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令和 4年 3月30日(水):初稿 |
○「保険金請求免責事由重大過失非該当と判断した高裁判決紹介」の続きで、交通事故被害者に保険金請求免責事由である「重大な過失」に該当するとして請求を棄却した令和2年1月16日福岡地裁判決(判時2505号62頁)関連部分を紹介します。 ○保険金支払についての免責条項「重大な過失」の定義については、控訴審判決と同じで、昭和32年7月9日最高裁判決「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すもの」としています。 ○被保険者の行動の事実関係についても控訴審と同様「Aは、本件事故発生の際、本件事故現場において、本件車道の第2車線の中央分離帯寄りの位置で、d1丁目方向を向いて、歩行するか、又は一時的に佇立していた」として、一審は「重大な過失」に該当すると評価しました。 ○「重大な過失」該当理由として、「車道は、車両の通行の用に供するためのものであり、本件事故現場付近のように両側に歩道がある道路においては、歩行者は歩道を通行することを求められており、車道を、これと並行に歩行することや、車道上に佇むことは予定されていない(道路交通法10条)。それにもかかわらず、訴外Aは、上記行動をとったものであるから、前記(1)にいうところの、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態にあったと評価せざるを得ない」としています。 ○抽象的な定義を、具体的事案に当てはめて判断することの難しさを実感させる判決です。 *************************************** 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、160万円及びこれに対する平成29年9月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、積立保険契約(以下「本件保険契約」という。)における契約者であり被保険者である訴外Aが交通事故により傷害を負い、その治療のため病院に入院し、手術を受けたことから、本件保険契約における指定代理請求人である原告が、保険者である被告に対し、積立保険契約の総合医療特約、入院保障充実特約及び傷害損傷特約に基づく給付金合計160万円及びこれに対する給付金の支払期限が経過した日の翌日である平成29年9月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実) (1)当事者等 ア 原告は、訴外Aの母であり、本件保険契約における指定代理請求人である。 イ 被告は、生命保険業等を目的とする株式会社であり、本件保険契約における保険者である。 (2)本件保険契約の締結 (中略) (3)交通事故の発生 以下の事故(以下「本件事故」という。)が発生した(その概況は、別紙「交通事故現場見取図」(以下「別紙見取図」という。)参照)。 ア 発生日時 平成28年12月14日午前5時頃 イ 発生場所 福岡県春日市a1丁目1番地1先路上 ウ 事故態様 訴外Bが普通乗用自動車(以下「B車両」という。)を運転し、c3丁目方面からd1丁目方面に向かい時速約50キロメートルで進行するに当たり、進路前方道路上にいた訴外A(当時33歳)を認め、急制動及び左転把の措置を講じたが間に合わず、同人にB車両右前部を衝突させてボンネットに跳ねあげて、フロントガラスに強打させた上、同人を路上に落下させた。 (4)訴外Aの受傷及び入院 訴外Aは、本件事故により、左急性硬膜下血腫、遷延性意識障害、外傷性てんかん、頭蓋骨骨折、左頭部難治性皮膚潰瘍等の傷害を負い、その治療のため、平成28年12月14日から平成29年7月7日までH1病院に入院し、同日以降、継続加療目的で、H2病院に入院している。 (5)給付金の支払事由の存在及びその額 ア 訴外Aは、本件事故(不慮の事故)による傷害の治療を目的として、前記(4)のとおり入院し、頭蓋内血腫除去術等の手術、その他の治療を受けたところ、この入院、手術又は治療は、本件保険契約に係る保険約款(以下「本件約款」という。)が規定する災害入院給付金(総合医療特約4条1項)、手術給付金(総合医療特約7条1項)、入院保障充実給付金(入院保障充実特約(09)4条1項)及び運動器損傷給付金(傷害損傷特約(04)4条1項)の各支払事由に該当する。 イ 上記各給付金の額は,それぞれ次のとおりである。 (ア)災害入院給付金 108万円 (計算式) 6000円×180日=108万円 (イ)手術給付金 42万円 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 前提事実に後掲の証拠《略》及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。 (1)本件事故現場の状況等 (中略) 2 争点について (1)本件免責条項にいう「重大な過失」とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解すべきである(最高裁昭和27年(オ)第884号同32年7月9日第3小法廷判決・民集11巻7号1203頁、最高裁昭和56年(オ)第1112号同57年7月15日第1小法廷判決・民集36巻6号1188頁参照)。 (2)訴外Aの本件事故当時の行動 ア 前記1認定のとおり、本件県道の幅員は合計約15・6メートル(植込みを含まない。)