平成31年 3月14日(木):初稿 |
○「相続財産に関する費用-特に葬儀・法要費用について」で昭和61年1月28日東京地裁判決(判タ623号148頁、判時1222号79頁)の一部を紹介していました。葬式費用は、特段の事情のない限り、形式的な喪主ではなく、実質的に葬式を主宰した者が負担すべきものと解するのが相当であるとした判例です。その理由文全文を紹介します。 ○本判決は、①葬式費用は、民法885条の相続財産に関する費用と解することはできない、②民法306条、309条1項は、死者の身分相応の葬式費用については、その限度で、相続財産が担保になる旨を規定しているにすぎない、③相続税法13条1項二号は、相続人が負担する葬式費用を控除して相続税を課税することを規定したにすぎない、④労基法80条、国家公務員共済組合法63条1項、2項も、死亡の相続人が常に葬祭ないし埋葬を行い、葬祭料ないし埋葬料の支払を受けることを当然のこととしているわけではない、としたうえ、葬式費用は、特段の事情のない限り、実質的に葬式を主宰した者が負担すべきものと解するのが相当としました。 ○本件においては、Aの葬式で喪主とされたのは妻Y3であるが、それは形式上喪主とされたのにすぎず、実際は、Xらにおいて、葬式の段取り、準備、火葬場の手配、香典の管理、香典返し、参列者への飲食の準備を行い、Aの葬式を主宰したというべきであるから、相続人Yらが葬式費用を負担すべきいわれはないと判断し、Xの請求を棄却しました。 ******************************************* 主 文 一 原告の請求をいずれも棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。 事 実 第一 当事者の求めた裁判 一 請求の趣旨 1 原告に対し、被告Y1は、金192万3669円、同Y2及び同Y3は、それぞれ各金96万1834円とこれらに対する被告Y1及び同Y2は、昭和60年1月19日から、同Y3は、同年同月17日から各支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告らの負担とする。 3 仮執行の宣言。 二 請求の趣旨に対する答弁 主文と同旨。 第二 当事者の主張 (中略) 理 由 一 請求原因1及び2は当事者間に争いがない。 二 亡Aの葬式が行われたことは当事者間に争いがない。 三 原告は、右葬式費用として、別表のとおり、合計金384万7339円を支払つた旨主張する。 ところで、葬式費用とは、死者をとむらうのに直接必要な儀式費用をいうものと解するのが相当であるから、これには、棺柩その他葬具・葬式場設営・読経・火葬の費用、人夫の給料、墓地の代価、墓標の費用等が含まれるのみであつて、法要等の法事、石碑建立等の費用は、これに含まれないと解する。 そうすると、原告主張の別表(1)(通夜と告別式の費用)のうち番号9ないし26に記載の寿司、料理、酒、ジュース、菓子等の各飲食代金及び同表(2)ないし(5)(49日法要、納骨代、葬儀後見舞客食費、その他の支払)に記載の各代金の合計金170万8539円は、少なくとも、右にいう葬式費用には含まれないものといわなければならない。 したがつて、原告が葬式費用であると主張する金384万7339円のうち金170万8539円は、右葬式費用には含まれないものであることが明らかであるから、これを前提とする立替金請求のうち、右の部分については、前提を欠き、失当である。 四 原告は、右葬式費用(金213万8800円)は、相続財産に関する費用であり、相続財産が分割承継された場合には、相続人が法定相続分に従い、これを負担すべきであるから、相続人である被告らが法定相続分に従い、右葬式費用を負担すべきであると主張する。 しかしながら、相続財産に関する費用(民法885条)とは、相続財産を管理するのに必要な費用、換価、弁済その他清算に要する費用など相続財産についてすべき一切の管理・処分などに必要な費用をいうものと解されるのであつて、死者をとむらうためにする葬式をもつて、相続財産についてすべき管理、処分行為に当たるとみることはできないから、これに要する費用が相続財産に関する費用であると解することはできない。したがつて、これを前提とする原告の主張は失当である。 また、民法306条3号、309条1項は、債務者の身分に応じてした葬式の費用については、その総財産の上に先取特権が存在する旨規定しているが、これは、貧者にも、死者の身分相応の葬式を営ましめようとの社会政策的な配慮から、身分相応の葬式費用については、その限度で、相続財産(遺産)が担保になる旨規定しているにすぎないと解すべきであつて、これをもつて、葬式費用が相続財産に関する費用であると解することも、まして、葬式費用の負担者が相続人であると解することもできない。 しかも、仮に、この規定を右のように解するとすれば、身分相応の程度を超えた葬式費用については、規定していないこととなるから、この部分の費用を結局誰れが負担するかについては、また別個に根拠を求めざるを得ないし、たまたま、相続財産が充分に存在する場合は格別、相続財産が皆無か、あるいは、存在しても、身分に相応した葬式費用を負担するに足りないときは、右のように解するときは、かえつて、債権者に不測の損害を蒙むらせることとなり相当でない。また、葬式費用を身分に相応した部分とそうでない部分とに区別して、その負担者を別異に取扱うこととなるのも当を得ない。 相続税13条1項2号は、相続財産の価額から被相続人に係る葬式費用を控除した価額につき、相続税が課税される旨規定している。しかし、右は、葬式費用のうち、相続人の負担に属する葬式費用につき、控除する旨規定していることが明らかであつて、葬式費用を負担しない場合でも、相続財産の価額から葬式費用が当然に控除される旨規定しているものではない。