令和 1年 5月24日(金):初稿 |
○「水分・油分付着飲食店通路転倒事故と土地工作物管理瑕疵判断判例紹介」の続きで、アイスクリーム売場前通路上転倒事故について、民法第717条土地工作物管理瑕疵責任ではなく、民法第709条一般不法行為責任を認めた平成25年3月14日岡山地裁判決(判時2196号99頁)を紹介します。 ○事案は、ショッピングセンターの運営等を目的とする被告の店舗に客として訪れた原告が、アイスクリーム売場前通路上で足を滑らせて転倒し大腿骨骨折等の重傷を負ったとして、被告に対し、不法行為又は工作物責任に基づき約2670万円の損害賠償を求めたものです。 ○判決は、本件で原告が転倒したのは、本件通路上に落ちていたアイスクリームに足を滑らせたことによるものと推認できるところ、被告には、本件通路の床面にアイスクリームが落下した状況が生じないようにすべき義務を怠った過失があるとして、被告の不法行為責任を認め、他方、原告にも、本件通路の歩行に当たり、足元への注意を払わなかった過失があったなどとして、原告の過失割合を2割とする過失相殺を行った上で、原告には、本件事故に基づく障害等級12級7号該当の後遺障害が残存したと認められるなどとして約783万円を損害として認めました。 ********************************************** 主 文 1 被告は,原告に対し,862万9911円及びうち782万9911円に対する平成21年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。 4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,2669万0173円及びうち2429万0173円に対する平成21年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,被告の運営する店舗に客として訪れ,同店舗内で転倒して傷害を負った原告が,被告に対し,不法行為又は民法717条1項に基づき,2669万0173円及びうち弁護士費用を除く2429万0173円に対する不法行為の日の翌日である平成21年11月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 争いのない事実 (1) 当事者 ア 原告は,昭和12年○月○日生まれの女性であり,後記本件事故当時71歳,後記症状固定当時73歳であった。 イ 被告は,ショッピングセンターの運営等を目的とする株式会社であり,岡山市〈以下省略〉所在のショッピングセンター「a」(以下「本件店舗」という。)を運営している。 (2) 転倒事故(以下「本件事故」という。)の発生 ア 日時 平成21年10月31日午後8時10分ころ イ 場所 本件店舗1階○○アイスクリーム売場(以下「本件売場」という。)前通路上 ウ 態様 原告が,買い物袋を載せたショッピングカート(大型と小型とあるうちの大型のもの。甲28)を押して歩行中,足を滑らせ,転倒した。 (3) 傷害及び治療 原告は,本件事故により右大腿骨顆上骨折及び第2腰椎圧迫骨折の傷害(以下「本件傷害」という。)を負い,次のとおり竜操整形外科病院及びりゅうそうクリニックにおいて治療を受けた。 ア 平成21年10月31日から平成22年1月30日まで入院(入院日数92日) イ 平成22年2月9日から平成23年5月31日まで通院(実通院日数85日) (4) 損害の発生及びそのてん補 原告は,本件事故により,治療関係費(被告支払分)として29万9156円を要し,被告から,同額の支払を受けた。 2 争点 (1) 被告の責任及び過失相殺(争点1) (原告の主張) ア 不法行為責任 別紙不法行為責任記載のとおり イ 土地工作物責任 本件店舗の本件売場前の通路は,多くの顧客が通行する導線上であったところ,本件事故当時,落下したアイスクリームが放置され,滑りやすい状態となっていたのであるから,その保存に瑕疵がある。 (被告の主張) 否認ないし争う。仮に被告の責任が認められるとしても,原告には,足元に対する注意を怠って歩行したという過失があり,それが本件事故の主要な原因であるから,少なくとも9割の過失相殺がされるべきである。 (2) 後遺障害(争点2) (原告の主張) 原告の症状は,平成23年5月31日,1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すものとして自動車損害賠償保障法施行令別表第2(後遺障害別等級表)第10級10号に該当する後遺障害を残して固定した。 (被告の主張) 否認する。上記症状は,既存障害である右膝変形性関節症によるものであり,本件事故との因果関係は存しない。 (3) 損害額(争点3) (原告の主張) 別紙損害計算書記載のとおり (被告の主張) 不知ないし争う。 第3 争点に対する判断 1 争点1(被告の責任及び過失相殺)について (1) 認定事実 前記争いのない事実に加え,証拠(甲4,5,9から13まで,15,17,19,20,22から24まで,26,28,39,43,乙1,原告,証人B,証人C)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア 本件売場は,アイスクリームを販売商品とするものであり,その中には,紫色のアイスクリームも含まれている。本件売場には,飲食スペースが設けられているが,机が数個,椅子が数脚存在するだけである。本件事故当日以外にも,本件売場付近において,床面にアイスクリーム等が落下していることもある。 イ 本件事故当日は,本件売場においては,「○○の日」として一部のアイスクリームが値引きされて販売されており,また,同日はハロウィンでもあったことから,多数の客が集まり,本件事故当時も,約20名の客が行列をつくっており,原告もそのことを認識していた。 ウ 原告は,本件事故当日,買い物袋を載せたショッピングカートを押して本件店舗内の本件売場前の通路を歩行中,左足を滑らせ,転倒した。本件事故直後,原告が転倒したすぐ後ろあたりの床面に紫色の汚れが残っていた。原告が本件事故当時履いていた靴は,特に滑りやすい状態にあったわけではなかった。 エ 本件売場は,本件店舗の1階中央付近に位置し,中央出入口と生鮮食料品売場とを結ぶ主要な通路沿いにある。 オ 本件店舗では,午後6時までは一部の時間帯を除き外部の清掃業者に清掃を委託していたが,その後は,被告の従業員において,担当する売場において又は不定期に行う巡回中(3名から4名の従業員が巡回に当たる。)に汚れ等を発見した場合や,汚れ等が発見されたとして館内放送で呼び出された場合に清掃をすることとされており,本件事故当時は,少なくとも3名の従業員が巡回に従事していた。 (2) 本件事故の原因について 前記争いのない事実及び前記認定事実によれば,本件事故は,アイスクリームを販売する本件売場前の通路上で発生したものであること,本件事故直後,原告が転倒したすぐ後ろあたりの床面に紫色の汚れが残っていたところ,本件売場で販売するアイスクリームの中には紫色のものもあったこと,本件事故当日以外にも,本件売場付近において,床面にアイスクリーム等が落下していることもあること,原告が本件事故当時履いていた靴は,特に滑りやすい状態にあったわけではなかったことなどの事情が認められ,これらの事情を総合すると,原告が転倒したのは本件売場前の通路上に落ちていたアイスクリームに足を滑らせたことによるものであると推認することができ,これを覆すに足りる的確な証拠はない。 (3) 不法行為責任について 本件店舗のようなショッピングセンターは,年齢,性別等が異なる不特定多数の顧客に店側の用意した場所を提供し,その場所で顧客に商品を選択,購入させて利益を上げることを目的としているのであるから,不特定多数の者を呼び寄せて社会的接触に入った当事者間の信義則上の義務として,不特定多数の者の日常あり得べき履物,行動等,例えば,買い物袋を載せたショッピングカートを押しながら歩行するなどは当然の前提として,その安全を図る義務があるというべきである。 これを本件についてみるに,前記認定事実によれば,本件事故当日は,本件売場において,「○○の日」として一部のアイスクリームが値引きされて販売されており,また,同日はハロウィンでもあったことから,多数の客が集まり,本件事故当時も,約20名の客が行列をつくっていたこと,本件売場の飲食スペースは,机が数個,椅子が数脚存在するだけであったことが認められ,これらの事情に本件売場で取り扱うアイスクリームという商品の特性をも併せ考慮すると,本件売場でアイスクリームを購入した顧客が本件売場付近の通路上でこれを食べ歩くなどし,その際に床面にアイスクリームの一部を落とし,これにより上記通路の床面が滑りやすくなることがあることは容易に予想されるところである。 そうすると,本件店舗を運営する被告としては,顧客に対する信義則に基づく安全管理上の義務として,少なくとも多数の顧客が本件売場を訪れることが予想される「○○の日」については,本件売場付近に十分な飲食スペースを設けた上で顧客に対しそこで飲食をするよう誘導したり,外部の清掃業者に対する清掃の委託を閉店時間まで延長したり被告の従業員による本件売場周辺の巡回を強化したりするなどして,本件売場付近の通路の床面にアイスクリームが落下した状況が生じないようにすべき義務を負っていたというべきである。