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民法第1027条負担付遺贈遺言取消規定適用を否定した高裁決定紹介

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令和 4年 2月18日(金):初稿
○負担付遺贈の遺言があり、負担を履行しない場合について、以下の通り取消ができるとの民法規定があります。この規定についての相談は滅多にありません。

第1027条(負担付遺贈に係る遺言の取消し)
 負担付遺贈を受けた者がその負担した義務を履行しないときは、相続人は、相当の期間を定めてその履行の催告をすることができる。この場合において、その期間内に履行がないときは、その負担付遺贈に係る遺言の取消しを家庭裁判所に請求することができる。


○この規定の適用が問題になった事例が、判例時報令和4年2月22日号に掲載されましたので紹介します。
事案は、遺言者が一切の財産を抗告人(長男)に相続させ、その相続の負担として、原審申立人(二男)の生活を援助するものと定めた遺言について、原審申立人が、遺言者の死亡後、「原審申立人の生活を援助する」義務を負ったのにこれを履行していないとして、前記遺言の取消しを求めものです。

○原審令和2年1月16日福島家裁いわき支部審判は、これを認めて遺言を取り消したので、長男が仙台高裁に抗告しました。抗告審令和2年6月11日仙台高裁決定(判時2503号○頁)は、抗告人に「原審申立人の生活を援助すること」、すなわち、少なくとも月額3万円を援助する義務があることを認めた一方で、前記遺言の文言が抽象的であり、その解釈が容易でないこと、抗告人は今後も一切義務の履行を拒絶しているものではなく、義務の内容が定まれば履行する意思があることなどを考慮すると、抗告人の責めに帰することができないやむを得ない事情があり、この遺言を取り消すことが遺言者の意思にかなうものともいえないとして、原審を取り消し、本件申立てを却下しました。

○原審令和2年1月16日福島家裁いわき支部審判は別コンテンツで紹介します。

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主   文
1 原審判を取り消す。
2 原審申立人の申立てを却下する。
3 手続費用は、第1、2審とも各自の負担とする。

理   由
第1 事案の概要
1 本件遺言

 抗告人と原審申立人の父であるCは、平成26年10月15日、別紙1遺言公正証書のとおり遺言をした上で、平成29年○○月○○日に死亡した。
 遺言は、1条1項において、遺言者は、遺言者の有する一切の財産を抗告人(長男)に相続させることを定め、1条2項において、前項の相続の負担として、抗告人は、原審申立人(二男)の生活を援助するものとすることを定め、末尾に「私の相続人らは、この遺言に従い、遺留分の減殺請求等をすることなく、お互いに助け合うようにしてください。」と付言している。

2 本件申立て
 原審申立人は、民法1027条に基づき、上記の負担付相続に係る本件遺言の取消しを求める申立てをした。
 原審申立人の主張は、抗告人は、本件遺言1条1項による相続の負担として1条2項に定める「原審申立人の生活を援助する」義務を負ったのに、遺言者の死亡後平成29年3月と4月に月額3万円を原審申立人に送金したのみで、その負担した義務を履行せず、相続人である原審申立人が平成30年2月24日に抗告人に対してその履行を催告したが、相当の期間が経過しても履行がないというものである。

3 原審の判断
 原審は、次のとおり判断して、抗告人は原審申立人からの催告後相当期間内に本件遺言に定める義務を履行しなかったとして本件遺言を取り消した。
 その理由は、「相続させる」旨の遺言についても、負担付遺贈に係る遺言の取消しを定めた民法1027条の規定が準用されるとし、その上で、遺言者は、その生前から原審申立人に対し、最低でも月額3万円を送金していたことから、本件遺言1条2項にいう生活の援助とは、遺言者が生前から原審申立人にしていた金銭的な援助としての送金を指し、本件遺言時において、原審申立人は51歳であり、遺産には年額130万円程度の不動産所得が見込まれる賃貸物件が含まれ、相続開始直前の預貯金が少なくとも1800万円以上あったことなどから、遺言者としては、抗告人に対し、全ての遺産を相続させる代わりに、原審申立人の存命中は少なくとも月額3万円(年額36万円)の経済的な援助を原審申立人にすることを法律上の義務として負担させる意思であったと認められるというものである。

4 本件抗告
 抗告人は、主文のとおり原審判を取り消して原審申立人の申立てを却下する裁判を求め、即時抗告した。抗告の理由は、別紙2抗告理由書のとおりである。
 これに対する原審申立人の反論は、別紙3意見書のとおりである。

