平成26年 4月21日(月):初稿 |
○「給費制の復活と司法修習の充実を求める集会記事雑感」を続けます。 私は、弁護士を「この国の司法、民主主義、人権を担う、質の高い法曹は、いわばこの国の人的なインフラ」として給費制を再現するには、効率的にお金を稼げる仕事しかしない自由を制限しない限り、一般国民の理解は得られないと確信しております。しかし、私にとっては、当たり前のことですが、法曹界ではごく少数意見です。弁護士業界では、弁護士は、社会正義を実現し、人権を擁護する特別な仕事であり、その辺の普通の職業とは違うんだという優越意識を持っている割合が圧倒的に多いからです。弁護士は、その辺の普通の仕事と違う崇高な仕事だから、その養成に国が金を出して当たり前という感覚です。 ○お客様は、これを「上から目線」と感じます。特に合格者500人時代の弁護士は、この「上から目線」が圧倒的に多く、私自身、その一人でした。平成13年2月初稿「これからの弁護士-三大特権喪失の時代に備えて」に「私は昭和55年4月から弁護士業務につき、間もなく21年を経過する。この21年間、弁護士業務はサービス業としてみる限りは実に恵まれていると思い続けてきた。顧客を叱りつけ、顧客を選択し、気にくわない顧客の事件は受けないと言う贅沢が許されながら継続できるのは、今や弁護士位ではないかと思う。」と記載したとおりです。正に特権階級でした。 ○このような特権階級の存在がいつまでも許されるはずがないと思っていたところ、司法改革の美名の元に、弁護士の特権的地位は相当部分が剥奪され、弁護士業務も「その辺の普通の職業」に近づき、過当競争時代となり、ネットでは、普通の職業と同様に派手な宣伝合戦が繰り返されるようになりました。そして、派手な宣伝合戦の宣伝文句の中心は、お客様のご満足を最大重視しますと言う「顧客満足」であり、これはこれまでの「上から目線中止宣言」です。 ○私は、弁護士を「この国の司法、民主主義、人権を担う、質の高い法曹は、いわばこの国の人的なインフラ」として給費制の再現を本気で考えるためには、弁護士を制度として、国民の裁判を受ける権利等を手伝う公務員化するしかないと思っています。弁護士は制度として、お金になる仕事もならない仕事も行う義務を課し、報酬は労務量に応じて一定額しか貰えないとして、お金儲けに邁進出来ない職業にしてしまうことです。 ○このような制度は、具体的には、全弁護士が、法テラスのような国の組織の一員となって、給料制で法テラスに権利救済を求めて訪れるお客様に対応することが考えられます。しかし、公務員化することによって弁護士業務が「お役所仕事」になったらどうなるか、結論は見えています。頑張っても頑張らなくても貰える報酬は変わらないとなれば、頑張らなくなるのは人間の常です。人間は自由に競争できて活性化します。弁護士の公務員化は活性化の否定にも繋がりますので、結論としては賛成できません。 ○ということで、なんとか一般国民に弁護士を「この国の人的インフラ」として給費制再現に賛同して頂ける方法を考えると、一定義務を遂行した場合返還義務を免除する制度しかないと思われます。具体的には弁護士資格取得後、法テラス等が主催する公設法律事務所に勤務して一般国民の裁判を受ける権利等擁護業務を安い定額報酬で担当して一定期間経過によって返還義務が免除されるという制度です。多くの司法修習生の返還義務免除のためには、この対象公設法律事務所を増設しなければなりません。この増設は一般の法律事務所の経営を更に圧迫することになりますが、広く一般国民の理解を得て実質給費制を実現するためには仕方ありません(^^;)。 以上:1,511文字
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