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令和 5年 3月11日(土):初稿 |
○被上告人(被害者)の運転する原動機付自転車は、交差点において右折するために自車線上で停止していたところ、反対車線から中央線を越えて進行してきた車両の運転者の前方不注視等の過失により、同車両と衝突した交通事故によって傷害を受けた被上告人(被害者)が、加害車両を被保険自動車とする自賠責保険の保険会社である上告人に対し、自動車損害賠償保障法16条1項の規定による請求権に基づき、保険金額120万円の限度における損害賠償額から上告人の被上告人(自賠責保険会社)に対する既払金を控除した残額である103万9212円の支払を求めました。 ○上記事故による傷害に関して労働者災害補償保険法に基づく給付を受けたことにより国に移転した直接請求権の行使を受け、上告人(自賠責保険会社)は、国に対して103万9212円の支払をしていることから、本件支払が有効な弁済に当たるか否かが争われました。 ○第一審・原審は、有効な弁済に当たらないとして、被上告人の請求を認容したため、上告人(自賠責保険会社)が上告していました。これに対し、令和4年7月14日最高裁判決(判タ1504号34頁)は、被害者の有する直接請求権の額と労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合であっても,自賠責保険の保険会社が国の上記直接請求権の行使を受けて国に対して自賠責保険金額の限度でした損害賠償額の支払は有効な弁済に当たるとし、これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして、原判決を破棄し、被上告人(被害者)の請求は理由がないとして、高裁判決を破棄し、一審判決を取消し、被害者の請求を棄却しました。 ○「被害者の対自賠責保険会社直接請求権が国に優先するとした地裁判決紹介」記載の通り、本件での被害者の事故による損害額は、傷害部分約1304万円、第10級後遺障害部分約833万円合計2137円と認定され、労災補償金給付約864万円、後遺障害自賠責保険金616万円の合計約1480万円の支払を受け、未払損害賠償金額は約657万円で、通常、これは加害者任意保険会社に請求します。 ○おそらく加害者側で任意保険契約を締結していなかったと思われ、自賠責傷害部分120万円のうち被害者に支払われていなかった約104万円を請求し、地裁・高裁は認めていたのに最高裁はこれを覆しました。被害者側としては到底納得出来ない判決ですが、最高裁判決なので従わざるを得ません。 ○この最高裁判決は理由として「被害者は、未填補損害について直接請求権を行使する場合は、他方で同項により国に移転した直接請求権が行使され、上記各直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができるものであるが(前掲最高裁平成30年9月27日第一小法廷判決参照)、このことは、被害者又は国が上記各直接請求権に基づき損害賠償額の支払を受けるにつき、被害者と国との間に相対的な優先劣後関係があることを意味するにとどまり、自賠責保険の保険会社が国の上記直接請求権の行使を受けて国に対してした損害賠償額の支払について、弁済としての効力を否定する根拠となるものではないというべきである(なお、国が、上記支払を受けた場合に、その額のうち被害者が国に優先して支払を受けるべきであった未填補損害の額に相当する部分につき、被害者に対し、不当利得として返還すべき義務を負うことは別論である。)。」と述べています。 ○「国が、上記支払を受けた場合に、その額のうち被害者が国に優先して支払を受けるべきであった未填補損害の額に相当する部分につき、被害者に対し、不当利得として返還すべき義務を負う」とされていますので、被害者は国に約104万円について不当利得返還請求をすることになります。 ******************************************** 主 文 原判決を破棄し、第1審判決を取り消す。 被上告人の請求を棄却する。 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。 理 由 上告代理人○○○○の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について 1 本件は、交通事故によって傷害を受けた被上告人が、加害車両を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の保険会社である上告人に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)16条1項の規定による請求権(以下「直接請求権」という。)に基づき、保険金額120万円の限度における損害賠償額から上告人の被上告人に対する既払金を控除した残額である103万9212円の支払を求める事案である。 上告人は、被上告人が上記事故による傷害に関して労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく給付(以下「労災保険給付」という。)を受けたことにより国に移転した直接請求権の行使を受け、国に対して103万9212円の支払(以下「本件支払」という。)