令和 5年 3月 9日(木):初稿 |
○派遣元会社の社員が、派遣先会社で労災認定された事故に遭い、それによる傷害及び後遺障害について、労働者災害補償保険法による労災補償金を超える損害について、派遣先会社に対して安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求ができますかとの相談を受けました。直感的にはできるはずと答えましたが、裁判例をさがしたところ、平成21年10月19日大阪地裁判決(自保ジャーナル1831号177頁)で派遣先会社の安全配慮義務を認めていましたので紹介します。 ○事案は、労働者派遣業等を営む被告株式会社P4の従業員であった原告が、派遣先会社である被告P2株式会社において、強化ガラス加工等の業務に従事中、ガラス板を積載した台車を押したところ、台車が倒れ、落下したガラス板がぶつかって左踵骨骨折等の傷害を負った事故につき、被告らに安全配慮義務の債務不履行(民法415条)又は不法行為上の過失(民法709条)があると主張し、約2057万円の損害賠償請求を求めたものです。 ○大阪地裁判決は、「被告P2会社は,労働契約を締結した場合に準じ,信義則上の注意義務として,原告が労務を提供する過程において生ずる危険から原告の生命,身体等を保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負うものである。」と明確に派遣先会社としての安全配慮義務があることを認めました。 ○具体的には、被告P2会社は、本件工場において過積載状態での台車運搬が日常化していたのであるから、適正な台車数の確保や使用方法の指導、徹底等により、そのような危険な作業状態を防止、改善すべき注意義務があるのに、これを怠った過失、具体的な積載枚数制限等につき従業員に周知徹底させ、指導するなどして、過積載状態での台車運搬をさせないようにする義務があるのに、これを怠った過失があるとしました。 ○派遣元被告P4会社も、少なくとも労働災害の危険に関する安全教育等の安全衛生管理面において、その問題点の把握等を行うべき安全配慮義務があったにもかかわらず、怠っており、当該義務の懈怠は、本件事故の発生と相当因果関係があるとし、両会社に連帯責任を認めました。 ***************************************** 主 文 1 被告らは,原告に対し,連帯して,金718万9600円及びこれに対する平成19年10月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの連帯負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第一 請求 被告らは,原告に対し,連帯して,2057万6981円及びこれに対する平成19年10月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第二 事案の概要 本件は,労働者派遣業等を営む被告株式会社P4(以下「被告P4会社」という。)の従業員であった原告が,派遣先会社である被告P2株式会社(以下「被告P2会社」という。)において,強化ガラス加工等の業務に従事中,ガラス板を積載した台車を押したところ,台車が倒れ,落下したガラス板がぶつかって左踵骨骨折等の傷害を負った事故(以下「本件事故」という。)につき,被告らに安全配慮義務の債務不履行(民法415条)又は不法行為上の過失(民法709条)があると主張し,これらに基づく損害賠償請求(選択的請求)として,被告らに対し,連帯して,2057万6,981円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年10月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うことを求めた事案である。 1 争いのない事実及び後掲各証拠等により容易に認定される事実等(証拠の表記のない事実は,当事者間に争いがない。以下「前提事実等」という。) (1)原告と被告P4会社との雇用契約締結 原告は,平成15年8月12日ころ,労働者派遣業等を営む被告P4会社と雇用契約を締結した。 (2)原告の被告P2会社における就業等 原告は,平成15年8月から,ガラス加工品製造販売業等を営む被告P2会社の製造工場において,強化ガラス加工等の業務に従事した。 原告は,上記業務に付随して,ガラス板を台車に乗せて運搬する業務も行っていた。被告P2会社で使用されていた移動台車は,350キログラム積載の小台車,500キログラム積載の中台車及び15トン積載の大型台車の3種類があった。台車の構造は,おおむね,台車の進行方向と平行にガラス板を立てかけるための立板(背もたれ)が片側にあって,やや外側に傾斜した角度に取り付けてあり,台車の底面には,爪と呼ばれる4本程度の車軸と平行となった横木が取り付けられており,その爪の上にガラス板を載せて,立板に立てかけた状態で運搬する仕組みになっていた。 (3)本件事故の発生 平成16年6月26日午後1時10分ころ,被告P2会社の本社P6工場(以下「本件工場」という。)内において,原告(昭和49年○○月○○日生。