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弁護士の住民票取寄についての慰謝料請求を棄却した地裁判決紹介

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令和 7年 2月26日(水):初稿
○「弁護士の照会兼回答書提出に債務不履行責任を認めた高裁判決紹介」の続きで、弁護士業務に対する損害賠償請求事案として、令和6年2月28日東京地裁判決(LEX/DB)全文を紹介します。

○原告らが、弁護士である被告が依頼者の代理人として原告らの住民票の写し等を取得するなどしたことにより原告らのプライバシーが侵害されたと主張して、被告弁護士に対し、不法行為に基づき慰謝料合計50万円の賠償などを求めました。

○被告弁護士は、債務者である原告Aに強制執行申立をする際に、原告A及びその妻原告Bの住民票を取り寄せたもので、弁護士としては日常茶飯事に行っている業務です。東京地裁判決は、債務者の同居人の有無や、その身分関係に関する情報は、当該住民票等の所在地の不動産に係る不動産登記の情報と適宜対照することにより、当該所在地に係る債務者の占有権原ひいて債務者の財産関係の判断に有用な情報になり、このような事情を考慮すれば、住民票等を取得して債務者の同居人の有無等を確認することについて、債権者にとっての必要性を否定することはできず、被告弁護士の行為には原告らのプライバシーを侵害した違法性が認められないとしていずれの請求も棄却しました。

○請求棄却は当然ですが、弁護士の強制執行申立準備行為としての住民票取寄まで損害賠償請求される時代になったのは弁護士の地位の低下に伴うものと思われ、厳しい時代になったと痛感します。

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主   文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請

 被告は、原告らに対し、50万円及びこれに対する令和2年3月26日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は、原告らが、弁護士である被告が依頼者の代理人として原告らの住民票の写し等を取得するなどしたことにより原告らのプライバシーが侵害されたと主張し、被告に対し、不法行為に基づき、慰謝料50万円(各原告25万円ずつ)及びこれに対する最初の住民票の写し等交付請求日である令和2年3月26日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実
 以下の事実は、当事者間に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
(1)当事者等
ア 原告A(以下「原告A」という。)は、東京地方裁判所平成25年(ワ)第1392号損害賠償等請求事件(以下「別件訴訟」という。)の被告であった者である。原告B(以下「原告B」という。)は、原告Aの妻である。
(第2文につき甲4)
イ 被告は、a弁護士会に所属する弁護士である。被告は、別件訴訟の原告(以下「別件原告」という。)の訴訟代理人となっていた。
ウ 別件訴訟については、第1審において、平成25年9月6日、原告Aが別件原告に対し、61万2500円及びこれに対する平成24年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命ずることなどを内容とする判決(以下「別件判決」という。)が言い渡された。この判決に対し原告Aが控訴をしたものの、平成26年1月30日、控訴棄却の判決が言い渡され、その頃、別件判決は確定した。
(乙1、4)

(2)被告による住民票の写し等の請求等
ア 被告は、令和2年3月26日、東京都新宿区長に対し、別件原告の代理人として、原告Aの住民票の写し(不存在の場合にはその除票の写し)の交付を請求した(以下、この請求を「本件請求1」という。)。その際、被告は、利用目的を「訴訟準備のため」とし、基礎証明事項(住民基本台帳法7条1号から3号まで及び6号から8号までに定める事項。以下同じ。)以外の事項として、世帯主についてその旨、世帯主でない者について世帯主の氏名及び世帯主との続柄並びに本籍又は国籍・地域の各事項(以下「本件記載事項」という。)の記載を世帯全員について求めた。

 本件請求1により、被告は、原告Aの住民票除票の写し(以下「本件除票」という。)を入手した。本件除票には、原告Aと原告Bについて、基礎証明事項の他、本件記載事項についての記載があった。
(第1段落につき甲1)

イ 被告は、令和2年9月17日、神奈川県α町長に対し、別件原告の代理人として、原告Aの住民票の写しの交付を請求した(以下、この請求を「本件請求2」という。)。その際、被告は、利用目的を「強制執行申立」とし、基礎証明事項以外の事項として、本件記載事項の記載を世帯全員について求めた。

 本件請求2により、被告は、原告Aの住民票の写し(以下「本件住民票」という。)を入手した。本件住民票には、原告Aと原告Bについて、基礎証明事項の他、本件記載事項についての記載があった。
(第1段落につき甲2)

(3)原告Aに対する強制執行の申立て
ア 被告は、令和2年9月29日、別件原告の代理人として、横浜地方裁判所小田原支部に対し、別件判決を債務名義とし、原告Aを債務者、その所有する土地建物を対象とする不動産強制競売の申立てをした(同裁判所同支部同年(ヌ)第47号。以下「本件強制競売事件」という。)。上記土地建物は、本件住民票記載の住所地に所在し、当時、原告らが居住している不動産であった。
(甲3、4、乙4)

