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”相続させる”遺言の放棄は原則不可とした高裁決定紹介

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令和 4年 3月11日(金):初稿
○「”相続させる”は”遺産分割方法の指定”が原則とした最高裁判決紹介」に関連した続きです。
民法第986条(遺贈の放棄)
 受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができる。
2 遺贈の放棄は、遺言者の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。

との規定で、遺言で、「甲不動産は、相続人Aに遺贈する」と記載されている場合、相続人Aは、甲不動産は欲しくない場合、遺贈を放棄できます。遺贈の放棄により、遺言者の死亡時にさかのぼって遺贈の効力がなくなりますので、甲不動産は未分割の遺産に戻り、相続人間での遺産分割の対象になります。

○ところが、遺言書で「甲不動産は、相続人Aに相続させる」と記載されている場合、相続人Aが、甲不動産は欲しくないとして、民法第986条で放棄できませんかと質問を受けました。「相続させる」は、平成3年4月19日最高裁判決(判時1384号24頁、判タ756号107頁)で、民法908条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり、これと異なる遺産分割の協議さらには審判もなし得ないから、このような遺言にあっては、何らの行為を要せずして被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるとされたので、放棄出来ないと思われますと回答しました。

○しかし、学説では適用説もあるようで、裁判例を調べたところ、参考判例として平成21年12月18日決定(判タ1330号203頁)がありましたので紹介します。
全当事者3名の父である被相続人が有していた財産について、抗告人Bが、相続人として遺産分割審判の申立てをするとともに、寄与分の申立てをし、遺産分割の審判をする前に、寄与分を求める審判を求めた事案です。

○被相続人は、公正証書遺言で、全不動産を抗告人Aに相続させるとしていましたが、抗告人Aは、その利益を放棄する旨述べました。これに対し、高裁決定は、抗告人Aは,被相続人の相続開始時に本件不動産の所有権を何らの行為を要しないで相続により確定的に取得したものであり,本件公正証書遺言が無効であることを主張するものとまでは解されないので,抗告人Aの上記の陳述だけにより本件不動産が被相続人の遺産として遺産分割の対象となる性質のものになるとは解されないとして、放棄は認めませんでした。

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主  文
1 抗告人Bと同Aの各抗告に基づき,原審判主文第1項を次のとおり変更する。
 被相続人の原審判別紙遺産目録第2及び第3記載の遺産を次のとおり分割する。
(1)同目録第2の4記載の貯金のうち568万2399円,同目録第2の5記載の貯金のうち330万6957円,同目録第3記載の現金270万3687円を抗告人Aの取得とする。
(2)同目録第2の1から3記載の貯金737万5443円,同目録第2の4のうち431万7601円を抗告人Bの取得とする。
(3)同目録第2の6,7記載の貯金1000万円,同目録第2の5記載の貯金のうち169万3043円を相手方の取得とする。
2 抗告人Bのその余の抗告を棄却する。
3 鑑定人丙川三男に支払った費用19万6350円はこれを当事者3名が各6万5450円を負担することとする。 

理  由
第1 抗告の趣旨

1 抗告人B
(1)原審判を取り消す。
(2)相当な裁判

2 抗告人A
(1)原審判主文第1項を取り消す。
(2)本件を前橋家庭裁判所(太田支部)に差し戻す。

第2 事案の概要
1 本件は,全当事者の父である被相続人甲野太郎(平成14年9月5日死亡)が有していた財産について,抗告人Bが,相続人として遺産分割審判の申立てをするとともに,寄与分の申立てをして,抗告人Bにおいて被相続人の妻の家出後,被相続人の母の看病及び家事一切をしたほか,自己の預金を被相続人らの生活費に充てたことにより,被相続人は,抗告人Bの犠牲の下にその支出を免れ,被相続人の財産の減少を防ぐことができたものであるから,抗告人Bの上記の各行為は,特別な寄与行為に当たるとして,遺産分割の審判をする前に,寄与分を定める審判を求めた事案である。

2 原審判は,原審判別紙遺産目録記載第1の各不動産(以下,併せて「本件不動産」という。)及び同目録記載第3の現金(以下「本件現金」という。)を抗告人Aが取得し,同記載第2の各貯金債権(以下,併せて「本件貯金債権」という。)のうち本件不動産の価額並びに同貯金債権額及び同現金額を合計した総額の3分の1相当額の分を抗告人B及び相手方がそれぞれ取得し,その余の分を抗告人Aが取得する旨の遺産分割審判をし,抗告人Bの寄与分を定める申立てを却下する旨の審判をしたため,抗告人Bがその遺産分割審判及び寄与分申立却下審判を不服として,抗告人Aが上記の遺産分割審判を不服として,それぞれ抗告をした。

