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事故と脳脊髄液漏出症の因果関係を認めた大阪高裁判決紹介3

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令和 4年 4月18日(月):初稿
○「事故と脳脊髄液漏出症の因果関係を認めた大阪高裁判決紹介2」の続きで、令和3年12月15日大阪高裁判決(ウエストロー・ジャパン、LEX/DB)の「5 争点(3)(本件事故に起因する後遺障害の内容及び等級)について」を紹介します。字数の関係で「(3)総合評価」以降、「6 争点(4)(控訴人の損害)について」は別コンテンツで紹介します。

○脳脊髄液漏出症ないし低髄液圧症候群の病態として,起立性頭痛が典型的な主症状であるとの知見は揺らぐものではないものの,必発の症状とまではいえないとしていることが注目されます。

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5 争点(3)(本件事故に起因する後遺障害の内容及び等級)について
 控訴人は,本件事故後に控訴人に発症,持続している頭痛,倦怠感などの各種症状は,本件事故という外傷に伴う脳脊髄液漏出症によるものである旨主張する。

この点,前記4の医学的知見によれば,脳脊髄液漏出症については,疾患概念・病態の本質やそれに伴う適切な疾患名などをめぐって,医学的な見解の相違や未解明の部分がなお残っていることは否定できないものの,交通事故などの外傷に伴う脳脊髄液漏出症との診断につき,
〔1〕同疾患を示すに足りる主症状があり,かつ,これが当該外傷と一定の時間的近接性をもって生じたという臨床経過があること、
〔2〕本件画像診断基準に基づき,硬膜外への脳脊髄液漏出が確認できること,

という臨床症状及び画像診断の両面から検討をすべきことについては,医学的知見が定まっているものといえ,その限りにおいて,両当事者間に意見の相違はないものと理解される。

 そこで,以下,この両面を中心に検討を進める。 
(1)臨床症状
ア 前記4の医学的知見のとおり,脳脊髄液漏出症ないし低髄液圧症候群は,脳脊髄液の漏出ないし同圧の低下に伴って,頭痛を始めとする種々の症状を呈する疾患であり,多くの場合,起立性,すなわち,臥位では症状が緩和するものの,立位で症状が悪化するという特徴を有する。

そこで,国際頭痛分類第2版においては,低髄液圧による頭痛の診断基準として,起立性頭痛を示す「座位または立位をとると15分以内に増悪する頭痛」との条件を満たすことが必要とされ,国際頭痛分類第2版も踏まえて策定された日本脳神経外傷学会の「「外傷に伴う低髄液圧症候群」の診断基準」も,同様の起立性頭痛を条件としていたが,実際の臨床では,起立性という特徴が,国際頭痛分類第2版が求めるほど短時間で明瞭に表れるとは限らないなどの指摘も受け,国際頭痛分類第3版では,「通常,常にではないが起立性を有する」という病態把握自体は堅持しつつも,診断基準としては,起立性が信頼性に欠けるとし,その要素を除いたものである。

 このような知見の進展の経過を踏まえると,脳脊髄液漏出症ないし低髄液圧症候群の病態として,起立性頭痛が典型的な主症状であるとの知見は揺らぐものではないものの,必発の症状とまではいえない上,起立性という特徴が,短時間で明瞭に現れるとは限らないし,患者がこれを認識・自覚し,問診等を通じて正確に医師に伝えられるとも限らないため,診断の場面においては,起立性の有無に過度に依拠することを控えるよう求めるに至ったものと理解することができる。

イ このような理解を前提に本件の臨床経過を検討するに,前記1の認定事実によれば,控訴人は,平成20年3月8日の本件事故の数日後頃から,頭のしびれと表現される頭痛を生じ,なかいクリニック受診時にはその旨を訴え,これが平成20年6月にかけても持続する中で,同月下旬の角谷整形外科のe医師の問診等を通じて,その頭痛が,頭を締め付けるような感じのしびれと表現されるものと確認されるとともに,起立性を有することも判明したものである。

 そうすると,本件事故と時間的に近接した時期から,控訴人には頭痛が発症,持続していた上,必ずしも明瞭に現れるとは限らない起立性の特徴が,平成20年6月下旬のe医師の問診等によって明らかになり,痛みの性質も,脳脊髄液漏出症が確実と診断された症例の相当割合で認められたものと整合していた(前記4の医学的知見(4))とみることができるのであり,上記診断基準及びその変遷経過に照らし,本件事故に起因して脳脊髄液漏出症が生じていることを疑うに十分な臨床経過(同疾患を示すに足りる主症状があり,かつ,これが当該外傷と一定の時間的近接性をもって生じた)があったといえる。

