令和 3年 1月 6日(水):初稿 |
○被告から多数回にわたり金員を借入れ、その返済をしてきた原告が、被告は貸金業の規制等に関する法律に定める貸金業者であるにもかかわらず、原告との取引において所定の契約書面や領収証等の交付をしなかったばかりか、年利1200パーセントにも及ぶ著しく高率の利息を受領するなどしたとして、原告が被告に支払った金員の総額約108万円についての不法行為に基づく損害賠償又は不当利得返還を求めました。 ○これに対し、原告の意思により金銭を借り受け、これに基づき返済した場合において、貸付け及び返済の受領行為それ自体を金銭消費貸借契約ないし弁済にあたらない不法行為と考えることはできず、利息制限法2条を適用して計算すると本件貸付は完済となっており、約18万円の過払いが生じているだけとし約18万円の返還しか認めなかった平成16年7月15日札幌地裁判決(判時1916号42頁)を紹介します。 ○この判決は、控訴審平成17年2月23日札幌高裁判決(判時1916号39頁)で覆されていますので、別コンテンツで紹介します。札幌地裁判決は、年1200%もの金利での貸付も消費貸借と認める大変不当な判決でした。 ************************************************* 主 文 1 被告は、原告に対し、18万3553円及びこれに対する平成15年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求及び被告の各請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 4 この判決第1項は、仮に執行することができる。 事 実 第1 当事者の求めた裁判 (第一事件) 1 請求の趣旨 (1)被告は、原告に対し、108万9000円及びこれに対する平成15年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2)訴訟費用は被告の負担とする。 (3)仮執行宣言 2 請求の趣旨に対する答弁 (1)原告の請求を棄却する。 (2)訴訟費用は原告の負担とする。 (第二事件) 1 請求の趣旨 (1)原告は、被告に対し、 ア 14万1000円及びこれに対する平成14年12月25日から支払済みまで年29・2パーセントの割合による金員 イ 2万円及びこれに対する平成15年1月27日から支払済みまで年29・2パーセントの割合による金員 ウ 5万円及びこれに対する平成15年1月28日から支払済みまで年29・2パーセントの割合による金員 エ 7万円及びこれに対する平成15年1月31日から支払済みまで年29・2パーセントの割合による金員 を支払え。 (2)訴訟費用は原告の負担とする。 (3)仮執行宣言 2 請求の趣旨に対する答弁 (1)被告の請求をいずれも棄却する。 (2)訴訟費用は被告の負担とする。 第2 当事者の主張 (第1事件) 1 請求原因 (1)被告は、北海道知事の登録を受けた貸金業者(登録番号・北海道知事(1)石第02351号)である。 (2)原告は、平成14年3月14日以降、被告から、継続的に金銭を借り入れ(以下「本件貸付け」という。)、その返済を行っていきた。 初回の借り入れについては、以下のとおりである。 〔1〕借り入れ日 平成14年3月14日 〔2〕借入金額 2万5000円 〔3〕弁済期 平成14年3月25日 〔4〕弁済期における返済額 5万円 以降の借り入れ、返済の経過は別紙取引経過目録《略》1記載番号2ないし18のとおりであり、借入金については、基本的に、次に来る原告の給料日を弁済期として、借入れた金額の倍額を返済するという約定であった。 (3) ア 被告の不法行為 (ア)本件において、被告は、登録された貸金業者でありながら、原告に対し、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)に定められた正しい契約書面や受取り書面を交付せず、返済方法は持参払のみとし、返済について領収証を発行したことがなかった。 また、原告は、利息名目で原告の受取り金額と同額の金銭を一か月で支払っているが、これは年率にすると1200パーセントに及ぶ超高金利であって、出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という。)5条2項に定める利率を大幅に上回るものであり、このような著しい高率による利息の契約をする行為は、同法において刑罰の対象とされている。 (イ)本件貸付けは、金銭の貸付けを呼び水として多額の金銭を騙取しようとする行為であって、金銭消費貸借契約という法概念から著しく離れたものであり、単に無効な金銭消費貸借契約ではなく、金銭消費貸借契約と呼称して合理性を装った悪質な犯罪行為であり、不法行為にあたる。 (ウ)そして、不法行為である本件貸付けにより原告に交付された58万5000円は、民法第708条の不法原因給付に当たり、被告は返還を請求できないのであり、不法行為に基づく損害額から控除されるべきではない。 (エ)以上から、不法行為である本件貸付けにより原告に生じた損害は、原告が、被告に対して支払った金額の合計である108万9000円である。 イ 被告の不当利得 本件貸付けが不法行為でなく、金銭消費貸借契約に当たるとしても、〔1〕被告が原告に交付した金額の倍額を期日に返済する約定であること、〔2〕借用証の写しや領収書の交付がされなかったこと、〔3〕原告名義の銀行口座の預金通帳とキャッシュカードを預けさせられたことの事情の下では、金銭消費貸借契約である本件貸付けは、公序良俗に反し無効である(民法第90条)。 そして、本件貸付けにより原告に渡された58万5000円は民法708条の不法原因給付に当たり、被告は返還を請求できない。 以上より、原告が、被告に対して支払った金銭である108万9000円は全額不当利得に当たる。 (4)よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損額賠償請求又は不当利得返還請求として、108万9000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年3月28日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 2 請求原因に対する認否 原告と取引があったこと自体は認めるが、具体的な取引内容は別紙取引経過目録2記載のとおり、すなわち、貸付け日自体は認めるものの、受取り額はいずれも原告主張額のほぼ二倍(なお、このほかに平成15年1月28日にも貸付けをしている。)であり、これに反する部分は否認する。被告は、貸金業法所定の手続に則った営業をしている。 (第2事件) 1 請求原因 (1)被告は、原告に対し、以下のとおり金銭を貸し付けた(別紙取引経過目録2記載番号15ないし18)。 ア 貸付け日 平成14年12月25日 貸付け金額 14万1000円 弁済期 平成15年1月27日 イ 貸付け日 平成15年1月27日 貸付け金額 2万円 弁済期 平成15年1月27日 ウ 貸付け日 平成15年1月28日 貸付け金額 5万円 弁済期 平成15年2月28日 エ 貸付け日 平成15年1月31日 貸付け金額 7万円 弁済期 平成15年2月25日 なお、アないしエの貸付けにおける利息及び遅延損害金は年29・2パーセントと定められた。 (2)よって、被告は、原告に対し、上記金銭消費貸借契約に基づき、 ア 元金14万1000円及びこれに対する平成14年12月25日から支払済みまで年29・2パーセントの割合による利息(平成15年1月27日まで)及び遅延損害金(同月28日から) イ 元金2万円及びこれに対する平成15年1月27日から支払済みまで年29・2パーセントの割合による利息(同年2月25日まで)及び遅延損害金(同月26日から) ウ 元金5万円及びこれに対する平成15年1月28日から支払済みまで年29・2パーセントの割合による利息(同年2月28日まで)及び遅延損害金(同年3月1日から) エ 元金7万円及びこれに対する平成15年1月31日から支払済みまで年29・2パーセントの割合による利息(同年2月25日まで)及び遅延損害金(同月26日から) の支払を求める。 2 請求原因に対する認否 請求原因(1)ア、イ、エについては貸付け日は認めるが、具体的な受取り額は、別紙取引経過目録1記載番号15、16、18のとおり、被告主張額のほぼ半額である。同ウについては貸付け自体も否認する。 3 抗弁 (1)不法原因給付 第1事件の請求原因(3)のとおり、本件貸付けは不法原因給付にあたり、原告に返済の義務はない。 (2)弁済 仮に貸付けの事実が認められるとしても、原告は、被告に対し、別紙取引経過目録1記載のとおり弁済した。 4 抗弁に対する認否 弁済については、別紙取引経過目録2記載のとおりであり、これに反する部分は否認する。 