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被害者の対自賠責保険会社直接請求権が国に優先するとした高裁判決紹介

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令和 5年 3月10日(金):初稿
○「被害者の対自賠責保険会社直接請求権が国に優先するとした地裁判決紹介」の続きで、その控訴審令和3年6月3日大阪高裁判決関連部分を紹介します。

○高裁判決も被害者の対自賠責保険会社直接請求権が国に優先するとしましたが、残念ながら、最高裁で覆されます。

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主   文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。

第2 事案の概要等
1 本件は,平成28年1月5日午前6時10分頃,宮田次博が運転する普通乗用自動車が,被控訴人が運転する原動機付自転車に正面衝突した交通事故(以下「本件事故」という。)により人的損害を被った被控訴人が,前記普通乗用自動車を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の保険会社である控訴人に対し,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)16条1項に基づき,損害賠償額のうち保険金額の限度である120万円のうちの未払分103万9212円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和元年8月15日から支払済みまでの民法(平成29年法律44号による改正前のもの。以下同じ)所定の年5分の遅延損害金の支払を求める事案である。
 原審は,被控訴人の請求を認容したため,控訴人がこれを不服として控訴した。

2 関係法令の定め等は次のとおりである。
(1)自賠法1条は,自賠法が自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより,被害者の保護を図り,あわせて自動車運送の健全な発達に資することを目的とする旨を定めている。
(2)自賠法3条本文は,自己のために自動車を運行の用に供する者は,その運行によって他人の生命又は身体を害したときは,これによって生じた損害を賠償する責に任ずる旨を定めている。
(3)自賠法16条1項は,自賠法3条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは,被害者は,政令で定めるところにより,保険会社に対し,保険金額の限度において,損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる旨を定めている。
(4)自賠法16条の9第1項は,保険会社は,自賠法16条1項の規定による損害賠償額の支払の請求があった後,当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは,遅滞の責任を負わない旨を定めている。
(5)労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)12条の4第1項は,政府は,保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じた場合において,保険給付をしたときは,その給付の価額の限度で,保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する旨を定めている。
(6)保険法25条2項は,保険に係る契約について,保険者が,保険給付を行ったとき,保険事故による損害が生じたことにより被保険者が取得する債権(以下「被保険者債権」という。)について,被保険者に代位する場合において,当該保険者が行った保険給付の額が填補損害額に不足するときは,被保険者は,被保険者債権のうち保険者が代位した部分を除いた部分について,当該代位に係る保険者の債権に先立って弁済を受ける権利を有する旨を定めており,同法26条は,同条25条2項に反する特約で被保険者に不利なものは,無効とされる旨を定めている。
 なお,同法25条2項の規律は,保険者が被保険者の第三者に対する請求権のうち当該請求権の額に付保割合を乗じたものを填補額を限度として取得する見解(比例主義)を採用した最高裁昭和62年5月29日第二小法廷判決・民集41巻4号723頁(以下「昭和62年最判」という。)の判断を変更するものである。

3 認定事実
 
         (中略)

4 争点
(1)被控訴人が控訴人に請求することができる損害賠償額
(2)本件支払に対する民法478条の適用ないし類推適用の可否
(3)遅延損害金の起算点

5 争点に関する当事者の主張
(1)被控訴人が控訴人に請求することができる損害賠償額-被控訴人の直接請求権と国の直接請求権との優劣(争点(1))
ア 被控訴人の主張
 政府が被害者に対し労災保険給付をしたことにより代位取得した直接請求権と被害者が有する直接請求権が競合する場合の優劣については,最高裁判所平成30年9月27日第一小法廷判決・民集72巻4号432頁(以下「平成30年最判」という。)が,被害者が国に優先して自賠責保険の保険会社から損害賠償額の支払を受けることができるとの見解(被害者優先説)を採用しており,かかる理は,平成30年最判の言渡し前にされた本件支払においても当然妥当するというべきであり,控訴人が本件事故による傷害につき支払うべき自賠責保険金120万円は全額被控訴人に支払われることになるから,被控訴人の控訴人に対する自賠法16条1項に基づく自賠責保険金120万円から支払済みの16万0788円を控除した103万9212円の損害賠償額の支払を求める本件請求は理由がある。

