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転送義務違反に関する平成15年11月11日最高裁判決全文紹介2

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平成26年 1月31日(金):初稿
○続きです。

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キ 上告人は、帰宅後もおう吐の症状が続き、熱も38℃に上がり、同日午後11時ころには、母親に苦痛を訴えた。上告人は、同月4日早朝から、母親が呼びかけても返答をしなくなった。被上告人は、同日午前8時30分ころ、上告人の状態が気になっていたため、上告人方に電話をかけ、上告人の容態を知って、すぐに来院するように指示した。
 上告人は、同日午前9時前ころ、母親の知人の車で本件医院に来院したが、意識の混濁した状態であり、呼びかけても反応がなかった。被上告人は、緊急入院を必要と考え、入院先を精密検査・入院治療が可能な総合病院である川西病院と決め、上記紹介状を母親に交付した。

ク 上告人は、母親の知人の車で川西病院に行き、受付でしばらく待たされた後、同日午前11時に入院の措置がとられた。上告人は、入院時、意識は傾眠状態で、呼びかけても反応がなく、体幹及び四肢に冷感があり、けい部及び四肢全般に硬直が見られた。川西病院の医師は、直ちに頭部のCTスキャン検査等を実施し、脳浮しゅを認め、上告人の当時の症状を総合して、ライ症候群を含む急性脳症の可能性を強く疑い、脳減圧の目的で、同日からグリセオール、デカドロン等の投与を開始し、翌5日からは、脳賦活の目的で、ルシドリール等の投与を行ったが、上告人は、その後も意識が回復せず、入院中の平成元年2月20日、原因不明の急性脳症と診断された。
 上告人は、同年10月25日、水頭症の治療のため、川西病院を退院し、関西労災病院脳外科に転院した。

ケ 上告人は、平成2年2月、関西労災病院を退院したが、その後も急性脳症による脳原性運動機能障害が残り、身体障害者等級一級と認定され、日常生活全般にわたり常時介護を要する状態にある。
 上告人は、平成13年5月8日、精神発育年齢が二歳前後で言語能力もないなどとして、後見開始の審判を受け、成年後見人が付された。

3 原審は、上記事実関係の下において、次のとおり判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
(1) 上記2(3)カ記載の昭和63年10月3日午後4時ころから同日午後9時ころまでの間の診療(以下「本件診療」という。)中の点滴時における上告人の前記言動は、意識レベルの低下の徴候ないし軽度の意識障害の発現とも考えられるものであるが、その後、上告人が自分で点滴台を動かしてトイレに行き、タオルを渡してくれた職員に礼を述べたことなどに照らすと、点滴中の上告人の前記言動が意識障害ないし意識レベルの低下の徴候であったと断定することには疑問がある。また、本件診療中、輸液をしているにもかかわらず、上告人のおう吐が継続していた点についても、本件診療終了時には、おう吐がいったん治まっていたことなどに照らすと、本件において、本件診療終了時までに急性脳症の発症を疑って上告人を総合医療機関に転送すべき義務が被上告人にあったと認めることはできない。
 被上告人の医療行為には、結果的にみて疑問の余地がないではないが、全体としては、一般開業医に求められる注意義務に違反した過失があるとまでいうことはできない。

(2)
ア 仮に、被上告人に本件診療終了時までに上告人を総合医療機関に転送すべき義務があったとしても、鑑定の結果等に照らせば、被上告人の転送義務違反と上告人の後遺障害との間に因果関係を認めることはできない。

イ また、急性脳症の予後は、一般に重篤であり、昭和51年の統計で、死亡率36%、生存した場合でも、生存者中の63%に中枢神経後遺症が残存したこと、また、昭和62年の統計で、完全回復は22.2%で、残りの77.8%は、死亡又は神経障害を残したことが認められ、他方、早期診断、早期治療により、どの程度予後が改善され、後遺症率が下がるかについての明確な統計もないから、早期転送によって上告人の後遺症を防止できたことについての相当程度の可能性があるということもできない。

4 しかしながら、原審の上記(1)、(2)イの判断は、いずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 転送義務違反について

