平成31年 3月13日(水):初稿 |
○「自筆証書遺言書有効性判断に動画内容を参考にした地裁判例紹介」で、自筆証書遺言作成状況を動画撮影し、この動画内容が遺言書有効性の判断資料とされたことを紹介していました。 ○遺言書作成当時、亡母に自書能力はなかったところ、遺言書の作成過程が動画に記録されていることをもって直ちに民法968条1項の「自書」の要件を充たすものと解したりすることは法の趣旨に反するなどとし、亡母の自書能力という点からも、運筆において許容される補助の程度という点からも、「自書」の要件を充たさないとして、その効力を否定した平成30年1月18日東京地裁判決(金法2107号86頁)を紹介します。 ○事案は、亡母の子である原告X1及び原告X2が、同じく亡母の子である被告に対し、亡母が所有していた本件不動産につき、主位的に、平成24年12月14日付けの本件遺言書による亡母の遺言(平成24年遺言)に基づいて各3分の1の割合でこれを承継取得したと主張して、予備的に、本件不動産の全てを被告に相続させること等を内容とする平成22年8月11日付けの遺言公正証書による亡母の遺言(平成22年遺言)は無効であるから、法定相続分に従ってこれを承継取得したと主張して、所有権移転登記の更正登記手続をすることを求めたものです。 ○判決は、原告らは動画によって本件遺言書の作成過程が記録されている点を強調するが,動画によって遺言書の作成過程が記録されたとしても,当該動画に記録された情報は遺言書そのものとは別個の媒体による情報であり,遺言書のみによって本人が書いたものであることを判定し,それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができない以上,作成過程が動画に記録されていることをもって直ちに「自書」の要件を充たすものと解したり,当該遺言を自筆証書遺言又はこれに相当するものと解したりすることは,前記の法の趣旨に反するものといわざるを得ないとしています。 ○この判決の結論からは、自分の手で書くことができなくなった方は、自筆証書遺言作成は無理で、公正証書遺言にするしかないと覚えていた方が良いでしょう。 ******************************************* 主 文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告らに対し,別紙物件目録記載1の土地につき,東京法務局墨田出張所平成27年8月4日受付第47718号をもってされた所有権移転登記を,原告ら及び被告の持分を各6分の1とする所有権移転登記に更正する更正登記手続をせよ。 2 被告は,原告らに対し,別紙物件目録記載2の建物につき,東京法務局墨田出張所平成27年8月4日受付第47719号をもってされた所有権移転登記を,原告ら及び被告の持分を各300分の14とする所有権移転登記に更正する更正登記手続をせよ。 第2 事案の概要 原告ら及び被告はA(平成27年6月10日死亡。以下,特に示さない限り,「A」という。)の子であるが,本件は,原告らが,Aが生前所有していた別紙物件目録記載1及び2の土地及び建物の各共有持分(以下,併せて単に「本件不動産」という。)につき,①主位的に,平成24年12月14日のAの遺言(以下「平成24年遺言」という。)に基づいて各3分の1の割合によりこれを承継取得した,②予備的に,Aの死亡により法定相続分に従って各3分の1の割合によりこれを承継取得したとした上で,本件不動産について被告がこれを全部承継取得したことを前提とする所有権移転登記がされていると主張して,被告に対し,所有権に基づく妨害排除請求として,上記所有権移転登記の更正登記手続をすることを求める事案である。 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 前提事実,各証拠及び弁論の全趣旨によれば,別紙事実経過のとおりの事実が認められる。 2 争点(1)(平成24年遺言が有効か否か)について (1) 判断枠組みについて ア 昭和62年第一小法廷判決の解釈の適否について 運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言が民法968条1項にいう「自書」の要件を充たすためには,遺言者が証書作成時に自書能力を有し,かつ,上記補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか,遺言者の手の動きが遺言者の望みに任されていて単に筆記を容易にするための支えを借りたにとどまるなど添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡のないことが筆跡の上で判定できることを要するものと解され(昭和62年第一小法廷判決参照),本件の平成24年遺言の効力の判断においてもこれと別異に解すべき理由は見当たらない。 イ 原告らの主張について 原告らは,本件遺言書は動画によって作成過程が記録され,Aの意思に基づいて作成されたことが明らかであるから,昭和62年第一小法廷判決の射程外である旨等を主張するので,以下検討する。 (ア) 自筆証書遺言の方式として,遺言者自身が遺言書の全文,日付及び氏名を自書することを要することとされるのは(民法968条1項),筆跡によって本人が書いたものであることを判定でき,それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるからにほかならず,自筆証書遺言は,他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会いを要しないなど,最も簡易な方式の遺言であるが,それだけに偽造,変造の危険が最も大きく,遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐって紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから,自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とするというべきである。「自書」を要件とするこのような法の趣旨に照らすと,前記アのような条件の下でのみ「自書」の要件を充たすものと解するのが相当である(昭和62年第一小法廷判決参照)。 (イ) 原告らは動画によって本件遺言書の作成過程が記録されている点を強調するが,動画によって遺言書の作成過程が記録されたとしても,当該動画に記録された情報は遺言書そのものとは別個の媒体による情報であり,遺言書のみによって本人が書いたものであることを判定し,それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができない以上,作成過程が動画に記録されていることをもって直ちに「自書」の要件を充たすものと解したり,当該遺言を自筆証書遺言又はこれに相当するものと解したりすることは,前記の法の趣旨に反するものといわざるを得ない。 このほか,原告らが指摘する各事情を考慮しても,現時点において,前記解釈を否定すべき理由は見当たらないというべきである。 (ウ) なお,原告らは,「自書」の要件の解釈に当たっては,Aが平成24年12月当時,被告によって軟禁され,公正証書遺言を選択することができない状況にあったことを考慮すべきであるなどとも指摘する。しかし,平成24年遺言当時,Aが原告らの主張するような状況にあったものと認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。かえって,現に本件遺言書が作成されている以上,原告らと一定の連絡が可能であったものと認められるから,公正証書遺言を選択することができない状態にあったという上記指摘は,前提を欠くものとして採用の限りでない。 (エ) 前記(ア)~(ウ)によれば,「自書」の要件に関する原告らの前記主張は採用することができない。 (2) 平成24年遺言の効力について 前記(1)を前提に本件遺言書を見ると,Aが本件遺言書作成当時に自書能力を有していなかった以上(前提事実(3)),平成24年遺言は「自書」の要件を充たしていないというべきである。更に付言すると,証拠(甲2,20の各1,2)によれば,本件遺言書の記入に当たっては,BがAの手を取っているが,B及びAによる運筆の状況や記入中のAの姿勢,態度等からすると,Bによる補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くものにとどまるとか,Aの手の動きがその望みにまかされていて単に筆記を容易にするための支えを借りたものにとどまるなどとは認められず,Bの意思がAの運筆に介入した疑いが残るものといわざるを得ない。 そうすると,平成24年遺言は,Aの自書能力という点からも,運筆において許容される補助の程度という点からも,民法968条1項にいう「自書」の要件を充たさないものとして,その効力を否定せざるを得ない。 (3) 原告らのその余の主張について 原告らは,本件遺言書の作成に至る経緯,作成過程,本件遺言書の内容その他の事情を指摘して,平成24年遺言が有効である旨を主張するが,前記(1)及び(2)を前提とすると,上記各指摘の当否について判断するまでもなく,平成24年遺言は無効であるといわざるを得ない。 3 争点(2)(平成22年遺言について適式な口授がされたか否か)について (1) 平成22年遺言の方式に不備が認められないことについて 証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,平成22年遺言は,①証人二人の立会いの下,②Aが遺言の趣旨を公証人に口授し,③公証人が,これを筆記して,A及び証人に読み聞かせ,かつ閲覧させた上で,④A及び証人が筆記の正確なことを承認した後,証人がこれに署名し,押印するとともに,Aが署名することができないため,公証人がその事由を付記したこと,そして,⑤公証人が,当該遺言公正証書は民法969条1号~4号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して,これに署名し,押印したことが認められる。 そうすると,平成22年遺言は,法令の定める方式に欠けることはないものといえる。 (2) 原告らの主張について 原告らは,被告の主張及び供述によれば,平成22年遺言は事前準備なく当日初めてAから公証人に内容が示されたにもかかわらず,意思確認が20分程度で終わったこととなるなどとし,公証人による十分な意思確認がされたとはいえない旨を主張する。しかし,遺言者であるAと公証人の間で相応の準備がされていたとすれば,当日の意思確認が短時間で終わったとしてもそのことが不自然であるとはいえない。そして,被告の供述を見ると,要するに,被告自身は案を含めて遺言の内容を関知していなかったという前提で,推測を交えつつ,自らの認識する限りの当日の状況を述べるものにとどまり,事前準備が全くされていなかったとか,遺言に当たって公証人に交付された資料の種類や内容を網羅的に述べるものではない。