イ 控訴人の主張
 被害者と国との間で直接請求権の競合が生じた場合の優劣については,被害者と国が有する直接請求権は同質の権利であって優劣はなく,平等分割の原則(民法427条)により対等に扱われるべきであるから,被害者が支払を受けられるのは自賠責保険金額を各直接請求権の額で案分した額に限られるとする見解(案分説)を採用すべきである。そして,自賠責保険実務及び労災保険実務においては,旧自動車損害賠償保険料率算定会本部(当時)や行政庁より発出された通知に基づいて,50年以上にわたり案分説に従った処理が行われてきた。

このような案分説に従った処理は交通事故に関する賠償,保険,労災行政実務の分野における関係当事者の間では確立した慣習を形成していたものであって,その確立度としては,遅くとも本件支払がされた平成30年7月の時点では,慣習法(法の適用に関する通則法3条)又は事実たる慣習(民法92条)となっていたというべきであるから,これらの慣習に基づく本件支払は有効である。

 平成30年最判は被害者優先説を採用したが,上記のとおり長年にわたり自賠責保険実務や労災保険実務において一貫して案分説に従った処理が行われてきたことや,自賠責保険が契約締結を義務付けられた強制保険であって,保険金額(支払上限額)が法定され,保険料も一律・低廉であるなどの特質を有していること,被害者間における公平性の確保,地域格差の発生防止,大量事案の迅速な解決などが強く要請されることなどに照らせば,被害者優先説を平成30年最判の言渡し前にされた本件支払に遡及して適用すべきではない。

(2)本件支払に対する民法478条の適用ないし類推適用の可否(争点(2))
ア 控訴人の主張
 仮に本件支払に被害者優先説が適用されるとしても,前記(1)イの控訴人の主張のとおり,本件支払当時,案分説に従った処理が50年以上にわたり一貫して行われ,このような処理は関係当事者間で確立した慣習を形成していたことに照らせば,国は,案分説に従って算出された損害賠償額103万9212円について債権の準占有者に当たり,控訴人は国が権利者であることについて善意かつ無過失であったといえるから,本件支払は民法478条の適用ないし類推適用により有効である。

イ 被控訴人の主張
 国は被害者に劣後して直接請求権を有するにすぎないところ,被害者たる被控訴人が満足していない本件において国は直接請求権を行使する地位にないから,国が民法478条の債権の準占有者に該当する余地はなく,本件支払は弁済としての効力を有しない。
 仮に国が債権の準占有者に該当するとしても,控訴人は劣後する権利者に弁済したにすぎず,国が真の権利者であることについて善意かつ無過失とはいえないから,本件支払が弁済として有効となるものではない。

(3)遅延損害金の起算点(争点(3))
ア 被控訴人の主張
 控訴人は,被控訴人による直接請求権が行使された後,事故態様や損害額について十分に調査を尽くしており,平成30年最判の言渡し前の事案であるという理由だけで支払を拒絶しているにすぎないから,遅くとも,訴状送達の日である令和元年8月14日には自賠法16条の9第1項にいう「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」が経過したというべきである。

イ 控訴人の主張
 争う。

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被控訴人が控訴人に請求することができる損害賠償額-被控訴人の直接請求権と国の直接請求権との優劣)について

(1)自賠法16条1項が被害者の直接請求権を認めた趣旨や労災保険法12条の4第1項が請求権代位を認めた趣旨に鑑みれば,被害者が労災保険給付を受けてもなお填補されない損害について直接請求権を行使する場合は,他方で労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され,被害者の直接請求権の額と国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても,被害者は,国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができるものと解するのが相当である(平成30年最判)。

 そして,被控訴人が労災保険給付を受けてもなお填補されない損害は,前記第2の3(2)アのとおり,傷害につき440万1977円であるから,被控訴人は国に優先して控訴人から傷害に係る自賠責保険金120万円全額の支払を受けることができるというべきである。
 よって,被控訴人の控訴人に対する自賠法16条1項に基づく自賠責保険金120万円から支払済みの16万0788円を控除した103万9212円の損害賠償額の支払請求は理由がある。

(2)これに対し,控訴人は,〔1〕自賠責保険実務や労災保険実務において50年以上にわたり一貫して案分説に従った処理が行われ,このような処理は本件支払がされた平成30年7月の時点では,慣習法又は事実たる慣習となっていたから,このような慣習に従った本件支払は有効である,〔2〕自賠責保険が契約締結を義務付けられた強制保険であるといった自賠責保険の性質等に照らせば被害者優先説を平成30年最判の言渡し前の本件支払に遡及適用すべきではない旨主張する。

