○被告夫とその妻亡Dは平成16年に婚姻し、長男・長女をもうけましたが、平成30年10月頃から被告が不貞行為を発覚する令和2年8月まで2年間継続し、Dはこれが原因で、同年9月にうつ病を発症して心療内科に通院し、令和3年5月に首吊り自殺をしました。
○そこで亡Dの両親である原告らが、亡Dの夫である被告の不貞によりうつ病を発症し自殺したことについて、原告らが、被告には妻の心身への配慮を十分にする義務があったにもかかわらず、これを怠ったことが不法行為を構成する旨を主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として各1650万円の請求をしました。
○これに対し、亡Dが通院を始めた頃から、被告は、上記通院を含むDの様子を一番近くで見ていたというべきであり、Dの心身を気遣うべき立場にあったとはいえるが、他方、Dは、自殺に至るまで、自殺企図に及んだり、被告に対して自殺をほのめかしたことがあるとまで認めるに足りる証拠はなく、Dの死亡について、原告ら主張に係るDの心身への配慮を十分にする義務を被告が怠ったことにより、Dを死亡させたとまで断ずることはできないととして、原告らの請求をいずれも棄却した令和6年4月22日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。
○亡D自身は被告夫に対し貞操義務違反を理由に慰謝料請求権を有していますが、これを相続するのは配偶者である被告とその長男・長女で、亡D両親は不貞行為による損害賠償請求権はありません。そこでDが死亡したことについて、Dは、被告の不貞行為により、原告らに自殺をほのめかすようになり、心療内科にも通っており、被告はそれを認識しながら、Dの心身への配慮を十分にせず、その結果、被告は、原告らの子であるDを死亡させたたことは被告の不法行為を構成すると主張しました。
○親として被告によって子Dを奪われた無念は判りますが、判決は原告らがDの死により深い悲しみにあることは認められるものの、被告に対する請求を基礎付ける義務違反はこれを認めるに足りないといわざるを得ないとしており、やむを得ない結論と思われます。
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主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告Aに対し、1650万円及びこれに対する令和4年3月25日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Bに対し、1650万円及びこれに対する令和4年3月25日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、原告らの子が、同人の夫である被告の不貞によりうつ病を発症し自殺したことについて、原告らが、被告には妻の心身への配慮を十分にする義務があったにもかかわらず、これを怠ったことが不法行為を構成する旨を主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠(〔 〕内の数字は関係証拠等の該当頁を指す。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお、証拠等の掲記のない事実は、当事者間に争いがない。)
(1)当事者について
ア 原告A(以下「原告A」という。)は、被告の義父であり、被告と婚姻関係にあったD(昭和54年○月生。以下「D」という。)の実父である。
原告B(以下「原告B」という。)は、被告の義母であり、Dの実母である。
原告らの間には、長男であるE(以下「E」という。)及び長女であるDの2名の子がおり、EはDの兄にあたる(原告A本人尋問〔23、24〕)。
イ 被告は、Dが令和3年5月22日に死亡するまで、Dの夫であった者である。
(2)被告の不貞行為について
被告とDは、平成16年9月に婚姻し、被告とDの間に、平成18年に長男、平成26年には長女が生まれ、円満な家族関係を築いていた。
しかし、被告は、平成30年10月頃から、F(以下「F」という。)と継続的に不貞行為を行っていた。被告とFとの不貞関係は、令和2年8月27日にDに発覚するまで、約2年間にわたって続いた。
Dは、同年9月17日から心療内科に通院するようになり、被告も、Dが心療内科に通院していたことを認識していた。
3 争点及び争点に関する当事者の主張の骨子
(中略)
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
当事者間に争いのない事実、上記第2の2の前提事実(以下単に「前提事実」という。)並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
Dは、令和2年8月27日に被告の不貞を知って以来、被告は猛省をしているが不眠、食欲不振、動悸、息切れ及び感情の波があるとのことで、同年9月14日に心療内科であるaを受診し、カウンセリングの希望により心療内科であるbに通院を始めた(前提事実、甲11)。Dは、同日、うっすらと涙を浮かべつつ、まとまった話をし、死については「考えることもある。」と述べ、医師はうつ病との診断をした。(甲11)
