平成31年 1月23日(水):初稿 |
○「建物建築設計で敷地・擁壁調査を怠った建築士の責任を認めた判例紹介」の続きで、一級建築士の責任を認めた判例を探しています。 ○鉄骨造4階建建物が基礎構造の欠陥に基づく不等沈下により傾斜した瑕疵につき、実際に現地の地質調査をしないまま、建物の建築確認申請手続及びこれに伴う設計図書の作成を委託された建築士事務所及びその管理建築士に、設計上の過失による不法行為責任を認めた昭和62年2月18日大阪地裁判決(判タ646号165頁)の必要部分を紹介します。 ○この事案では、鉄骨造4階建建物に基礎構造の欠陥、鉄骨構造体の部材熔接の不良、鉄骨軸組架構体組方の歪み及び耐火、防火構造上の欠陥などの瑕疵が存する場合において、補修方法として瑕疵ある部分のみの修復では足りず、建物を一旦解体、除去の上再築する方法が相当であるとされました。 ************************************************ 主 文 原告X1が破産者D株式会社に対し損害賠償金3062万5520円及び同遅延損害金485万3096円の、原告X2が破産者A株式会社に対し損害賠償元金2355万9499円及び同遅延損害金311万1144円の、原告X3が破産者A株式会社に対し損害賠償元金2345万2848円及び同遅延損害金309万7061円の各破産債権を有することを確定する。 被告Y1、同Y2は、各自原告X1に対し、金2156万8965円、原告X2に対し、金1321万9451円、原告X3に対し、金1286万0774円及び右各金員に対する昭和58年4月28日から各支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。 原告らのその余の請求を棄却する。 訴訟費用は、原告らに生じた費用の2分の1と被告破産者A株式会社破産管財人Eに生じた費用を同被告の負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告Y1、同Y2に生じた費用はこれを2分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告Y1、同Y2の負担とする。 この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。 事 実 一 当事者の求めた裁判 1 原告ら (一)原告X1が破産者D株式会社(以下「破産会社」という。)に対し損害賠償元金3095万7520円及び同遅延損害金490万5706円の、原告X2が破産会社に対し損害賠償元金2524万0388円及び同遅延損害金333万3114円の、原告X3が破産会社に対し損害賠償元金2393万1684円及び同遅延損害金316万0293円の各破産債権を有することを確定する。 (二)被告Y1(以下「被告Y1」という。)、同Y2は、各自原告X1に対し、3095万7520円、原告X2に対し、2524万0388円、原告X2に対し、2393万1684円及び右各金員に対する昭和58年4月28日から各支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。 (三)訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。 (四)被告Y1、同Y2につき仮執行の宣言。 2 被告ら (一)原告らの請求をいずれも棄却する。 (二)訴訟費用は、原告らの負担とする。 (中略) 理 由 一 請求原因1の事実は請負代金額を除き当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、請負代金額は、A建物につき2296万1800円、B建物につき2765万6400円であることが認められ、これに反する証拠はない。 二 そこで、以下本件瑕疵について判断する。 