をしていることから、本件支払が有効な弁済に当たるか否かが争われている。 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。 (1)被上告人の運転する原動機付自転車は、平成28年1月5日、交差点において右折するために自車線上で停止していたところ、反対車線から中央線を越えて進行してきた車両の運転者の前方不注視等の過失により、同車両と衝突し(以下、この交通事故を「本件事故」という。)、被上告人は左脛腓骨開放骨折等の傷害(以下「本件傷害」という。)を受けた。 (2)本件事故当時、上記車両について上告人を保険会社とする自賠責保険の契約が締結されていた。 (3)政府は、本件事故が第三者の行為によって生じた業務災害であるとして、被上告人に対し、本件傷害に関し、労災保険給付として療養補償給付及び休業補償給付を行った。これらの価額の合計は864万2146円である。 上記の労災保険給付を受けてもなお填補されない被上告人の本件傷害による損害の額は、440万1977円である。また、自賠責保険の保険金額(以下「自賠責保険金額」という。)は、本件傷害による損害につき120万円である。 (4)被上告人は、平成30年6月8日、上告人に対し、上記損害について直接請求権を行使した。他方、国も、同月14日、上告人に対し、政府が上記労災保険給付を行ったことに伴い労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権を行使した。 これらを受けて、上告人は、同年7月20日、被上告人に対して16万0788円を支払い、同月27日、国に対して103万9212円を支払った(本件支払)。 3 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、被上告人の請求を認容すべきものとした。 交通事故の被害者は、労災保険給付等を受けてもなお填補されない損害(以下「未填補損害」という。)について直接請求権を行使する場合は、他方で労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され、上記各直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができる(最高裁平成29年(受)第659号、第660号同30年9月27日第一小法廷判決・民集72巻4号432頁参照)。 このことからすれば、被害者の有する直接請求権の額と同項により国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合に、自賠責保険の保険会社が、国に対し、被害者が国に優先して支払を受けるべき損害賠償額につき支払をしたときは、当該支払は有効な弁済に当たらないというべきところ、本件支払は、被上告人が国に優先して支払を受けるべき損害賠償額につきされたものであるから、有効な弁済に当たらない。 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 直接請求権は、被害者の被保険者(加害者)に対する自賠法3条の規定による損害賠償請求権と同額のものとして成立し、被害者に対する労災保険給付が行われた場合には、労災保険法12条の4第1項により上記労災保険給付の価額の限度で国に移転するものであって、国は上記価額の限度で直接請求権を取得することになる。 被害者は、未填補損害について直接請求権を行使する場合は、他方で同項により国に移転した直接請求権が行使され、上記各直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができるものであるが(前掲最高裁平成30年9月27日第一小法廷判決参照)、このことは、被害者又は国が上記各直接請求権に基づき損害賠償額の支払を受けるにつき、被害者と国との間に相対的な優先劣後関係があることを意味するにとどまり、自賠責保険の保険会社が国の上記直接請求権の行使を受けて国に対してした損害賠償額の支払について、弁済としての効力を否定する根拠となるものではないというべきである(なお、国が、上記支払を受けた場合に、その額のうち被害者が国に優先して支払を受けるべきであった未填補損害の額に相当する部分につき、被害者に対し、不当利得として返還すべき義務を負うことは別論である。)。 したがって、被害者の有する直接請求権の額と、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合であっても,自賠責保険の保険会社が国の上記直接請求権の行使を受けて国に対して自賠責保険金額の限度でした損害賠償額の支払は、有効な弁済に当たると解するのが相当である。 そして、前記事実関係等によれば、本件支払は有効な弁済に当たる。 5 これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、被上告人の請求は理由がないから、第1審判決を取消し、同請求を棄却すべきである。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 山口厚 裁判官 深山卓也 裁判官 安浪亮介 裁判官 岡正晶 裁判官 堺徹) 以上:4,260文字
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