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令和 4年 3月29日(火):初稿 |
○車道の第2車線の中央分離帯寄りの位置で歩行又は一時的に佇立していた歩行者が交通事故に遭遇した保険事故に係る保険金請求について、重大な過失に起因する旨の免責事由の適用の有無が争点となり、免責事由を認めた原判決について、重大な過失があるとはいえないとして取り消し、保険金請求を認容した令和2年8月27日福岡高裁判決(判時2505号56頁)関連部分を紹介します。 ○保険金支払についての免責条項「重大な過失」の定義について、一審・控訴審いずれも昭和32年7月9日最高裁判決「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すもの」としました。 ○被保険者の行動の事実関係についても一審・控訴審いずれも「Aは、本件事故発生の際、本件事故現場において、本件車道の第2車線の中央分離帯寄りの位置で、d1丁目方向を向いて、歩行するか、又は一時的に佇立していた可能性が高い」としながら、一審は「重大な過失」に該当すると評価していたものを、控訴審は該当しないとしました。 ○非該当理由として、Aの行動に過失があったことは否定できないとしても、それが、ほとんど故意に近い著しい注意欠如といえるようなもの、すなわち、Aが本件事故の発生を認識、認容していたと仮定した場合に、故意に本件事故を招致したと評価できるようなものであったとまでいうことはできないとしています。 ************************************************ 主 文 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、控訴人に対し、160万円及びこれに対する平成29年9月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。 4 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 主文第1、2項と同旨 第2 事案の概要 本件は、被控訴人を保険者とし、Aを保険契約者及び被保険者とする積立保険契約(以下「本件保険契約」という。)における指定代理請求人である控訴人が、Aが交通事故により傷害を負い、その治療のため入院して手術を受けたことから、本件保険契約に基づき、被控訴人に対し、本件保険契約の総合医療特約、入院保障充実特約及び傷害損傷特約による給付金合計160万円及びこれに対する支払期限が経過した日の翌日である平成29年9月22日から支払済みまで商法(平成29年法律第45号による改正前のもの)に定める利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し、被控訴人が、上記交通事故はAの重大な過失に起因して発生したものであるから被控訴人は保険金の支払義務を免責されると主張して、争った事案である。 原審は、被控訴人の上記主張を認めて控訴人の請求を棄却したところ、控訴人がこれを不服として控訴した。 1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実) (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 前提事実に後掲の証拠《略》及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。 (1)本件事故現場の状況等 (中略) 2 検討 (1)Aの本件事故当時の行動等について ア 被控訴人の主張について (ア)被控訴人は、Aが、本件事故発生の際、未明の時間帯に、黒色コートを着用し、本件車道の第2車線の中央付近において、後方から接近して来るB車両に背を向けて歩行し、又は佇立していたと主張する。 (イ)前記認定事実及び証拠《略》によれば、Aは、本件事故現場の北東に位置するeから県道f号線を西進して本件県道との交差点を左折して南進し、本件事故現場の南西に位置する自宅に戻るつもりであったと推認されるから、Aは、上記交差点を左折した後、本件車道側(東側)の歩道を歩行中、いずれかの地点で、対向車道側(西側)の歩道に移動するために、本件県道を横断しようとして、本件車道上に進入した可能性が高いと推定される。 もっとも、本件車道側の歩道から対向車道側の歩道に移動するために本件県道を横断するとすれば、本件車道とその外側の歩道とを隔てる植込みの途切れた場所から本件車道に進入するのが自然と考えられるところ(証拠《略》によれば、植込みも相応の高さがあることがうかがわれる。)、原判決別紙見取図のとおり、本件事故現場付近においては、本件車道とその外側の歩道との間に植込みが存在することに照らすと、Aが本件事故現場付近において本件車道に進入し、これを横断し、本件防護柵を乗り越えて、本件県道を横断しようとしたとは考えにくいというべきである。 