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車両損害保険金は物損全体を補填するとした高裁(上告審)判決紹介

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令和 1年11月 6日(水):初稿
○交通事故の被害者が損害保険会社との間で締結した自動車保険契約に基づいて受ける保険給付は、特段の事情がない限り、交通事故によって生じた当該自動車に関する損害賠償請求権全体を対象として支払われるものと解するのが当事者の意思に合致し、被害者の救済の見地からも相当であるから、車両損害保険条項に基づいて支払われた車両損害保険金は、当該交通事故に係る物的損害の全体を補填するものと解するのが相当であるとした上告審としての平成30年4月25日東京高裁判決(交民集51巻2号269頁、判時2416号34頁)全文を紹介します。

○この判決は、自動車保険契約の被保険者に事故の発生について過失がある場合には、車両損害保険条項に基づき被保険者が被った損害に対して保険金を支払った損害保険会社は、被害者について民法上認められる過失相殺前の損害額、すなわち裁判基準損害額が保険金請求権者に確保されるように、支払った保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回るときに限り、その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当であるとし、この問題に関する平成24年2月20日最高裁判決を踏襲しました。

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主    文
1 原判決中上告人X1及び被上告人三井住友海上火災保険株式会社に関する部分を次のとおり変更する。
(1) 上告人X1は,被上告人三井住友海上火災保険株式会社に対し,47万9799円及びこれに対する平成27年7月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被上告人三井住友海上火災保険株式会社の上告人X1に対するその余の請求を棄却する。
2 上告人らのその余の本件各上告をいずれも棄却する。
3 訴訟の総費用は,これを6分し,その5を上告人らの負担とし,その余を被上告人らの負担とする。

理    由
(上告代理人○○○○の上告理由について)
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断や事実の認定を非難するものにすぎず,採用することができない。

(上告人X1の上告理由について)
1 本件は,上告人X1(以下「上告人X1」という。)が運転する上告人車と,後続する被上告人有限会社Y2(以下「被上告人会社」という。)が所有し,被上告人Y1(以下「被上告人Y1」という。)が運転する被上告人車が接触した交通事故(以下「本件事故」という。)について,被上告人会社との間で締結した自動車保険契約に基づき,被上告人会社に対して保険金を支払った被上告人三井住友海上火災保険株式会社(以下「被上告人三井住友海上」という。)が,本件事故の当事者である上告人X1に対し,被上告人会社の上告人X1に対する民法709条に基づく損害賠償請求権の一部を代位取得したとして,損害賠償金の支払を求めた事案である。

 上記保険金は,上記自動車保険契約に適用される普通保険約款中の車両損害保険条項に基づいて支払われたものであるところ,被上告人三井住友海上による損害賠償請求権の代位取得の範囲等が争われている。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は次のとおりである。
(1) 被上告人Y1は,平成27年4月2日午前10時頃,首都高速道路の本線から分岐車線への分岐点付近において,被上告人車を分岐車線方向に進行させていたところ,被上告人車の前方で本線から分岐車線へ車線変更した上告人車の右後角付近が,分岐車線を直進進行していた被上告人車の左前角付近と接触する本件事故が発生した。

(2) 本件事故により被上告人会社が被った損害は,被上告人車に係る修理費用87万8850円及び休車損害11万7988円の合計99万6838円である。

(3) 被上告人会社は,本件事故当時,被上告人三井住友海上との間で車両損害保険条項のある普通保険約款(以下「本件約款」という。)が適用される自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結しており,上記車両損害保険条項に係る被保険者であった。ただし,本件保険契約には,免責分として10万円を控除した上,車両損害保険金を支払う旨の特約がある。また,本件約款中の保険会社の代位に係る規定において,被上告人三井住友海上に移転せずに被保険者又は保険金請求権者が引き続き有する債権は,被上告人三井住友海上に移転した債権よりも優先して弁済されるものとする旨が定められている。

(4) 被上告人三井住友海上は,平成27年7月1日頃,被上告人会社に対し,本件約款中の車両損害保険条項に基づき,本件事故に係る車両損害保険金として,被上告人車に係る修理費用87万8850円から免責分10万円を控除した額に相当する77万8850円を支払った。

3 原審は,上記事実関係の下に,被上告人三井住友海上が代位取得する被上告人会社の上告人X1に対する損害賠償請求権の範囲につき,被上告人車に係る修理費用額87万8850円に3割の過失相殺をした61万5195円から免責分10万円を控除した51万5195円とし,被上告人三井住友海上の上告人X1に対する請求について,51万5195円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容すべきものと判断した。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 交通事故の被害者が損害保険会社との間で締結した自動車保険契約に基づいて受ける保険給付は,特段の事情がない限り,交通事故によって生じた当該自動車に関する損害賠償請求権全体を対象として支払われるものと解するのが当事者の意思に合致し,被害者の救済の見地からも相当であるから,車両損害保険条項に基づいて支払われた車両損害保険金は,当該交通事故に係る物的損害の全体を填補するものと解するのが相当である。

(2) 本件事故においては,被上告人車に係る修理費用87万8850円及び休車損害11万7988円の合計99万6838円が被上告人車に関して被保険者である被上告人会社が被った物的損害であるから,被上告人三井住友海上が支払った保険金はこれらの物的損害の全体を填補するものというべきである。

(3) そして,本件保険契約の被保険者である被上告人会社に本件事故の発生について過失がある場合には,車両損害保険条項に基づき被保険者が被った損害に対して保険金を支払った被上告人三井住友海上は,被害者について民法上認められる過失相殺前の損害額(以下「裁判基準損害額」という。)が保険金請求権者に確保されるように,支払った保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回るときに限り,その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である(最高裁判所平成24年2月20日第一小法廷判決・民集66巻2号742頁,同平成24年5月29日第三小法廷判決・集民240号261頁参照)。

(4) そうすると,過失相殺がされる場合には,被害者に支払われた保険金は,まず損害額のうち被害者の過失割合に相当する部分に充当され,その残額が加害者の過失割合に相当する部分に充当されるから(いわゆる裁判基準差額説),本件において,被上告人三井住友海上が支払った車両保険金77万8850円は,被保険者である被上告人会社が被った過失相殺前の損害額99万6838円の被上告人会社側の過失割合である3割に相当する29万9051円(99万6838円×0.3)にまず充当され,これを控除した残額である47万9799円(77万8850円-29万9051円)が加害者の過失割合に相当する部分に充当されるから,結局のところ,被上告人三井住友海上は,被上告人会社に代位して,上告人X1に対し,47万9799円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めることができるものである。

(5) したがって,原判決は,被上告人三井住友海上が上告人X1に対して請求することができる金額を過大に算定しているから,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

5 以上のとおり,上告人X1の論旨は理由がある。そこで,以上に説示したところに従い,原判決中上告人X1及び被上告人三井住友海上に関する部分を主文第1項のとおり変更することとし,その余の各上告はいずれも理由がないから棄却することとする。
 よって,主文のとおり判決する。
 東京高等裁判所第12民事部 (裁判長裁判官 杉原則彦 裁判官 山口均 裁判官 井上泰人)

以上:3,616文字

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