であり、本件道路と反対側道路は、高さ約25センチメートルの中央分離帯とその上に設置された高さ約80センチメートルの防護柵で分離されており、防護柵は、本件事故現場(衝突地点)を基点とし、c3丁目方面は約62・6メートル、d1丁目方面は約71メートルにわたり、切れ間なく連続して設けられていることに照らすと、本件事故現場付近の位置から上記防護柵を乗り越えて本件県道を横断しようとしたとは考えにくい。 また、訴外Aが本件事故当時着用していたスーツの下衣の左足の側には、右足の側にはない高さ(裾から上方約30センチメートルの後膝部相当の部位)に一部溶融を伴う擦過痕及び一部の破れが認められたところ、B車両のフロントバンパー上段の地上高約41センチメートルの部位には黒色ゴム様物質の溶融を伴う擦過痕及び付着が、地上高約51センチメートルの部位には黒色繊維様物質の付着がそれぞれ認められたこと並びに訴外Aの妻が、訴外Aの受傷状況として、同人のふくらはぎに内出血があり、特に左足のふくらはぎの内出血が酷かった旨述べていることに照らすと、訴外Aの左足後膝部がB車両のフロントバンパーに衝突したと考えるのが上記各事実と整合的である。 さらに、本件目撃者は、本件事故の発生前、本件道路の第1車線を走行していたが、同車線上に人影はなかったことから、訴外Aは、歩道から飛び出したものではない旨を明確に供述している。これらを総合すると、本件事故の発生当時、訴外Aは、本件道路の第2車線の中央付近を、d1丁目方面に体を向けて、すなわち、B車両に背面を向けて、歩行ないしは佇立していたものと推認することができる。 イ これに対し、原告は、訴外Aは、飲酒していたとはいえ「へべれけ」に酔っぱらっていたわけではなく、意識もはっきりしていたのであるから、第2通行帯上を道路と並行に歩いたり、佇立したりしていたとは考え難い、本件事故現場から訴外Aの自宅へ向かうにはg池側の歩道を通行した方が便宜であり、訴外Aが少しでも歩く距離を短くするため、本件事故現場において車道を横断し、反対側の歩道に出ようとしていたと考える方が自然である旨主張する。 しかしながら、本件事故の前日から長時間にわたり飲酒していたのであり、その血中アルコール濃度も、少なくとも血液1ミリリットルにつき、1・25ミリグラム以上であったことに照らすと、訴外Aが本件事故当時、合理的な判断に基づいた行動をとり得る状態にあったとは考えにくい。また、原告は、訴外Bが「私の進路から見て、被害者は体を右側に向けて顔を私の車の方に向けて立っているように感じた」旨供述していたことからも、本件事故現場において車道を横断していたにすぎないと考察すべきである旨主張するが、前記のとおり、本件事故現場の状況に照らすと、本件事故現場付近の位置から中央分離帯及びその上に設置された防護柵を乗り越えて本件県道を横断しようとしたとは考えにくいこと、訴外Aの着衣の損傷状況やB車両の損傷状況並びに訴外Aの傷害の状況に照らすと、訴外Aの左足後膝部がB車両のフロントバンパーに衝突したと考えるのが合理的であることに照らし、訴外Bの上記供述は、そのままには採用し難い。 (3)重大な過失の有無 ア そうすると、訴外Aは、本件事故当時、飲酒により相応のアルコールを身体に保有する状態で、午前5時頃という日の出時刻よりも2時間以上も前の周囲がまだ暗い時間帯に、片側2車線の本件県道のうち、本件道路の第2車線の中央付近を、B車両に背面を向けた状態で歩行又は佇立していたことになる。しかも、訴外Aは、紺色のスーツに黒色のコートを着用しており、上記時間帯において、車両運転者からは発見が困難な状況にあった。 車道は、車両の通行の用に供するためのものであり、本件事故現場付近のように両側に歩道がある道路においては、歩行者は歩道を通行することを求められており、車道を、これと並行に歩行することや、車道上に佇むことは予定されていない(道路交通法10条)。それにもかかわらず、訴外Aは、上記行動をとったものであるから、前記(1)にいうところの、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態にあったと評価せざるを得ないというべきである。 イ これに対し、原告は、訴外Bの前方注視義務違反の過失がなければ本件事故は発生していなかったから、訴外Aの行動が本件事故の直接の原因ということはできない旨主張するが、本件事故の発生につき訴外Bと訴外Aの双方に過失があり、訴外Aの過失割合が訴外Bの過失割合を超えるものと判断されないとしても、これは損害の公平な負担の観点から、両者の過失を相対的に評価・判断するものであって、かかる評価・判断は、訴外A自身の過失の程度が重大な過失に該当するかの問題とは直接の関係がない。 また、原告は、本件事故現場の状況や本件事故の発生時間帯に照らせば、訴外Aの行動が特異であるとはいえず、自動車運転者においても予見可能なものであるといえる旨主張するが、本件道路の第2車線を、歩行者がこれと並行に歩行することや、車道上に佇むことが特異な行動でないとも、また、一般に自動車運転者において想定すべき歩行者の行動であるともいえないというべきである。 (4)以上によれば、訴外Aには、支払免責事由に該当する重大な過失があるといえるから、本件免責条項が適用され、被告は、前提事実(5)記載の各給付金の支払義務を負わない。 3 結論 以上によれば、原告の本件請求は、理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。(裁判官 柵木澄子) 別紙 交通事故現場見取図 以上:4,778文字
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