令和 6年 7月25日(木):初稿 |
○現在建物賃料増額の相談を受けています。「賃料増減額請求の要件-結構厳しい」で借地借家法第32条(借賃増減請求権)について、「借地借家法第11条地代等増減請求権に関する条文と立法趣旨備忘録」に借地借家法第11条(地代等増減請求権)について説明していました。 ○土地の賃貸人である原告が、賃借人である被告に対し、賃料増額請求権の行使により、令和元年5月1日時点の上記土地の賃料が月額170万2038円に増額されたと主張し、その確認を求めました。 ○これに対し、裁判所が命じた鑑定によれば、本件の土地の適正賃料額は月額137万円とみるのが相当であると認められるから、これと乖離する月額108万円の地代は「不相当となった」(借地借家法11条1項)と認められるため、原告の請求は主文の限度で理由があるとして、請求の一部を認容した令和5年3月28日東京地裁判決(LEX/DB)の理由部分を紹介します。 ********************************************* 主 文 1 原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の土地の賃料は、令和元年5月1日以降、月額137万円であることを確認する。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、鑑定に要した費用については、そのうち176万円を原告の負担とし、その余を被告の負担とし、その余の訴訟費用については、これを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の土地の賃料は、令和元年5月1日以降、月額170万2038円であることを確認する。 第2 事案の概要 本件は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の賃貸人である原告が、賃借人である被告に対し、賃料増額請求権の行使により、令和元年5月1日時点の本件土地の賃料が月額170万2038円に増額されたとして、その確認を求めた事案である。 1 前提事実(当事者に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)原告は、昭和59年5月28日、被告に対し、本件土地を、堅固建物所有目的で賃貸する契約を締結した(甲3の1。以下「本件賃貸借契約」という。)。 (2)原告と被告は、本件賃貸借契約に係る本件土地の賃料について、平成13年7月分から月額90万円に増額するとの合意をし、平成15年8月分から月額92万2500円に増額するとの合意をし、平成19年12月分から月額100万円に増額するとの合意をした(乙3~6〔枝番があるものは枝番を含む。〕)。 (3)原告と被告は、平成21年8月20日、本件賃貸借契約に係る本件土地の賃料を同年9月1日(以下「直近合意時点」という。)以降、月額108万円に変更するとの合意をした(甲3の2。以下「直近合意」という)。 (4)原告は、平成31年4月26日、被告に対し、本件賃貸借契約に係る本件土地の賃料を令和元年5月1日(以下「本件価格時点」という。)以降、月額170万2038円に増額する旨の意思表示をした(甲7の1及び2)。 (5)被告は上記金額での増額につき承諾できないとの回答をしたため、原告は地代増額調停を申し立てたが、調停は不成立となり、原告は本訴訟を提起した(弁論の全趣旨)。 (6)当裁判所は、鑑定人として不動産鑑定士cを指定し、同人に対して本件価格時点における本件土地の適正月額賃料の鑑定を命じたところ、同鑑定人は、同適正月額賃料は137万円であると評価した(以下「本件鑑定」という。)(鑑定の結果)。 2 争点及びこれに関する当事者の主張 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 本件鑑定の結果は、要旨以下のとおりである。 (1)試算賃料 〔1〕差額配分法により得た金額 139万5200円 〔2〕利回り法により得た金額 113万1200円 〔3〕スライド法により得た金額 110万5600円 〔4〕賃貸事例比較法により得た金額 139万9500円 (2)上記のとおり、本件では各手法の有する性格により試算賃料にはやや開差が生じた。適正な継続賃料は主観的要因である当事者間の合意と、客観的要因である比隣の賃料の双方の要請を満足、調和させることが相当である。本件直近合意賃料は、平成13年に当時の地代が公租公課の約1.16倍であったことから、平成21年9月まで、段階的に増額改定された経緯があり、その後の改定はなく、価格時点(令和元年5月1日時点)に増額請求されたものである。 各試算賃料をみると当事者間の直近合意賃料を基準としてその後の経済事情変動を反映した利回り法、スライド法の試算賃料の開差は小さく、経済価値に即応した賃料(正常実質賃料)と実際実質賃料との差額を適切に配分して求めた差額配分法と比隣の客観的な比準賃料(賃貸事例比較法による試算賃料)の開差は小さく求められた。 差額配分法及び賃貸事例比較法の試算賃料と、利回り法、スライド法の試算賃料との開差は、直近合意賃料が客観的な適正賃料よりもやや低額に合意されたことによる影響であると考えられる。 