3 遺産分割についての全当事者の意見及び寄与分についての抗告人Bの主張は,それぞれ原審判の「理由」中の5及び3(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。
 また,抗告人Bの本件抗告の理由及び抗告人Aの本件抗告の理由は,それぞれ別紙1及び2に記載のとおりである。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,本件遺産分割の対象財産である本件現金及び同貯金債権を3分し,その1を当事者各自に主文のとおり分割取得させ,抗告人Bの寄与分を定める審判の申立ては却下するのが相当であると判断する。その理由は,次のとおりである。

2 被相続人の死亡の事実,相続人及びその各法定相続分,被相続人がその死亡時に有していた財産の範囲,本件貯金債権を被相続人の遺産として遺産分割の対象財産とすることについての全当事者間の合意の存在並びに被相続人の平成4年3月19日付け自筆証書遺言及び平成4年3月19日付公正証書遺言(以下「本件公正証書遺言」という。)の存在及びその効力並びに本件公正証書遺言は本件不動産を全て抗告人Aに相続させる旨のものであり,抗告人Aがその利益を破棄する旨述べていることについては,原審判の「理由」中の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原審判を次のとおり改める。

(1)原審判2頁18行目の「である。」の前に「及び現金」を加える。

(2)原審判2頁末行の「で保管されている。」を「で,本件現金は相手方Aにおいてそれぞれ保管されている。」と改める。

3
(1)本件遺産分割審判の申立てについてみるに,特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は,遺言書の記載から,その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り,当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきであり,特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には,当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り,何らの行為を要せずして,当該遺産は,被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継されるものと解される(最高裁平成元年(オ)第174号同3年4月19日第二小法廷判決・民集45巻4号477頁,最高裁平成10年(オ)第1499号同11年12月16日第一小法廷判決・民集53巻9号1989頁)。

 本件公正証書遺言は,本件不動産を抗告人Aに相続させることを内容とするものであるところ,その趣旨が遺贈であることが明らかであるとは認められず,これを遺贈であると解すべき特段の事情があることを認めるに足りる的確な資料はなく,さらに,本件公正証書遺言において本件不動産についての承継を抗告人Aの意思表示にかからせたなどの特段の事情があることを認めるに足りる的確な資料はない。

 そうすると,本件不動産の所有権は,被相続人が平成14年9月5日に死亡したことにより,その相続開始時に何らの行為を要しないで直ちに被相続人から抗告人Aに相続により承継されたものと認められる。なお,本件公正証書遺言の記載は,「遺言者は,その所有にかかる不動産全部」を抗告人Aに相続させるとするものであるが(一件記録),なお被相続人が有した特定の財産を抗告人Aに相続させることを内容とするものであることに変わりはないから,上記文辞の記載が前記認定判断を左右するものではない。

(2)また,前記のとおり,抗告人Aは,その趣旨はやや不明であるが,本件公正証書遺言の利益を放棄する旨述べている(平成20年3月3日受付に係る同月4日付け準備書面)が,上記のとおり,抗告人Aは,被相続人の相続開始時に本件不動産の所有権を何らの行為を要しないで相続により確定的に取得したものであり,本件公正証書遺言が無効であることを主張するものとまでは解されないので,抗告人Aの上記の陳述だけにより本件不動産が被相続人の遺産として遺産分割の対象となる性質のものになるとは解されない。他に本件において同陳述の効力を認めるべき特段の事情があることを認めるに足りる的確な資料はない。

 さらに,抗告人Bは,本件不動産について,被相続人がその不動産全部を抗告人Aに相続させる旨の本件公正証書遺言を有効にしているから同遺言どおりに権利の承継をすべきである旨主張しており(平成21年2月5日の第4回(審判)期日提出に係る同年1月16日付け準備書面(5)),この点にかんがみれば,全当事者間で本件不動産を遺産分割の対象財産である旨の合意が成立している場合であるとも認められないから,やはり本件不動産を同対象財産であるとすることはできない。

(3)したがって,本件不動産は,遺産分割の対象となるべき相続財産としての性質を有するものではないというべきであるから,抗告人Aが本件不動産を取得するとの遺産分割をした原審判は誤りがある。

