令和 2年 7月29日(水):初稿 |
○「標準を上回る婚姻費用支払分について財産分与前渡とした家裁審判紹介」の続きで、その抗告審平成21年9月4日大阪高裁決定(家庭裁判月報62巻10号54頁)を紹介します。 ○事案の概要は以下の通りです。 ・元妻(抗告人・附帯抗告相手方,原審申立人)が,元夫(相手方・附帯抗告人,原審相手方)に対し,財産分与として3000万円の支払を求た ・元妻(専業主婦)と元夫は,昭和47年に婚姻し,長女及び二女をもうけた ・昭和59年ころから元妻が宗教活動に多くの時間を割くようになり,元妻の宗教活動をめぐって家庭内で対立するようになった ・平成6年に元夫が自宅に元妻と長女,二女を残して実家で生活するようになった ・平成20年に離婚判決が確定するまでの約14年間別居し,ほとんど交流することなく生活 ・元妻は,別居後の平成10年×月から○○により通院するようになり,平成13年にはめまい等を訴えて約1週間入院し,平成17年×月には上記のほか○○等と診断 ・元夫は,元妻に対し,別居後,13年10か月(166か月)にわたり,婚姻費用として合計3919万9880円を支払った (平成6年×月~平成17年×月までの138か月に合計3359万9880円,婚姻費用分担調停成立により平成17年×月~平成20年×月までの28か月は月額20万円の割合による支払) ・平成6年×月~平成17年×月までの支払額は,月平均24万3477円となり,この額は,元夫の賞与を除く給与の月額手取額の2分の1をやや下回る額に相当 ・財産分与の対象となる財産は,元夫に支給された退職金1013万7100円(元夫管理)及び元夫名義の預金の平成6年×月×日付け残高18万5427円(元妻管理)の合計1032万2527円 ・分与割合は,原則どおり2分の1と認められる。 ・原審(奈良家審平21.4.17)は,標準的算定方式に基づいて算出した額を上回る婚姻費用分担金合計454万円を,事後的扶養というべき財産分与の前渡しとして評価し,この全額を控除した52万円を財産分与として支払うよう元夫に命じた ・元妻が抗告 ○元妻の抗告に対し、大阪高裁は、当事者の一方が自発的に又は合意に基づいて婚姻費用の分担として相手方当事者に送金している場合,その額が当事者双方の収入や生活状況にかんがみて著しく相当性を欠くものでない限り,送金額のうちいわゆる標準算定方式に基づいて算出した額を上回る部分を財産分与の前渡しとして評価することは相当でないとして、原審審判を変更し、財産分与として約497万円の支払を命じました。 ○清算的財産分与において過去の婚姻費用の分担の態様を斟酌してその額,方法を定めうるかについては、「別居中の婚姻費用分担義務-過去の婚姻費用請求についての最高裁判決」記載の通り、昭和53年11月14日最高裁判決(判タ375号77頁)は、夫婦の一方が負担すべき婚姻費用の支払を怠り,他方が過当にこれを負担している場合、「裁判所が財産分与の額及び方法を定めるについては当事者双方の一切の事情を考慮すべきものであることは民法771条,768条3項の規定上明らかであるところ,婚姻継続中における過去の婚姻費用の分担の態様は右事情のひとつにほかならないから,裁判所は,当事者の一方が過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができる」と積極説を取っていました。 ○この最高裁判決からすると、原審判決の結論でも良さそうな気がします。この最高裁判決の具体的事案調査も必要で、別コンテンツで紹介します。 **************************************** 主 文 1 本件抗告に基づき,原審判を次のとおり変更する。 (1) 相手方は,抗告人に対し,497万5836円を支払え。 (2) 抗告人と相手方との間の原審判別紙1及び同2記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合をいずれも0.5と定める。 2 本件附帯抗告を棄却する。 3 抗告費用は抗告人の,附帯抗告費用は相手方の各負担とする。 理 由 第1 本件抗告及び本件附帯抗告それぞれの趣旨及び理由 1 本件抗告 抗告人は,原審が,平成21年4月17日,平成20年(家)第1307号事件(以下「第1事件」という。)につき,相手方に対し,抗告人に対する財産分与として52万円の支払を命じ,同第1467号事件(以下「第3事件」という。)につき,抗告人と相手方との間の原審判別紙2記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定めることを求めた申立てを却下する審判をしたのに対して抗告し,①原審判中第1事件に関する部分を取り消し,相手方に対して506万円の支払を命じ,②第3事件に関する部分を取り消し,抗告人と相手方との間の原審判別紙2記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定めるとの裁判を求めた。 第1事件についての抗告理由の要旨は,原審判が,相手方が抗告人に対して財産分与として支払うべき506万円から,実際に支払った婚姻費用のうち標準的な額(月額20万円,年額240万円)を上回る額が454万円余りになるとして,これを事後的扶養というべき財産分与の前渡しとして控除したが,①扶養的財産分与は,清算的財産分与や慰謝料だけでは離婚後の生活保障として不十分であるような要扶養状態にある場合に,扶養能力ある扶養義務者に対して支払わせるものであり,清算的財産分与から控除するのは扶養的財産分与の趣旨に反する,②平成6年×月の別居後に相手方が支払った婚姻費用は,相手方がその都度相当額を判断してきたもので,家賃だけみても変動しているように,婚姻費用算定の条件はそのときどきで異なるから,平成17年×月の調停合意の存在をもって,過去に遡って婚姻費用が過大であったなどと判断するのは本末転倒である,というものである。 