したがつて、この規定をもつて、葬式費用が相続財産に関する費用であり、相続人が負担するものであると解する根拠とすることはできない。 葬式は、死者をとむらうために行われるのであるが、これを実施、挙行するのは、あくまでも、死者ではなく、遺族等の、死者に所縁ある者である。したがつて、死者が生前に自己の葬式に関する債務を負担していた等特別な場合は除き、葬式費用をもつて、相続債務とみることは相当ではない。そして、必ずしも、相続人が葬式を実施するとは限らないし、他の者がその意思により、相続人を排除して行うこともある。また、相続人に葬式を実施する法的義務があるということもできない。したがつて、葬式を行う者が常に相続人であるとして、他の者が相続人を排除して行つた葬式についても、相続人であるという理由のみで、葬式費用は、当然に、相続人が負担すべきであると解することはできない。 こうしてみると、葬式費用は、特段の事情がない限り、葬式を実施した者が負担すると解するのが相当であるというべきである。そして、葬式を実施した者とは、葬式を主宰した者、すなわち、一般的には、喪主を指すというべきであるが、単に、遺族等の意向を受けて、喪主の席に座つただけの形式的なそれではなく、自己の責任と計算において、葬式を準備し、手配等して挙行した実質的な葬式主宰者を指すというのが自然であり、一般の社会観念にも合致するというべきである。 したがつて、喪主が右のような形式的なものにすぎない場合は、実質的な葬式主宰者が自己の債務として、葬式費用を負担するというべきである。すなわち、葬式の主宰者として、葬式を実施する場合、葬儀社等に対し、葬式に関する諸手続を依頼し、これに要する費用を交渉・決定し、かつ、これを負担する意思を表示するのは、右主宰者だからである。そうすると、特別の事情がない限り、主宰者が自らその債務を葬儀社等に対し、負担したものというべきであつて、葬儀社等との間に、何らの債務負担行為をしていない者が特段の事情もなく、これを負担すると解することは、相当ではない。したがつて、葬式主宰者と他の者との間に、特別の合意があるとか、葬式主宰者が義務なくして他の者のために葬式を行つた等の特段の事情がある場合は格別、そうでない限り、葬儀社等に対して、債務を負担した者が葬式費用を自らの債務として負担すべきこととなる。 してみると、右の理は、相続財産の多寡及び相続財産の承継の有無によつて左右されるものではないことが明らかであるから、仮に、被告らが多額の財産を相続したからといつて、右認定、判断に消長をきたすものではない。 また、労働基準法80条は、労働者が業務上死亡した場合において、使用者は、葬祭を行う者に対して、所定の葬祭料を支払わなければならないと規定しているのみであり、国家公務員共済組合法63条1項、2項も、組合員が公務によらないで死亡したときの所定の埋葬料は、死亡の当時被扶養者であつた者で埋葬を行うものに対し、あるいは、埋葬を行つた者に対し、支給すると規定しているのみであつて、当然に、相続人が葬祭ないし埋葬を行い、これの支払を受けることを前提としていない点も右認定判断をするにつき斟酌すべきである。 そこで、これを本件についてみるに、亡Aは、昭和58年10月20日死亡し、その葬式が行われたこと、その喪主とされたのは、被告Y1であることは前記のとおりであるところ、同被告が喪主とされたのは、原告を含むその親族(亡Aの父母ら)の意向によつてであつて、亡Aの相続人である被告らの意向を諮つたうえ、これを汲んでされたものではなく、まして、右親族らが亡Aの妻である被告Y1及び養子である被告Y2らを喪主とすることが妥当でないと判断して、亡Aとは長期間別居し、社会的経験にも乏しい被告Y1を喪主としたものであつて、しかも、実際は、原告らにおいて、本件葬式の段取り、準備、火葬場の手配等を行い、かつ、香典を管理し、香典返しをし、参列者への飲食等の準備などもしたものであることは、原告の自陳するところである。 してみると、本件葬式は、原告らが相続人である被告らを排除して、その責任において、取りしきり、挙行したものであることが明らかであるから、本件葬式を主宰した者は、原告らであつて、被告らではないというべきである。そして、原告と被告らとの間に本件葬式費用の負担についての合意があつたとか、原告が被告らから委託を受けてこれをしたものであるとかの事情もないうえ、本件葬式の実施が被告らの義務であるといえないことは前述したところであるから、原告が被告らのためにこれをしたものということもできない。 なお、香典とは、葬式費用に充てることを目的として、葬式の主宰者である喪主に対し贈与されるものと解するのが相当であり、したがつて、香典返しも右主宰者において責任をもつて行うものというべきところ、原告らにおいて、本件葬式に関する香典を受領し、かつ、これを葬式費用の一部に充てるなどしたうえ、香典返しを行つたことは、原告の自陳し、あるいは、弁論の全趣旨から明らかであるから、この観点からしても、本件葬式が原告らの責任において主宰されたものであるということができる。 以上によれば、本件葬式は、原告らにおいて主宰したものであつて、被告Y1は、原告らの意思で、形式上の喪主とされたにすぎないというべきであり、被告らが右葬式を主宰したということは到底できないから、右葬式に要した費用は、被告らが負担すべきものであるということはできない。他に、被告らが右葬式費用を負担すべきものとする根拠もない。 そうすると、本件葬式費用を被告らが負担することを前提とする原告の本件請求は、その前提を欠き、その余の点につき判断するまでもなく失当であるというべきである。 五 よつて、原告の請求はいずれも失当であるから、棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官 後藤邦春) 以上:4,906文字
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