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全財産を顧問弁護士に遺贈する内容の遺言を無効とした高裁判決紹介2

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令和 3年 8月22日(日):初稿
○「全財産を顧問弁護士に遺贈する内容の遺言を無効とした高裁判決紹介1」の続きで、平成26年10月30日大阪高裁判決(エストロー・ジャパン)の公序良俗違反の理由部分を紹介します。

○全財産(5億円以上)を弁護士に遺贈するとした遺言について、平成25年4月11日京都地裁判決(判時2192号92頁)は、本件遺言作成当時、亡竹子は、本件遺言がもたらす結果を理解する精神能力に欠けていたものと認めるのが相当であるとして無効を認めましたが、控訴審平成26年10月30日大阪高裁判決(エストロー・ジャパン)は、本件遺言書作成時及び本件秘密遺言証書の作成時のいずれにおいても竹子の遺言能力が欠如していたとまでは認められず,このことを根拠に本件遺言の効力を否定できないとしました。

○しかし、控訴審判決も結論としては、亡竹子の遺言は無効とし、その理由として公序良俗違反をあげ、「控訴人の行為は,弁護士が社会正義の実現を使命とし,誠実義務及び高い品性の保持が強く求められている(弁護士法1条,2条)にもかかわらず,高齢及びアルツハイマー病のため判断能力が低下するなどしていたAの信頼を利用して,合理性を欠く不当な利益を得るという私益を図ったというほかないのであるから,全体として公序良俗違反として民法90条により無効」としました。

○遺贈を受けた弁護士は、本件遺言書の作成時に立ち会っておらず,作成された本件遺言書は検認の時まで見ていないから,影響を与えたとはいえない、遺産の配分を依頼するとの信託的な趣旨であった、とりあえず不測の事態に備え,暫定的に控訴人に遺贈するため作成した等種々の弁解をしていますが、その矛盾を指摘されて、ことごとく排斥されています。

○弁護士や司法書士等職務として高齢者に適切な情報提供すべき義務がある者が、その報酬を遙かに超えた不適切な利益を受けるような行為は、到底、許されないと考えるべきです。

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(3) 公序良俗違反
 以上のとおり,本件遺言の際,Aの遺言能力が欠如していたとまでは認められないが,以下の事情によれば,本件遺言は公序良俗に反し,無効というべきである。
ア Aの判断能力の減退
 前記判断のとおり,Aは,本件遺言についての遺言能力がなかったとまでは認めるに足りないとはいえ,本件遺言書作成当時既に87歳という高齢で,ひどい物忘れや,短期記憶力の低下等アルツハイマー病の初期症状が始まっており,89歳となった本件秘密遺言証書の作成時にはさらにその症状が進行・悪化していたことが認められる。そして,認知症の患者が目の前の人の言うことが全てという考えに陥りやすく,他者に迎合しやすい傾向が一般に認められることは,前認定(原判決「理由」第5の1(3))のとおりであるところ,Aは,昭和51年に夫と死別し,子供もなく,C以外同居する家族もおらず,戸籍上の親族との関係も疎遠であることなどから,自分は天涯孤独であると日頃から考えており,そのような状況の中,弁護士資格を有し,種々の相談に乗ることができた控訴人が現れたのであるから,Aは控訴人の影響を非常に受けやすい状態にあったといえる。
 本件遺言書の作成までの間,控訴人と十数回面談し,CともAを交えない面談を数回行っていた控訴人が,Aのこのような状態を知らなかったとは考え難い。

イ 本件遺言書作成における不適切な関与
(ア)前認定(原判決「理由」第2,本判決前記第3の2(1)ア)のとおり,控訴人は,上記のような状態であったAに対し,遺言書作成に関する相談を受けた平成15年2月から本件遺言書を作成した同年12月までに十数回の面談に応じ,さらにCとのみの面談も数回重ね,Aが気にかけていた納骨先についてもI家との交渉を引き受け,Aから高い信頼を得るようになったこと,その結果,Aは,当初は訴外会社の後継者を定め,多数の世話になった知人に遺産を配分することを目的として公正証書の作成を依頼していたのに,数か月後には,控訴人1人に遺贈をし,訴外会社のことを含め,将来のことはすべて控訴人が決めてくれればよいなどと述べるようになったことが認められる。

