令和 7年 2月20日(木):初稿 |
○判例時報令和7年2月21日号に弁護士が控訴審において依頼者の意向を確認しないまま和解の意向がない旨の記載のある照会兼回答書を提出したことが委任契約上の善管義務違反に当たるとした令和5年5月25日大阪高裁判決(判時2613号○頁)が紹介されています。最近、お客様が弁護士に対し、説明義務違反等で損害賠償請求する例が増えているような気がします。注意喚起の意味で一部を紹介します。 ○第一審令和5年5月25日大阪地裁判決(LEX/DB)は、原告が、原告の母が病院で手術を受けた後に死亡したことについて、病院及び医師を相手方とする調停の申立て及び訴訟の提起を弁護士である被告に委任したところ、この調停及び訴訟の手続について、被告が、手続に関する説明を怠ったもしくは原告が主張するよう求めたことを主張しなかったなどと主張して、原告が、被告に対し、委任契約上の債務不履行に基づき、損害賠償として300万円の支払を求め、全部棄却されていました。 ○原告が300万円の請求額のうち20万円を支払えと請求して控訴しましたが、控訴審大阪高裁判決は、被控訴人弁護士が、控訴人の意向を改めて確認しないまま、別件訴訟の控訴審裁判所に、控訴人に和解の意向がない旨の記載のある照会兼回答書を提出したことについて、債務不履行があるとして金10万円の支払を被控訴人弁護士に命じました。 ○判決は、弁護士は、あくまで依頼者の代理人であって、和解についての意向につき、依頼者の意思を尊重することが求められるというべきであり、依頼者である控訴人の意向を改めて確認しないまま、別件訴訟の控訴審裁判所に、控訴人に和解の意向がない旨の記載のある照会兼回答書を提出したことは、控訴人との間の委任契約上の義務違反を構成し、別件訴訟の控訴審の裁判所による和解についての双方の最終的な意向を確認するという審理を受ける機会を失ったことによる精神的苦痛に対する慰謝料に限られ、その金額としては10万円をもって相当としました。 ******************************************** 主 文 1 原判決を次のとおり変更する。 2 被控訴人は、控訴人に対し、10万円を支払え。 3 控訴人のその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを30分し、その1を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を次のとおり変更する。 2 被控訴人は、控訴人に対し、20万円を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の概要 控訴人は、控訴人の母が医療機関で手術を受けた後に死亡したことについて、弁護士である被控訴人に、医療機関及び医師を相手方とする調停の申立て及び訴訟の提起を委任した。控訴人は、この調停及び訴訟の手続について、被控訴人が、手続に関する説明を怠った、控訴人が主張するよう求めたことを主張しなかったなどと主張している。本件は、控訴人が、被控訴人に対し、委任契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、慰謝料等の損害金300万円の支払を求める事案である。 原審が、控訴人の請求を棄却する旨の判決を言い渡したところ、控訴人が、20万円の認容判決を求める限度で控訴を提起した。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実) (中略) 第3 当裁判所の判断 1 義務違反1(E医師の不出頭の説明義務違反)について (中略) 7 義務違反7(和解意向確認の義務違反)について 控訴人は、被控訴人が控訴人及びDの意向を確認しないまま、別件訴訟の控訴審において、和解の意向がない旨を記載した照会兼回答書を提出したことが義務違反に当たると主張する。 この点、別件訴訟において被控訴人が大阪高等裁判所に提出した照会兼回答書(乙38)は、訴訟法上提出が義務付けられた正式な書面というわけではなく、控訴審の審理を担当する裁判所が事前に訴訟進行の方針等を検討するための資料とする目的で当事者に提出を求めているものである。そして、愛仁会及びE医師は、別件訴訟に先行する別件調停において、既に和解に応じない旨を明らかにしていたこと(乙2〔8頁〕)、別件訴訟の第1審が、E医師に適応のない手術をした注意義務違反、手技上の注意義務違反及び説明義務違反があったとは認められないことを理由に控訴人の請求を棄却し(甲10)、控訴審の裁判所が和解勧告をすることなく1回の期日で弁論を終結して控訴棄却判決の言渡しに至ったという審理経過を考慮すると、別件訴訟の控訴審において、愛仁会及びE医師が控訴人及びDに対して何らかの金銭給付をする方向での和解協議に応じる可能性は低かったということができる。 