Dは、上記クリニックの受診を継続し、同月28日には調子は多少楽になった、被告については、「こちらが真剣に話しているのに寝ることとかもあって、病院に行ったらADHDだと。」と述べ、同年10月12日にも多少楽になった、被告のADHDについて「薬も飲み始めたみたい。」と述べ、同月は投薬中のセディールのペースは減った。同年11月には、「もやもやが続いている」と述べ、医師は、調子に応じた生活を送ること、今は薬に頼ってもいいとしてプルゼニドの投薬を試行した。
Dは、同年12月15日の受診においては、「気分の波がいいときは夫も反省しているからと許せる気持ちにもなる。しかし、夫婦としては、夫の不倫の『質の悪さ』を許せない。」など述べ、医師は、今後は年明けから隔週で50分の受診とする方針とし、月2回の通院はDが亡くなるまで続いた。Dは、令和3年1月26の通院の際に「年が変わって切り替えようとしたけど、年末に夫と喧嘩をして無理。私がよせばいいいのに、性格的に白黒つけたがるから、いろいろ聞いてしまった。感情的に一方的に怒っていたら、息子が起きた。」など述べ、同年2月9日の受診の際には、「夫に出て行ってほしいと言いました。でもいざ出て行かれそうになると寂しくなってしまった。」など述べ、同年3月30日、「主人が暗い。落ち込み、10キロくらい痩せている。元気がないと、私も何か責めることができず、励ましたりご飯を勧めたりしている。」など述べ、波はあるが薬の頻度は減り、同日の受診及び同年4月27日の受診において、困っていることとして突発的なイライラを挙げた。
また、同年5月18日の受診においては、調子については、だいぶ良く、友達夫婦とバーベキューに行き、被告の不貞行為を知っている友人なので、「夫は周りからいじられたり、怒られたり、人から言ってもらえると私としてはすっきりした。」など述べ、波はあるが調子は落ち着いてきた旨、睡眠は薬を飲まなくても大丈夫になり、食事は食欲が出てきた旨を述べた。上記クリニックの診療録において、希死念慮についての記載は、上記初診時の記載のみで他にはない。(甲11)
被告とDは、令和2年8月27日から令和3年5月22日までの間、Dは被告の上記の不貞行為について悩み、時には上記診療中のDの供述にあるような夫婦喧嘩がありながらも、同月18日頃には少し落ち着いていたところ、同月21日夜、Dが被告の不貞行為について問いただし、被告の回答に対しDが怒りを覚え「信じていたのに残念」など述べ、明け方くらいにお互いに寝た方が良いということになり被告とDは眠りについた(甲11、12、13、乙5、原告ら本人尋問の結果、被告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)。
Dは、同月22日、クローゼットで首を吊り自殺した。被告は,Dの搬送先の病院にて、泣きながら原告らに謝罪をした(甲11、12、13、乙5、原告ら本人尋問の結果、被告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)。
被告は、同年6月3日、上記クリニックに電話をし、最近は落ち着いていたが、被告の不貞行為の証拠写真を持っており、夜にまた思い出して夜中まで不安定だった、そのようなときはプロチゾラムを飲んで寝ており、同日もそうであったこと、翌朝Dは起きたが頭痛がする旨を述べ再び寝室に行ったこと、様子を見に行ったら首をつっていたこと、まだ受け止めきれないが子も小さいので何とか頑張っていこうと思うなど述べた。同クリニックの医師は、同月18日受診時には落ち着いているように見えたが、突発的な衝動性は残っていて、自殺に至ったとの所見をもった。(甲11)
2 争点(1)について
上記認定事実によれば、Dが上記通院を始めた令和2年9月頃から、被告は、上記通院を含むDの様子を一番近くで見ていたというべきであり、Dの心身を気遣うべき立場にあったとはいえるが、他方、上記認定事実によれば、Dは、上記自殺に至るまで、自殺企図に及んだり、被告に対して自殺をほのめかしたことがあるとまで認めるに足りる証拠はなく、かえって、令和3年5月中旬頃には医師の見立てによっても落ち着いた状態であったことが認められる。
以上によれば、Dの死亡について、原告ら主張に係るDの心身への配慮を十分にする義務を被告が怠ったことにより、Dを死亡させたとまで断ずることはできないといわざるを得ない。
3 結論
以上によれば、原告らがDの死により深い悲しみにあることは認められるものの、被告に対する請求を基礎付ける義務違反はこれを認めるに足りないといわざるを得ない。
よって、原告らの請求は理由がないからこれをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第25部 裁判官 宮崎雅子
以上:4,045文字
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