 前記の事実関係によれば、次のことが明らかである。
① 上告人は、昭和63年9月27日ころから発熱し、同月29日と30日の両日、本件医院で被上告人の診察を受け、被上告人から上気道炎、右けい部リンパせん炎、へんとうせん炎等と診断されて薬剤の投与を受けた。同年10月1日に発熱がやや治まったものの、同月2日に再び発熱し、むかつきを訴え、他の病院で救急の診察を受けたが症状は改善せず、同日夜には、大量のおう吐をし、その後も吐き気が治まらず、翌3日午前4時30分ころ同病院で救急の診察を受けた後、同日午前8時30分ころ本件医院で被上告人の診察を受けた。その際、被上告人は、他の病院での上記診療の経過を聞いた上で、上告人に38℃の発熱、脱水所見を認め、急性胃腸炎、脱水症等と診断し、本件医院の二階の処置室で同日午後一時まで約4時間にわたり700ccの点滴による輸液を行ったが、上告人のおう吐の症状は一向に改善されなかった。

② 上告人は、いったん帰宅したが、おう吐の症状が続いたので、午後4時ころ以降、再度、本件医院で被上告人の本件診療を受けることとなった。被上告人は、上告人に対し、午前中と同様、二階の処置室で点滴による輸液を受けさせることとしたが、上告人は、点滴が開始された後もおう吐の症状が治まらず、黄色い胃液を吐くなどし、さらに、点滴の途中で、点滴の容器が一本目であるのに二本目であると発言したり、点滴を外すように強い口調で求めたりするなどの軽度の意識障害等を疑わせる言動があったため、これに不安を覚えた母親は、被上告人の診察を求めたが、一階の診察室で外来患者診察中であった被上告人は、すぐには診察しなかった。被上告人は、上告人に対し、同日午後4時過ぎから午後8時30分ころまでの約4時間にわたり、700ccの点滴による輸液を受けさせた後、一階の診察室で上告人の診察をしたが、その際、上告人は、いすに座ることもできない状態で診察台に横になっていた。被上告人は、同日午後9時に上告人を帰宅させたものの、上告人のおう吐の症状が続くようであれば事態は予断を許さないと考えていた。

③ 本件医院は、いわゆる個人病院であり、入院加療のための設備はないことから、被上告人は、上告人を入院させる必要がある場合には、高度の医療機器による精密検査及び入院加療が可能な病院への入院を考えており、同日夜には、同病院あての紹介状を作成していた。

 以上の診療の経過にかんがみると、被上告人は、初診から5日目の昭和63年10月3日午後4時ころ以降の本件診療を開始する時点で、初診時の診断に基づく投薬により何らの症状の改善がみられず、同日午前中から700ccの点滴による輸液を実施したにもかかわらず、前日の夜からの上告人のおう吐の症状が全く治まらないこと等から、それまでの自らの診断及びこれに基づく上記治療が適切なものではなかったことを認識することが可能であったものとみるべきであり、さらに、被上告人は、上告人の容態等からみて上記治療が適切でないことの認識が可能であったのに、本件診療開始後も、午前と同様の点滴を、常時その容態を監視できない二階の処置室で実施したのであるが、その点滴中にも、上告人のおう吐の症状が治まらず、また、上告人に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり、これに不安を覚えた母親が被上告人の診察を求めるなどしたことからすると、被上告人としては、その時点で、上告人が、その病名は特定できないまでも、本件医院では検査及び治療の面で適切に対処することができない、急性脳症等を含む何らかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことをも認識することができたものとみるべきである。

 上記のとおり、この重大で緊急性のある病気のうちには、その予後が一般に重篤で極めて不良であって、予後の良否が早期治療に左右される急性脳症等が含まれること等にかんがみると、被上告人は、上記の事実関係の下においては、本件診療中、点滴を開始したものの、上告人のおう吐の症状が治まらず、上告人に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり、これに不安を覚えた母親から診察を求められた時点で、直ちに上告人を診断した上で、上告人の上記一連の症状からうかがわれる急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処し得る、高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関へ上告人を転送し、適切な治療を受けさせるべき義務があったものというべきであり、被上告人には、これを怠った過失があるといわざるを得ない。これと異なる原審の判断には、転送義務の存否に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

以上:3,680文字

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