本件事故当時29歳)が,ガラス板を載せた小台車(以下「本件台車」という。)を押そうとしたところ,台車が転倒し,落下したガラス板が原告の左足にぶつかるという本件事故が発生した。 (4)原告の受傷 原告は,本件事故により,左踵骨骨折,左立方骨・舟状骨裂離骨折,左下腿裂創(左下腿の内側)の傷害を負った。 (5)原告の治療経過 (中略) 2 本件の主な争点 (1)被告P2会社の過失ないし安全配慮義務違反等 (2)被告P4会社の過失ないし安全配慮義務違反等 (3)過失相殺等 (4)被告P4会社の寄与度減責の可否 (5)原告の損害 3 争点に対する当事者の主張 (1)争点(1)(被告P2会社の過失ないし安全配慮義務違反等)について (原告の主張) ア 本件事故の態様 平成16年6月26日午後1時10分ころ,被告P2会社の従業員であるP10(以下「P10」という。)が,本件台車にガラス板20枚位を積載して運搬しようとしていたが,1人で移動させることが困難な様子であったため,原告が手伝いを申し出て本件台車を後ろから押し,P10は前から引っ張ることになった。本件台車には,原告から見て右側に立板があって,右方向に傾斜しており,ガラス板が立てかけてあった。原告は,本件台車の後ろから右手を立板に,左手をガラス板にそれぞれ当てて,右膝を曲げて右足を後ろに出して踏ん張り,左膝を曲げて左足を前に出して,重心を低くした姿勢で,力を込めて押したところ,本件台車が左側に転倒し,原告の身体も左に転倒した。その際,原告の左足に落下したガラス板がぶつかった。 イ 被告P2会社の過失ないし安全配慮義務違反 (ア)台車の慢性的不足状態の放置 本件工場においては,ガラス板を積んだままの状態で台車が置いてあったり,一部の従業員が台車を抱え込んでいることも一因となって,慢性的に台車が不足していた。そのため,工場のラインを止めずにガラス板を次の作業工程に運搬するためには,1台の台車にできるだけ多くのガラス板を積まなければならず,運搬作業中の台車が転倒したり,ガラス板が台車からずれ落ちて割れる事故が月に何度も発生するなど,日常的に過積載を余儀なくされていた。 被告P2会社は,台車の不足を十分認識しながら,台車数を増やしたり,従業員が台車を抱え込まないよう注意指導するなど,台車不足を解消するための具体的な対処をしなかった。 (イ)積載枚数制限に関する準則の定め及び指導等の懈怠 被告P2会社には,多くの重いガラス板の運搬を伴う業務について,転倒事故等に十分注意するよう従業員を指導教育する義務,積載枚数を制限する準則等をあらかじめ作成する義務,工場内の業務管理を行う職制に転倒事故等を起こさないよう日常的に指導監督させるとともに,上記準則等を周知徹底・遵守させる義務がある。 ところが,本件事故当時,被告P2会社には,台車の積載枚数制限に関する一般的な社内準則はなかった。仮に,作業標準が作成され,現場のグループリーダー(以下「リーダー」という。)に配布されていたとしても,リーダーが従業員らに対し,朝礼,ミーティングその他の場面で,作業標準に基づく指導や具体的指示をしたことはないし,過積載を注意指導等したこともなかった。また,作業標準を本件工場内に掲示するなどして周知が図られたこともない。 (ウ)台車の転倒防止措置の懈怠 被告P2会社には,相当の重量があるガラス板を積載運搬する台車に,積載物が転倒しないよう固定するためのバンド等を装着する義務,転倒防止のため台車の荷台の形状を工夫する義務がある。 ところが,本件工場内の台車にはバンド等はなく,転倒防止のための工夫もされていなかった。 (被告P2会社の主張) 以下のとおり,被告P2会社は従業員に対する安全配慮義務を尽くしており,懈怠はない。 ア 被告P2会社における安全教育等 被告P2会社は,平成15年5月31日に,各作業グループのリーダー及びサブリーダー等で構成される安全衛生委員会を設置し,同委員会において安全及び衛生に関する問題点の抽出,改善策の協議,事故に対する対応等を協議,決定していた。そして,毎日の朝礼において,リーダーが,従業員らに対して作業上の注意等を伝達していた。 また,被告P4会社に対しては,事前に被告P2会社の工場内において,各作業内容,手順,注意点等を説明していた。 イ 台車の不足状態について 被告P2会社には,本件事故当時,小台車が108台,中台車が69台及び大型台車が17台あった。台車の数を必要以上に増やすと,かえって構内のスペースが狭くなって事故発生の危険を生じるため,被告P2会社は,現場の要望を聴取して,常に適正な台数を保つよう調整していた。 ウ 積載枚数制限等について 被告P2会社は,作業標準と題する作業マニュアルを作成し,ガラス板の台車積載枚数の上限を規制しており,小台車(積載量350キログラム)の場合,30キログラムのガラス板で11枚を超えてはならない旨制限していた。そして,作業標準は,各リーダーに配布され,その指示によって上記規制が遵守されていた。 エ 台車の転倒防止措置について 被告P2会社においては,市販の台車のフレームを肉厚の厚いものに取り替えて,強度を高めるなどした台車を使用していた。 (中略) 第三 当裁判所の判断 1 前記前提事実等に加えて,証拠(略)によれば,以下の事実が認められる。 (1)原告の被告P4会社との雇用契約及び被告P2会社における就業等 原告は,平成15年8月12日ころ,被告P4会社との間で雇用契約を締結し,同日,被告P4会社担当者から,作業手順(作業標準),安全のルール等を守ること,動いている機械に手を出さないなどといった一般的な作業上の注意に関する「お仕事をはじめる皆さんへ」と題する説明書面を示され,各項目を自ら確認のうえ,同書面に署名押印したが,具体的にどのような業務を行うのかという説明等はなかった。 原告は,同月中に,被告P4会社担当者に案内されて被告P2会社の工場に行った。その日は見学程度であり,原告は,翌日から稼働を開始したが,一般的な安全教育や作業標準の指導等はなかった。原告は,以後,本件事故が発生するまで、週5,6日,被告P2会社において業務に従事した。 (2)原告の担当業務 (中略) 2 争点(1)(被告P2会社の過失ないし安全配慮義務違反等)について (1)本件事故の原因等 以上の認定事実に基づけば,本件事故は,P10が,積載量350キログラムの小台車であるにもかかわらず,1枚30キログラムのガラス板を20枚程度(総重量600キログラム程度)載せて,過積載の状態となっていた本件台車を移動させようとして,P10が前方から引っ張り,原告が後方から力をかけて押したところ,台車のバランスが崩れ,転倒したものと認められる。そうすると,原告とP10の力のかけ方やタイミングが合わなかったことなどが転倒の一因となっている可能性は否定できないものの,本件台車が明らかな過積載のために不安定になっていたことは容易に推認されるものであり,台車転倒の主たる原因は,ガラス板の過積載にあると解される。 そして,本件事故当時,本件工場においては,台車の不足や取り合いが頻繁に生じており,ガラス板を台車に載せられる限り載せることが日常的に行われており,ガラス板の重みで動かない台車を2人以上で押すこともしばしばあったことは,前記認定のとおりである。そうすると,このような本件工場における作業状態が,本件事故の原因となっているものということができる。 (2)被告P2会社の過失 原告は,被告P2会社と直接労働契約を締結した者ではないが,本件工場において,被告P2会社の監督下に,その指揮命令を受けて労働に従事していたのであるから,被告P2会社は,労働契約を締結した場合に準じ,信義則上の注意義務として,原告が労務を提供する過程において生ずる危険から原告の生命,身体等を保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負うものである。 そして,前記認定事実に基づけば,被告P2会社には,従業員が作業に応じて円滑に台車を利用することができるよう,本件工場内の台車を適正数量確保したり,台車の適正な使用方法を指導し,不要ガラスを定期的に処分することを指導,徹底するなどの注意義務があったにもかかわらず,これを尽くさず,空き台車が不足して,過積載の台車使用が頻繁に行われるという状況が恒常化していたのに,これを放置した過失があるといわざるを得ない。 また,被告P2会社は,台車の過積載を防止するため,各従業員が作業の際に容易に適正積載量を守れるように,ガラス板の積載枚数制限について定め,これを従業員に周知徹底させる注意義務があるというべきである。 しかしながら,被告P2会社においては,積載枚数制限を定めた作業標準は一応作成されていたものの,これを工場内に掲示したり,従業員にそれぞれの担当業務についての作業標準を配布するなどの周知方法はとられなかった。また,作業標準は,リーダーから従業員に説明することになっていたにもかかわらず,原告が被告P2会社で稼働するようになった平成15年8月から本件事故時までの間,リーダーが積載枚数制限等について具体的に従業員に説明したり,作業中に指導をしたりすることはなかったと認められるから,被告P2会社には,この点でも過失があるといわなければならない。 なお,被告P2会社は,リーダーを通じて,毎日の朝礼で積載枚数制限が周知されていた旨主張し,証拠(略)中には,これに沿う部分がある。しかしながら,証人P12の証言によれば,平成14年9月に工場長を退任した後は,本件工場と道路を隔てたP13工場で稼働し,本件工場にはほとんど行っておらず,強化班の朝礼を目撃したこともないというのであるから,上掲各証拠は,原告が本件工場で稼働するようになった後,強化班において,朝礼を通じて作業標準が周知されていたことを認めるに足りるものではない。したがって,被告P2会社の上記主張は採用できない。 (3)以上によれば,被告P2会社は,本件工場において過積載状態での台車運搬が日常化していたのであるから,適正な台車数の確保や使用方法の指導,徹底等により,そのような危険な作業状態を防止,改善すべき注意義務があるのに,これを怠った過失,具体的な積載枚数制限等につき従業員に周知徹底させ,指導するなどして,過積載状態での台車運搬をさせないようにする義務があるのに,これを怠った過失があり,これらが本件事故の原因となったものと認められる。 以上:6,442文字
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