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東日本大震災から5ヶ月目の郷里気仙沼入り

平成23年 8月12日:初稿
○平成23年8月11日は、東日本大震災から丁度5ヶ月目でしたが、業務の関係もあり、平成23年4月3日初めての郷里気仙沼入り以来、約4ヶ月ぶりで郷里気仙沼に行って来ました。前回は、三陸自動車道終点登米東和ICを降りて、東和町林林館森の茶屋等内陸部経由で本吉町津谷から45号線に入ったのですが、今回は、登米東和ICを降りてからは、398号線を東進し45号線に入り南三陸町、歌津、陸前小泉を経由して、気仙沼に入りました。南三陸町は、東日本大震災後初めてで、父亀治郎の7回忌後南三陸ホテル観洋に宿泊した平成17年10月29日以来、約5年9ヶ月ぶりです。

○南三陸町は、東日本大震災の大津波で壊滅的被害を受け、一時は町民の半数以上が連絡が取れなくなったことで全国的にも有名になった町ですが、がれき処理が相当進んでいるかと思って殆ど建物のなくなった町の中を通るも、までまだがれきが残っていることに暗澹たる気持になりました。

南三陸町中心部に入り、前方に志津川病院建物が見えます
   

気仙沼線が至るところで寸断されたままです
   

○気仙沼市内の九条地区で業務を終え、次の目的地に向かう途中、母校気仙沼高校がありました。懐かしさの余り、敷地内に入り、校舎や体育館、テニスコート等見分してきましたが、建物は私が通学していた45年前のものは全て建て替えられていました。テニスコートと野球場は、ほぼ45年前の姿を残して居ましたが、流石にテニスコートはクレーコートからオムニコートに替わっていました。野球場ではクラブ員が練習中でしたが、テニスコートは使用されておらず、コートの手入れが余り良くなされていないように見えたのが気になりました。

気仙沼高校正門から玄関へ、途中、懐かしい校歌の石碑がありました、校舎は建て替わっています
    

懐かしのテニスコート、ブラッシングされていません、体育館等も建て替わっています、体育館を覗いてみると、段ボールで仕切られた避難所となっており、お年寄りの方々ばかりが目に付きましたが、暑さの中冷房もなく過酷な環境です
   

1年時テニスクラブ練習終了後の午後8時過ぎ毎日立ち寄った新茶屋、牛乳とシュガーパンの味が格別でした、建物は当時のまま建っていましたが、廃屋という感じで人の住んでいる気配はありませんでした
   

以上:956文字

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