4
(1)以上によれば,被相続人がその死亡時に有していた本件不動産以外の財産は,本件現金及び同貯金債権であるところ(他に被相続人の遺産と目すべき財産があることを認めるに足りる資料はない。),本件現金は遺産である(最高裁平成元年(オ)第433号,平成元年(オ)第602号同4年4月10日第二小法廷判決・家月44巻8号16頁)が,本件貯金債権は,可分債権である金銭債権であり,被相続人の死亡による相続によって法律上当然に分割され,共同相続人である抗告人B,抗告人A及び相手方がその相続分に応じてその権利を取得するものと解される(最高裁昭和27年(オ)第1119号同29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁,最高裁昭和28年(オ)第163号同30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁参照)。

 なお,本件貯金債権のうち前記目録記載第2の4から7の貯金は,いずれも足利市農業協同組合○○支所の定期貯金であり,一件記録によれば,いずれも自動継続されるものであることが認められ,金融機関の実務上,その解約及び貯金の引出しについては共同相続人全員でその手続をすることが求められてきたことがうかがえるが(審問の全趣旨),そのことのゆえに,全当事者がその相続分に応じて本件貯金債権を取得することができず,本件貯金債権が当然に遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有するものになるものではない。

(2)もっとも,遺産分割の審判手続(家事調停を含まない狭義の家事審判の手続)において,全当事者の合意がある場合には,可分債権である金銭債権を遺産分割審判の分割対象財産に加えて審判されることが許容されるものと解され,本件においても,前示のとおり,全当事者は,被相続人の遺産である本件現金に同貯金債権を加えて審判されることを合意しているのであるから,本件現金及び同貯金債権は,家事審判法9条1項乙類10号の定める「民法第907条第2項及び第3項の規定による遺産の分割」の対象財産に含まれると解される。

したがって,本件現金及び同貯金債権の保管状況などに,後記(3)説示に係る特別受益の存しないことを併せ考えると,これを3等分して,それぞれ抗告人A及び相手方に各1169万3043円を,抗告人Bに1169万3044円(残1円は同抗告人に調整する。)を取得させるのが相当である。

(3)なお,被相続人が本件公正証書遺言により抗告人Aに相続承継させた本件不動産(農地及び居宅)は,その現在価額は合計すると800万円を超える財産ではあるが(一件記録),全相続人が上記農地とは離れて暮らし,農地等の転売等の見通しも立ちにくいことその他から遺産分割により取得することを嫌忌される財産であること(審問の全趣旨)にかんがみると,上記遺言が遺贈とは認めがたいことは前示のとおりであるほか,他に特段の事情も認められない本件においては,民法903条の規定を類推して同条に定める「生計の資本として贈与を受けた」ものとも認めがたく,仮に生計の資本であると認められるとしても,被相続人の最終意思が現われた本件公正証書遺言の文辞に,全相続人の各年齢,稼働能力,その居住生活関係,本件不動産の所在地及び種類等,抗告人Aだけに遺産の一部を相続承継させたことの意味その他一件記録に現われた諸事情を併せ考慮すると,被相続人がみなし相続財産として遺産分割による抗告人Aの分割分から控除させない旨の持戻し免除の黙示的な意思表示が包含されているものと解釈するのが相当である。したがって,本件不動産は抗告人Aの特別受益ではないと認められる。

(4)抗告人Aは,その抗告理由として,同人が希望しない本件不動産を取得するものとした原審判は不当である旨主張するが,前示のとおり,本件不動産は遺産分割の対象となるべき性質の相続財産ではないのであるから,これに触れる要はない。

5 抗告人Bの寄与分の申立てに係る認定判断は,原審判の「理由」中の3(2)に記載のとおりであるから,これを引用する。
 上記引用に係る原審判の認定判断のとおり,抗告人Bの被相続人及び同抗告人Aを含むその家族に対する貢献にはみるべきものがあるというべきであるが,なおそれが親族間の扶養協力義務の範囲・程度を越える特別の寄与行為に当たるとまでは認められず,仮にこの点をしばらく措くとしても,抗告人Bの寄与により被相続人の相続開始時における同人の財産の維持・増加が図られたとの因果関係が存することを認めるに足りる的確な資料はなく,抗告人Bの主張(抗告理由中のものを含む。)は,採用することができない。

第4 結論
 以上の次第で,原審判のうち一部は理由があり,その余は理由がないから,これと異なる限度で原審判主文第1項を変更し,抗告人Bのその余の抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。
 (裁判長裁判官 稲田龍樹 裁判官 浅香紀久雄 裁判官 内堀宏達) 
 
 別紙 1,2〈省略〉 
以上:6,054文字

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