したがって、本件価格時点においては客観的に適正な賃料より安く(あるいは高く)決定する特殊な事情はみられないので、直近合意賃料と正常実質賃料の差額を折半した差額配分法及び継続賃料の賃貸事例比較法を重視(各試算賃料の平均のウェイト付けを90%)し、利回り法、スライド法を比較考量(各試算賃料の平均のウエイト付けを10%)して、価格時点の適正継続賃料を、月額137万円(月額支払賃料、月額実質賃料)と決定した。 (3)なお、以下〔1〕及び〔2〕の事実の有無によって適正賃料額が異なる場合、又は、平成26年改定前の不動産評価基準(以下「改定前基準」という。)によった場合に適正賃料額が異なる場合には、それぞれの事実の有無又は改定前基準に応じた適正賃料額を算出するとの鑑定条件であったが、以下の事実の有無によっても、改定前基準によっても,適正賃料額は異ならない。 〔1〕平成21年の直近合意の金額が、原告主張の事情により低廉なものとなっていた場合、その後の被告代表者の交替により当該事情が解消されたとの事実。 〔2〕平成13年6月頃に、原告と被告との間で、公租公課の3倍を適正賃料として段階的に増額させる旨の合意がされたとの事実。 2 本件鑑定は、裁判所が選任した不動産鑑定士が公平、中立的な立場で実施したものであり、客観的に適正な賃料からアプローチした差額配分法及び賃貸事例比較法と、主観的な当事者間の直近合意賃料及びその後の経済事情を反映した利回り法及びスライド法とでそれぞれ試算賃料を算出した後に総合的に評価するという手法を用いており、その鑑定の手法や内容は、格別不合理な点は見当たらないから、その結果を採用するのが相当である。 そうすると、本件土地の適正賃料額は月額137万円とみるのが相当であると認められるから、これと乖離する月額108万円の地代は「不相当となった」(借地借家法11条1項)と認められる。したがって、原告が主張する主観的な事情変更の有無及び同事情変更を考慮することの当否について判断するまでもなく、上記金額の限度で増額請求は認められる。 3 これに対し、原告は、平成13年に、原被告間で、公租公課の3倍を適正賃料として段階的に増額させる旨の合意をしていたと主張し、本件鑑定はこの点を考慮していないから、適正賃料は137万円よりも高額になる旨主張する。 しかしながら、一件記録を踏まえても、原被告間で上記合意をしていたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、前記前提事実(2)のとおり、原告と被告は、平成13年の増額合意の直後である、平成15年にも本件土地の地代の増額合意をしているが、原告の被告に対する同年の増額通知書(乙4の1)には、公訴公課の3倍を適正賃料として段階的に増額するとの合意について何ら言及されていないことに照らせば、上記合意はなかったものと推認される。 したがって、原告の上記主張はその前提を欠くものであるから、採用できない。 4 他方で、被告は、本件鑑定が、差額配分法によって試算賃料を算出していることについて、同方法は、新規賃料(正常実質賃料)を重視するものであるからこれを用いるのは相当でないと主張する。しかし、本件鑑定は、差額の配分に当たり2分の1法を採用して、正常実質賃料と実際の実質賃料との差額を賃貸人と賃借人で半分ずつ負担する配分をして調整しているから、新規賃料(正常実質賃料)を重視しているとの批判は当たらず、試算賃料の算出方法の一つとして、差額配分法を用いることは許されるというべきである。 また、被告は、本件鑑定が、賃貸事例比較法によって試算賃料を算出したことについても、比較した事例数が少ないことを理由に、同方法を用いるのは相当ではないと主張する。しかし、本件鑑定においては、いずれも本件土地と同様に非住宅地である事例を選定し、かつ、各事例の賃料の中庸値を採用する方法で適正な比准賃料を求めていることに照らせば、試算賃料の算出方法の一つとして、賃貸事例比較法を用いることが不合理であるとまではいえない。 5 以上の次第であり、本件価格時点(令和元年5月1日)の本件土地の適正賃料は月額137万円と認められ、月額108万円の地代は「不相当となった」(借地借家法11条1項)と認められるから、原告の増額請求は、月額137万円の限度で認められる。 なお、本件鑑定においては、原告の意向により、前記1(3)のとおり、原告が主張する2つの事実の有無や改定前基準の適否によって適正賃料額が変わるか否かの評価も求めており、かかる鑑定条件を付したことで、鑑定料が大幅に増額となったとの事情があるため、訴訟費用の負担割合を定めるに当たり、かかる事情を考慮することとする。 第4 結論 よって、原告の請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法64条本文、61条の適用により、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第5部 裁判官 下山久美子 別紙 物件目録 所在 板橋区α×丁目 地番 ××番× 地目 宅地 地積 2856.13平方メートル 以上 以上:4,214文字
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