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転送義務違反に関する平成15年11月11日最高裁判決全文紹介1

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平成26年 1月31日(金):初稿
○「転送義務に関する平成13年10月16日東京高裁判決紹介1」から、医師の転送義務違反に関する判例を紹介していました。当事務所でも、長く、転送義務違反に関する事案を取り扱っているため私自身の備忘録です。今回は、開業医に患者を高度な医療を施すことのできる適切な医療機関へ転送すべき義務があるとされた平成15年11月11日最高裁判決(判タ11400号86頁、判時18455号63頁)全文を4回に分けて紹介します。


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主 文
原判決中上告人に関する部分を破棄する。
前項の部分につき、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。 
 
理 由
 上告代理人○○の上告受理申立て理由について
1 本件は、急性脳症により重い脳障害の後遺症を残した上告人が、最初に上告人を診察したかかりつけの開業医である被上告人に対し、①被上告人が適時に総合医療機関に転送すべき義務(転送義務)を怠ったため、上告人に重い脳障害を残した、②仮に、被上告人の転送義務違反と上告人の重い脳障害との間に因果関係が認められないとしても、重い脳障害を残さない相当程度の可能性が侵害された旨を主張し、被上告人に対し、不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

2 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 当事者

 被上告人は、昭和43年3月に大学医学部を卒業した医師であり、昭和59年7月から兵庫県川西市において内科・小児科を診療科目とする医院(以下「本件医院」という。)を開設している。なお、本件医院は、いわゆる個人病院(診療所)であり、患者を入院させるための施設はなく、一階が診察室で、二階に外階段で通じる処置室があった。
 上告人は、昭和51年8月4日生まれで、昭和61年2月21日から本件医院で被上告人の診療を受けるようになり、昭和63年9月29日までの約2年半の間に、発熱、頭痛、腹痛等を訴えて、25回以上診療を受けていた。

(2) 急性脳症
 急性脳症は、急性脳炎に似ているが脳に炎症の所見を欠くときに診断される疾病(非炎症性急性脳機能障害)であり、著明な脳浮しゅを伴うことが多く、早期診断、早期治療が重要な疾患である。
 その診断の臨床的手掛かりは、頑固なおう吐、意識障害、肢位の異常(除脳硬直肢位、除皮質硬直肢位)及びしばしば先行疾患を伴うこととされ、意識障害は必ず発生するものとされている。意識障害の程度は、軽いこん迷から深こん睡まで種々のものがあるが、特にTVサインと呼ばれる周囲に無関心な状態や攻撃的な状態を見逃さないことが早期発見、早期治療につながるとされている。

 急性脳症の予後は、一般に重篤で極めて不良であり、昭和51年の統計では、死亡率は36%で、生存した場合でも、生存者中の63%に中枢神経後遺症が残存し、昭和62年の統計では、完全回復は22.2%で、残りの77.8%は死亡したか又は神経障害が残ったとされている。予後の良否は、早期に適切な治療がされるか否かに左右され、特に、脳浮しゅの治療が早期にかつ適切に行われるか否かが決定的であるとされている。

 なお、おう吐性の疾患には、脳症等の中枢神経性疾患のほか、腸重積等の消化器疾患、ウイルス性肝炎等の感染症等があり、臨床的には、これらの重大かつ緊急性のある疾患を見逃してはならないとされている。また、急性のおう吐で胆汁等が混じったり、全身状態がおかされたり、脱水等の所見がみられるときは、緊急性が高いものとされ、輸液によってもおう吐や全身状態が改善しない場合には、原因の再検討をすべきであるとされている。