イ 本件強制競売事件の申立てに際し、被告は、本件住民票の原本を、マスキング等の加工をすることなく申立書の添付書類として裁判所に提出した(以下、この提出行為を「本件住民票提出行為」という。)。
2 争点及び当事者の主張
(1)本件請求1等の違法性
(原告らの主張)
ア 本件請求1、本件請求2及び本件住民票提出行為は、いずれも原告らのプライバシー権を侵害し違法である。
イ 被告は、本件請求1及び本件請求2の正当性を主張するが、強制執行に必要ないわゆる「つながり証明」の範囲を超えた記載のある住民票ないしその除票の写し(以下「住民票等」という。)の交付を請求することは許されない。
 被告は、原告Aが居住する不動産の状況を正確かつ効率的に把握する必要があったとも主張するが、そうであれば、上記不動産の登記簿を確認すべきである上、原告Bについての情報を取得する必要は全くない。また、強制執行の申立ての添付書類について、原本のうち不要な部分にマスキングをして提出することが許されないとは考えられない。
 弁護士、公務員等守秘義務を負う者であっても、同義務に反する行為をする者は存在するのであるから、本件住民票提出行為は原告らの個人情報をみだりに漏えいさせる恐れのある行為であり、違法である。

(被告の主張)
ア 本件請求1及び本件請求2は、別件判決による債権差押えの強制執行が奏功しなかったことなどを受け、原告Aの他の財産を対象とする強制執行の申立てをする準備として行ったものである。この際、世帯主についてその旨と世帯主でない者について世帯主の氏名及び世帯主との続柄の記載を世帯全員について求めたのは、強制執行の対象財産として不動産を想定した場合、原告Aが居住する不動産の状況を正確かつ効率的に把握する必要があったためであり、本籍又は国籍・地域の記載については、原告Aの氏名や住所が変わっている可能性が想定され、もし変更が生じていた場合には戸籍又はその附票が必要になるためである。
 したがって、本件請求1及び本件請求2は、いずれも原告らのプライバシーを違法に侵害するものではない。

イ 本件住民票提出行為は、強制競売の申立てには住民票の写しを添付する必要があり、かつ、原本の提出が必要でマスキング処理ができなかったためである。しかも、民事執行事件の記録は「利害関係を有する者」のみが閲覧又は謄写ができ、本件住民票に記載された原告らの情報が第三者に知られる可能性は低い。
 したがって、本件住民票提出行為についても原告らのプライバシーを違法に侵害するものではない。

(2)原告らの損害
(原告らの主張)
 上記(1)の不法行為により原告らが受けた精神的苦痛の慰謝料としては、50万円(各原告につき25万円ずつ)が相当である。

(被告の主張)
 争う。

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件請求1等の違法性)について
(1)本件請求1及び本件請求2について
ア 前記前提事実によれば、本件請求1及び本件請求2は、いずれも、別件判決を債務名義とする強制執行の準備のために行われたものと認められる。

イ 債権者の代理人である弁護士が、強制執行の準備のため、債務者の住民票等の交付を請求する場合、請求時点においては当該住民票等にどのような記載があるかについては認識していないことが通例であるといえる。そして、債務者に同居人が存在するか否かや、債務者と同居人との関係がどのようなものであるかという情報は、当該住民票等の所在地の不動産に係る不動産登記の情報と適宜対照することにより、当該所在地に係る債務者の占有権原ひいて債務者の財産関係の判断に有用な情報になり得る。このような事情を考慮すれば、住民票等を取得して債務者の同居人の有無等を確認することについて、債権者にとっての必要性を否定することはできないというべきである。

 他方、基礎証明事項や本件記載事項についての住民票等の記載は、個人情報とはいっても必ずしも秘匿性が高いものとはいえず、法令上の守秘義務を負う者であれば、一般的ないし抽象的な必要性に基づきこのような情報を取得することも禁じられるものではないというべきである。住民基本台帳法においても、弁護士を含む特定事務受任者による住民票等の交付の請求については、市町村長において「相当と認めるとき」に交付するものとだけ定め、交付についての具体的要件を定めていない(同法12条の3第2項)。

ウ 上記イの説示に加え、本件住民票等が被告以外の第三者にみだりに開示され、又は漏えいしたことを認めるに足りる証拠がないこと(なお、本件住民票提出行為が違法とはいえないことは下記(2)のとおりである。)をも考慮すれば、本件請求1及び本件請求2が原告らのプライバシーを侵害するものとして違法であると認めることはできない。

 原告らは,守秘義務を負う者であってもこれに反する者がいると主張するが、そのような抽象的可能性は上記判断を左右するものではない。実際に守秘義務に反したり、不正に住民票等の請求をしたりした場合には、別途懲戒その他の制裁が科されることはあるとしても、そのような可能性があるからといって、本件請求1や本件請求2が違法であると判断すべきものとはいえない。 

(2)本件住民票提出行為について
 民事執行事件の記録は、利害関係を有する者でなければ閲覧、謄写等ができない(民事執行法17条)。これに加え、本件住民票の記載事項は前記第2の1(2)イ認定のとおりであり、原告Bが原告Aの妻であることをも考慮すれば、被告において、原告Aのみの記載がある住民票を取得し直さず、かつ、本件住民票の原告Bに係る記載部分をマスキングしないまま、本件住民票を執行裁判所に提出したからといって、原告Aのプライバシーについてはもとより、原告Bのプライバシーについても、これを侵害した違法があるとは認められない。

2 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。よって、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第16部 裁判官 伊藤正晴
以上:4,708文字

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