令和 5年 5月18日(木):初稿 |
○「養育費債権での財産開示実施決定を弁済を理由に取り消した高裁決定紹介」の続きで、その許可抗告審令和4年10月6日最高裁決定(判タ1505号33頁)全文を紹介します。 ○執行力のある債務名義である養育費支払等契約公正証書の正本を有する金銭債権の債権者である抗告人妻が、民事執行法197条1項2号に基づき、債務者である相手方夫について、財産開示手続の実施を申し立てたところ、原審が、本件債権は弁済により消滅したとして、原々決定を取消し、本件申立てを却下していました。 ○最高裁決定は、民事執行法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告においては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることはできないとし、これと異なる見解の下に、本件申立てを却下した原審の判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして、原決定を破棄し、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻しました。 ○最高裁決定は、財産開示手続の停止又は取消しを求めるには、債務者夫が、請求異議の訴え又は請求異議の訴えに係る執行停止の裁判の手続において請求債権の不存在又は消滅を主張し、法39条1項1号、7号等に掲げる文書を執行裁判所に提出することを要求しています。二度手間のような気がしますが、法の規定をシッカリ守れということでしょう。 民事執行法第197条(実施決定) 執行裁判所は、次の各号のいずれかに該当するときは、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者の申立てにより、債務者について、財産開示手続を実施する旨の決定をしなければならない。ただし、当該執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないときは、この限りでない。 一 強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より6月以上前に終了したものを除く。)において、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかつたとき。 二 知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があつたとき。 ********************************************* 主 文 原決定を破棄する。 本件を東京高等裁判所に差し戻す。 理 由 抗告代理人○○○○の抗告理由について 1 本件は、執行力のある債務名義である養育費支払等契約公正証書(以下「本件執行証書」という。)の正本を有する金銭債権の債権者である抗告人が、民事執行法(以下「法」という。)197条1項2号に基づき、債務者である相手方について、財産開示手続の実施を申し立てた事案である。 2 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。 (1)抗告人と相手方は、平成28年12月、本件執行証書により、相手方が支払義務を負う両者の間の子の監護費用に関する合意をし,離婚した。 (2)抗告人は、令和3年2月、本件執行証書について執行文の付与を受け、本件執行証書及び当該執行文の謄本が相手方に送達された。 (3)抗告人は、令和3年6月、本件執行証書に表示された子の監護費用に係る確定期限の定めのある金銭債権を請求債権として、本件申立てをした。 (4)原々審は、令和3年7月、本件申立ては理由があるとして、相手方について、財産開示手続の実施決定(原々決定)をした。 (5)その後、相手方は、原々決定に対し、執行抗告をした上で、抗告人に対し、前記請求債権のうち確定期限が到来しているもの(以下「本件債権」という。)について弁済をした。 3 原審は、要旨次のとおり判断した上で、本件債権は弁済により消滅したとして、原々決定を取消し、本件申立てを却下した。 債務名義の正本に表示された金銭債権である請求債権(以下、単に「請求債権」という。)が弁済によって消滅した場合には、もはや法197条1項2号に該当する事由があるとはいえなくなるから、当該事由の有無の判断において請求債権に対する弁済の事実を考慮することができないと解すべき根拠はない。 また、財産開示手続に強制執行及び担保権の実行に関する規定を準用する法203条は、請求異議の訴えについて規定する法35条を準用していないから、上記事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において、債務者が請求債権の不存在又は消滅を主張することを許さない趣旨であるとは解されない。したがって、上記執行抗告においては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることができると解すべきである。 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 法には、実体上の事由に基づいて強制執行の不許を求めるための手続として、請求異議の訴えが設けられているところ、請求債権の存否は請求異議の訴えによって判断されるべきものであって、執行裁判所が強制執行の手続においてその存否を考慮することは予定されておらず、このことは、強制執行の準備として行われる財産開示手続においても異ならないというべきである。 そのため、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者から法197条1項2号に該当する事由があるとして財産開示手続の実施を求める申立てがあった場合には、執行裁判所は、請求債権の存否について考慮することなく、これが存するものとして当該事由の有無を判断すべきである。 そして、債務者は、請求異議の訴え又は請求異議の訴えに係る執行停止の裁判の手続において請求債権の不存在又は消滅を主張し、法39条1項1号、7号等に掲げる文書を執行裁判所に提出することにより、財産開示手続の停止又は取消しを求めることができるのであり(法203条において準用する法39条1項及び40条1項)、法203条が法35条を準用していないことは、上記事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において、債務者が請求債権の不存在又は消滅を主張することができる根拠となるものではない。 したがって、法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告においては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることはできないと解するのが相当である。 5 以上と異なる見解の下に、本件申立てを却下した原審の判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 安浪亮介 裁判官 山口厚 裁判官 深山卓也 裁判官 岡正晶 裁判官 堺徹) 以上:2,756文字
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