(3) 診療の経過
ア 当時、小学校の6年生であった上告人は、昭和63年9月27日ころから発熱し、同月28日は学校を欠席し、翌29日午前には、一人で本件医院に行き、被上告人の診察を受けた。その際、上告人は、被上告人に対し、前日から軽い腹痛があり、前日の夜には頭痛と発熱があったこと、当日も頭痛と前けい部痛があることを訴えた。被上告人は、上告人に37.1℃の発熱、軽度のいん頭発赤、右前けい部圧痛を認め、上気道炎、右けい部リンパせん炎と診断し、抗生物質サマセフ、アスピリン含有のEAC錠、解熱剤アセトアミノフェンを処方した。

イ 上告人は、上記処方薬を指示どおりに服用したが改善しなかったため、同月30日午後7時ころ、本件医院で被上告人の診察を受けた。被上告人は、上告人に39℃の発熱、へんとうせんの肥大・発赤を認め、へんとうせん炎を病名に加え、サマセフ、EAC錠を二倍とする処方をし、同年10月3日に来院するよう指示した。

ウ 上告人は、同月1日には発熱がやや治まり、かゆを食べたが、同月2日(日曜日)、朝から食欲がなく、昼から再び発熱し、むかつきを訴え、同日午後2時ころ、本件医院が休診であったため、母親である甲野花子に付き添われ、医療法人晋真会設立に係る総合病院であるベリタス病院で救急の診察を受け、鎮痛剤を処方された。

エ 上告人は、同日午後8時ころから腹痛を訴え、同日午後11時30分ころ、大量のおう吐をし、その後も吐き気が治まらず、翌3日午前4時30分ころ、母親に付き添われ、ベリタス病院で救急の診察を受けた。同病院の医師は、腸炎と診断し、また、虫垂炎の疑いもあるとして本件医院での受診を指示した。

オ 上告人は、同日午前8時30分ころ、母親に付き添われ、本件医院で被上告人の診察を受けた。被上告人は、ベリタス病院での診療の経過を聴いた上、上告人に
38℃の発熱、脱水所見を認めて、急性胃腸炎、脱水症等と診断し、本件医院の二階の処置室のベッドで、同日午後一時ころまで約4時間にわたり、上告人に700ccの点滴による輸液を行った。二階への階段の上り下りは、母親が背負ってした。上告人は、点滴開始後も、おう吐をしており、その症状は改善されなかった。
 被上告人は、おう吐が続くようであれば午後も来診するように指示をして、上告人を帰宅させた。

カ 上告人は、帰宅後もおう吐が続いたため、同日午後4時ころ、母親に付き添われて本件医院の一階で被上告人の診察を受け、再度、母親に背負われて本件医院の二階へ上がり、同日午後8時30分ころまでの約4時間にわたり、700ccの点滴による輸液を受けた。上告人は、点滴が開始された後もおう吐の症状が治まらず、黄色い胃液を吐くなどし、さらに、点滴の途中で、点滴の容器が一本目であるのに二本目であると発言したり、点滴を外すように強い口調で求めたりした。母親は、上告人の言動に不安を覚え、看護婦を通じて被上告人の診察を求めたが、被上告人は、その際、外来患者の診察中であったため、すぐには診察しなかった。被上告人は、その後、点滴の合間に上告人を診察し、脱水症状、左上腹部に軽度の圧痛を認めた。なお、上告人は、同日午後7時30分ころ、母の不在中に尿意を催した際、職員の介助によりベッドで排尿するのを嫌がり、自分で点滴台を動かして歩いてトイレに行き、排尿後、タオルを渡してくれた職員に礼を述べたりした。

 上告人は、同日午後8時30分ころ、点滴終了後、母親に背負われて一階に下り、診察台で被上告人の診察を受けた際、いすに座ることができず、診察台に横になっていた。上告人は、点滴前に37.3℃であった熱が点滴後は37.0℃に下がり、おう吐もいったんは治まり、同日午後9時ころ、母親に背負われて帰宅した。

 被上告人は、上告人の状態につき、このままおう吐が続くようであれば事態は予断を許さないものと考え、今後、症状の改善がみられなければ入院の必要があると判断し、翌日の入院の可能性を考えて、入院先病院あての紹介状を作成した。


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