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田中角栄botでの田中角栄元首相の言葉復習2

令和 3年 1月 5日(火):初稿
○「田中角栄botでの田中角栄元首相の言葉復習1」を続けます。「田中角栄bot」に掲載された田中角栄元首相の言葉、全101レコードの後半部分です。自分の置かれた状況で、心にしみる言葉を噛みしめて行きます。

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メシ時になったら、しっかりメシを食え。シャバにはいいことは少ない。いやなことばっかりだ。それを苦にしてメシが食えないようではダメだ。腹が減って、目が回って、大事な戦はできん。

陰影礼賛。真実は広大な灰色の中間地帯にある。俄に断定できない。沈黙は金、雄弁は銀。愚者は説き、賢者は聴く。日本社会はこの価値尺度が尊重される伝統的な水田稲作社会である。

身内のことを知りなさい。身内のことも知らないで一人前の口をきくな。そして身内のために汗を流せ。損して得を取れ。手柄は先輩や仲間に譲れ。そうすればお前、めんこがられて、好かれるぞ。

保険は人が死なないうちに、事故が起こらないうちに掛けるものだ。保険には掛け捨てというものもある。日本人も生き延びるために保険の掛け捨てを考えなくちゃいけない。本当だよ。(日米安保)

人間誰しも、若いときはみな偉くなりたいと思うもんだが、簡単にはなれない。経験も知識も素養も無くてしゃべっているのは、バカ騒ぎを繰り広げているだけで、しまいには誰も相手にしなくなる。

地価の問題にしても、建物を二階建てから六階建てにすれば、地価は三分の一に下がったことになる。十階建てにすれば、五分の一に下がったことになる。発想の転換、逆に考えてみればいいんです。

僕は今日は今日、タイムリーにものを片づける。明日、来年でも同じ問題に対して別の解釈方法が出てきたら、そのとき初めて政策転換をすればいいんだ。だから、そういう意味での判断も非常に早い。

とにかく、人の悪口をいったり、自分が過去に犯した過ちを反省せずに、自分がすべて正しいとする考え方は、国のなかでも外でも通用しない。そういう考えの人には一人で山の中に住んでもらうことだよ。

この世に絶対的な価値などはない。ものはすべて比較だ。外国人は物事を白か黒かと割り切ろうとするが、娑婆はそれほど単純じゃない。黒と白との間に灰色がある。どっちとも言えない。真理は中間にある。

僕は運だけでここまで来た。人間の一生というのは、結局、運だ。実力があり、いくら自分が自負してもダメなものはダメ。努力、努力。努力と根気と勉強。こういったものが、運を捕らえるきっかけになる。

自分が今のところまで来たのは、自分から求めるよりも、周りから支えられたものに忠実だったから―と云った方が当たっている。与えられた仕事に全力を尽くすことが、新しい場面を開く結果になるものだ。

ブレジネフ書記長は下から叩き上げてきた人だ。叩き上げた人は統率力もあるし、包容力もあるし、周りを大事にする。・・・ものごとを知っている人は怖さを知ってるわけだから、無茶なことはしないものだ。

設計図を描くときはいつも初めからぶっ書き、実線で行ったものだ。よく昔の名人が木の看板に向かったとき、一気に描いてしまって、下のほうが残ったら木のほうを切ったという話があるが、私の発想はすべてそれ式だ。

世の中は心理戦争の渦の中にある。俺は性格もあるが、若い奴にネチネチとやるのは大嫌いだ。叱る時でも、次の人に会った時はも忘れている。ションベンに行ってきたら、忘れている。水に流してしまう、ということだ。

冠婚なんてお祝いは、いつでもできる。死んだほうは待ったなしだ。今日死んだら、明日は葬式。どんなことがあっても、自分と関わりのあった人に対しては冥福を祈る。そんなことがわからんで、お前たち政治家の事務所が勤まるのか。

天皇陛下がおられて助かった。これで民族同士が血で血を洗う粛清がなくてすんだ。お互いは五代、六代とさかのぼれば、みんな血のつながる親類、縁者だ。お互い日本人じゃないか。バカなことはやめよう。これで大方のことは片がついた。

日本社会は義理、因縁、情実、不公正が複雑に入り混じった嫉妬の大海である。何とはなしに位階、序列が決まっている大中小の車座集団だ。跳ねっ返りは排除される。分相応に目立たず万事控え目、その職分を誠実にこなしていれば登竜門が開く。