理 由 第1 第1事件について 1 請求原因(1)(被告の貸金業者性)について 請求原因(1)については、当事者間に争いがない。 2 請求原因(2)(貸付け、返済の経緯)について (1)証拠(《証拠略》、原告本人)によれば、平成15年1月28日の分を除く貸付けについては、原告の主張する別紙取引経過目録1のとおりの金員が交付されたこと、平成15年1月28日には、2万5000円が交付されたこと、利息に関する約定の内容は、弁済期に元利合計で貸付け金額(但し、平成14年12月25日の貸付けについては14万1000円)を返済するというものであったこと、弁済期は、平成14年3月14日の貸付けについては同月29日、同月25日の貸付けについては同年4月26日、同月25日の貸付けについては同年4月26日、同月25日の貸付けについては同年5月24日、同年7月17日の貸付けについては同月26日、同日の貸付けについては同年8月27日、同月2日の貸付けについては同月13日、同年9月20日の貸付けについては同月25日、同日の貸付けについては10月25日、同日の貸付けについては同年11月25日、同月1日の貸付けについては同年11月25日、同月1日の貸付けについては同年11月25日、同日及び同年12月20日の貸付けについてはいずれも同月25日、同日以降四回の貸付けについては第2事件の請求原因(1)のとおりであったことが認められる。 (2)上記のように認定する理由は、以下のとおりである。 ア まず、貸付け日自体については、平成15年1月28日の分を除いて、当事者間に争いがない。 イ 交付額については、被告は、借用証書(《証拠略》)及び顧客基本台帳(《証拠略》)を証拠として提出して、その記載に倣い、別紙取引経過目録2記載の貸付け額面額(利息は29・2パーセント)を主張し、原告は、概ね、被告主張額の半額が交付され、弁済期に被告主張の貸付け額を返済するという、超高金利となる利息天引の貸付けであったと主張する。 しかるに、〔1〕登録をして営業している貸金業者であれば、通常、借用証書の原本のみならず控えが存在していると考えられるが、これにつき被告代表者は控えはとっておらず、原本についても、被告代表者は、代表者尋問において、返済を受けた際に原告に渡したが、原告がその場で破棄していたと不合理な供述をしていること、〔2〕被告代表者の供述によれば、被告の顧客数は20から30人程度であり、貸出総額も100万から150万円程度であるところ、被告の主張する29・2パーセントの利息では、従業員を抱えた状態でおよそ貸金業者として経営が成り立つはずもなく、この点につき被告代表者は、「ボランティアでやってますから。」等と不合理な供述をしていること、〔3〕被告が金銭を貸し付けた原告以外の者からも、借用証書に記載された金額よりも大幅に少ない額の金銭の交付しか受けていないとする陳述書(《証拠略》)が提出されていることに照らすと,被告の上記主張及びこれに副う証拠(《証拠略》、被告代表者)は採用できず、交付額については、原告の主張及びこれに副う証拠(《証拠略》、原告本人)の信用性が高いというべきである。 もっとも、原告は、本件訴訟の当初、いわゆる本人訴訟であった時期(司法書士が事実上指導していたことが明らかである。)に、貸付け日及び交付額につき別紙取引目録3のとおり主張したものの、これを裏付ける客観的証拠を全く提出せず、弁論準備手続期日において、裁判官から、貸付け日の主張が双方でこれだけ大幅に食い違うことは通常あまりみられず、客観的裏付けもなく、記憶のみで貸付け日及び交付額について同目録のとおり具体的に主張することは不自然であると指摘された上で、記憶に誤りはないか、上記貸付け日及び交付額の根拠は何かと執拗に尋ねられたにもかかわらず、上記主張のとおりである、記憶に誤りはないと強く答えていた。 しかるに、原告は、第5回弁論準備手続期日に至り、突如として主張を変更し、貸付け日(平成15年1月28日を除く。)を被告主張に合わせ、交付額を概ね被告主張額の半額と主張するに至ったのである。そして、原告は、本人尋問において、このことにつき、貸付け日及び交付額を急に思い出したと、不自然極まりない供述をしている。 このような主張態度自体、不誠実かつ不可解といわざるを得ないが、貸付け日自体については1回を除き被告主張と原告主張が一致するに至っており、交付額については、前記指摘のように被告代表者供述が不合理で信用性に乏しいこと、被告の貸付けにおいては多額の天引が通常であったことを裏付ける前掲各証拠にも照らすと、上記のような原告の主張の変遷や態度をもって、必ずしもその主張及びこれに副う前掲証拠の信用性を否定することはできない。 