○「
死亡による人身傷害保険金請求権の請求権の帰属等についての最高裁判決紹介」の続きで、その第一審令和5年2月27日東京地裁判決(LEX/DB)を2回に分けて紹介します。
○前記最高裁判決の事案を解明するための第一審令和5年2月27日東京地裁判決(LEX/DB)ですが、判決文が大変長いので、先ず請求部分を紹介し、判決理由部分は別コンテンツで紹介します。
事案は次のとおりです。
・亡Aが、被告保険会社との間で人身傷害特約を含む自動車保険契約を締結し、令和2年1月、自損事故によって死亡
・亡Aの相続人である子F・G・H3名が相続放棄し(Aは妻とは離婚済み)、Aの母Bが相続人となる
・Bが亡A相続人として、被告保険会社に対し、亡Aの死亡での人身傷害特約による損害保険金(「死亡保険金」)3000万円の支払を求めて提訴
・Bが死亡し、B相続人X1,X2が訴訟承継して、各1500万円ずつを被告保険会社に請求
○これに対し被告保険会社は、人身傷害特約死亡保険金請求権は
・当該被保険者の法定相続人がその順序により固有の権利として原始的に取得するので、亡Aの法定相続人であるFらが保険金請求権を取得し、Bがこれを取得することはない
・賠償義務者の有無を問わず、民法711条に定める固有の慰謝料請求権を対象とする趣旨ではなく、Fらも保険金請求権を取得するのであって、原告らのみが保険金請求権を取得することはない
・父母、配偶者、子等の遺族が受けた精神的苦痛等による精神的損害の上限額が1500万円であって、原告らがこれを全額請求できるわけではない
と主張しました。
○これに対する東京地裁判決理由は、別コンテンツで紹介した上で、最高裁判決を解説します。
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主 文
1 被告は、原告らに対し、2241万2445円及びこれに対する令和4年2月4日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その7を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告らに対し、各自1500万円及びこれに対する令和4年2月4日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
A(以下「亡A」という。)は、被告との間で、人身傷害条項を含む総合自動車保険契約を締結した後、被保険車両の操作中の事故により死亡した。亡Aは、配偶者と離婚しており、その第一順位の相続人は、子であるF、G及びHの3名(以下、この3名を併せて「Fら」という。)であったが、Fらは亡Aの相続放棄をしたため、亡Aの母であるB(以下「B」という。)が亡Aの相続人となった。
Bは、上記事故によって亡Aが被告に対し上記保険契約に基づく保険金請求権を取得し、これをBが相続により承継取得した旨主張して、被告に対し、同請求権に基づき、亡Aの死亡に伴う損害保険金(以下「死亡保険金」ということがある。)3000万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である令和4年2月4日から支払済みまで年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めて、本件訴訟を提起した。
本件訴訟の係属中、Bが死亡し、Bの子である原告らが、本件訴訟を承継し、被告に対し、各自上記死亡保険金の法定相続分に当たる1500万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めている。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)本件保険契約の締結
亡Aが代表取締役の地位にあった有限会社武石建設(以下「武石建設」という。)は、損害保険会社である被告との間で、平成31年2月6日頃、同月9日午後4時から令和2年2月9日までを保険期間とし、除雪構内専用車を被保険車両として、以下の内容を含む総合自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。(甲1、2、乙12)
ア 人身傷害条項(以下、人身傷害条項を含む保険契約を「人身傷害保険」という。)
(ア)保険金を支払う場合(1条)
被告は、急激かつ偶然な外来の事故(被保険車両の運行に起因する事故又は被保険車両の運行中の、飛来中・落下中の他物との衝突、火災、爆発若しくは被保険車両の落下に限る。)により被保険者が身体に傷害を被ること(以下「人身傷害事故」という。)によって、被保険者又はその父母、配偶者若しくは子が被る損害(6条(後記(カ))に定める損害の額)に対して、人身傷害条項及び基本条項に従い、保険金請求権者に人身傷害保険金を支払う。