第2 当裁判所の判断
1 要旨

 当裁判所は、原審同様、「相続させる」旨の遺言についても民法1027条の規定が類推適用され、本件遺言は、抗告人に対し、すべての財産を相続させる負担として、「原審申立人の生活を援助する」こと、すなわち、原審申立人の存命中は少なくとも月額3万円(年額36万円)の経済的な援助を原審申立人にすることを法律上の義務として抗告人に負担させたものと解すべきであると判断する。

しかし、他方で、本件遺言の抽象的な文言からは上記の解釈は必ずしも容易であるとはいえない上、抗告人は、原審申立人から経済的な援助の履行を催告されながら現在まで履行していないけれども、今後も一切義務の履行をしないというわけではなく、義務の内容が定まれば履行する意思があることなどを考慮すると、現時点で負担を履行していないことには、抗告人の責めに帰することができないやむを得ない事情があり、未だ本件遺言を取り消すことが遺言者の意思にかなうものともいえないものと判断する。
 よって、原審判を取り消し、原審申立人の本件申立てを却下する。

2 事実経過について
 原審判第2の1記載のとおり。ただし、以下のとおり付加し、原審判3頁5行目の「平成35年○○月○○日生」を「昭和35年○○月○○日生」と改め、4頁2行目の「叔父の告別式」の後に「(平成29年5月9日執行)」を加える。
(1) 遺言者が本件遺言をした背景について
 遺言者は、D市において中学校の教師として勤務してきたもので、退職する際は校長職にあった。遺言者の妻Eも中学校の教師をしており、50歳頃まで稼働していた。
 原審申立人は、地元の高校を卒業後、都内の私立大学法学部に進学すると、法曹を目指して司法試験の勉強を始め、大学を卒業後もアルバイトをしながら受験勉強を続けていたが、司法試験を諦め、平成元年4月に損害保険調査会社に入社した。平成3年頃から、頭痛等に苦しみ、病気休暇を取得するなどするうちに休職を余儀なくされ、平成9年1月31日に勤務先から解雇された。

 原審申立人は、平成14年12月頃から、24時間公安調査庁から音波などの攻撃を受けて睡眠や生活を妨害されているという幻覚妄想症状が生じるようになり、統合失調症と診断され、以降、精神科への入通院を繰り返すようになった。平成16年4月から平成21年3月までF病院に入院し、平成17年5月27日には障害等級2級の障害者手帳の交付を受けた。

それまで生活保護を受けていたが、障害等級が認定されたことにより、障害基礎・厚生年金(以下「障害基礎年金」という。)が支給されるようになり、生活保護は打ち切られた。その後、原審申立人は、発症日に遡って障害基礎年金が支給されることになり、平成19年10月に過去5年分の年金として約865万円が支給された。原審申立人は、これにより形成された預金からアパートを借りるための諸費用や家具や電化製品などを揃えるための費用を捻出して民間アパートを借りると、障害基礎年金で賄えない生活費については残った預金を取り崩しながら単身で生活するようになった。

 遺言者は、平成25年頃、預金が底をついた原審申立人から生活の援助を求められるようになり、上記のような原審申立人の病状や生活状況等を考え、毎月3万円を送金するようになったほか、電化製品の買換えが必要な際にはその資金を援助した。原審申立人は、同年6月、アパートの家賃の支払ができなくなり、G住宅に転居した。この間、定期的に精神科に通院し、投薬治療を受けるほか、症状が悪化したときは入院して治療を受けてきたが、病的体験に行動が影響されやすく、日常生活における多くの部分で援助が必要な状態が続いてきている。(甲19、20)

 遺言者は、平成26年10月15日、原審申立人が上記のような状態で暮らしてきており、今後も病状が大きく改善することはないこと、他方、長男の抗告人は長年Hの職員として勤務してきており、安定した生活を送ってきていることを踏まえ、本件遺言の作成を公証人に嘱託した。

(2) 本件遺言により抗告人が取得した財産について
 遺言者は、生前、別紙4不動産目録記載の不動産を所有していたものであり、本件遺言を承認した抗告人は、すべての不動産につき登記手続を終えている。本件遺言により抗告人が取得した不動産の価額は、固定資産税評価額でも3600万円を超えているほか、遺言者の妻Eと共有していたものとはいえ年間130万円程度の収益が上がる収益物件が含まれている。また、抗告人は、遺言者が亡くなる直前に生前贈与されたものを含め、明らかになっているものだけでも約2000万円の預金・現金を遺言者から取得している。(甲17、22、23)