ウ 被控訴人らは,控訴人について,交通事故と時間的に近接した時期には起立性頭痛が生じておらず,当該事故に起因する脳脊髄液漏出症の可能性は否定的に考えるべきである旨主張する。

 しかし,脳脊髄液漏出症の病態として,起立性頭痛が最も典型的な主症状であることは確かであるものの,外傷後間もない時期に起立性頭痛が医師により明確に確認されていなかったという一事をもって,当該外傷に起因する脳脊髄液漏出症の可能性を否定的に捉えるのは,上記アで認定・説示の診断基準及びその変遷経過を正確に踏まえるものとはいえない。

本件の経過に照らしても,本件事故のあった平成20年3月8日から同年6月中旬にかけての時期に,控訴人の頭痛が起立性を有していたとの記録は診療録等に残っていないものの,この時期に受診していた医療機関においては,控訴人に脳脊髄液の漏出などが生じている可能性を想定して,頭部の症状の特徴を詳細に問診等するといった対応が行われた形跡はない(乙1~4,前記1(2)の認定事実)のであるから,脳脊髄液漏出症の可能性を否定的にみるだけの前提に乏しいといえる。

むしろ,認定事実(2)の経過からもうかがわれるとおり,専門的知識に乏しかった控訴人がかなり重大な態様の本件事故により受傷した後,その症状を的確に説明できなかったことも十分あり得るのであって,上記イのとおり,本件事故の数日後頃から持続していた頭痛につき,平成20年6月下旬の医師の問診等によって,起立性のものであると判明したという臨床経過にこそ目が向けられるべきである。
 したがって,被控訴人らの上記主張は採用することができない。

(2)画像診断
ア 国立病院機構福山医療センター脳神経外科のg医師は,平成20年9月17日に角谷整形外科で実施された控訴人に対するCTミエログラフィー(乙13)及び平成30年1月31日に上記医療センターで改めて実施されたCTミエログラフィー(甲43)のいずれの画像読影としても,〔1〕第1頚椎から第2頚椎レベルの硬膜外に造影剤の漏出所見が認められ,一方で,〔2〕腰椎の造影剤穿刺部位からの造影剤漏出所見はなく,〔1〕の漏出所見との連続性はないことから,本件画像診断基準の確実所見に当たる旨の意見を述べる(甲41)。

 そして,〔1〕の画像読影は,硬膜外のCT値が100を超えている旨が示され,前記4の医学的知見(6)に照らして客観的な裏付けもされているといえる上,角谷整形外科での検査については,造影剤注入直後に硬膜外のCT値が100以上を示し,これが3時間後には低下した,という造影剤漏出とその経時的な濃度低下として理解できるCT値の変化も示されていること(甲41),g医師は,本件画像診断基準策定に係る研究の班長協力者で(乙9添付資料D),医療専門誌「脊椎脊髄ジャーナル」29巻10号(同ジャーナルはh医師の意見書〔乙9〕でも引用・添付されている。)での本件画像診断基準を踏まえた脳脊髄液漏出症の特集(甲41添付資料L)において,上記研究に参画した他の医師らと並んで執筆者に名を連ね,脳脊髄液漏出症の画像診断に関する論文を掲載するほか,関連学会の承認の下で公刊された「脳脊髄液漏出症診療指針」でもCTミエログラフィーによる画像診断に関する部分の執筆を担当する(甲70)など,本分野の画像診断に関する臨床・研究の実績を有することからすれば,g医師の上記意見の信用性は高いものというべきである。

 そうすると,控訴人の症状につき,本件画像診断基準に基づき,CTミエログラフィーの検査結果により,硬膜外への脳脊髄液の漏出が確認できるものと認めることができる。

イ これに対し,被控訴人らは,g医師の上記意見は信用できない旨主張し,その根拠として,整形外科医であるh医師の意見書(乙9,44)及び脳神経外科医であるi医師(以下「i医師」という。)の意見書(乙29,45)を提出する。

 しかし,h医師は,CTミエログラフィーでの「典型的な髄液漏出像」というほどに明瞭な画像所見の存在を否定し(乙44・2~3頁),i医師も,「漏出を示す明瞭な所見は全くありません。」(乙45・4頁)とするものの,そのような明瞭さにまでは至らない画像所見まで否定する趣旨か判然としない。