第3事件についての抗告理由の要旨は,別居していても,夫婦が共同して保険料を負担していることを基本認識とする年金分割の制度趣旨に加えて,平成20年×月以降は第3号被保険者期間は自動的に2分の1に分割されるから,これと異なる解釈が採用されるべきではない,というものである。 2 本件附帯抗告 相手方は,原審が,平成21年4月17日,第1事件につき,相手方に対し,抗告人に対する財産分与として52万円の支払を命じ,平成20年(家)第1308号事件(以下「第2事件」という。)につき,抗告人と相手方との間の原審判別紙1記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定める審判をしたのに対して抗告し,これらをいずれも取り消し,抗告人の各申立てをいずれも却下するとの裁判を求めた。 第1事件についての附帯抗告の理由の要旨は,①財産分与においては,夫婦の一方が過大に負担した過去の婚姻費用の償還を考慮すべきであるところ,二女は高校卒業後進学せず,要扶養状態を脱していたから,平成8年に成年に達する前でも,この点を考慮すべきである,②平成17年×月に調停合意した以降の婚姻費用の相当額も,客観的にみて相当な額であるか否かを判断すべきであり,相手方が抗告人に対して分与すべき財産はない,③抗告人は過大な婚姻費用の支払を受けてきたから十分な財産を形成しているはずである上,扶養すべき者もいないから要扶養状態にあるとはいえず,他方,相手方は再婚した妻を扶養しなければならない上,老母とも同居しているから,抗告人を扶養する能力はない,というものである。 第2事件についての附帯抗告の理由の要旨は,①抗告人は相手方と同居中も宗教活動に専念して相手方との家庭生活を顧みることがなく,相手方には筆舌に尽くし難い心労があり,精神的にも物質的にも抗告人は相手方の保険料納付に寄与したとはいえない,②年金分割では個別具体的な事情を考慮した清算的要素が重視されているので,過剰な婚姻費用を取得し続けた抗告人は,保険料納付に寄与したどころか,経済的な障害でさえあった,というものである。 第2 当裁判所の判断 1 事実関係 次のとおり付加訂正するほかは,原審判(2頁4行目から4頁2行目)のとおりであるから,これを引用する。 (1) 2頁11行目の「婚姻費用分担分担」を「婚姻費用分担」に改め,同頁14行目の「調停」の次に「(以下「婚姻費用分担調停」という。)」を加える。 (2) 2頁16行目の「年金分割(」の次に「原審判別紙1記載の情報に係るもの。」を,同頁19行目の「年金分割」の次に「(原審判別紙2記載の情報に係るもの。)」をそれぞれ加える。 (3) 3頁7行目の「1030万3700円」の次に「(ただし,税引き後の額は1013万7100円)」を加える。 (4) 3頁11行目の「平成6年×月からは」の次に「,賃貸住宅である」を加える。 (5) 3頁13行目の「3月まで」の次に「,以下,平成10年度まで同じ。」を加え,「252万7910円」を「252万6392円」に,「246万7932円」を「246万7032円」に,同頁14行目の「255万3114円」を「255万3814円」に,同頁16行目の「180万7358円」を「230万0104円」にそれぞれ改め,「平成12年」の次に「(同年1月から12月まで,以下,同じ。)」を,同頁19行目から20行目にかけた「240万円」の次に「,平成20年×月には20万円」を,「送金していた」の次に「(平成6年×月から平成20年×月までの送金額の総計は3919万9880円となり,平成17年×月分以降は,婚姻費用分担調停に基づいて,月額20万円の割合による送金がなされた。なお,相手方の給与明細が提出された平成11年×月までの相手方の送金額は,賞与を除く給与の手取額の2分の1をやや下回る額であった。)」をそれぞれ加える。 (6) 3頁21行目の「葬儀や」を「葬儀の連絡をせず,また,相手方は」に改める。 (7) 4頁2行目末尾を改行の上,「相手方の給与収入は,平成6年度(同年4月から翌年3月まで,以下,平成10年度まで同じ。)が728万7910円,平成7年度が979万0613円,平成8年度が1004万7150円,平成9年度が1143万0718円,平成10年度が1137万8839円,平成11年(同年4月から12月まで)が926万2897円,平成12年(同年1月から12月まで,以下,同じ。)が1086万9929円,平成13年が1080万0200円,平成14年が1107万4113円,平成15年が1118万0813円,平成16年が1103万3094円,平成17年が1106万5225円,平成18年が1073万4103円,平成19年が1099万4350円であった。」を加える。 2 以上認定の事実を前提に,本件財産分与の申立て(第1事件)について検討する。 (1) 財産分与の対象となるのは,同居中に形成された夫婦財産に限られるところ,抗告人と相手方は,相手方が平成6年×月に自宅を出て実家で生活をするようになり,以来,離婚判決が確定するまでの約14年間別居し,ほとんど交流することなく生活していたことにかんがみると,財産分与の対象となる財産は,相手方が婚姻後に就職して平成6年×月×日に退職したa社から支給された退職金受領額1013万7100円及びb銀行c支店の相手方名義の普通預金の同年×月×日付け残高18万5427円の合計1032万2527円である。 (2) そして,抗告人が昭和59年×月ころから宗教活動に多くの時間を割くようになったものの,平成6年×月までの間,長女及び二女を養育し,それなりに家事をこなしていたことが認められるから,上記(1)の財産の形成についての抗告人の寄与は,2分の1と認められる。 (3) 相手方は,抗告人に対して送金した婚姻費用のうち,抗告人にも賃金センサスに基づく相応の稼働能力を推計した上で算定される標準的な婚姻費用の額を超える分は,財産分与の前渡しと評価すべきであると主張するので,この点について検討する。 相手方は,平成6年×月から平成20年×月までの13年10か月(166か月)の婚姻費用として合計3919万9880円を送金し,このうち,平成17年×月から平成20年×月までの28か月は月額20万円の割合により送金(20万円×28か月=560万円)しているから,平成6年×月から平成17年×月までの138か月に合計3359万9880円を送金したことになり,これを月平均すると,24万3477円(円未満切捨て)となり,この額は,賞与を除く給与の月額手取額の2分の1をやや下回る額に相当する。 ところで,別居中の夫婦の婚姻費用分担については,その資産,収入その他一切の事情を考慮して定められるものであり(民法760条),当事者が婚姻費用の分担額に関する処分を求める申立てをした場合(家事審判法9条1項乙類3号)には,調停による合意をするか,審判をすることになる(同法26条1項)。 したがって,当事者が自発的に,あるいは合意に基づいて婚姻費用分担をしている場合に,その額が当事者双方の収入や生活状況にかんがみて,著しく相当性を欠くような場合であれば格別,そうでない場合には,当事者が自発的に,あるいは合意に基づいて送金した額が,審判をする際の基準として有用ないわゆる標準的算定方式(判例タイムズ1111号285頁以下)に基づいて算定した額を上回るからといって,超過分を財産分与の前渡しとして評価することは相当ではない。 そして,本件では,抗告人は相手方と婚姻後,家事や育児に専念し,婚姻して10年ほど経ったころから宗教活動に多くの時間を割くようになったが,更に12年ほどは相手方と同居し,宗教活動をしながら育児や家事をする生活を続け,長期間就労していなかったこと,相手方が抗告人や子らを残して出た自宅には家賃を要したことなどにかんがみると,相手方が送金していた,賞与を除く給与の月額手取額の2分の1をやや下回る額(平成17年×月以降はこれを更に下回る月額20万円)が著しく相当性を欠いて過大であったとはいえない。 ちなみに,抗告人の収入を0として,標準的算定方式に基づく標準的算定表に相手方の各年度の収入を当てはめると,婚姻費用の標準月額は,平成6年が14万円から16万円の範囲内,平成7年が18万円から20万円の範囲内,二女が成年に達した平成8年×月以降は14万円から16万円の範囲内,あるいは,16万円から18万円の範囲内であるから,この点でも,相手方が抗告人に対して送金した婚姻費用が著しく相当性を欠いて過大であったとまではいえない。 したがって,相手方の上記主張は,理由がない。 (4) 以上によれば,抗告人がb銀行c支店の相手方名義の口座を管理していることにかんがみ,相手方が財産分与として抗告人に対して支払うべき額は,以下のとおりである。 1032万2527円÷2-18万5427円=497万5836円(円未満切捨て) 3 次に,原審判別紙1及び同2記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合について検討する。 (1) 年金分割は,被用者年金が夫婦双方の老後等のための所得保障としての社会保障的機能を有する制度であるから,対象期間中の保険料納付に対する寄与の程度は,特別の事情がない限り,互いに同等とみて,年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定めるのが相当であるところ,その趣旨は,夫婦の一方が被扶養配偶者である場合についての厚生年金保険法78条の13(いわゆる3号分割)に現れているのであって,そうでない場合であっても,基本的には変わるものではないと解すべきである。 そして,上記特別の事情については,保険料納付に対する夫婦の寄与を同等とみることが著しく不当であるような例外的な事情がある場合に限られるのであって,抗告人が宗教活動に熱心であった,あるいは,長期間別居しているからといって,上記の特別の事情に当たるとは認められない。したがって,第2事件についての相手方の抗告理由①は理由がない。 (2) 相手方の抗告理由②については,前記2(3)のとおり,相手方が抗告人に送金した婚姻費用が過大であったとはいえないから,理由がない。 4 結論 よって,本件抗告は上記説示の限度で理由があるから第1事件及び第3事件について家事審判規則19条2項により原審判を変更することとし,本件附帯抗告は理由がないから棄却することとし,主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 田中義則 永井尚子) 以上:6,802文字
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