また、Aが本件事故当時着用していたスーツの下衣の左足の側には、右足の側にはない高さ(裾から上方約30cmの後膝部相当の部位)に一部溶融を伴う擦過痕及び一部の破れが認められたところ、B車両のフロントバンパー上段の地上高約41cmの部位には黒色ゴム様物質の溶融を伴う擦過痕及び付着が、地上高約51cmの部位には黒色繊維様物質の付着がそれぞれ認められたこと並びにAの妻が、Aの受傷状況として、同人の両足のふくらはぎに内出血があり、特に左足のふくらはぎの内出血が酷かった旨述べていることに照らすと、Aの左足後膝部がB車両のフロントバンパーに衝突したと考えるのが上記各事実と整合的である。 さらに、本件目撃者は、本件事故の発生前、本件道路の第1車線を走行していたが、同車線上に人影はなかったことから、Aは、歩道から飛び出したものとは考えられない旨を明確に供述している。 そして、前記1認定のとおり、本件県道の車道部分の幅員は合計約15・6mに及び、本件車道と対向車道とは、高さ約25cmの中央分離帯とその上に設置された高さ約80cmの本件防護柵とで分離されており、本件防護柵は、本件事故現場を基点としてc3丁目方向に約62・6mの地点からd1丁目方向に約71mの地点まで、途切れることなく、連続して設置されていることなども総合すると、Aは、本件事故現場よりも手前(c3丁目側)の地点で本件車道を横断して中央分離帯に到達した後、d1丁目方向に向かって歩行して本件事故現場に至り、本件事故発生の際には、本件車道の第2車線上で、d1丁目方向に体の正面を向け、後方から接近して来たB車両に背面を向けて、歩行ないし佇立していたものと推認することができる(なお、当時Aが自宅に歩いて帰る途中であったことを考えると、仮にAが本件事故発生の時点では、本件事故現場において歩行するのではなく、佇立していたとしても、それは一時的なものであったと認めるのが相当である。)。 (ウ)なお、被控訴人は、Aが本件事故発生の際第2車線の中央付近にいたとも主張するところ、証拠《略》よれば、Bは、検察官の取調べに対し、Aとの衝突直前に、B車両を左転把した上で急制動の措置を講じたが、第2車線中央付近にいたAに衝突した旨供述し、実況見分の際にも、第2車線の中央付近である原判決別紙見取図の〔×〕地点がAとの衝突した地点である旨の指示説明をしたことが認められ、これは、被控訴人の上記主張に沿うものといえる。 しかし、Bの上記供述や指示説明は、BがB車両をAに衝突させる直前の一瞬にAを目撃した記憶に基づくものであって、その供述の基となった認識の正確性には限界があるといわざるを得ない。また、BがAとの衝突前にB車両のハンドルを左転把したことや急制動の措置を講じたことについては、その裏付けとなるB車両のタイヤ痕等の客観的な証拠がない。 これらの点に加え、前記認定のとおり、Aの身体は、B車両のフロントバンパーの右側部分との衝突によって跳ね上げられて、その頭部が上記部分のほぼ真後ろの位置でB車両のフロントガラスと衝突していること、本件事故後、Aは、本件車道の第2車線の中央よりも右側(中央分離帯寄り)に転倒したことも併せ考えると、B車両が進路を左方向に変更した後に同車線の中央付近にいたAと衝突したとは考え難く、むしろ、Bが衝突前にはAの存在に気付かず、又は衝突直前にその存在に気付いてB車両の進路を変更しようとしたものの奏功しないまま、原判決別紙見取図の〔×〕地点よりも中央分離帯寄りの地点にいたAにB車両を衝突させた可能性が高いというべきである。 したがって、被控訴人の主張のうち、上記の点は、これを採用することができない。 イ 控訴人の主張について 他方、控訴人は、Aが、飲酒していたとはいえ、「へべれけ」に酔っぱらっていたわけではなく、意識もはっきりしていたのであるから、第2車線上でd1丁目の方向に本件車道を歩いたり、その上に佇立したりしていたとは考え難い、本件事故現場からAの自宅へ向かうには対向車道側(西側)の歩道を通行した方が便宜であり、Aが少しでも自宅に戻るまでに歩く距離を短くするため、本件事故現場において本件車道の横断を開始し、そのまま本件防護柵を越え、更に対向車道を横断して、対向車道側の歩道に移動しようとしていたと考えるのが自然であり、Bが検察官に対して「私の進路から見て、被害者は体を右側に向けて顔を私の車の方に向けて立っているように感じた」旨供述していたことからも、そのことが裏付けられる旨主張する。 しかしながら、本件県道の中央分離帯には、路面から約105cmの高さにまで本件防護柵が設置されていたのであり、Aが、本件事故現場よりも手前(c3丁目側)の地点で本件県道を横断しようとして、本件車道を横断して中央分離帯に到達したものの、その時点で本件防護柵の高さを実感し、その結果これを越えて対向車道側に移動するのではなく、本件防護柵が途切れる地点までd1丁目方向に中央分離帯に沿って歩き、その地点で対向車道を横切って対向車道側の歩道に移動しようと考えたとしても、不自然、不合理とはいえない。 