 また,h医師は,g医師が造影剤漏出所見として示す画像が第2頚椎レベルであるのに対し,角谷整形外科のe医師は第4頚椎から第5頚椎レベルに同所見が認められるとしており(前記1の認定事実),両医師の間でさえ読影の相違があり,信用性に欠ける旨指摘する(乙44・3頁)。

しかし,g医師自身の読影としては,意見書(甲41)内での自己矛盾等があるわけではなく,一貫している上,上記のとおり,CT値による客観的な裏付けもされている。また,造影剤が硬膜外に漏出した場合,それが硬膜外腔の特定の領域のみにとどまると限らないことは,穿刺部位からの造影剤漏出による誤判定の可能性を想定する本件画像診断基準,更に被控訴人らの提出する医学文献(乙37)も前提にしていると理解できるところ,硬膜外腔の近傍別箇所に造影剤の所見を認めるとのe医師の読影が,g医師の読影と相互矛盾の関係にあるともいえない。

 CT値による裏付けについては,i医師において,硬膜外腔にCT値100以上の構造物がないとの一般的な前提には特段の異論を述べないものの,CT値を測定する範囲が狭すぎることによって,いわゆるムラのようなもので値が大きく変化することに伴うものである可能性があり,造影剤所見と判断する根拠としては不十分である旨述べる(乙29・7頁,乙45・2~3頁)。

この指摘は,g医師の意見書で引用されている角谷整形外科でのCT画像上,CT値測定箇所の面積・外周がいずれも0と表示されていること(甲41・11~14頁)を指すものと理解されるが,同画像上,CT値測定箇所を示す円の大きさからも,測定箇所のCT値には相応の数値幅や分散が見受けられること(硬膜外の右側測定箇所〔平均値101.13〕では,最大値135,最小値47,標準偏差16.7,左側測定箇所〔平均値113.44〕では,最大値155,最小値82,標準偏差14.21)からも,一定の広がりのある範囲設定でCT値測定をしていることがうかがわれるところ,単に平成20年というやや古いCT画像データが,g医師利用のPC等でのCT値測定における面積・外周の表示に対応していなかったなど,アプリケーションないしシステム上の形式的な問題と理解するのが合理的と考えられる。

また,仮に,i医師の上記指摘のとおりとすれば,i医師において,適切な範囲設定の下でCT値を測定し,より正確性の高いCT値を示すことは容易なはずであるにもかかわらず,原審・当審を通じて抽象的な指摘にとどまり,具体的な反証は一切されていない(乙44及び45の各検討事項6〔穿刺部からの漏出を示す画像・数値の有無〕は,被控訴人ら側においても,CT値の読取りが可能であることを前提としたものである。)。加えて,i医師の上記指摘は,あくまで角谷整形外科でのCTミエログラフィーに限ってのものであって,国立病院機構福山医療センターでのCTミエログラフィー上のCT値に対する反論とはなっていない。
 また,h医師及びi医師は,CT値によって脳脊髄液漏出症の有無を診断する手法の妥当性をそろって否定する(乙44,45)が,g医師は,CT値を直接的な根拠として診断しているわけではなく,CT画像の読影によって診断している(甲41)もので,あくまでも立証の客観的な裏付けないし説明としてCT値を利用しているにとどまるのであるから,h医師及びi医師の反論は的を射たものとはいえない。

そして,CT値が,CT画像と同じく,X線の吸収性という情報を表現するもので,これを客観的に数値化したものであることを踏まえると,このような立証裏付けの手法としての有用性を否定する理由は乏しいといえる。

 そして,被控訴人らは,造影剤が硬膜外に漏出したのであれば,硬膜内外でCT値は同じになるはずであるにもかかわらず,g医師の示す造影剤注入直後の硬膜内のCT値は350を超える一方,硬膜外は100をやや超える程度で,大きな差がある旨主張し,h医師も造影剤が硬膜外に漏出すれば,硬膜内外でのCT値は同じである旨述べる(乙44・1~2頁)。

しかし,造影剤が存在するといっても,その量・濃度の差によってCT値ないし画像所見としての表れに違いが生じるのは,むしろ自然のことと理解され,現に硬膜外への造影剤漏出が認められる場合にも,硬膜内外での画像所見の濃淡に差があることを示す医学文献もあり(甲41添付資料L936頁),被控訴人らの上記主張ないしh医師の上記指摘は前提を欠くと考えられる。