第一は、できるだけ敵をへらしていくこと。世の中は、嫉妬とソロバンだ。インテリほどヤキモチが多い。人は自らの損得で動くということだ。第二は、自分に少しでも好意をもった広い中間層を握ること。第三は、人間の機微、人情の機微を知ることだ。

私が田中角栄だ。小学校高等科卒業である。われと思わん者は、誰でも遠慮なく大臣室に来てほしい。何でも言ってくれ。上司の許可を、いちいち得る必要はない。できることはやる、できないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄が背負う。以上。

若い時代は、相当暴れても、暴れ過ぎるということはない。云いたいことは云い、したいことをするのも結構だ。だが、後になって考えると、恥じ入るようなこともある。人生半ば過ぎて、恥ずかしいことをしたと思わないように、自分を戒めた上で、行動することだ。

政治というものは、国家の威信というよりも、国民の威信を守りつつ、列国に伍していかなければならんのだから。ほかの国がみんな飢饉で困っておっても、まず、わが国だけは餓死者を出さない。みんなにメシを食わせる。これが政治にとって最大の課題になるわけだな。

わが国でも、ものごとを並列させて、なすべきことの優先順位を考えさせる場合、その基準を明らかにすることが必要なんだ。公益は私益に優先するのか、しないのか。憲法は私益に優先するのかしないのか。こうした一番の基本が今の教育基本法には全く欠けているんだよ。

遠くの親類よりも近くの他人が大切だ。自分だけが金持ちになっても、近所隣が貧乏では、結局、やっていけない。裕福になってもらうことだ。そのためには金を持っている奴が金を出して、まわりを助けてあげなくてはならない。みんながよくなれば、自分もまた、よくなる。

選挙に僥倖(ぎょうこう)などはあり得ない。流した汗と、振り絞った知恵の結果だけが出る。商売と同じことだ。山の果てを望んでも援軍来たらず。自分でやるしかない。その覚悟なしに、政治などという大それた仕事に黄色いクチバシを入れないでくれ。世の中が混乱する。

君達ね、自分の置かれている立場を有り難てェことだと思わんとダメですよ。寝言を言ったり不満ばかり言っている奴は、人生終わるまで不満を抱き続ける人間になるぞ。社会が悪い、政治が悪いなんて言って、一体何があるんだ。人に貢献できるようになってから言うべきじゃ。

官僚でも、局長、部長以上は、天下りなど先を見ている。保身の構えになってしまっているから、遮二無二働こうという気は薄い。場合によっては、理屈、不満が横たわる。そこへいくと、課長や課長補佐クラスは、不満を言わず仕事熱心だ。だから、オレは常にそちらのほうに目を向けている。

世の中は、白と黒ばかりでは無い。敵と味方ばかりでもない。その真ん中にグレーゾーン(中間地帯)があり、これが一番広い。そこを取り込めなくてどうする。天下というものは、このグレーゾーンを味方につけなれば、決して取れない。真理は常に中間にありだ。このことを知ることが大事だ。

創業ということが、いかに難しいかは誰でも知っている。先達が作った会社を継承し、業績をあげるのは難しいことではない。初めて仕事を起こすときは、実績が無いので銀行が金を貸してくれないし、友達も協力してくれない。創業者に敬意を払い、敬慕の情を持つのは、お互い当然のことである。

一体引き受けてくれるのかくれないのか、イエス・ノーの無い奴が少なくない。頼んだ方は結論を急いでいる。うまいことを言って、中途半端、曖昧にするのが一番いけない。自信が無ければ、はっきりとノーと言え。ノーと言うのは確かに勇気がいる。しかし、長い目で見れば信用されることが多い。

学校の先生がデモでジグザグに歩いておって、子供にだけまっすぐに歩けよなんて、これ聞くもんじゃないねぇ。校長の言うことは聞かない、校長が首をくくるところまで追い込む。そして、われわれは労働者でござあーいとくる。そんなバカなことが許されますか。教育は民族の悠久の生命なのであります!

教育基本法には、善悪の基準、物差しが書かれていない。人は何のために生きるのか、正義とは何ぞや、お互いが奉仕する目標は何か・・・・そういうことが全く明示されていないんだ。それでいながら、ここまで日本が発展してきたのは、単一民族ゆえの共通の価値観が無言の前提としてあるからなんだな。

教員は一般公務員に比べて待遇をよくすべきだと思っている。子供というのは、本質的には小さな猛獣なんだ。小さいときからアメとムチでしっかりと訓練して、しつけなければだめだ。先生たちはそういう子供を、親の手の届かない学校で、親に代わって仕込んでくれるんだから、待遇をよくして当然なんだ。
以上:3,695文字

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