そして、前記のとおり、本件事故発生直前におけるAの行動の目撃状況に関するBの供述の正確性には限界があるといわざるを得ない上、本件事故現場に設置された植込みの状況に照らすと、Aが本件事故現場付近で本件車道に進入して横断を開始したとは考えにくいこと、Aの着衣やB車両の損傷状況等に照らすと、Aの左足後膝部がB車両のフロントバンパーに衝突したと考えるのが合理的であることにも鑑みると、控訴人の上記主張は、採用し難い。 ウ まとめ 以上のとおり,Aは、本件事故発生の際、本件事故現場において、本件車道の第2車線の中央分離帯寄りの位置で、d1丁目方向を向いて、歩行するか、又は一時的に佇立していた可能性が高いというべきである。 (2)重大な過失の有無について ア「重大な過失」の意義 本件免責条項にいう「重大な過失」とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解すべきである(最高裁昭和27年(オ)第884号同32年7月9日第三小法廷判決・民集11巻7号1203頁、同昭和56年(オ)第1112号同57年7月15日第一小法廷判決・民集36巻6号1188頁参照)。 そうであれば、「重大な過失」を基礎づけるに足りる被保険者等の行為(作為又は不作為)は、故意に保険事故を招致した疑いのあるものである必要はないが、保険事故発生の認識又は認容があれば故意に保険事故を招致したともいえるようなものである必要があるというべきであり、被保険者等の行為がそのようなものであることの立証責任は、保険者にあるというべきである。 イ 本件へのあてはめ そこで、Aに重大な過失があったと認められるかについて検討すると、上記(1)で説示したところによれば、Aは、本件県道の本件車道側(東側)の歩道をd1丁目方向に向かって歩行中、本件事故現場よりも手前(c3丁目側)の地点で、対向車道側(西側)の歩道へ移動することを意図して、本件車道に進入して本件県道の横断を開始したが、中央分離帯に到達した時点で、その地点での横断を中止し、d1丁目側で本件防護柵が途切れる地点まで移動することとして、中央分離帯に沿って本件車道の第2車線上をd1丁目方向に向かって歩行し、又は一時佇立していた可能性が高いというべきである。 確かに、車道は、車両の通行の用に供するためのものであり(道路交通法2条1項3号)、本件事故現場付近のように両側に歩道がある道路においては、歩行者は、横断等をする場合を除き、歩道を通行することを求められており(道路交通法10条2項)、車道を歩行することは予定されていない上、本件事故が発生したのは、本件事故現場周辺がまだ暗い時間帯であり、そのような中、黒い着衣で本件車道を歩行したAに過失があったこと自体は、否定できない。 しかし、前記認定事実によれば、本件事故現場は、見通しの良い片側2車線の一般道路上の地点であり、本件事故発生当時の交通は、その直後に行われた実況見分時と同様に、閑散としていた可能性が高いと考えられる。 そして、本件防護柵は全長130mほどであって、仮にAが本件防護柵のc3丁目側の端に近い地点で本件車道を横断したとしても、中央分離帯に沿って2分程度も歩けば、本件防護柵のd1丁目側の端に到達することが可能であったことになる。 これに加えて、前記認定のとおり、Aが本件車道の第2車線の中央分離帯寄りを歩行していた可能性が高いと推認されることも併せ考えると、Aにおいて、前記のような道路状況の下でAの後方から接近して来る車両の運転者が、前方を注視して走行することにより、Aの存在を認識し、僅かのハンドル操作により容易にAを回避して、その側方を通過するものと期待することにも、一定の客観的合理性があったものということができる。 これらの事情を総合すれば、本件事故の発生について、Aの行動に過失があったことは否定できないとしても、それが、ほとんど故意に近い著しい注意欠如といえるようなもの、すなわち、Aが本件事故の発生を認識、認容していたと仮定した場合に、故意に本件事故を招致したと評価できるようなものであったとまでいうことはできない。 そうすると、Aには、本件事故の発生について、重大な過失があったということはできず、他に、本件保険契約に基づく本件事故に係る保険金の請求について、支払免責事由があることの主張立証はない。 (3)小括 以上によれば、控訴人は、被控訴人に対し、本件保険契約における総合医療特約、入院保障充実特約及び傷害損傷特約による給付金合計160万円及びこれに対する控訴人の請求が受理された平成29年8月7日の翌日から起算して45日を経過した日である同年9月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を請求できることになる。 第4 結論 そうすると、控訴人の請求は理由があるから全部認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取消した上、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 矢尾渉 裁判官 佐藤拓海 伊賀和幸) 以上:6,292文字
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