しかしながら、弁護士に訴訟事件の代理を委任した事件当事者が、自身の抱える民事紛争をどのような形で解決するかは、当該訴訟事件の進展状況を踏まえて時々刻々と変化し得るところ、仮に、控訴人が、別件訴訟の第1審の審理の過程においては積極的に和解による解決を希望していなかった(被控訴人本人〔7頁〕)としても、第1審で請求棄却の判決が言い渡されるという節目の後に、控訴人が第1審判決の結論や理由等を踏まえて和解による解決を希望するに至ることは不合理ではなく、あり得ることからすると、被控訴人としては、別件訴訟の控訴審の審理が始まる時点での控訴人の和解についての意向を確認すべきであったといえる。被控訴人において、照会兼回答書の作成に当たって改めてこの時点での控訴人の意向を聴取するのが困難であった事情も認められない。 そして、患者が死亡した医療訴訟において、医療側の注意義務違反が認められない事案であっても、例えば、手術前の説明が必ずしも万全ではなかったことを遺憾とする旨の条項を定めるなど、金銭給付を伴わない和解により紛争が解決することがあり得るところである(別件訴訟の第1審判決では、E医師が、患者死亡後、控訴人に対し、術前の説明では意図したことが結果的に伝わっておらず、手術をすることで余命が延びるというような期待感を持たせるように伝わり、申し訳なく思う旨述べた旨の事実が認定されている。 甲10〔21頁20行目から22頁4行目〕)。仮に控訴人において照会兼回答書によって別件訴訟の控訴審において和解の意向がある旨を申告していれば、別件訴訟の控訴審としても、第1回口頭弁論期日で弁論を終結するに際し、改めて愛仁会及びE医師の和解についての意向を確認し、和解協議の場を設けた可能性もある。 上記のような事情のもとでは、別件訴訟の控訴審を受任した弁護士である被控訴人としては、委任契約上の善管注意義務として、照会兼回答書を裁判所に提出するに当たり、改めて控訴人の和解についての意向を確認する義務を負っていたと解するのが相当である。弁護士は、あくまで依頼者の代理人であって、和解についての意向につき、依頼者の意思を尊重することが求められるというべきである。 そうすると、被控訴人が、控訴人の意向を改めて確認しないまま、別件訴訟の控訴審裁判所に、控訴人に和解の意向がない旨の記載のある照会兼回答書を提出したことは、控訴人との間の委任契約上の義務違反を構成するというべきである。 8 控訴人の損害額について 上記前提事実や認定・判断のとおり、被控訴人が、控訴人の意向を改めて確認しないまま、別件訴訟の控訴審裁判所に、控訴人に和解の意向がない旨の記載のある照会兼回答書を提出したところ、別件訴訟の控訴審裁判所は、第1回口頭弁論期日において、和解についての双方当事者の意向聴取をしないまま判決言渡しの期日を指定して弁論を終結し、そのまま控訴棄却の判決を言い渡したのであるから、控訴人は、被控訴人の義務違反により、別件訴訟の控訴審において相手方当事者との和解協議をする機会、あるいは、少なくとも控訴審の裁判所が弁論を終結するに当たって、和解についての双方の最終的な意向を確認するという審理を受ける機会を失ったということができる。 もっとも、仮に上記義務違反がなかったとしても、別件訴訟の審理経過や結果からすると、控訴人が愛仁会及びE医師との間で、金銭を受給する内容の和解を成立させた可能性は低いというべきであり、控訴人が被控訴人に支払った委任契約の報酬に相当する財産的な損害が生じたということはできない。 控訴人に生じた損害としては、上記のとおり別件訴訟の控訴審の裁判所による、和解についての双方の最終的な意向を確認するという審理を受ける機会を失ったことによる精神的苦痛に対する慰謝料に限られ、その金額としては10万円をもって相当と認める。 第4 結論 以上によれば、控訴人の請求は、委任契約上の債務不履行に基づく損害賠償として10万円の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却すべきところ、本件控訴に基づき控訴人の不服の限度で当裁判所の上記判断と異なる原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官 大島眞一 裁判官 橋詰均 裁判官 和田健 以上:3,747文字
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