このような場合,弁護士には,年齢的,身体的,精神的な理由等により意思の表示が十分にできない依頼者の真意の把握には特に慎重な対応が要請されているところ(弁護士職務基本規程22条),本件では,Aの意向が当初の依頼内容と大幅に異なっており,本人や法定相続人に重大な影響を及ぼすばかりか,後記説示のとおり,控訴人自身が不当な利益を得るという合理的根拠を欠くものなのであるから,控訴人においては,このような気持ちの変化がAの年齢や疾病による判断能力の減退が影響していることは容易に理解できたはずであり,また実際にも理解していたと考えられる(控訴人自身,その陳述書(乙30)においてAが疾病を抱えていたことから早く安心したかったと思われるなどと述べており,Aの心理状態等を理解していたことがうかがわれる。)。

それにもかかわらず,控訴人は,Aに対して当初の依頼内容に従って具体的な遺贈先や会社の後継者を決めるよう適切な助言や指導等をすることなく,本判決前記第3の2(1)ア「(5)エ」のとおり,すべての財産(文例二),若しくは,すべての金融資産が控訴人に遺贈される(文例三)との遺言例を作成し,これをAに選択肢として示したため,Aはそのわずか1か月も経たない間に,自筆証書遺言である本件遺言書を作成したことが認められ,これは本件遺言書作成への誘導とみることができる。

 以上からすると,本件遺言書作成に至るまでの控訴人の行動は,Aの判断能力や思考力,体力の衰えや同人の孤独感などを利用して,依頼者の真意の確認よりも自己の利益を優先し,弁護士としてなすべき適切な説明や助言・指導などの措置をとらず,かえって誘導ともいえる積極的な行為に及んだといえるもので,著しく社会正義に反するものと認められる。

(イ)控訴人は,本件遺言書の作成時に立ち会っておらず,作成された本件遺言書は検認の時まで見ていないから,影響を与えたとはいえない旨主張し,原審における本人尋問でもこれに沿う供述をする。

しかし,本件遺言書作成に至るまでの控訴人の不適切な関与については上記のとおりであり,これが本件遺言書の内容に決定的な影響を与えたことは明らかである。さらに,前認定のとおり,控訴人は,Aから遺言書作成に関する委任状の差入れを受け,着手金まで受領している以上,依頼者の作成した自筆証書遺言につき有効要件を備えているかのチェックをすることは,Aがそれを拒否したような事情もない限り職務上むしろ当然の義務であり,これをしなかったとは考え難いこと,また,控訴人は,Aとの間で本件遺言書を作成する日をあらかじめ定め,当日A宅を訪問していることが認められるところ,遺言作成に立ち会うか,少なくとも作成後にこれを点検しないのであれば,自宅を訪問した意味がないなど極めて不自然である(控訴人によれば,遺言書を預かったのも数日後ということであるが(乙7,30),そうであるとすると,遺言書作成日にA宅を訪問した意味が不明である。)上,「いぞう」「ゆいごんしっこうしゃ」などの記載や「加2字」などとの訂正などは,Aが控訴人の指導なしで行える行為とは考え難いなど,本件遺言書の作成に立ち会ったかどうかはともかくとして,完成した本件遺言書をその検認の時まで見ていないとの控訴人の供述は信用できず,少なくとも,控訴人は,Aの本件遺言書作成直後に文面を確認する等の関与をしたものと認められ,本件遺言書作成への関与は大きいものである。

(ウ)控訴人は,本件遺言書の記載の意味は,控訴人に遺産の配分を依頼するとの信託的な趣旨であり,控訴人において後日これを履行する意思で遺贈を受けているから,控訴人の私益のためではなくAの真意を反映したものであるから,問題はない旨主張する。

しかし,控訴人が事後の遺産の配分を行うつもりであったかどうかに関わらず,本件遺言書の記載が法的には単なる控訴人の包括遺贈としか解されないことは前説示のとおりであり,このような遺言では,Aが残した多額の財産の分配が控訴人の自由な判断に委ねられるということ自体の問題に加え,例えば控訴人の病気や死亡など想定外の事態によってたちまちAの希望が実現できなくなったり,訴外会社の存続さえ危ぶまれる事態が生じかねないものである。

さらに控訴人からの移転の際,贈与税の負担が発生するおそれがあるなど経済的合理性の点においても問題がある。このように,本件遺言書の内容は,控訴人が主張するAの真意の実現という意味においても適切とはいえないことが明らかであり,弁護士である控訴人としては,当然このような問題点に気付き,仮にAがそのような記載を希望したとしても,これらの点を説明して,控訴人に包括遺贈する旨の遺言を避けるよう助言・指導する義務があり,仮にAの了解が得られないのであれば,そのような遺言書作成への関与は差し控えるべきであった。