3 判断
 負担付遺贈については、催告後、相当期間内に履行がないときは、家庭裁判所に取消請求をすることが認められているところ(民法1027条)、本件遺言は、負担付きの「相続させる」旨の遺言であり、遺産分割方法の指定をしたもので遺贈とは異なるものの、その権利移転の効果は遺贈に類似するものであるし、遺言者の意思からすれば同条の類推適用を認めるべきである。

 また、負担の内容は、法律上の義務たり得るものであれば足りるというべきところ、上記のとおり、遺言者は、平成25年頃から、疾病の影響等もあって、障害基礎年金だけで生活していくことが難しい原審申立人に対し、最低でも月額3万円を送金してきているものであり、統合失調症で稼働することができない原審申立人に対しまとまった預金などを相続させることもできなかったわけではなかったが、原審申立人には自己の財産を管理する能力が十分ではなく、疾病等の影響で浪費してしまうおそれもなくはないため、すべての財産を抗告人に相続させる代わりに、原審申立人の存命中は少なくとも月額3万円(年額36万円)の経済的な援助を原審申立人にすることを法律上の義務として抗告人に負担させるというのが遺言者の意思であったと考えられる。

 上記のとおり、抗告人は、平成29年5月以降、月額3万円の経済的援助の履行をしていないものの、本件遺言の定める負担である「原審申立人の生活を援助する」ことの内容が、法的拘束力を有するものとはいえ、必ずしも十分に明らかとはいえないし、抗告人と原審申立人は余り交流もなく、抗告人には原審申立人の病状や収支の状況を十分に把握する術もなく、また、生活の援助を要する状態にあるか否かの判断にも困難な面があったこと、抗告人は、経済的援助の支払を拒絶しているわけではなく、一定の経済的援助の支払を命じられた場合には支払う意思があることを本件申立てがされた直後から表明しており、原審においては、抗告人又は原審申立人のどちらかが死亡した日の属する月まで、毎月末日限り月額3万円を支払うか、原審申立人に対し遺留分相当額705万円を支払うという和解の提案をしていたが、原審申立人が遺留分を含む解決金として2700万円の支払を求めたため、話合いによる解決が図れず、審判がされた経緯も認められる。

 以上によれば、抗告人が遺言者の遺産をすべて取得しながら、原審申立人に対し本件遺言で負担すべきものとされた「生活を援助する」ための月額3万円の経済的援助の支払をしていないことは看過できず、速やかにその支払をすべきである。原審申立人は、年額にすると155万円余りの年金を受給しているが、G住宅の家賃や光熱費のほか、自炊ができないため宅配弁当や外食に頼らざるを得ず、また、疾患の影響で大量のミネラルウオーターを消費してしまうため、食費を節約することができない上、統合失調症のほかにも持病があり医療費も月に2万円程度かかるため、毎月の支出が15万円から17万円になり、不足分を知人などから借入れをしており、電化製品が故障した場合など臨時の出費を要する場合には全く対応できず、平成30年4月から経済的な事情等もあって入院していることから、このような生活の援助を必要としている。

 しかし、抗告人が原審申立人の生活を援助するための負担として、平成29年5月以降毎月3万円(本決定前の令和2年5月までで合計111万円)の支払をしていないことは、本件遺言に定める負担を履行していないものとはいえるが、抗告人には、負担の内容が具体的に示されればこれを完全に履行する意思もあり、本件遺言の抽象的文言からは、負担についての遺言者の意思解釈が必ずしも容易ではないことも考えると、現時点で、抗告人がその履行をしていないことについては、その責めに帰することができないやむを得ない事情があるといえる。

 遺言者は、長年に渡り闘病生活を送ってきた原審申立人の財産管理能力に疑念を抱き、原審申立人の生活を必要に応じて援助しなければならないが、一度に多額の現金を取得するなどした場合には、浪費をするなどして困窮したり、抗告人やEに扶養料を請求したりする事態になることを回避すべく、本件遺言をしたものと推認されるものであり、そのような遺言者の意思に鑑みても、抗告人に負担の不履行があるとして、今直ちに本件遺言を取り消すことが遺言者の意思にかなうものとは認められない。

 仙台高等裁判所第2民事部 (裁判長裁判官 小林久起 裁判官 鈴木桂子 裁判官 本多幸嗣)
以上:5,684文字

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