 しかしながら,上記(1)で述べたとおり,被害者が国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができるとの結論は,自賠法16条1項が被害者の直接請求権を認めた趣旨や労災保険法12条の4第1項が請求権代位を認めた趣旨から導かれるものであるから,被害者の関与しないところで策定された各種通知で上記結論と異なる見解が採用され,長年にわたり案分説に従った処理が行われていたからといって,競合する直接請求権の優劣に影響を及ぼす法的効力を有する慣習を認めることができないことは明らかであるし,また,被害者が国に優先することについて平成30年最判の言渡し前後で結論を異にすべき合理的な理由はない。
 控訴人の主張は採用することができない。

2 争点(2)(本件支払に対する民法478条の適用ないし類推適用の可否)について
(1)控訴人は,国が直接請求権について被控訴人に劣後するにすぎないとしても,本件支払当時,案分説に従った処理を行うことが慣習となっていたことに照らせば,国は案分説に従って算出された損害賠償額103万9212円について債権の準占有者に当たるというべきであり、控訴人は国が権利者であることについて善意かつ無過失であったから,本件支払は民法478条の適用ないし類推適用により有効である旨主張する。

(2)しかしながら,最高裁判所平成20年2月19日第三小法廷判決・民集62巻2号534頁(以下「平成20年最判」という。)は,被害者の直接請求権と市長が老人保健法に基づく医療の給付を行って同法41条1項により代位取得した直接請求権が競合し,それらの合計額が自賠責保険金額を超える事案において被害者優先説を採用したこと,平成20年最判は被害者優先説を採用した理由付けとして,被害者が自賠責保険金額全額の支払を受けられないことは自賠法16条1項が被害者の直接請求権を認めた被害者保護を図った趣旨に沿わない旨述べるところ,かかる被害者保護の趣旨は労災保険法に基づく保険給付によって代位取得した直接請求権が競合する事案においても同様に妥当すること,学説上,平成20年最判の射程について,労災保険給付には医療費用だけでなく損害填補に当たる給付を含んでいる点で健康保険等の給付とは異なるため案分説を維持し,平成20年最判の射程を狭く解する見解もあったが,むしろ,多数の見解が被害者優先説は労災保険を含む社会保険一般に妥当し,労災保険の事案にも及ぶと解していたこと(顕著な事実)に,平成20年6月6日に公布され,平成22年4月1日に施行された保険法25条2項が,保険給付による代位についてあえて昭和62年最判の判断と異なる被害者優先説を採用していることをも併せて考慮すれば,遅くとも本件支払がされた平成30年7月27日の時点で,被害者に劣後する国を真の権利者であると信じ,かつ,そのように信じるにつき控訴人に過失がなかったとはいい難いから,本件支払に民法478条が適用ないし類推適用される余地はない。

 旧自動車損害賠償保険料率算定会本部(当時)や行政庁から発出された通知に案分説によるとの記載がされていたからといって,上記の認定,説示は左右されるものではない。
 控訴人の主張は採用することができない。

3 争点(3)(遅延損害金の起算点)について
(1)自賠法16条の9第1項にいう「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」とは,保険会社において,被害者の損害賠償額の支払請求に係る事故及び当該損害賠償額を確認するための調査に必要とされる合理的な期間をいうと解すべきであり,その期間については,事故又は損害賠償額に関して保険会社が取得した資料の内容及びその取得時期,損害賠償額についての争いの有無及びその内容,被害者と保険会社との間の交渉経過等の個々の事案における具体的事情を考慮して判断するのが相当である(平成30年最判)。

(2)前記第2の3(2)イ及びエのとおり,被控訴人は,平成30年6月8日,控訴人に対し,直接請求をしたこと,控訴人は,被控訴人に対し,同年7月20日,被控訴人の本件事故による人的損害が997万9262円であり,そのうち傷害に関する部分が120万円を超えるものと判断し,案分説に従って120万円を被控訴人と国とにそれぞれの請求額に案分して本件支払をしたことからすれば,遅くとも,訴状送達の日である令和元年8月14日には,事故及び当該損害賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的な期間が経過したことは明らかであるから,控訴人は103万9212円についてその翌日である同月15日から遅滞の責任を免れない。

4 結論
 以上によれば,被控訴人の本件請求は理由があるからこれを認容すべきところ,これと同旨の原判決は相当である。よって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(大阪高等裁判所第12民事部)
以上:6,391文字

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