平成31年 3月11日(月):初稿 |
○「不貞行為第三者責任が”害意”なしとして破産免責された判例紹介2」の続きで、平成21年6月3日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)全文を紹介します。 ○事案概要は、原告の妻が夫Y1とその不貞行為相手方女性Y2を被告として500万円の慰謝料請求の訴えを提起したところ、Y2は東京地裁破産手続で免責決定を受け、原告の被告Y2に対する損害賠償請求権は破産法253条1項2号の「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく」ものかどうかが争点になりました。 ○判決は、被告Y2が破産法253条1項2号の悪意,すなわち積極的な害意をもって被告Y1の不貞行為に加担したことを認めるべき証拠は存在しないとして原告の請求を棄却しました。原告の主張に対し、判決は、破産者の不貞行為に基づく損害賠償請求権は,たとえそれが故意又は重大な過失によるものであるとしても,破産法第1項3号の「人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権」と同視すべきものであると解することまではできないとも述べています。 ***************************************** 主 文 1 被告Y1は,原告に対し,150万円及びこれに対する平成19年10月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告の被告Y1に対するその余の請求及び被告Y2に対する請求を棄却する。 3 訴訟費用は,原告と被告Y1との間に生じたものはこれを3分し,その2を原告の,その1を被告Y1の負担とし,原告と被告Y2との間に生じたものは原告の負担とする。 4 この判決は,原告勝訴部分に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告らは,原告に対し,連帯して500万円及びこれに対する平成19年10月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,原告と婚姻していた被告Y1(以下「被告Y1」という。)が被告Y2(以下「被告Y2」という。)との不貞行為に及ぶなどして原告に精神的苦痛を与えたとして,原告が被告らに対し,共同不法行為たる不貞行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料500万円及びこれに対する不法行為の日の後であり原告と被告Y1とが協議離婚をした日の翌日である平成19年10月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。 1 争いのない事実(後記(9)は文中,文末の括弧内の証拠等によりその事実を認める) (1) 原告と被告Y1は,平成14年4月(原告主張による)又は同年6月ころ(被告ら主張による),原告が当時被告Y1の勤務先であった銀座のクラブを客として訪れて互いに知り合い,その後交際を始めた。その当時,原告は丸紅株式会社に勤務していた。 (2) 原告と被告Y1は,平成15年1月,東京都内の原告宅に同居して生活するようになった。 (3) 原告と被告Y1は,平成18年6月19日,婚姻届を提出して夫婦となった。 (4) 原告は,平成18年8月,a株式会社に転職するとともに,それに伴って大阪府内に単身赴任した。 (5) 被告Y1と被告Y2は,平成18年10月,被告Y2が被告Y1の勤務先であった前記のクラブを客として訪れて互いに知り合った。 (6) 原告と被告Y1は,平成18年12月17日,東京都内に親族を集めて,いわゆる挙式と披露宴を行った。 (7) 被告Y1は,平成19年1月12日,当時の自宅から出て,同月中に,被告Y2との同居生活を開始し,同年10月9日,被告Y2との間の子を出産した。 (8) 原告と被告Y1は,平成19年10月29日,協議離婚をした。 (9) 原告は,平成20年1月21日に本件訴状を提出したが(記録上明らかである),被告Y1と同Y2は,本訴係属中の同年5月14日,婚姻届を提出して夫婦となった(乙1)。 (10) 被告Y2は,東京地方裁判所において,平成20年7月23日に破産手続開始決定を,同年12月3日に免責許可決定を受け,後者の免責許可決定は,平成21年1月6日確定した。 2 争点及び当事者の主張 本件の争点は, (1)被告らが男女の関係を開始した時期はいつか, (2)被告らが男女の関係を開始した時点において,原告と被告Y1との婚姻関係は破綻していたかどうか, (3)原告の被告Y2に対する損害賠償請求権は破産法253条1項2号の「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく」ものかどうか, (4)原告の損害額, であり,これらに関する当事者の主張は,以下のとおりである。 (1) 争点(1)(被告らが男女の関係を開始した時期はいつか)について (原告の主張) 被告らが男女の関係を開始したのは,互いに知り合った平成18年10月ころからである。 (被告らの主張) 被告らは,平成18年12月29日に交際を開始したが,それ以前に男女の関係はなかった。 (2) 争点(2)(被告らが男女の関係を開始した時点において,原告と被告Y1との婚姻関係は破綻していたかどうか)について (被告らの主張) 被告Y1は,原告との交際を開始した直後の平成14年9月,原告の子を妊娠したが,原告から,子供は既に2人いるので必要ないといわれ,やむなく中絶した。 