(イ)被保険者(2条(1))
人身傷害条項における被保険者は、被保険車両の正規の乗車装置若しくはその装置のある室内に搭乗中の者、被保険車両の保有者又は被保険車両の運転者に該当する者をいう。
(ウ)保険金請求権者(3条)
「この人身傷害条項における保険金請求権者は、人身傷害事故によって損害を被った次のいずれかに該当する者とします。
〔1〕被保険者。ただし、被保険者が死亡した場合は、その法定相続人とします。
〔2〕被保険者の父母、配偶者または子」
(エ)保険金を支払わない場合(4条(2)〔6〕)
被告は、被保険者の自殺行為によって、被保険者に発生した傷害による損害に対しては、保険金を支払わない。
(オ)支払保険金の計算(5条(1)、(2))
1回の人身傷害事故につき被告の支払う人身傷害保険金の額は、6条(1)(後記(カ))の規定により決定される損害の額と損害防止費用及び権利保全行使費用の合計額とする(5条(1))。
労働者災害補償保険法を含む労働者災害補償制度によって既に給付が決定し又は支払われた額等がある場合において、その合計額が保険金請求権者の自己負担額(6条(1)(後記(カ))の規定により決定される損害の額並びに損害防止費用及び権利保全行使費用の合計額から5条(1)に定める人身傷害保険金の額を差し引いた額をいう。)を超過するときは、被告は、5条(1)に定める人身傷害保険金の額からその超過額を差し引いて人身傷害保険金を支払う(5条(2))。
(カ)損害の額の決定(6条(1))
被告が人身傷害保険金を支払うべき損害の額は、人身傷害事故によって被保険者に、傷害を被った直接の結果として、〔1〕治療を要したことによる損害、〔2〕後遺障害が発生したことによる損害又は〔3〕死亡したことによる損害が発生した場合に、その区分ごとに、それぞれ人身傷害条項損害額基準により算定された金額の合計額とする。
イ 人身傷害条項損害額基準(死亡による損害に関する部分に限る。)
(ア)死亡による損害は、葬儀費、逸失利益、精神的損害及びその他の損害とする(第3の柱書)。
(イ)葬儀費(第3の1参照。甲25の1及び2)
葬儀費は60万円とする。ただし、立証資料等により60万円を超えることが明らかな場合には、120万円を限度に必要かつ妥当な実費とする。なお、亡Aの葬儀費用は120万円を超えており、同額が損害とされることとなる。
(ウ)逸失利益(第3の2)
逸失利益が認められる場合は、原則として、収入額から生活費を控除した額に就労可能年数に対応するライプニッツ係数を掛けて算出する。
ただし、被保険者が年金等の受給者である場合には、年金等の額から生活費を控除した額に、平均余命に対応するライプニッツ係数から就労可能年数に対応するライプニッツ係数を控除した係数を掛けて算出された額を加算する。
なお、亡Aの年金に係る逸失利益は26万7545円である。
a 家事従事者以外の有職者の収入額は、現実収入額(原則として、事故前1年間に労働の対価として得た収入額とし、事故前年の確定申告書、市区町村による課税証明書等の公的な税務資料により確認された額とする。)、18歳に対応する年齢別平均給与額又は年齢別平均給与額の50パーセントに相当する額のいずれか高い額とする。
現実収入額の立証が困難な者については、18歳に対応する年齢別平均給与額又は年齢別平均給与額の50パーセントに相当する額のいずれか高い額とする。(第3の2(1)〔1〕)
b 生活費は、被扶養者(被保険者に現実に扶養されていた者)がいない場合、収入額に対する50パーセントの割合とする(第3の2(2)〔1〕)。
c 就労可能年数に対応するライプニッツ係数は、被保険者の死亡時の年齢別就労可能年数及びライプニッツ係数により、67歳の就労可能年数は9年であり、そのライプニッツ係数は7.108である(第3の2(2)〔2〕)。
(エ)精神的損害(第3の3)
精神的損害とは、被保険者の死亡により本人のほか、父母、配偶者、子等の遺族が受けた精神的苦痛等による損害をいう。精神的損害の額は、被保険者が一家の支柱でない場合で65歳以上のときは、1500万円とする。
(オ)その他の損害(第3の4)
上記(イ)から(エ)まで以外の死亡による損害は、事故との相当因果関係のある範囲内で、社会通念上必要かつ妥当な実費とする。
(2)保険事故の発生
亡A(昭和27年○○月○○日生まれ)は、令和2年1月28日、秋田市内において、住宅解体作業のため本件保険契約上の被保険車両であった除雪構内専用車を操作中に、重機に挟まれて胸腔内臓器破裂により死亡した(甲3。以下、この保険事故による亡Aの死亡を「本件事故」という。)。