 加えて,h医師及びi医師は,腰椎の造影剤穿刺部位からの造影剤漏出所見はないとのg医師の画像読影(上記アの〔2〕)については,積極的に異論を述べるものではない。

 以上の検討,そして平成20年9月17日の角谷整形外科でのCTミエログラフィー及び平成30年1月31日の国立病院機構福山医療センターでのCTミエログラフィーの画像そのもの(甲43,乙13)に照らせば,それらCT画像には,h医師及びi医師の述べるとおり,一見して明瞭な硬膜外の造影剤漏出所見までは認められないものの,専門医においては読影可能で,CT値による確認ができる程度の造影剤漏出所見は認められ,かつ,同造影剤所見と連続するような造影剤穿刺部位からの漏出所見はないといえる。

そうすると,h医師及びi医師(本件の全証拠によっても,両医師が,脳脊髄液漏出症の分野において,どのような臨床・研究の実績を有するかは明らかでない。)の意見に基づいて,g医師の意見の信用性を否定することはできない。

ウ ところで,h医師及びi医師は,第1及び第2頚椎レベルの硬膜外腔にCT値100を超える程度の造影剤が存在するとした場合にもなお,当該造影剤が本件画像診断基準では言及のない他経路を経た可能性を理由に,脳脊髄液の漏出所見との判断を否定する。すなわち,h医師は,脳脊髄液腔に注入された造影剤が,神経根嚢や脊髄表面の血管などから血中に移行し,これが硬膜外腔の静脈嚢を灌流することで,脳脊髄液の漏出がなくても硬膜外腔のCT値に変化を及ぼす可能性が十分考えられる旨述べ(乙44・3~4頁),また,i医師は,CTミエログラフィーにおいて,造影剤の一部が穿刺部位から硬膜外に漏出し,そこから脂肪,筋肉や血液などを経由して第1及び第2頚椎レベルの硬膜外腔に至った可能性を除外することはできない旨述べる(乙29・7頁,45・2頁)。

しかし,脳脊髄腔内に注入され,あるいは,造影剤穿刺部位から硬膜外腔に漏れた造影剤が,徐々に血液や他組織に移行することまでは,一般論として理解できる面があるが,それを超えて,腰椎から造影剤を注入した直後に,当該造影剤の一部が,血液や他組織を経て第1及び第2頚椎レベルの硬膜外腔に至り,CT画像上確認でき,CT値を100以上に上げるほどの量・濃度で現れるとの機序は,直ちに了解可能な説明とはいえない上,他経路での造影剤漏出による誤判定の可能性に注意を払っている本件画像診断基準,その他本訴訟で提出されたいずれの医学文献による裏付けもない。

したがって,h医師及びi医師の上記各意見は,具体的根拠を欠いた抽象的可能性を述べるにとどまるもので,採用の限りではない。

 なお,h医師は,造影剤穿刺部位からの漏出の有無に関する問いに対して直接の回答を避ける一方,「脳脊髄液漏出症診療指針」(乙36)の緒言で言及されている症例を引用しつつ,脳脊髄液の漏出があっても,髄液圧が正常に保たれていれば問題はなく,脳脊髄液漏出症との疾患概念がもはや必要ない可能性も出てきたとし,このような考え方が世界標準であるかのような意見を述べる(乙44・5~6頁)。これは,控訴人に脳脊髄液の漏出があっても,これを各種症状の原因とすることに疑問を呈する趣旨と理解される。

しかし,そのような意見は,本件画像診断基準,更には上記「脳脊髄液漏出症診療指針」そのものが脳脊髄液漏出症との疾患概念を前提とし,脳脊髄液漏出の画像所見をもって診断する立場に立っていることと相容れず,上記緒言執筆者の「今回の診療指針で診断された「脳脊髄液漏出症」は確度高く脳脊髄液の漏出で症状を起こしていると言える。」との意見や同人の個人的論とする病態理解とも異なる(乙36・8~9頁)。双方当事者ともに依拠する国際頭痛分類第3版が,「低髄圧による頭痛」との名称を維持しつつ,その解説としても,診断基準としても,低髄圧と脳脊髄液漏出を並列に扱い,低髄圧を必須としていないこととも,基本的に整合しない。したがって,上記意見は,この論点に係る医学的知見の集積を踏まえたものとはいえず,h医師の独自の持論の域を出るものではなく,やはり採用できない。
以上:7,202文字

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