平成19年 7月19日(木):初稿 |
○平成15年改正以前の民事執行法第190条は「第122条第1項に規定する動産(以下「動産」という。)を目的とする担保権の実行としての競売(以下「動産競売」という。)は、債権者が執行官に対し、動産を提出したとき、又は動産の占有者が差押えを承諾することを証する文書を提出したときに限り、開始する。 」と規定し、債権者が執行官に対し、①先取特権対象動産を提出するか、②債務者が差押を承諾することを証明する文書を提出しなければ動産売買先取特権に基づく競売は出来ませんでした。 ○しかし、債権者が①先取特権対象動産を提出すると言うことは、既に先取特権対象動産を占有していることであり実務的には返還を受けた状況で、この場合わざわざ競売をかける必要がありません。また②債務者が差押を承諾することを証明する文書を提出すると言うことは、債務者が先取特権対象動産を承認していることであり、そのまま返還を受ければ足り、この場合もわざわざ競売をかける必要はなく、旧民事執行法第190条は実務的には有名無実で殆ど意味のない規定でした。 ○旧民事執行法第190条で問題になったのは、債務者が破産した場合、先取特権対象動産を保管した破産管財人が、先取特権債権者に対し、①先取特権対象動産を提出するか、②差押を承諾することを証明する文書を提出する義務があるかでしたが、破産管財実務では何れの義務もなく、破産決定・破産管財人の就任によって先取特権は消滅する扱いでした。 ○関連判例は以下の通りです。 昭和61年11月17日名古屋地裁判決(判時1233号110頁) 破産管財人が別除権者の同意を得ずに動産先取特権の目的物を任意売却し代金を受領したことが別除権者との関係で不当利得及び不法行為にならず、破産財団中の動産売買先取特権の目的物たる動産を第三者に任意売却処分したため、先取特権が消滅した場合において、破産財団は「法律上の原因なき」利得を得たものとして不当利得返還義務も負わず、この換価処分前、動産売買先取特権者から右権利を有する旨の主張を受けていた場合において、この換価処分行為が不法行為にもならない。 平成11年2月26日東京地裁判決(金融商事1076号33頁) 動産の買主が破産宣告を受け破産管財人がその転売先から転売代金を回収した後は、破産会社の有していた転売代金債権に対し差押えをしていなかった先取特権者(売主)は、破産管財人に対して優先権を主張することはできない。 ○このように債務者破産となれば事実上動産売買先取特権は消滅しますが、それでは破産前に債務者に対し差押えを承諾することを求め、先取特権対象動産に対し執行官保管の仮処分或いは仮差押が出来ないかと言う問題についても以下の判例では何れも否定されました。 平成元年9月29日大阪高裁決定(判タ711号232頁) 動産売買先取特権者の債務者(買主)たる目的動産の占有者に対する差押承諾請求権は認められず、動産売買先取特権に基づく差押承諾請求権と目的物に対する執行官保管の仮処分も許されず、動産売買の先取特権の目的物件につき、差押承諾請求権を被保全権利として、右物件の係争物処分禁止・執行官保管の仮処分が認めらない。 昭和60年3月15日東京地裁決定(判時1156号80頁) 動産の売主が動産売買先取特権を被保全権利として目的動産の仮差押をすることは出来ず、動産売買の先取特権者は、その先取特権自体の実行ないし保全をするため、債務者の占有する目的動産について動産仮差押をすることは許されない。 ○結局、債務者が破産になった場合は勿論、破産に至らずとも債務者の協力がないと動産売買先取特権を行使することが出来ず、動産売買先取特権は民事執行の面では有名無実で絵に描いた餅でした。 以上:1,539文字
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