1 構造上の欠陥について (一)鉄骨軸組架構体の歪み 〈証拠〉に弁論の全趣旨を総合すると、B建物の鉄骨柱の配列が設計図書(基礎伏図)上あるべき直角交差線上に取付け、施工されておらず、別紙図面一の(一)(二)に記載のとおり、X0軸とY0ないしY4軸との交点上に位置する鉄骨柱とこれに対応すべきX0軸とY0ないしY4軸との交点上に位置する鉄骨柱との間には一階で180ないし200ミリメートル、四階で100ないし125ミリメートルのずれを生じていること、その原因は、鉄骨柱脚を基礎に固定するアンカーボルトの取付位置が設計図書と食違つていたにも拘らず、鉄骨柱の建方時点でその是正を怠り鉄骨柱、梁の組立を強行したためであること、その結果、鉄骨柱と鉄骨梁との軸組架構体に平面上の歪みを生じ、鉄骨柱柱梁の接合部分において構造力学上支障を生じていること、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。 右事実によれば、B建物の鉄骨柱と鉄骨梁との接合部分はその存在応力を十分に伝達しうる構造になつていないことが推認でき、従つて、建物の構造耐力に関する具体的な技術基準(建築基準法《以下「法」という。》20条1項、36条、同法施行令《以下「施行令」という。》36条、67条2項)に適合しないと解されるから、B建物の鉄骨軸組架構体の組方には施工及び工事監理上の瑕疵があるというべきである。 (二)鉄骨構造体の部材熔接の不良 (中略) 三 破産会社、被告Y2及び同Y1の責任 1 破産会社 原告らは主位的に債務不履行(不完全履行)責任を主張するが、請負人の瑕疵担保責任に関する規定(民法634条以下)は瑕疵を生じた理由のいかんを問わず、瑕疵の種類や程度に応じて適当な要件と効果を定めたものであるから、これらの規定により不完全履行の一般理論は排斥されると解すべきである。 そして、前記認定のとおり、破産会社はA建物につき昭和50年6月ごろ、B建物につき同年12月15日ごろ各建築請負工事を完了し、そのころ各建物を引渡したが、右請負契約に基づく右各建物の設計、施工及び工事監理に関して前記の瑕疵が認められるのであるから、破産会社は本件瑕疵により生じた損害を賠償する責任がある。 2 被告Y2及び同Y1 A、B各建物の基礎構造の設計図書において敷地の地耐力が1平方メートル当り5トンとされていること、右各建物の建築確認申請書の工事監理者資格欄が右被告らの名義となつていることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に〈証拠〉に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。 (一)破産会社は建築物の設計、施工、工事監理等を業とする会社であるが、建築士事務所の登録(建築士法23条)を受けておらず、建築確認申請手続等の代理業務を行うことができないため、昭和40年ごろから自ら請負つた建物建築工事の確認申請手続等の代理業務(申請書添付の設計図書の作成を含む。)を専属的に被告Y1に依頼していた。 (二)被告Y2は、同Y1の代表取締役で、一級建築士事務所(建築士法23条)の業務管理をなすいわゆる管理建築士(同法24条)であるが、昭和50年6月ごろ破産会社の依頼によりB建物につき建築申請手続の代理業務を行つた際、同社担当者清水から、予算の都合上ボーリング調査は実施できないが建築確認が下りるように申請書添付の設計図書を作成するように求められた。 そこで、被告Y2は大阪市建築指導課構造強度係にB建物敷地付近の地耐力を照会したところ、1平方メートル当り5トンと見積れば市の構造審査基準に適合するとの回答を得たので、実際に現地の地質調査をしないままこれに従い、基礎構造を深さ85センチメートルのいわゆるベタ基礎構造とした設計を行い、その設計図書を添付して建築確認申請をして、同年7月9日付で建築確認通知を受けた。 (三)被告Y2は右代理業務をなすに際し、破産会社担当者から、委任者を原告X2、受任者を被告Y2(これは被告Y1の代表者としての意味を有すると解される。)、委任事項を建築基準法令等に適合する建築確認申請手続並びに右手続を了した関係書類の受領とする旨の委任状の交付を受け、確認申請書記載の代理者設計者及び工事監理者の各資格氏名欄に被告Y2の、同じく各建築事務所欄には被告Y1の各記名をなした上押印した。 (四)A建物についても昭和49年11月末ごろB建物と同じようにして建築確認申請がなされ、そのころ確認通知がなされた。 (五)被告Y2は、右代理業務に関して破産会社から設計図面作成費及び確認申請手数料としてA建物につき21万円の、B建物につき30万円の各報酬を受けた。 (六)A、B各建物は建築士法3条の2第2項1号、2号に該当する建築物であるから、一級又は二級建築士の資格を有する工事監理者を定めなければその工事をすることができないが(法5条の2第2項、3項)、一般に、建築確認申請時にこれが未定のときには後に定つてから工事に着工するまでに建築主事に届出れば足りる取扱いであるところ、大阪市では右申請時に工事監理者を定めるよう指導していた。 被告Y2は、前記のとおり、確認申請書には工事監理者としてその氏名が記されていたが、実際は工事監理者にはなつておらず、破産会社も実際の工事監理者をおかなかつた。 (七)破産会社は、その後も現地について地質調査をすることなく、被告Y2が作成した右設計図書にもとづいて、A、B各建物の建築工事を完成した。 以上の事実が認められ、被告Y2本人尋問の結果中右認定にそわない部分は採用することができない。 右事実によれば、被告Y1が破産会社からA、B各建物の建築確認申請手続及びこれに伴う設計図書の作成の委任を受けたことは明らかであるが、建築確認申請書の工事監理者資格欄に被告Y1、同Y2の記名押印があるのは、大阪市の指導に従い建築確認を得るため便宜上右被告らの名義を用いたにすぎないことが窺われるのであつて、右被告らが工事監理を引受けたものではないということができる。そうすると、被告Y1の管理建築士である被告Y2が原告らに対し、A、B各建物の工事監理についてその責任を負うべきいわれはないというべきである。 しかしながら、右認定事実及び前認定事実に徴すると、次のとおり指摘することができる。すなわち、被告Y2は実際の地質調査をすることなく、地耐力が1平方メートル当り5トンあるものとして本件の設計を行い、破産会社もまた実際の地質調査を実施することなく、右の設計図書に基づいて本件工事を施工したが、実際には設計図書どおりの地耐力がなく、そのため不等沈下を生じさせ、原告らに損害を生じさせたのである。 ところで、被告Y2の当面の任務は建築確認を得るところであり、また、右の設計図書は直接には建築確認を得るために作成されたものと認めることができるが、破産会社と被告Y1さらには被告Y2の従前からの関係、本件の経緯等からすると、右の設計は建築確認を得るためのものにとどまらず、実際の工事施工のためのものでもあつたと認めるのが相当である。そして、被告Y2は、一級建築士として、設計図書を作成するに当つてはこれを法令又は条例の定める建築物に関する基準に適合させなければならない(建築士法2条5項、18条2項)ところ、右各建物の基礎構造を設計するに際し敷地の地盤調査を怠り誤つた地耐力を設定して、前記認定のとおり基礎構造の不等沈下を生じさせたのである。 従つて、被告Y2は少なくとも過失により原告らの財産権を侵害したことになるから民法709条に基づき、被告Y1は代表者である被告Y2がその職務を行うにつきなした右不法行為につき法人として民法44条に基づき、各自右設計上の瑕疵により原告らが被つた損害を賠償する責任がある。 被告Y2は、同Y1は、本件基礎構造を設計するに際し前提とした敷地の地耐力は予備調査の結果としての大阪市担当官の指導に従つたものであるし、破産会社からは、本調査については設計図書の作成とは無関係に同社の責任でこれを実施し基礎構造の適正化を図るとの申入れがなされていたから、本件設計上の瑕疵につき責任がない旨主張する。 しかしながら、いわゆる予備調査とは、付近の建物の基礎設計条件や地勢等を調べその敷地内の地層の概況、強さ等を推定して基礎構造の計画を立て、それに適した本調査の方法を定めるためのものにすぎない(前示甲第1号証69頁参照)から、本件地耐力の設定が予備調査にかかる大阪市担当官の指導に従つたにせよ、本調査を欠く以上これに基づく基礎構造の設計が法令(法20条、36条、同法施行令36条、38条、93条)に適合しないことは明らかである。 また、地質調査に関する破産会社の申入れについては、被告Y2本人は、破産会社からそのような申入れを受けた旨供述するが、かりにそのような申入れがあつたとしても、もともと予算の制約で設計前の地質調査ができなかつたという前記の経緯からすると、特段の事情のないかぎりその後に地質調査がされうるという可能性は乏しいと考えられるし、現に破産会社は地質調査をしていないのであるから、被告Y2がその申入れを信じたとすれば、専門家として軽率であつたといわざるをえないのである。それゆえ、右被告らの主張は採用することができない。 四 原告らの損害 (後略) 以上:5,256文字
|