そうすると,平成22年遺言の作成過程に関する被告の主張及び供述が不自然であるとか,公証人の意思確認が十分にされなかったなどとは認められないから,原告らの上記主張は採用することができない。 (3) 小括 前記(1)及び(2)によれば,平成22年遺言はAの口授に基づいて適式に行われたものと認められ,方式の不備を理由にその効力を否定することはできないというべきである。 4 争点(3)(Aの意思表示の瑕疵により平成22年遺言が無効となるか否か)について (1) 原告らの主張について 原告らは,種々の事由を指摘した上で,Aによる口授がされていたとしても,平成22年遺言は原告ら及び被告が遺産を均等に分けるというAの意思に反するから無効であるなどと主張するので,以下検討する。 ア 原告らは,①平成22年遺言の作成過程に関する被告の主張内容が虚偽であり,実際は,被告が事前に遺言内容を準備しておき,当日は形式的に内容の確認等がされたにすぎないなどとし,作成過程に被告が深く関与している旨,②平成22年遺言当時,Aが被告に逆らえない状況にあった旨を指摘する。しかし,各証拠を精査しても,平成22年遺言の作成に被告が立ち会ったとか,あらかじめその意に沿うようにA又は公証人らと調整ないし通謀をしたといった事情は認められない。かえって,遺言公正証書(甲6)によれば,公証人が前記3(1)の手順を経て直接Aの意思を確認したものと認められるところ,Aが被告から公証人の前で自由な発言等ができない程に強い干渉を受けていたものと認めるに足りる的確な証拠は見当たらないから,原告らの上記指摘は採用することができない。 イ 原告らは,平成22年遺言の内容は親の財産を独占しようとする被告の意図に沿うものである旨を指摘する。しかし,平成22年遺言の内容が被告に有利であったとしても,これが遺言当時のAの意思に反することを直ちに基礎付けるものではない。かえって,遺言の内容を見ると,本件不動産以外の財産については,全て,原告ら及び被告に均等の割合によって相続させるものとされており(前提事実(2)イ),必ずしも被告が全遺産を独占するという内容にもなっていないこと,前記3のとおり遺言がAの適式な口授に基づいて行われたものと認められることからすると,上記指摘は採用の限りでない。 ウ 原告らは,Cの遺産について被告が主張するような争いが生じたことがなく,Aには平成22年遺言を行う動機がなかった旨を指摘する。しかし,原告らの指摘する証拠(甲9の1,2,甲10)を含む各証拠を精査しても,平成22年遺言当時のAの動機又は認識が原告らの主張のとおりのものであったことを認めるに足りる的確な証拠は見当たらないから,原告らの上記指摘は採用の限りでない。 エ 原告らは,被告が家業を行っていないなどとし,Aが被告に本件不動産全部を承継させる理由がない旨を指摘するが,原告ら独自の考え又は推測に基づく指摘にとどまり,遺言が適式な口授に基づいて行われたものと認められる本件事実関係(前記3)の下においては採用の限りでない。 オ 原告らは,被告が,①平成22年遺言の執行者とされているにもかかわらず,その存在を原告らに報告しなかったことや,②家族である原告らとAの面会を執拗に拒み続けたことが不自然である旨を指摘する。 上記①の点については,証拠(原告X2本人,被告本人)によれば,被告が原告らに積極的に平成22年遺言の存在を知らせなかったことは認められるものの,これは被告の事後の対応にすぎず,そのこと自体は遺言の内容が遺言当時のAの意思に反することを直ちに基礎付けるものではない。 上記②の点については,原告らと被告の間において,特に平成24年以降,原告らとAの面会の可否及び条件,簡易生命保険の名義等をめぐって,長期間にわたり対立又は紛争が続いたことが認められるものの(別紙事実経過),これらの経過は,平成22年遺言当時のAの意思の所在という本論点との関係では,いずれも関連性が乏しいものというほかはない。 原告らの上記指摘はいずれも採用の限りでない。 (2) 小括 前記(1)によれば,各証拠を精査しても,平成22年遺言当時のAの意思が原告らの主張のとおりであったことを認めるに足りる的確な証拠が見当たらないから,原告らの前記主張は,その法律的な根拠の有無について判断するまでもなく,事実的な根拠を欠くものとして採用の余地がない。 5 まとめ 前記2によれば,平成24年遺言は無効であるから,原告らが平成24年遺言に基づいて本件不動産の所有権を取得したものとは認められない。そして,前記3及び4によれば,平成22年遺言の効力を否定する理由が見当たらないから,本件不動産に係るAの所有権(持分権)は,Aの死亡により,被告がその全てを承継取得したものと認められる。 そうすると,原告らが本件不動産に係るAの所有権を承継したものとは認められないこととなるから,被告は原告らの請求する更正登記手続を行う義務を負わないものと認められる。 第4 結論 以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとする。 よって,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第10部 (裁判官 岡部弘) 以上:6,484文字
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