したがって,Aの真意が控訴人に遺産の配分を委ねる趣旨のものであったからといって,これを安易に受け入れた控訴人の弁護士としての責任は何ら軽減されないばかりか,このような行為は,依頼者の無思慮に乗じ,弁護士として依頼内容実現のため最善の措置をとるべき誠実義務(弁護士法1条)に違反し,著しく社会的相当性を欠いたものであるというべきである。

ウ 本件秘密遺言証書の作成における不適切な関与
 控訴人は,本件遺言書は,とりあえず不測の事態に備え,暫定的に控訴人に遺贈するため作成したものであるとも主張するが,前認定(本判決第3の2(1)イ「8(4)」)によれば,Aの希望する遺贈先は平成17年5月には最終案が固まっていたと認められるから,遅くともこの時点では本件遺言書を書き直すようアドバイスをするべきであった。

 しかし,控訴人は,このようなアドバイスをすることなく暫定的に作成したとする本件遺言書をそのままにしていたばかりか,AがDに対する本件株式の譲渡を決断しても,念書を作成させるだけで本件遺言書の書き直しをさせず,かえって,Aのアルツハイマー病がさらに進行した段階で,本件遺言書をそのまま秘密証書とする本件秘密遺言証書の作成を主導し,その効果をより確定的なものとした。

これは,控訴人が自己の利益を確実にするため行ったものと解するほかなく,合理的な理由に基づくものとはみることができない。控訴人は,Aが本件遺言書をそのまま秘密証書遺言にすることを望んでいたことによる旨主張するが,控訴人が公正証書を新たに作り直すよう提案すれば,控訴人を全面的に信頼していたAはこれに従った可能性が高く(現にDへの本件株式譲渡や,Cへの財産の譲渡については控訴人の指示に従って書面を作成している。),本件秘密遺言証書作成の合理的な理由とはいえない。

エ 不当な利益
 前認定のとおり控訴人の不適切な関与により作成された本件遺言により,控訴人がAから遺贈を受けた金額は5億円以上にのぼる。これは,控訴人とAとの関係が単なる依頼者と弁護士の関係にすぎず,しかも遺言書作成の相談ないし受任から本件遺言書の作成までの期間はわずか9か月間,本件秘密遺言証書の作成までの期間は3年未満であること,その間に控訴人が行ったのは前認定のような遺言書作成についてのアドバイスや東光寺への納骨の承諾の取り付け程度であり,明らかに合理性を欠く不当な利益を得るものというほかない。

 この点,控訴人は,全額を自分が取得する内容ではないから不当な利益を得るものではない旨主張するが,本件遺言は単純な包括遺贈とみるべきことは前説示のとおりであるから,控訴人は5億円以上の利益を得たものと考えるべきであるし,仮に,控訴人がその主張のとおり遺贈を受けた財産を他に配分したとしても,なお控訴人には2億6000万円余りの財産が残されることになり(5億0141万1785円(遺産のうち預貯金,現金及び預り金の合計)-1億4600万円(別紙「信託内容」第4,第5合計)-9202万9638円(控訴人の主張する費用。ただし,うち600万円は遺言執行費用,1300万円は本件訴訟の弁護士費用である。)),控訴人が本件遺言書作成後Aが死亡するまで,Aの包括的な代理権を有する者として会社の株主権の行使や治療の許可等の権限を行使していたことを考慮しても,その不合理性は明らかである。

オ 以上を総合すれば,控訴人の行為は,弁護士が社会正義の実現を使命とし,誠実義務及び高い品性の保持が強く求められている(弁護士法1条,2条)にもかかわらず,高齢及びアルツハイマー病のため判断能力が低下するなどしていたAの信頼を利用して,合理性を欠く不当な利益を得るという私益を図ったというほかないのであるから,全体として公序良俗違反として民法90条により無効といわざるを得ない。

 したがって,本件遺言は,自筆証書遺言としても,秘密証書遺言としても無効なものというべきである。


4 以上のとおり本件遺言は自筆証書遺言としても,秘密証書遺言としても無効なものであるから,被控訴人の請求は理由があり,原判決は結論において相当である。よって,本件控訴を棄却することとして主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 志田博文 裁判官 下野恭裕 裁判官 土井文美)
 
 〈以下省略〉
以上:5,521文字

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