令和 3年 9月 7日(火):初稿 |
○「3口貸金への一部弁済は3口全部の債務承認とした最高裁判決紹介」の続きで、その第一審令和元年7月29日さいたま地裁判決(最高裁判所民事判例集74巻9号2268頁)全文を紹介します。 ○原告及び被告の父である亡Aが、被告に対して3回にわたって金員を貸し付けたとして、消費貸借契約に基づく貸金返還請求権を有するところ、これを原告が亡Aの死亡により相続したとして、原告が、被告に対し、既に弁済された金額を除く貸金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めました。 ○さいたま地裁判決は、本件貸金のすべてにおいて、成立日から10年が経過しているが、本件貸付のうち、貸金の一部が弁済され消滅時効が中断しているものについては、原告が、被告に対し、債権を有していると認められるから、原告の請求は、現在債権を有する貸金の支払を求める限度で理由があるとして、請求を一部認容しました。 ******************************************** 主 文 1 被告は,原告に対し,174万7971円及びこれに対する平成30年9月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを5分し,その4を原告の,その余を被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,874万7971円及びこれに対する平成20年9月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,原告が,被告に対し,原告及び被告の父であるA(平成25年1月4日死亡,以下「A」という。)が,被告に対して3回にわたって合計953万5000円を貸し付けたとして,消費貸借契約に基づく貸金返還請求権を有するところ,これを原告がAの死亡により相続したとして,同額から弁済された78万7029円を除く874万7971円及びこれに対する被告が上記貸金の弁済を行った平成20年9月3日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 争いのない事実等 (1)当事者等 原告及び被告は,Aの子であり,Aの相続人は,長男である被告,長女であるB(以下「B」という。),三女である原告,養子であるEの4名がいる。 (2)Aの被告に対する貸金(以下の3つの貸金を併せて「本件貸金」という。) ア Aは,平成16年10月17日,被告に対し,253万5000円を期限の定めなく貸し付けた(以下「本件貸付〔1〕」という。)。 イ Aは,平成17年9月2日,被告に対し,400万円を期限の定めなく貸し付けた(以下「本件貸付〔2〕」という。)。 ウ Aは,平成18年5月27日,被告に対し,300万円を期限の定めなく貸し付けた(以下「本件貸付〔3〕」という。)。 (3)被告の弁済 被告は,平成20年9月3日,本件貸金に関し,Aに対し,78万7029円を返済した(ただし,どの貸付けへの返済かについては当事者間で争いがある。)。 (4)相続 原告は,平成22年12月9日付け公正証書遺言により,平成25年1月4日(Aの死亡),他の相続人に相続させた不動産を除くAのその余の財産を全て相続した(甲4)。 (5)当事者間での訴訟 被告及びBは,原告に対し,Aの遺産に関し,遺留分減殺請求訴訟を提起し,平成30年5月31日に第一審判決が言い渡された(当支部平成27年(ワ)第399号遺留分減殺請求事件)。 原告は,平成30年8月27日,本訴を提起した。 (6)消滅時効の援用 被告は,平成31年1月21日(第2回弁論準備手続期日),原告に対し,本件貸金のうち,本件貸付〔2〕及び〔3〕につき,予備的に,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。 2 争点及び争点についての当事者の主張 (1)Aは被告の支払義務を免除したか(争点1) (被告の主張) 被告は,Aに代わり畑の仕事,アパートの管理,親戚付合い,組合の付合い等を一手に引受けてきたことから,Aは被告に対し,本件貸金の残額について,支払義務を免除した。 (原告の主張) 免除の事実はない。Aは,被告に対し,何度も返済を求めていたが,被告が応じなかったものである。 (2)消滅時効の成否(争点2) (被告の主張) 上記のとおり,本件貸金の残額支払義務は免除されているが,予備的に,被告のAに対する平成20年9月3日の返済は本件貸付〔1〕の一部に充当されたものの,本件貸付〔2〕及び〔3〕は,貸付日から10年が経過しており,消滅時効が完成している。 (原告の主張) 平成20年9月3日の返済金は,本件貸付金債権全部に対する債務承認にあたる。 第3 争点に対する判断 1 争点1(Aは被告の支払義務を免除したか) (1)後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 ア Bは,Aが建築資金を負担した自宅建物の贈与を受けたが,その建築資金については,昭和59年1月から平成12年12月まで分割で全額を返済した。(甲8) Bは,平成11年8月に母Fが死亡して以後,Aの住む実家の家事を頻繁に手伝うなどしていた。(甲1,甲8) イ 被告の本件貸金についての借用書3通は,Aの埼玉りそな銀行の貸金庫に保管されていた。Aは,通帳や遺言書,登記済証等の重要書類を書きだしたメモを作成しており(平成21年12月10日付け),そこには,「B借用書3通」との記載があった。(甲3の1ないし3,甲9,甲10) (2)判断 被告は,Aが,被告の近隣の付合いや不動産の管理等の働きを評価し、本件貸金の支払義務を免除した旨主張し,被告本人も,同旨の供述をする。 しかし,Aは,Bに対して出した自宅の建築資金について,Bからほぼ17年にわたる分割で全額の返還を受けており,Bが平成11年以降とはいえ実家の家事を手伝うなどしていることがあっても,残額を免除するなどしていない。また,被告に対していつ頃免除の意思表示をしたのかについて被告の主張は定かではないが,Aが,亡くなる3年余り前に本件貸金の各借用書を重要な書類と共に記載したメモを作成していること,死亡時にも本件貸金の各借用書を貸金庫で保管していたこと等をも考慮すれば,仮に被告において何らかの働きがあったとしても,本件貸金について免除を受けたという被告の供述はこれを直ちに採用することはできず,他にこれを認めるに足りるものはない。 したがって,Aが被告に対して本件貸金の支払義務を免除したとは認められない。 2 争点2(消滅時効の成否) (1)本件貸金債権は,いずれも期限の定めのない債権であり,成立と同時にこれを行使することができるのであるから,消滅時効の起算点は,本件貸付〔1〕が平成16年10月17日,本件貸付〔2〕が平成17年9月2日,本件貸付〔3〕が平成18年5月27日であり,本訴提起により原告が請求をした平成30年8月27日には,本件貸金のすべてにおいて,成立日から10年が経過している。 (2)原告は,被告が平成20年9月3日にAに対して返済した78万7029円は,本件貸金全体に対して充当されるものであるから,本件貸金全体の承認であるとして,時効の中断を主張する。 この点,上記返済がされた際,Aないしは被告において,本件貸金のいずれに充当するのかについて指定がされたといえるような事情も認められないことからすれば,法定充当(民法489条)によるのが相当である。 そして,本件貸付〔1〕ないし〔3〕は,いずれも期限の定めがなく,成立と同時にこれを行使することができるのであるから,いずれについても弁済期が到来したものと解され,その中では,先に成立したものが,弁済期が先に到来したものと解されるから,本件貸付〔1〕ないし〔3〕のうち,弁済期が先に到来したと解される本件貸付〔1〕に充当されるものといえる。 (3)そうすると,本件貸付〔1〕については,平成20年9月3日に弁済がされているから,被告においてこれを承認したものとして時効が中断し,本訴提起日の平成30年8月27日には未だ消滅時効期間は完成していない。 一方で,本件貸付〔2〕及び〔3〕は,成立日から10年の経過により消滅時効の完成により消滅したものといえる。 3 まとめ 以上からすれば,原告は,被告に対し,本件貸付〔1〕253万5000円から弁済された78万7029円を控除した174万7971円の債権を有している。 なお,原告は,上記一部弁済日の翌日からの遅延損害金の支払を求めているが,上記のとおり,本件貸付〔1〕は消費貸借契約に基づく期限の定めのない債務であるから,催告から相当期間経過後に遅滞に陥るものであるところ,被告が弁済したことを催告とみることはできないから,催告したことが明らかな平成30年9月20日(本件訴状送達の日)から相当期間が経過した同月27日に遅滞に陥ったとみるのが相当である。 第4 結論 よって,原告の請求は,貸金174万7971円及びこれに対する訴状送達の日から相当期間が経過した平成30年9月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法64条本文,61条,仮執行の宣言につき同法259条1項を適用し,主文のとおり判決する。 さいたま地方裁判所川越支部第2部 裁判官 田原美奈子 以上:3,888文字
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