ウ 平成15年1月28日の貸付けについては、上記イのような本訴の経緯にも照らすと、これを否定する原告側の証拠(《証拠略》、原告本人)の信用性は必ずしも肯定し得ず、貸付け自体があったことにつき、被告提出の借用証書(《証拠略》)及び顧客基本台帳(《証拠略》)の信用性を否定することは困難である。ただし、具体的な交付額については、他の天引の例に照らし、被告主張額の半額である2万5000円と推認される。 エ そして、約定返済額及び弁済期については、被告提出の借用証書(《証拠略》)及び顧客基本台帳(《証拠略》)に照らし、それぞれ、同記載の元本額及び弁済期であると認められる。 (3)返済については、原告の主張(別紙取引経過目録1)は客観的な裏付けを欠き、また、前記(2)イの経緯にも照らすと、原告が正確に記憶していることは疑わしいこと、被告の主張及びこれに副う証拠(《証拠略》)は、個別の返済につき、原告の主張よりも多額となる、被告に不利な額を認めるものもある(なお、この点については、原告の援用しない被告の、不利益陳述となり、弁済の主張として取り扱われる。)ことに照らすと、原告の主張及びこれに副う証拠(《証拠略》、原告本人)は直ちに採用できず、証拠(《証拠略》)に照らし、被告の主張する別紙取引経過目録2のとおりと認められる。 (4)以上を要するに、本件の貸付け、返済の経緯は、別紙計算書のとおりと認められる。 3 請求原因(3)ア(不法行為)について (1)原告は、本件貸付け及び返済につき、金銭消費貸借契約ではなく、金銭消費貸借契約と呼称した悪質な犯罪行為であり、不法行為にあたると主張する。しかし、当初から自らの意思とは関係なく金銭を交付され、あるいは暴行・脅迫等により支払わされたような場合はともかく、本件のように原告の意思により金銭を借り受け、これに基づき返済した場合において、貸付け及び返済の受領行為それ自体を金銭消費貸借契約ないし弁済にあたらない不法行為と考えることはできない。 前記2の認定によれば、原告は、交付額の倍額を1か月ないしそれよりも短い期間に返さなければならず、その利息は年率にすると1200パーセント以上となり、出資法上定められた利率を大幅に上回ることとなるが、この点については、出資法に基づく取締りや利息制限法に基づく過払金返還請求をもって律すれば足り、上記の超高金利をもって、直ちに本件貸付け及びこれに基づく返済の受領が不法行為にあたると解することはできない。 (2)よって、原告の不法行為に基づく請求は理由がない。 4 請求原因(3)イ(不当利得)について (1)前記3で判示したところと同様、本件貸付けが出資法の制限を大幅に超える高金利となっている点については、利息制限法を適用した不当利得返還請求権としての過払金返還請求権が発生する。しかし、返済額が全額不当利得となり、あるいは受領額につき不法原因給付として返済を要しないとまで解する根拠は乏しく、原告の主張は採用できない。 (2)そして、天引の場合の規定である利息制限法2条その他を適用して計算すると、別紙計算書《略》のとおり、本件貸付けは完済となり、18万3553円の過払が生じていることとなる。 (3)よって、被告は、原告に対し、不当利得として、上記の額を返還すべきである。 第2 第2事件について 第1事件に関する前記第1の2、4の判示のとおり、被告主張の請求原因1(1)の各貸付けは、別紙計算書番号15ないし18の限度で認められ、その貸付けは、別紙計算書のとおり、いずれも完済されていることとなる。 よって、被告の請求はいずれも理由がない。 第3 結論 以上の次第であるから、原告の第1事件における請求は、被告に対し、不当利得として18万3553円及びこれに対する平成15年3月28日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の各請求は失当であるからこれを棄却し、被告の第2事件における請求は、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法64条、61条を、仮執行の宣言について同法259条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官 原啓一郎) 以上:7,338文字
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