その後,被告Y1は,原告と同居して生活するようになったが,原告から,婚姻を前提として付き合う旨はおろか,温かい言葉,ねぎらいの言葉をかけられたことがなく,かえって,被告Y1の行いについて原告から必ず言いがかりをつけられ,命令や一方的な話を受けてばかりいた。 被告Y1は,原告からの求めを断り切れずに婚姻届をし,また,原告の友人からの勧奨を断ることができずに結婚式を挙げるなどしたが,それ以前に原告の性癖や性生活に嫌気がさしており,平成18年9月ころからは,原告との性交渉もなくなり,婚姻関係の実体はなくなった。 したがって,被告らが男女の関係を開始した時点において,原告と被告Y1との婚姻関係は破綻していた。 (原告の主張) 原告は,被告Y1から,原告の子を妊娠したと告げられた際に,被告Y1の言を信じて,産んでもよいと告げている。 原告が被告Y1と最後に性交渉をもったのは,平成18年12月3日である。 被告らが男女の関係を開始したのがいつであるにしても,その時点において,原告と被告Y1との婚姻関係は破綻していたということはない。 (3) 争点(3)(原告の被告Y2に対する損害賠償請求権は破産法253条1項2号の「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく」ものかどうか)について (原告の主張) 本件で問題となる不貞行為に関しては,社会的に極めて強い道徳的非難がなされている。また,侵害される権利は,人格権であり,生命・身体に関する権利に準ずる高い価値を有するものである。かような観点に照らせば,破産法253条の適用上,不貞行為に基づく損害賠償請求権に関して,同条1項2号の「悪意」は,同項3号を準用し,「故意又は重大な過失」を意味するものと解するべきである。しかるに,被告Y2は,故意又は重大な過失により本件の不貞行為に及んだものであるから,原告の被告Y2に対する損害賠償請求権は,非免責債権に該当する。 (被告Y2の主張) 原告の主張は争う。 (4) 争点(4)(原告の損害額)について (原告の主張) 本件の不貞行為により原告は慰謝料500万円に相当する精神的苦痛を受けた。 (被告らの主張) 原告の主張は争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(被告らが男女の関係を開始した時期はいつか)について 原告は,被告らが男女の関係を開始したのは,互いに知り合った平成18年10月ころからであると主張するが,その事実を認めるべき客観的な証拠は存在しない。他方,被告らは,同年12月29日に交際を開始したと主張し,当事者尋問に際しても,その旨を供述するところ,かかる主張ないしは供述を排斥するのに十分な証拠は存在しない。 したがって,被告らが男女の関係を開始した時期については,被告らが主張し供述するとおりに認めるのが相当であり,これに反する原告の主張は,採用することができない。 2 争点(2)(被告らが男女の関係を開始した時点において,原告と被告Y1との婚姻関係は破綻していたかどうか)について 被告らは,被告らが男女の関係を開始した時点において,原告と被告Y1との婚姻関係が破綻していたと主張するが,前記争いのない事実(3)によれば,原告と被告Y1は,平成18年6月19日,婚姻届を提出して夫婦となっていることが認められるから,それ以前に婚姻関係が破綻していたというのは,社会通念上あり得ないことというべきであるし,その婚姻後,前記認定のとおり被告らが男女の関係を開始した同年12月29日までの間に,原告と被告Y1との婚姻関係が被告Y1の単なる好き嫌いといった一方的な心情とは別に客観的にみて破綻していたというに足りる事情を認めるべき証拠は存在しない。 したがって,被告らの上記主張は,これを採用することができない。 3 争点(3)(原告の被告Y2に対する損害賠償請求権は破産法253条1項2号の「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく」ものかどうか)について 破産法253条1項柱書及び3号は,破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権は,免責許可の決定が確定したときであっても,破産者がその責任を免れるものではない旨を定めているが,破産者の不貞行為に基づく損害賠償請求権は,たとえそれが故意又は重大な過失によるものであるとしても,上記の「人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権」と同視すべきものであると解することまではできない。 そのほか,被告Y2が破産法253条1項2号の悪意,すなわち積極的な害意をもって被告Y1の不貞行為に加担したことを認めるべき証拠は存在しない。 したがって,この点に関する原告の主張は,これを採用することができず,被告Y2は,免責許可決定の確定により,原告が訴求する損害賠償請求権について,その責任を免れたものといわなければならない。 4 争点(4)(原告の損害額)について 前記争いのない事実,被告Y1の当事者尋問における供述及び弁論の全趣旨によれば,原告と被告Y1とは,原告が婚姻後間もなくして単身赴任したこともあって,夫婦としての確固たる信頼関係を形成できずにいたところを,被告Y1の不貞行為によって,婚姻関係の破綻に至ったものと認められる。このような婚姻関係の破綻の経緯及び破綻に至るまでの婚姻期間が比較的短いことその他本件記録に顕れた一切の事情を総合勘案すると,被告Y1の不貞行為によって原告が受けた精神的苦痛を慰謝料として金銭的に評価すれば,150万円に相当するものと認められる。かかる認定を左右するような証拠は存在しない。 5 よって,主文のとおり判決する。 (裁判官 石橋俊一) 以上:4,496文字
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