(3)Fらによる相続の放棄
亡Aの子であるFらによる相続放棄の申述が、令和2年3月10日、受理された(甲5の1から6の3まで)。
(4)遺族一時金の支払
亡Aの母であるBは、労働者災害補償保険一時金として令和3年6月頃に350万円、また国民年金遺族一時金として同年10月頃に121万7100円を受領した(甲4、乙10、11)。
(5)本件訴えの提起及び訴訟の承継
Bは、令和3年12月28日、本件訴えを提起したが、令和4年9月23日に死亡し、Bの子(亡Aの兄)である原告らが本件訴訟を承継した(甲5の1から6まで)。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)本件事故により生ずる亡Aの収入に係る逸失利益の額
(原告らの主張)
亡Aは、本件事故当時、武石建設の役員として稼働し報酬を得ていたのであるから、亡Aの本件事故前1年間の現実収入である年額300万円の50パーセントに就労可能年数に対応するライプニッツ係数7.108を掛けた1066万2000円を、収入に係る逸失利益として算定すべきである。
(被告の主張)
武石建設の借入金は平成29年3月以降増加しているが利息すら払えておらず、外注費及び労務費が売上高の半分を超えている上、亡Aに対する家賃も未払の状態であったこと(甲22〔17頁〕、23〔26頁〕、24〔14、24、27頁〕)、亡Aに対する現実の支払実績が明らかでないこと(乙8)、亡Aが障害者控除を受けていること(乙9)、労災補償の給付日額が3500円であり(乙10)、労働の対価部分も明らかでないことなどからすると、亡Aが武石建設から役員報酬として年額300万円を現実に得ていると立証できているとはいえない。そうすると、18歳に対応する年齢別平均給与額224万8800円と年齢別平均給与額の50パーセントに相当する額193万0800円のうち、最も高額な224万8800円を収入額として、逸失利益を算定すべきであり(前提事実(1)イ(ウ)(a))、逸失利益は、799万2235円となる。
(2)保険金請求権の帰属する主体(人身傷害保険の被保険者が人身傷害事故により死亡した場合の保険金請求権が、被保険者に帰属し、その相続人がこれを承継取得するのか、被保険者の法定相続人に該当する者がその順序により固有の権利として原始的に取得するのか。)
(原告らの主張)
人身傷害保険の被保険者が人身傷害事故により死亡した場合の保険金請求権は、当該被保険者に帰属し、その相続人がこれを承継取得するものと解すべきであるから、本件事故によって亡Aが保険金請求権を取得し、その相続人であるBが承継取得する。その理由は、別紙1のとおりである。
(被告の主張)
人身傷害保険の被保険者が人身傷害事故により死亡した場合の保険金請求権は、当該被保険者の法定相続人がその順序により固有の権利として原始的に取得すると解すべきであるから、本件事故によって亡Aの法定相続人であるFらが保険金請求権を取得し、Bがこれを取得することはない。その理由は、別紙2のとおりである。
(3)原告らが精神的損害に係る保険金請求権を全額行使できるか
(原告らの主張)
人身傷害条項3条柱書からすると、同条〔2〕は民法711条に定める固有の慰謝料請求権のみを対象とする趣旨の約款であって、被保険者の損害とは別個のものであるから、本件請求とは重複するものではない。
そして、本件のような自損事故の場合には被保険者の生命を侵害した加害者が存在しないのであるから、第三者の不法行為によって被保険者が死亡した場合の慰謝料を認めた人身傷害条項3条〔2〕の要件には該当しない。
したがって、本件では人身傷害条項3条〔2〕が適用されない。
(被告の主張)
ア 被保険者の父母、配偶者及び子が保険金請求権者となるのは、人身傷害保険の「死亡による損害」として、「被保険者の死亡により本人のほか、父母、配偶者、子等の遺族が受けた精神的損害等による損害」を精神的損害とした上、被保険者の属性別の定額給付を規定したことによる(人身傷害条項損害額基準第3の3)ものであって、賠償義務者の有無を問わず、民法711条に定める固有の慰謝料請求権を対象とする趣旨ではない。
そして、人身傷害条項3条〔2〕によれば、Fらも保険金請求権を取得するのであって、原告らのみが保険金請求権を取得することはない。
イ また、被保険者の死亡により被保険者のほか、父母、配偶者、子等の遺族が受けた精神的苦痛等による精神的損害の上限額が1500万円であって、原告らがこれを全額請求できるわけではない。
以上:5,790文字
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