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花押による遺言を有効とした平成26年3月27日那覇地裁判決紹介2

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平成28年 6月 6日(月):初稿
○「花押による遺言を有効とした平成26年3月27日那覇地裁判決紹介1」の続きです。

○裁判所は,本件遺言書1の筆跡,作成動機の存在,押印と認められる花押の存在が認められ,同遺言書は,亡Aの意思に基づく有効なものとし,第1事件原告の請求を認容し,本件遺言書2についても,門中行事への参加状況,亡Bの実印の押印などから,亡Bの自筆作成と認め,強迫又は欺罔行為を認めるに足る的確な証拠はないとし,第2事件の被告らの請求を棄却しました。

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第3 当裁判所の判断
1 前提事実並びに証拠(甲33,48~50,60,乙29~31,証人F,証人D,原告本人,被告Y1本人,被告Y2本人及び後掲の各証拠)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 当事者等について

ア △△家
 △△家は,Gを始祖とする門中で第二尚氏王朝時代の名門であり,琉球国の三司官を多数輩出しており,その門中(共通の祖先を持つ父系の血縁集団)は5万人以上であるといわれている(甲5,51)。

イ A
 Aは,大正7年○月○日に出生し,昭和11年に沖縄県立○◎中卒業後に××にて勤務し,昭和13年に近衛歩兵第○連隊へ入営するなどした後,昭和19年にBと婚姻し,昭和20年から○×,昭和23年からは×○にて勤務し,昭和53年に定年退職して昭和54年に沖縄に戻ってから,昭和63年に叙勲・勲四等瑞宝章労を受章し,首里文化祭実行委員会○□等を勤めた後,平成15年7月12日に死亡した(甲48)。Aは,△△家第20代当主であった。

ウ B
 Bは,大正8年○月○日に出生し,昭和19年9月25日にAと婚姻して被告Y1,原告及び被告Y2をもうけた後,昭和54年にAとともに沖縄に戻り,平成24年4月8日に死亡した。

エ 被告Y1
 被告Y1は,AとBとの間の長男として,昭和21年○月○○日,神奈川県川崎市で出生し,東京都に居住して大学を卒業後,千葉県の会社に勤務するなどしていたが,現在はタクシー運転手として東京で稼働している。被告Y1は,数回程度,沖縄に来て△△家の門中行事に参加したことがあった。

オ 原告
 原告は,AとBとの間の次男として,昭和26年○月○○日に神奈川県横浜市で出生し,東京都に居住して昭和51年に大学を卒業後,株式会社Hに入行して同行那覇支店において勤務していたが,昭和55年から同行の東京事務所において勤務し,昭和59年に沖縄に戻り,Aの死後,平成15年からBと同居していた。原告は,沖縄に移ってから家族とともに△△家の門中行事を行い,Aの告別式には喪主として挨拶をした。(甲53,54の1~11)

カ 被告Y2
 被告Y2は,AとBとの間の三男として,昭和27年○○月○日,神奈川県横浜市で出生し,東京都に居住して大学を中退後に写真関係の会社で勤務をしていたが,門中行事等においてAを手伝うため,昭和57年に沖縄に移り,沖縄においても写真関係の会社で勤務をしていたが,平成19年頃から食品関係の会社に転職して勤務している。被告Y2及び妻のDは,沖縄に移ってからAが亡くなるまでは,△△家の門中行事を手伝っていたが,Aの死後はこれらを手伝っていない(乙26,27)。

(2) 花押等について
ア 花押
 花押とは,署名の下に書く判であり,書判とも言われる。文書の作成者・責任者を明らかにするため,当初は楷書体で署名がされたが,次第に署名を速筆で記すことによって筆画が崩れた草名が用いられるようになり,これをさらに略体化した花押が用いられるようになった。署名に代替する形で利用されるものもあれば,署名を記載した上で花押を記載する場合もあり,そのような場合には,現在の印章の役割を果たしていたものといわれている。花押は中国において発生したものであるが,日本では平安時代に入り文書の中に実名を草書体で連続して書いた自署が花押の起源と言われており,豊臣秀吉などといった歴史上の人物においても花押を使用していたとされているほか,現代では,内閣の持ち回り閣議の際に用いられることもある。(甲4,43~45)

イ △△家における花押
 江戸時代において,琉球国の国王・摂政・三司官は,薩摩藩に対して服属を示す起請文を提出してその支配を受けてきたが,これらの起請文には花押や血判が用いられており,I,J,K等の△△家の三司官も署名とともに花押を用いた起請文を提出していた(甲5,7~9,67)。また,国王・摂政・三司官による起請文以外の書簡においても,作成者の署名とともに花押が用いられ,L等の△△家の三司官も書簡において,署名とともに花押を用いていた(甲10,63,66,69)。

ウ Aによる花押の使用状況
 Aは,昭和53年9月6日に行われたAの定年退職による送別会の際に職員の寄せ書きが書かれた色紙に自身の花押を記載したほか,その他の色紙にも花押を記載していた(甲11,29の1~3,甲31,35~38の6)。
 他方で,Aは,昭和62年から平成13年にかけて,不動産売買契約書,貸室賃貸借契約書,等価交換契約書等を作成してこれらの契約を締結しているが,その際,署名及び押印をしており,花押を用いていなかった(乙2~5)。

(3) Aの遺産分割調停
 被告らは,平成17年○月○○日,那覇家庭裁判所に対し,原告及びBを相手方として,Aの遺産につき,遺産分割調停事件を申し立てた(同裁判所平成17年(家イ)第159号)。被告らは,同調停事件の第1回期日において,本件遺言書1につき,「家督」の文言が用いられていること,押印がないこと,その内容の趣旨が不明瞭であることから,本件遺言書1の効力には問題がある旨述べ,さらに,第2回期日において,本件遺言書1が銀行からの借入れのために意図的に作成されたものであって効力に問題がある旨述べた。その後,調停において遺産分割の話合いが続けられたが,遺産分割につき合意に至らず,被告らは,本件遺言書1の効力について地方裁判所において判断してもらいたい旨述べ,上記調停を取り下げた。(甲20の1・2,甲30,乙36)

(4) 本件遺言書1の検認手続
 平成17年6月21日,那覇家庭裁判所において,本件遺言書1の検認がされた(同裁判所平成17年(家)第192号)。原告は,当該手続において,本件遺言書1ははだかの状態でAから渡され,そのまま原告が保管していたもので,本件遺言書1の筆跡はAの筆跡であり,Aの署名の下の花押はAが若いときからよく使っていた花押で『A』という字をかたどったものと思われる旨述べた。また,被告Y2は,当該手続において,本件遺言書1の筆跡がAの筆跡に間違いないが,Aの署名の下の花押については,初めて見るものであり,Aが使っていたものかどうかはわからない旨述べた(甲3)。

(5) 本件遺言書2の検認手続

 平成25年7月29日,那覇家庭裁判所において,本件遺言書2の検認がされた(同裁判所平成25年(家)第409号)。原告は,当該手続において,Bから本件遺言書2の保管を依頼され,Bらと暮らしていた自宅の和室に保管していたが,本件遺言書2は封筒に入っておらず,本件遺言書2に押印された印鑑はBが使用していたものであり,指印もBのものである旨述べた。また,被告Y2は,当該手続において,本件遺言書2があることを知ったのは平成25年5月であり,突然本件遺言書2があることを知ったものであり,Bはもっと流れるような字を書いていたし,指印をするような人ではない旨述べた(甲52)。


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