関からの訪問等はあったし、被告ら所有不動産からの回収を行っていたが、原告のみは何の法的手段も採らなかった。 8 再々抗弁に対する認否 再々抗弁(1)及び同(2)についてはいずれも争う。 仮差押えの執行保全の効力が存続する間は仮差押債権者による権利の行使が継続するものと解すべきであり、このように解したとしても、債務者は本案の起訴命令や事情変更による仮差押命令の取消を求めることができるから、債務者にとって酷な結果になるともいえない。 また、被告らは、平成8年ころから平成16年6月ころまで、居所すら不明となっており、本件求償権についての書面督促もすべて返戻される状態であったし、平成16年6月以降も、平成21年4月24日までは、原告による書面督促及び訪問によっても、返済協議に応じなかった。 このように、原告は、被告らに対して、本件求償債権の返済について働きかけていた。 したがって、被告らの権利濫用の主張は当たらない。 第3 判断 1 請求原因事実は、いずれも当事者間に争いがない。 2 抗弁事実は、当事者間に争いがない。 3 (1) 再抗弁の事実中、本件仮差押えがなされたことは、当事者間に争いがない。 (2) 本件仮差押えは、本件信用保証委託契約による事前求償権を被保全債権とする仮差押命令であるところ、本件求償権は、本件信用保証委託契約による事後求償権である。 事前求償権は、自分が弁済その他の出捐行為をしてから求償したのでは保証人の解放が期待できない状況下で、保証人のリスク負担を回避するため、特に政策的価値判断に基づき認められた例外的な権利である。すなわち、主債務者から委託を受けた保証人が、民法459条1項前段所定の事由、若しくは同法460条各号所定の事由、又は主債務者との合意により定めた事由が発生したことに基づき、主債務者に対して免責行為前に求償し得る権利である。一方、事後求償権は、免責行為をした時に発生し、かつ、その行使が可能となるものである。事前求償権には事後求償権については認められない抗弁が付着し、消滅原因が規定されているのであって、事後求償権とその発生原因を異にした別個の債権として捉えられる性質の権利である。 したがって、事前求償権と事後求償権の消滅時効の起算点は異なる(最高裁判所昭和60年2月12日第3小法廷判決民集39巻1号89頁参照)。 しかしながら、事前求償権と事後求償権は、究極の目的と社会的効用を同じくし、その異別性を見ても実益はなく、制度趣旨の見地からすると、両者の同一性ないし同質性が要求されている。すなわち、両債権は、その発生の基礎を保証委託契約関係に置いており、民法460条各号は同法459条と並んで同じ求償権発生の要件を規定するもので、事前求償権はその事前発生に、事後求償権はその事後発生に関するものであるとすることができる(最高裁判所昭和34年6月25日第1小法廷判決民集13巻6号810頁参照)。 そもそも、主債務者に対する免責行為前に事前求償権に基づく不動産仮差押命令を得る目的は、信用保証委託契約により発生した求償権を保全することにある。そして、事前求償権が、免責行為後に求償権を行使したのでは主債務者からの回収ができない恐れがあるという政策的見地から認められた趣旨からすると、まさに、事前求償権に基づく不動産仮差押えは、免責行為後の事後求償権を保全するためになされたものであると認められる。さらに、事前求償権に基づく不動産仮差押命令を得てその旨の登記手続を経由した者が、事後求償権を得たことによって、その保全のために再度不動産仮差押命令を得てその旨の登記をするとは、事前求償権と事後求償権の究極の目的及び社会的効用の同一性からして考えられず、むしろ、事前求償権に基づく不動産仮差押命令及びそれに基づく登記手続を経由することによって、事後求償権も、その発生後、同様に保全されたと考えるのが相当である。 とするならば、本件仮差押えによって、その効力が、原告が免責行為後に取得した本件求償権についての消滅時効についても、本件求償権が発生した平成6年11月18日に中断したと解するのが相当である。 したがって、本件求償権の消滅時効の進行は中断しており、完成していない。 4 再々抗弁について (1) 再々抗弁(1)は認められない。仮差押えによる時効中断の効力は、仮差押えの執行保全の効力が存続する間は継続する(最高裁判所昭和59年3月9日第2小法廷判決参照)。なぜなら、民法147条が仮差押えを時効中断事由としているのは、それにより債権者が、権利の行使をしたといえるからであるところ、仮差押えの執行保全の効力が存続する間は仮差押債権者による権利の行使が継続するものと解すべきだからであり、このように解したとしても、債務者は、本案の起訴命令や事情変更による仮差押命令の取消を求めることができるのであって、債務者にとって酷な結果になるともいえないからである。 (2) また、再々抗弁(2)も認められない。上記のとおりであり、債務者である被告春雄にとっても酷な結果になるとはいえないからである。 したがって、原告の本件訴え提起が本件仮差押えから16年余後になされたとしても、原告の本件訴え提起が権利濫用に当たるとはいえない。 第4 結論 以上のとおりであるから、原告の請求は理由があるのでこれを認容することとし、仮執行宣言については相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。 (裁判官 種村好子) 以上:5,036文字
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