しかるに,被告が,これらの義務を尽くしていないことは明らかであり,これにより,本件売場付近の通路の床面にアイスクリームが落下した状況を生じさせ,本件事故が発生したのであるから,被告は,不法行為に基づき本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。 (4) 過失相殺について 他方で,原告としても,本件売場においてアイスクリームを販売しており,かつ,本件事故当時も約20名の客が行列をつくっているような状態であったことを認識していたのであるから,本件売場付近の通路上にアイスクリームの一部が落下して滑りやすくなっていることも予測できたというべきであり,原告にも,本件売場前の通路を歩行するに当たり,足元への注意を払うべきであったのにこれを怠った過失があるというべきである。もっとも,前記認定事実によれば,原告は,本件事故当時,買い物袋を載せたショッピングカートを押して歩行しており,前方の床面が見にくい状況であったと考えられるのであり,このことをも考慮すると,原告の過失割合は20%にとどめるのが相当である。 2 争点2(後遺障害)について (1) 証拠(甲1,26,29から36まで,39,40,44,原告)及び弁論の全趣旨によれば,原告には,本件事故当時,既存障害として右膝変形性関節症があり,1時間以上続けて歩行した場合には膝に痛みが生ずることがあったが,日常生活において問題となるような可動域の制限は存しなかったこと,原告は,平成23年5月31日を症状固定日として,自覚症状として「膝が曲がらなくなった,立ち上がり困難,床上の作業困難,日本舞踊ができなくなった」,精神・神経の障害他覚症状及び検査結果として「徒手筋力検査膝伸展筋力右4,左5」,下肢の関節機能障害として「膝 屈曲 右95度,左125度,伸展右-10度,左-5度」(自他動とも),障害内容の増悪・緩解の見通しなどとして「変形性膝関節症のため右膝痛の緩解困難と考える」との診断を受けたことが認められる。 上記認定事実によれば,原告の症状は平成23年5月31日固定し,1下肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すものとして後遺障害別等級表第12級7号に該当する後遺障害が残存したと認めるのが相当であり,かつ,上記後遺障害は本件事故により生じたものと認めるのが相当である。 この点,被告は,本件事故によって骨折した部位は膝関節の上であり,上記障害の原因となるとは到底考えられないと主張するが,右大腿骨顆上骨折という本件傷害の内容と上記障害の内容とが格別整合性を欠くものということもできず,被告の上記主張を採用することはできない。 また,①原告には,本件事故当時,既存障害として右膝変形性関節症があり,1時間以上続けて歩行した場合には膝に痛みが生ずることがあったこと,②原告は,症状固定時において,障害内容の増悪・緩解の見通しなどとして「変形性膝関節症のため右膝痛の緩解困難と考える」との診断を受けたことは前記認定のとおりであるが,他方で,前記認定のとおり,原告は本件事故まで日常生活において問題となるような可動域の制限は存しなかったというのであり,上記診断も本件事故と前記障害との因果関係を否定する趣旨のものであるかも判然としないことをも併せ考慮すると,上記①②の各事実も前記認定・判断を覆すに足りるものではない。 そして,他に前記認定・判断を覆すに足りる証拠はない。 (2) なお,原告に右膝変形性関節症の既存障害が存したことは前記認定のとおりであるが,その症状の程度を認めるに足りる的確な証拠もないところ,原告が高齢であることをも考慮すると,当該年齢の人間に通常みられる加齢性の変化ないし個体差の範囲内の加齢性の変化である可能性も否定できず,原告に対する損害賠償の額を定めるに当たり民法722条2項の規定を類推適用して上記既存障害をしんしゃくするのが相当であるということもできない。 3 争点3(損害額)について (中略) 4 よって,原告の不法行為に基づく請求は主文1項の限度で理由があるから認容し,その余(民法717条1項に基づく請求を含む。)はいずれも理由がないから棄却する。 (裁判官 世森亮次) 〈以下省略〉 以上:5,682文字
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